「名字の言」(聖教新聞・2011/6/9)より転載

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 支部の少年部員会で話をしていて、いつも戸惑う瞬間があった。それは、自分自身を「おじさん」と呼ばざるを得ないことだ。「まだ、おじさんではないぞ」というささやかな抵抗。そして、未来部員以外に、よその子どもと会話する機会の乏しいことが、戸惑いの理由だろう





海野弘氏の『おじさん・おばさん論』(幻戯書房)は、世界の歴史と文学作品に見られる「おじ・おば」と「甥・姪」の関係を点描した快作である





親子の情愛を「垂直」、友情や恋愛を「水平」とすれば、おじさん・おばさんは、子どもにとって、「斜め」の関係を結ぶ存在。「外の世界との交流のはじまり」であり、「彼らは他者への、世界への案内者」なのだ、と海野氏は言う。そして「現代における他者への想像力の貧しさは、おじ・おばの不在と関連しているのではないだろうか」と





核家族化が進んだ現在では、血縁のおじ・おばと接する機会は少ないのが普通。代わって問われるのは、「近所のおじさん・おばさん」が、子らの成長に関われるか否かであろう





木の家が、「筋交い」という斜めの支えを入れることで強くなるように、未来っ子に強く生きる力を贈りたい。これからは、堂々と「おじさんはね」と話しかけることにする。               (飛)


【「聖教新聞・2011/6/9」より転載】


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