2017年04月29日

d0f6fb59.jpg世の中にはその様な人が稀にいます。まったく違うタイプのモノでも次々と作れる人です。決して努力をしているというのではなく、苦しんでいるのでもなく、次々と優れた作品が作れるのです。その様な人を見るとこの人は特別だ!と、いう印象を強く受けます。日本ではいい作品を作るのに精進するとか、血の滲む努力をする!とかいう事を最もらしく、言う人がいました。無理をして努力をしても所詮限界があります。優れたスポーツ選手の様にまずは並外れた体力を先天的にもっていなければなりません。東澤


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2017年04月28日

096b751f.jpg描いている人・購入する人がアートだと思っているのならアートだと思います。検索エンジンではミニ絵画とミニチュア絵画とは出てくる作品がかなり違います。ミニチュア絵画の方が既存の絵画の縮小模写が多いようです。しかし、購入する人のほとんどはどっちでも良くて、好きだからコレクションされているのです。安いものであれば小さな額を買ってきて、インターネットから絵画の画像をダウンロードしてプリントアウトするだけでいけます。(中には絵の表面を透明ニスなどで加筆したものもあります)

ただ、始めからアートでこれから勝負しよう!と思っている人は一般に途轍もない野望をもっています。社会に対して自分の存在はどうあるべきかを真剣に考えています。作品を見ればその目標や着地点を伺い知ることが出来ます。完全に縮小サイズで模写したものとはいえ、絵全体に作家の息づかいが感じられ、目や口元など、そうとう表現に苦労した痕跡が感じられます。一ミリの何分の一の筆のタッチ、明暗で出来上がりが完全に左右します。これは本物を自ら入手した人にしか解らない感覚です。東澤


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2017年04月27日

c176d1f5.jpg市場に出回っている商品の大半は、極めて俗物的なデザインです。それでも一応売れています。意外と、こだわってテマをかけると製造コストが上がり、利益率が下がります。結果、安くてよくあるデザインの方が安心です。センスのいいデザインは売る場所を選びます。単に場所だけでなくマーケティング全般が重要です。苦労するわりには特徴のあるデザインは利益が上がりません。結果、多くのメーカーは売れ筋の商品のみを作ります。同じ様なダサいデザインが反乱し、本当に個性的な商品は探さなければ見つかりません。

それが市場原理なのかもしれません。メーカーも本当に作りたい商品を作っている訳ではありません。ましてや製造担当者やデザイナーは条件が厳しすぎて出来れば自分で会社を興し自分で納得する商品を製造し販売したいものだと考えます。利益を上げることを重要視するか、利益より作りたい商品を作るか、多くの人はそこで悩みます。しかし、ごく稀に本当に作りたい商品を作って利益を上げている人もいます。東澤


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2017年04月26日

cfb89d48.jpgアートや演芸、工芸などは虚飾そのものです。桃山時代、狩野派などは、城主や権力者がいかに偉大で、心の広い人物かという、イメージを屏風や建築、装飾品で作り出していました。ヨーロッパにおいても絢爛豪華な装飾は絶対必要でした。もちろん戦国武将の鎧や槍、幟などもケチりませんでした。実際の戦いより戦う前のハッタリが重要でした。現在の北朝鮮も同様です。アメリカだって中国だって虚飾に溺れています。私たちの生活で車や家屋、教育なども虚飾の一つです。刺青、学歴などはその典型です。東澤


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2017年04月25日

999a3647.jpg極端に言えば誰でも神になれる時代です。人のやらない事を徹底的に取り組めばささやかな神になれます。洋服でも自動車でも旅行でも自分なりに独自にものを所有(体験)しようと考えるようになってきました。それだけ拘りは頂点を極め、提供する方も真剣にその違いを演出します。そのささやかな違いに現代の神が宿ります。提供できる人はささやかな神です。ユニクロの洋服は比較的縫製がしっかりしていて、生地も極端に悪くはありません。徐々に洋服に着られる人から洋服を自分なりに着る人が増えています。自分なりに個性を主張するコーディネイトの自信が生まれてきたのだと思います。SNSはささやかな神で溢れています。東澤


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2017年04月24日

54dedcef.jpgこういうテーマはたいへん面白いと思っています。なぜなら世間は実績が出てくれば必ず“驕り“と解釈します。しかし、かなり強い自信と信念がなければ物事上手く進みません。よい噂と悪い噂が流れ始めます。謙虚と驕りは曼荼羅模様となってイメージが発信されます。かつてのボクサー・モハメッド・アリは傲慢そのものでした。しかし、その言動が黒人のコンプレックスを刺激し人権運動の勢いを加速させました。それらの現象を一つ一つを解説したり、検証するのではなく,例え驕りと受け取られるとしてもハッキリモノを言った方がいいと思います。優れた技術や商品が開発されたのであればあらゆる宣伝を通じて発信するべきです。世間は意外と異常な驕りと誹謗が好きなのです。東澤


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2017年04月23日

1a3e08ad.jpg儲かる話や、良い思いをしそうな話は向こうからはやってきません。しかしシンドイ話の中に面白い話が隠れている場合があります。儲かる話もごく稀に出てきます。みんなが嫌がる話のなかに埋もれています。ポイントはその良い話の部分だけを抽出出来るかどうかです。ビジネスでうまくいった人の大半は見る角度によって素晴らしいチャンスだと感じる独特の感性を持ち合わせていたことです。東澤


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2017年04月22日

0da31f6c.jpgなにか一つでもいいので自分にしか出来ない自慢できる何かを持つことです。出来れば完全にオリジナルでバカバカしいものが良いです。あまり真剣に高度なスキルや技術、実績などで無い方がいいと思います。コレクションでも拘りでもいいと思うのですが。つまり発想のオリジナリティです。先ず誰も思いつかない自慢が出来る拘りです。この事によって広く世間に知られるようになり、インターネットでも記録され、存在意義も生まれます。その人の生きる証です。※左上の作品は東澤雅晴のミニ絵画(ミニチュア絵画)です。東澤


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2017年04月21日

7c319eb8.jpg当時、テレビを見ていて本当にスプーンが曲がった人が現れたので、“超能力現象”が大きな話題になりました。マジックと真実がグレーゾーンの中での出来事です。ところが現在でもこの“思い込み”とか“暗示”とかが様々なところで大きな役割を果たしています。特に広告、デザインの世界ではこの“暗示”を与える事の出来る人はビジネスを大きく成功させています。1970年代から80年代の大阪は経済の勢いはあったものの昔ながらの暴力団や組合、左翼などグレーゾーンがいっぱいの世の中でした。イタリアでもマフィアが闊歩、映画もマカロニウエスタンとヤクザ映画の流行で悪と善が隣り合わせの時代でした。超能力というものは何処か如何わしさの中に絶対的な暗示と自信で出来上がっていました。東澤


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2017年04月20日

ac6bfba0.jpg今、何でも小さく作るのがブームです。かつて江戸時代、オランダの医師シーボルトが来た時に、お土産にドールハウス用に、日本人にミニチュアの家財道具を作らせました。すでにひな祭り用に小さな文房具や食器などがありました。オランダやドイツにも同様の遊びがあって現在、ヨーロッパでも大切にコレクション(保存)されています。当時、金の蒔絵のすずり箱・食器、印籠・根付などは余りにもその精緻さに驚きました。そして今、ミニチュアのサンプルの料理、お菓子、キャラクターのフィギアーなどが話題です。ここまで拘るのは日本人独特のものです。日本人は昔から小さなモノが好きなのです。※左上の作品は東澤雅晴作のミニ絵画です。


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2017年04月19日

337c451b.jpgアートや、スポーツ、歌、演奏、文学・・・・・多くの人は目の前のテクニックしか目に入りません。テクニックは練習すればそれなりに上達します。優れたテクニックを持っているだけで一応プロになれます。しかし本当に優れた人はテクニック以上の“何か”を持っています。その何か?と、いうのは一般の人には理解が出来ない世界です。これが最高の表現なのだ!と、巨匠がいえばそれが最高の表現手法なのです。かつて千利休が朝鮮の庶民の陶器がこれこそ美だ!と、言えば“美”なのです。ピカソやセザンヌが、これが新しい美なのだといえばそれも“美”なのです。普通の人はその基準に従わざるを得ません。この新しい価値基準の創造が天才たる所以です。常識的な過去のテクニックは既に超越されています。東澤


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2017年04月18日

b016d9e4.jpg今、大臣は批判の対象です。まったく当たっているからです。言葉足らずだったのかもしれませんが、かつての山一證券ではないのですが、一般学芸員が悪いのではなくその様な人材を作り出している“仕組み“が悪いのです。私も昔、仕事でいろいろと学芸員とお話させていただくことがあったのですが、一度資格をとれば一生、その仕事です。趣味で学術論文を発表する人、市民に講演する人、地方誌に記事を載せる人もいますが人柄は良いのですが面白味が無いのです。現在コンビニの店長や派遣社員のまとめ役をしている人、福祉関連施設で働いている人に比べ激しい生存競争にさらされていないのです。

特にお客が来てナンボ?という価値観がないのです。市民からの苦情が来ず、トラブルを起こさない事が重要視されます。極めて閉鎖的です。頑張ったからといって予算が増える訳でもなく、妙に積極的に行動したり、仕組みを改善しようとしたり、周辺の組織を批判などするとたいへん怒られます。つまり意欲的な人は罰を受けるのです。大人しくしている人が求められます。そんな、一時期の農協や郵便局、第三セクターの様に日本の経済発展、競争力を削ぐ働きをしています。評価基準がまったく保守的です。解っていても言えなかったのです。今後、海外からみて地方の活性化が重要課題ですが、本来、自ら儲けて自らそのお金で投資をし、“人材を育てる事“をしなければなりません。たいへん面白い仕事なのですが、たいへん残念です。東澤


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2017年04月17日

4fb7d3b6.jpg私は決して賢い人ではありません。自分には誠実ではありますが、自分勝手です。二十数年サラリーマンもやっていました。が、出世しようとはほとんど考えませんでした。管理職や重役に向いた人は他にたくさんおられます。偉くなるにはさらにサラリーマン業に徹しなければなりません。経済的にはその方が楽だと思います。ほとんどの人はそのサラリーマンで実力を出し切っています。能力以上の力を出して心から賢い生活を望んでいます。愚かな人間にはならないよう心がけています。ですから定年後は自分が愚かな仕事をやってきたとは思いたくないのです。意味のある仕事を精一杯してきたと思っています。しかし本音ではどこかで大勢の人達とほとんど同じ様な事を考え、行動してきたと思っています。それ以外は思いつかないのです。東澤


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2017年04月16日

e5dbf8c9.jpg今の自分は努力の賜物ではなく、ただ憑いていたからだけです。何度か事故にあったり、病気なったりもしましたが幸い死にませんでした。生まれた環境もマズマズです。決して裕福ではなかったのですが、貧しくもありません。偶然、良い人と何度かめぐりあい、チャンスもありました。確かに私に比べ名声を得た人や、儲けた人もたくさんいますがまったく羨ましいとは思いません。たいへん苦労された人、努力をされた人もおられます。私は決してその様な事はありません。人の為になるような事もしていません。し、極端に嫌われる様な事もしていません。やはり憑いていたのだと思います。東澤


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2017年04月15日

7733f742.jpg極めて重要かもしれません。その理由とか背景とかを深く追求するのではなく、避けているだけでいいのかもしれません。また、利益とか成果とかも関係なしに相性がいい人や企業もあります。自分にない物を持っていて積極的に協力的であれば自然と相性もよくなります。仕事上で“競争”するとか、“戦う”という人がいますが、よい物は取り入れ、同じ時代の兄弟の様なものです。偶然時代がその組織を選び、時代が育てているのだと思います。まったく単独で、まったく競争相手もいないというのは、むしろ時代が味方していないのかもしれません。東澤


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