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Troopers Depo:田原坂の戦い/ウォーゲーム・ハンドブック2017(K2P)(0102)


第3ターン(1877/02/28〜1877/03/02)。

政府軍も薩摩軍の攻勢を受けた地点で、増援を投入して反撃を開始します。
木葉西方の街道上では二個連隊強から包囲攻撃を受けた薩摩軍一個中隊が退路を絶たれ潰滅。
同様に北でも政府軍に側背に回り込まれた一個中隊が潰滅するなど徐々に薩摩軍にも損害が出始めます。
伊倉周辺でも激しい押し引きが行われ政府軍が延翼しすぎた薩摩軍左翼を攻撃して戦線を分断することに成功します。

政府軍の増援投入でやや形勢不利となった薩摩軍は現時点を攻勢限界と判斷し、北の道と木葉を通る街道沿いに陣地を構築して封鎖、防御態勢に移行します。
伊倉以西の薩摩軍が政府軍の突出により連絡線途絶状態となっているため、この突出部に対して連絡線回復のための攻勢を実施、政府軍先鋒を撃破して再び伊倉以西との連絡線を開通。

第4ターン(1877/03/03〜1877/03/05)。

政府軍は道、街道沿いに攻勢を進めたいところですが、北と木葉の街道は薩摩軍が陣地を構築したため封鎖されてしまいました。
幸い街道の陣地は木葉の東方のため、木葉に篭もる薩摩軍に対し集中攻撃を実施、木葉から撃退してまずは足固めとなる木葉の制圧を果たします。
また南では相互に延翼しすぎており、陣地もないため伊倉の東、吉次峠へ向かう山間の街道を進む薩摩軍を迂回攻撃。
伊倉以西にいる薩摩軍二個大隊弱を再び連絡途絶に追い込みます。
さらに北でも薩摩軍拘束のために限定的攻勢を実施しましたがこちらは撃退されてしまいます。

★木葉に対しては陣地内での防御力算出を誤り、政府軍が不利な攻勢をしかけてしまったものの幸いにD1の戦果を得られました。

薩摩軍は伊倉方面で大量の部隊が連絡途絶となったことを受け、これら部隊との連絡線回復を優先するため、まずは吉次峠西方の路上に陣地を構え封鎖した上で、この道を遮断している政府軍に対して攻勢を実施します。
しかし政府軍は退却を拒み損害を出しつつここを死守し封鎖を継続します。
また北でも史実通り木葉の北方の高地を迂回機動しようとした政府軍に対し、陣地の構築と併せて送った部隊により反撃を実施、政府軍を撃退します。
時を同じくして薩摩軍は木葉の街道沿いに陣地に再び部隊を送り込んで守備力強化を図ります。

(続く)