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喫茶店で休憩した後、いよいよ旧グラバー住宅です。
この広いグラバー園でメインとなる建物。

邸宅の横側から入って正面玄関へ回り込みます。
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ここ!円形の花壇を前にしたグラバー邸は写真でよく見ますね。
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天気が良ければもっと良い感じに見えたことでしょう。

旧グラバー住宅と書かれた石碑。
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国指定重要文化財とあります。

正面玄関です。
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旧グラバー住宅は1863(文久3年)に建築された日本最古の木造洋風建築だとか。
1939年(昭和14年)に三菱重工業に売却されるまでグラバー本人や家族の自宅だったそう。

玄関の前は結構広々としていて庭園のようになっています。
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グラバーの像がありました。
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そもそもグラバーさんってどんな人なんでしょう?
グラバー邸は有名ですが、具体的なことは何も知りませんでした。
日本の近代化に貢献した人というぐらいは聞いたことありますが・・・

なので少し調べてみました。
トーマス・ブレーク・グラバーはスコットランド出身の貿易商。
鎖国が終わった1859年(安政6年)に開港されると、21歳で上海を経由して来日。
茶や生糸などの産物、武器・艦船などを取り扱う商人としてスタートしました。
先に見た亀山社中とも取引を行っていたんだとか。

一応は貿易商とのことですがとにかく色々なことをやっていたようですよ。
以下、グラバーさんがおこなったことをざっくり箇条書き。

・伊藤博文をはじめ数多くの若者の海外勉学の旅を斡旋。
・造船、炭鉱、水産、鉄鋼、造幣、ビール産業の分野を開拓。
・大浦海岸に蒸気機関車を試走、小菅町に近代式修舟場を設立、高島炭坑を開設。

海外から来た貿易商ってこんなこともするの?って思うぐらいの働きっぷりですね。
なるほど、こんな豪邸も建てられてるし歴史に名を残すわけですよ。

ではでは建物の内部を見学。
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外観や庭園だけでなく内部もそこそこの部屋数で見所沢山です。
全部をくまなくは見れないですが、一部屋ずつ見ていきます。

まず最初は食堂から。
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説明によると昭和初期の生活を再現したもののようです。

続いて寝室。
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小綺麗ですが、意外と豪華という風でもない。

こちらは家族や知人が集う部屋となっていました。
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リビングルームと言ったところでしょうか?

こちらの部屋は物が少ないですが壁に映像が映っています。
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邸宅の全体模型も置かれていました。

ここは厨房。
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厨房から外に出ると物置小屋がありました。
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ざっと見たところ建物の中はさほどリッチな印象は受けません。
広々とはしているのですが、出島のカピタン部屋の方が豪華な印象。
たぶん展示物が少ないせいだと思うので、昔はどんな感じだったのでしょうね。

あと父が何やら探し物をしていました。
昔に来た時は坂本龍馬や伊藤博文など幕末の志士を匿った隠し部屋があったというのです。
しかしそんな説明書きや案内は見当たらず。

しばらく探していると・・・
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厨房の近くの天井にありました。
以前は案内表示もあって分かりやすかったようですが、現在は何の表示ありません。
それほどの名所なら何の表示も無いのは不自然では?と思って調べてみました。

何と、グラバーが坂本龍馬達を匿ったというのはデマらしいです・・・(汗)
隠し部屋に相当する部分はクラバーの息子である倉場富三郎の時代に増築されたもの。
年代が幕末ではなく、この部屋は欧米の住宅に見られるアティック(収納スペース)だそう。
いわゆる都市伝説ということでグラバー園の公式サイトに記載がありました。

それで今は案内表示が無くなっているわけですね。
以前は案内表示があったならグラバー園側にも問題があったわけですけど・・・
でもまぁ、こういう歴史ミステリーを垣間見れるのも旅行の醍醐味と言えます。

さて、そろそろ時間が遅くなってきたのでグラバー園の見学はここまで。
夕食のレストランを予約していたのでそちらへ移動します。
レストランがあるのはアマンディというホテル。