デンマーク・コペンハーゲンとスウェーデン南部マルメ間の海峡を結ぶオーレスン・リンクの橋梁(きょうりょう)部分(全長7845メートル)は、2000年の開通時、往年の米人気デュオ、サイモン&ガーファンクルのヒット曲にたとえ「明日に架ける橋」と呼ばれた。

 スウェーデンにはデンマークに支配された歴史があり、過去の確執を乗り越えて未来を築こうという願いが込められたのだが、皮肉にも橋を渡ることでしか明日への希望をつなげないカップルが続々と誕生した。

 翌01年11月のデンマーク総選挙で、移民対策の強化を訴えた自由党が躍進し、保守党と少数中道右派連立政権を発足させた。極右のデンマーク国民党が閣外協力し、デンマーク人が外国人と結婚し同国に呼び寄せる場合、2人とも24歳以上にならないと申請できないというルールを導入した。イスラム系移民の増加を規制するのが目的だった。

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 チュニジア出身のイスラム教徒カシム氏(23)=仮名=はイタリアでプロサッカー選手を目指し練習していたが、07年夏に足を故障。そんなときインターネットで知り合ったのがデンマーク人女性エレゴーさん(37)=同=だった。秋に2人はミラノで落ち合い愛をはぐくんだ。

 カシム氏の労働査証は期限切れとなり、母国に帰れば徴兵される。結婚してデンマークに住もうにも24歳ルールが障害になった。

 エレゴーさんは欧州連合(EU)の市民権を利用してスウェーデン南部に新居を構え、カシム氏と結婚。毎日、「明日に架ける橋」を渡ってコペンハーゲンの職場に通った。3カ月後、EU市民権を得たカシム氏はデンマークに移住した。人権団体の助言で法的な抜け道を利用したのだ。

 人権派弁護士ニールス・エリック氏によると、資金がないカップルはコペンハーゲンとマルメで別居し、橋を渡る近距離恋愛を強いられる。その数約1千組だという。

 デンマークでは1981年から3年以上の居住を条件に、すべての外国人に地方参政権を与えている。24歳ルールを提唱した国民党は「イスラム系移民は間違った政党に投票するので、参政権を与える必要はない」と地方参政権の剥奪(はくだつ)を叫ぶ。2005年にイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を描いてイスラム世界の反発を招いた漫画家が今年1月、ソマリア系デンマーク人に襲撃されたのを機に、移民排斥の度をさらに強めたのだ。

 一方、5歳のとき両親とパキスタンから移住し、移民背景をもつデンマーク人として2001年の総選挙で初当選した社会人民党のカマル・クレシ国会議員(39)はため息をつく。

 「1980年代のデンマークは寛容だった。不倫などで家族の名誉を汚したとして、家族に殺される名誉殺人は過去10年で2件なのに、そればかりが強調される」

 人口550万のデンマークに住む非西欧移民は6%超の36万人。クレシ氏は「移民背景をもつ人口が3割の地域もある。今さら外国人の地方参政権を取り上げようという主張はばかげているし、逆に緊張を高めるだけだ」と指摘する。

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 デンマークの政策を批判し“結婚難民”を受け入れているスウェーデンは、1975年に3年以上の居住を条件に外国人全員に地方参政権を与えた。移民の大半がフィンランドなど北欧出身で、参政権を付与してもそれほど大きな支障はなかったことも背景にある。

 ストックホルム大学政治学部のウルフ・モーケンスタム副学部長によると、外国人の投票率は当初、60%前後と高かったが、最近では34~39%に低下した。投票が地方自治に反映されているとの実感が薄まり、北欧以外からの移民の割合が増えたことが要因だ。

 同氏は「地域社会のために働き、地方税を納めているのだから、地方自治に政治参加するのは当たり前だ。福祉国家のスウェーデンに住む人は平等に扱われ、連帯が必要だという強い信念がある。移民による政党が出現するのではという懸念はあったが、“フィンランド党”はついに誕生しなかった」と語る。

 ただ、今年9月の総選挙では、移民排斥を唱えるスウェーデン民主党の得票率が、5%を超えて初議席を獲得する可能性が強まっている。(コペンハーゲン 木村正人)

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