芸の不思議、人の不思議

大友浩による「芸」と「人」についてのブログです。

 「リコーダー無駄な技術研究所」第二回の動画を公開しました。テーマは「トリプルタンギングの裏表」です。


リコーダー無駄な技術研究所 2 トリプルタンギングの裏表

0、はじめに
 トリプルタンギングとは、三つの音をひとまとめに考えて行うタンギングです。
 リコーダーのタンギングには、大きく分けて「ニュアンス」「表情」を出すためのタンギングの体系と、「機能性」すなわち速いパッセージを吹く技術としてのタンギングの体系の二つがあります。今回は、前者は度外視し、後者のみに着目してのお話です。

 はじめに、課題の譜例を示します。
mudagi2-1
 ヴィヴァルディ:協奏曲《春》第一楽章の稲光の描写

 原曲はホ長調ですが、リコーダー用編曲としてヘ長調に移してあります。ソプラノで吹きますので、実音は1オクターヴ高くなります。

1、トリプルタンギングの一般的説明

(1)二つのトリプルタンギング
 tkt (Aタイプ)
 ttk (Bタイプ)

(2)どう使い分けるか?
 私の場合は、
 原則はAを使います。
mudagi2-3

 ある音型のときだけBを使います。
mudagi2-4
 三連符の真ん中の音が高く跳躍しているとき。

mudagi2-5
 強拍の直前に三つの速い音符が来るとき。

2、《春》の稲光をどう吹くか?

 私は「春」を3度、人前で演奏しています。その時はAトリプルを使いました。
 したがって、Aトリプルで演奏可能ですが、長いフレーズのところで舌が疲れてもつれるのではないかと不安がつきまといました。また、本番で興奮してテンポが速くなったときに、舌が追いつかないのではないかという不安もありました。
 そこで「裏トリプル」(ktk)を使い、表Aタイプと組み合わせて、「ktktkt」という複合的タンギングを使うことを思いつきました(「裏表トリプルタンギング」)。
 「裏表トリプル」を使うと、舌が疲れませんし、速いテンポでも恐くありません。ぜひ試してみてください。
 ただし、強拍の頭に k が来るので、少し慣れる必要があります。

※「表裏トリプル」も考えられないことはないのですが、これだと t と k の割り当てがうまくないので、「裏表トリプル」のほうが良いでしょう。
※ここではタンギングに話を絞っていますが、実はこのパッセージは指も難しいです。同時に複数の指を動かす必要があり、さらにサミングがからんできます。あせらず少しずつ練習してください。

※「春」の稲光の楽譜で、8小節目5つ目の音がシ♭になっていますが、ラの間違いです。そのうち画像を差し替えますが、とりあえずお詫びとお知らせまで。

 「リコーダー無駄な技術研究所」というタイトルで YouTube に動画をアップすることにしました。
 これは、プロの先生があまり教えてくれない技術、リコーダーの教則本などにあまり書かれていない技術、したがって知らなくても困らない、知っていても使用頻度は低い技術、について解説しようというものです。裏技も含みます。

 第一回は「循環呼吸」です。


リコーダー無駄な技術研究所 1 循環呼吸

 オーボエやサックスではおなじみの技術ですが、リコーダーではあまり聞いたことがありません。リコーダーで現代曲に取り組んでらっしゃる鈴木俊哉さんならとっくに開発済みではないかと想像しますが、とりあえず手近に参考にすべき資料はありません。そこで、「こうやったらいいんじゃないか」というメソッドを独自に考えてみた、というわけです。

 第一部:循環呼吸の基礎
 コップに水を入れ、ストローを指して息を吹き込みます。泡が途切れないように、口腔内の息を押し出しながら、鼻から息を吸います。
 ごく短い間に一瞬でやります。あまりたくさんの息を吸おうとしないほうがいいです。

 第二部:循環呼吸を使う

junkan

 このような楽譜があったとして、どこで循環呼吸を使うか。
 やろうと思えばどの音符でもできます。
 私は弱拍の裏の音符で使うのが良いと思います。ここが一番傷にならないように思われるからです。

 いくつか注釈があります。
 循環呼吸をする音符でタンギングはできません。
 スラー内の一部で循環呼吸をすることもできます。例えば、譜例の点線で示したように1小節全部にスラーがかかっていたとしても、中の一つないし二つの音符で循環呼吸することは可能です。

 第三部:実際の曲で使う
 循環呼吸を練習するのに最適な素材を見つけました。
 ナルシス・ブースケの『12のグラン・カプリース』から第8番の一部です。ここに32小節にわたって16分音符が続くフレーズがあります。

bousquet8

 普通に考えればここは、「どこでどのようなブレスをするか」を考えるのが音楽表現上のポイントになるはずです。しかし、敢えてここで循環呼吸を用いて、全体を長い長いフレーズとして聞かせる手もあるのでは、と考えました。
 第二部でやったように、弱拍の裏で循環呼吸を入れるのが良いと思います。8小節ごとに入れると、ちょうど全体を4分することができます。

 ぜひ皆さんもやってみてください。

 第二回は「トリプルタンギングの裏表」です。

 柳家喜多八さんが亡くなってしまった(2016.5.17)。
 しばらく前から体調が悪いことは知れ渡っていたので、ある程度は覚悟をしていたのだが、それにしても…。

 良い噺家だった。
 芸人らしい狂気というか非常識な部分を濃厚にもった人だった。例えば、

 真打になったかならないかの頃のことだと思う。借りてきたエロビデオを見ながらオ○ニーしていたところ、思いがけず帰って来た奥様に見られてしまったという。私がそのことを聞き及び、「見られちゃったんですって?」と言ったら、そんなことなんでもないという風情で「まだ娘には見られてねえ」と強がった。

 『柳太郎一本立ちの会』(※)にご出演いただいたときのこと。会は大いに盛り上がって打ち上げに突入。女性ファンからご挨拶された喜多八さんは、ズボンの中に手を突っ込んで、「名刺代わりです」といいながら一本の毛のようなものを渡していた。ファンはきゃあきゃあ言いながらそれを受け取っていた。まさか本物とは思わなかったようだが、本当の本物であった。

※ビュルガー病のために片足切断手術をした春風亭柳桜さん(当時柳太郎)の、退院と真打昇進を記念して私が企画プロデュースした会。柳桜さんも亡くなったし、喜多八さんと一緒にご出演いただいた三笑亭夢三四さんも既にこの世にない。元気なのは春風亭昇太さんだけだ。

 遅刻しても決して急がなかった。そして少しも悪びれない。これは十代目文治師や今の桃太郎師も同じだった。みんな大物だなあ。

 極度の照れ屋で、自己宣伝が大嫌い。しかしそれは、自意識とナルシシズムの裏返しでもあった。喜多八さんはいつも、その両極の間を揺れ動いていたと思う。例えば、優しさを粗暴な言動で覆い隠すという、喜多八さんの「屈折」はここに端を発している、というのが私の喜多八論だ。

 芸は師匠柳家小三治の落語理念を受け継ぎつつ、喜多八さんならではの色合いをつけ加えたものだった。

 これはまだ二ツ目の小八時代だったと思う。喜多八さんと二人きりでバスだか電車だかに乗ったことがあり、おのずと芸の話になった。「小三治師匠と同じように、口調からではなく人物描写から噺を作っていく方向でやっていくんでしょう?」と言ったら、「そうそう」と。そして「そのほうが完成は遅れるけど、自分にはそれしかない」というようなことをつけ加えた。ああ、完成が遅れるということもわかっているんだな、いいな、と思ったことを覚えている。

 喜多八さんならではの色合いは、「浮かれた人物」によく表れていたと思う。浮かれたり、女にやにさがったりした人物を演じるときの表情は、小三治師にはないものであり、私に言わせれば天下一品だった。

 そういえば、ふてくされたような出と入りのスタイルも、つまらなそうに出てつまらなそうに入る小三治スタイルを継承しつつ、喜多八流屈折でアレンジしたものであっただろう。初めて見た人は眉をひそめるが、落語ファンの間ではすでに「喜多八スタイル」として親しまれていた。

 ワザオギCDのジャケット写真は一部で評判になった。これは、苦み走った二枚目の風貌を生かそうと思い、「ハンフリー・ボガート風のトレンチコートで撮りたい」という私のアイディアに乗ってくれたもの。あの照れ屋が、スタジオではノリノリでポーズを取ってくださった。おかげで良い写真が撮れた(撮影:北澤壮太)。

 最近私の口癖のようになっている「昨日今日の貧乏人じゃないんで…」というフレーズは、喜多八さんから盗んだものだ。いろんなところで影響を受けているなあ。

 お疲れ様でした。
 喜多八さんのことは決して忘れません。
 どうぞ安らかにお眠りください。
 合掌。

●「あすは死ぬぞと」
 関沢新一脚本、渡邊祐介監督。
 小さな運送会社の専務・清造(渥美清)は、社長(花沢徳衛)の娘・たま子(北あけみ)と結婚して養子になった。社員の一人(バーブ佐竹)からは社長に賃上げ交渉をしてくれと頼まれ板挟みになり、家では妻の尻に敷かれていた。そこへ死神(西村晃)が現れ、あと24時間、明日の午後10時に死ぬと告げられる。清造は妻に怒られるのもかまわず、息子(吉野健二郎=雷門ケン坊)のためにミットを買い、街で飲んだくれた。途中から会社の若い女子社員・ナミコを弘田三枝子(後の顔と違う)が付き添ってくれた。酔っぱらった清造は車に轢かれたがかすり傷一つなかった。それで10時までは死ねないとわかり、会社へ行って社員の給料を倍増すると張り紙を出した(会社で泥棒=石橋蓮司にペンチで頭を殴られるが平気だった)。次いで、通りがかった火事の家へ飛び込んで猫を助けた。10時直前に家へ帰ると、怒る妻をひっぱたき、息子にミットを渡した。家を飛び出して10時を待った。そこへ死神が現れ「お前が猫を助けたために予定が狂った」と言った。降り出した雨の中、妻と子どもが迎えに来て三人で仲良く帰った。

 西村晃が死神を好演している。北あけみきれい。弘田三枝子はまだ太っていて健康的な感じ。息子の吉野健二郎は後の雷門ケン坊。
 ほかに潮健児、大泉滉らが出演。

●「嗚呼、誕生」
 早坂暁脚本、真船禎監督。
 自動車解体工場で働く亀山丈吉(渥美清)の妻・房子(春川ますみ)が待望の妊娠をした。空気の良いところに住もうと、郊外のモデル住宅に無料で住むことに。男の子が生まれたら学者に、女の子が生まれたらピアニストに、とつい想像が膨らむ。一方、モデル住宅には変な見物が次々に訪れる。丈吉は妻の代わりにお産教室に行き、聞いたことを妻に伝えるが、なんだかおかしなことに。最後は、自動車修理工場社長(殿山泰司)の運転する車に乗っている途中、山の中で産気づき、産婆(笠置シヅ子)は出てくる、医師(渡辺文雄)は出てくるというてんやわんやの中、出産する。

 妊娠出産の風景をドタバタで描いた一編。ときにシュールな手法も。
 自動車修理工場の社長に殿山泰司。二人を追いかける産婆に笠置シヅ子。産婦人科の医師に渡辺文雄。想像上の息子役に永井秀和。想像上の娘役に松島トモ子。モデルハウスを訪れる客に鈴木やすし、左卜全、武智豊子。妊婦役に西岡慶子。

●「おお独身くん!」
 笠原良三脚本、松林宗恵監督。
 築地の仲買「ますだ」につとめる小林友吉(渥美清)は、あるとき浩という子どもと知り合い、一緒に遊びに行く。夜になっても帰ってこない息子を母・たまき(中村玉緒)は心配する。友吉は誘拐犯と間違えられて一晩警察の厄介になった。友吉はたまきの働く料亭に行き何事かを話そうとするが、言い出す前にたまきから水産会社の社長・花岡(河野秋武)からプロポーズされていることを相談されてしまう。良い縁談だったが、浩は花岡のわがままな息子・のぼると仲良くできなかった。友吉もまた同じだった。決心して花岡に直談判に行くが、花岡が意外と良い人なので、改めて身を引こうとする。浩に「もう来るな」と言うと、浩が失踪。あちこち探して回る友吉だったが、遊園地で浩を見つけ、一緒にいる男を殴ったところ、刑事だった。警察でも事情がわかり釈放されるところへ、たまきが迎えに来ていた。たまきは「花岡さんとのお話はきっぱり断った」と言った。

 友吉とたまきとの関係を匂わすところでエンディング。
 冒頭のテーマソング二番まで歌われる。
 「びっくりしたなあ、もう」「夢も希望もある」など、当時流行のフレーズないしはそのもじりが出てきて、時代を感じさせる。
 中村玉緒、若くてきれいだ。
 魚河岸「ますだ」の主人に山茶花究。板前の源さんに三井弘次。宮田洋容も出ているはず。

●「さらば飛行服」
 家城巳代治脚本監督。
 倉田国丸(渥美清)は会社の守衛で、特攻隊の生き残りだった。特攻隊で終戦間際に死んだ白石信也(加藤剛)の墓を毎月訪れていた。そんな倉田を社長ら(潮万太郎、加藤嘉)は利用しようとした。特攻隊で戦死した男の未亡人のインタビューをさせ、忠魂碑建立の寄付を引き出させ、県会議員とのコネをつけようとしたのだ。インタビューは大成功。さて、倉田はいつものように墓参りに来ると、白石の娘・あき(夏圭子)がいた。あきは男に去られて死のうとしていたのだという。倉田の紹介であきは社長秘書として働くことになった。倉田はあきに白石との最後の一夜のことを話した。「一緒に死にたい」という倉田の申し出を断り、「生きている限り命を大切にしよう」と言われたことを。あきに秘かに恋心を寄せる倉田であった。一方、社長らは忠魂碑建立のための大会で倉田にスピーチさせようと企んでいた。盛り上がれば、明治百年で愛国心高揚の中、推進委員長で議員の大木よしはる(上田吉二郎)は、自分の良い宣伝になると考えていた。大会に出席してくれという倉田に対して、あきは父のことを利用されたくないと言う。「父の死が本当にお国のためになったのかどうか、わからないの」という。そして「父は戦争のさなかにも子どもたちのためにおとぎの国をつくることを夢見ていた」と。大会当日、倉田は特攻服で演台に立った。倉田は当日の様子を克明に語った。「死んだ人に申し訳ないと20年生きてきた。だから、忠魂碑を作ることに意義があると思っていた。しかし、自分は今日限りこの運動から手を引く。死んでいった人たちが本当に望んでいるのは、子どものためにおとぎの国を作ることではないか。戦争を勇ましく語るのはやめた。選挙運動に利用されるのはまっぴらだ」と言い、特攻服を脱ぎ捨てて会場を出た。晴れ晴れと引き上げる倉田を、柄の悪い男たちが襲った。あきには別れた彼氏が迎えに来た。倉田は白石の墓の前に行き、人生の新しい門出を誓った。

 あきの考え方は戦後リベラル派の考え方を代表する。一方、倉田のアイデンティティは戦時中、特攻隊での経験を核に形作られている。
 上官の白石の身分、墓には「海軍大尉」と記されているが、倉田は「中尉」と言っている(物語の後半では「白石大尉」と言っている)。死んでから一階級昇進したという設定だろう。脚本の芸が細かい。
 冒頭のテーマソング、歌なし。

●「先輩後輩」
 大川久男脚本、渡邊祐介監督。
 片岡金太郎(渥美清)はうだつのあがらぬ三河島署の刑事。居酒屋で後輩の刑事・旭五郎(石橋蓮司)と飲んでいると、空き巣をしたという男(藤山寛美)から声をかけられ、将棋の話で気が合う。彼は片岡の物を盗んで逃げてしまう。片岡は居酒屋の看板娘・澄子(緑魔子)に思いを寄せていて、手柄を立てたらプロポーズしようと思っていた。空き巣は石川次郎吉という男と判明、片岡は石川の家を訪ね、貧しく暮らす妻(若水ヤヱ子)と息子に親切にした。一方、五郎は大きな捕物でミスをし大物容疑者の仙波を逃がしてしまう。その晩は居酒屋で酔いつぶれた。片岡が帰宅すると家に石川がいた。片岡に手柄を立てさせようと自首してきたのだ。拘置所の鉄格子を挟んで片岡と石川はしみじみと語り合う。石川は仙波の居所を教えた。片岡は五郎から澄子とのことを相談され、二人が付き合っていたことを知る。片岡は五郎に手柄を譲った。仙波を逮捕するために仲間と一緒に勇んで出動する五郎を、片岡はさびしく見送った。

 渥美清と藤山寛美という東西の名喜劇役者の競演。とはいえ、二人にそんな気負いは感じられず、渥美は渥美の、藤山は藤山の演技をしているだけに見えた。
 片岡金太郎はみんなから「片金」と呼ばれている。石川次郎吉は石川五右衛門と鼠小僧次郎吉とを合わせた名前だ。こういう小さなギャグが嬉しい。
 互いに好き合っている設定の石橋蓮司と緑魔子は実生活でも後に結婚する(すでに同棲していた可能性もある)。緑魔子は若く明るくかわいい。
 易者に北村和夫。刑事に潮健児。空き巣に入られた女に三原葉子。街の警察官に天地茂。

●「子はかすがい」
 山田洋次脚本、飯島敏宏監督。
 大工の坂田源吉(渥美清)は、毎晩のように大酒を飲んでくだをまいて帰ってくる。ある晩も稼ぎを使い込み、見知らぬ男を連れて帰ったので、隣家の親方(東野英治郎)の止めるのも聞かず、妻・民子(市原悦子)は出て行った。二人の子どものうち、赤ん坊は連れ、小学生の金太郎は残していった。家庭訪問で金太郎の担任の川上先生(栗原小巻)がやってきて、金坊の書いた作文を読んだ。金坊の切ない思いを知った源吉は涙した。源吉は、大工の同僚(矢野宣)から民子が働くという鰻屋を聞きだし、訪ねた。入りづらかったが、鰻屋の二階で民子と再会した。源吉は金坊の書いた作文を民子に見せた。民子も泣いた。よりが戻るかに見えたが、やっぱり二人は喧嘩してしまう。源吉は鰻屋を飛び出す。その晩は雨。民子は赤ん坊をおぶって長屋に戻って来た。寝たふりをして涙をこらえる源吉。翌朝、夫婦喧嘩で新しい一日が始まった。

 落語「子別れ」を下敷きにした筋立て。初期の山田洋次作品にはこういうのが多い。
 悪くはないが、傑出した作品でもない。優れた噺家の演ずる「子別れ」のほうがきめ細かく感動が深い。「寅さん」の原型は感じられる。

●「さよなら敬礼!」
 井出雅人脚本、瀬川昌司監督。
 上野駅前派出所の巡査・渡辺順三(渥美清)は、巡回中に若い女・峰岸直美(左時枝)と知り合う。直美は乳飲み子を抱えていた。人のいい渡辺は直美の世話を焼くうちに惹かれていく。赤ん坊の父は大山巌(三上真一郎)というどうしようもない男で、今はどこにいるのかわからなかった。あるとき、直美のもとに赤ん坊を養子として引き取りたいという話が舞い込むが、直美は断った。どうやら大山が帰ってくるのを待っているらしい。大山は直美と別れるとき、自分は銀行強盗だと嘘を言っていたことがわかった。今は別の女のヒモになっていた。大山がクズのような男だと判断した渡辺は、直美に「大山は死んだ」と嘘をついた。直美は、赤ん坊を養子に出すことに決め、自分は郷里の青森へ帰ることにした。上野駅のホームで直美の乳がどうしようもなく痛んだ。渡辺は直美を見送らなかった。

 赤ん坊をよりどころに男を待つ女の微妙な気持ちを、左時枝がよく演じている。
 昭和40年代前半の上野界隈の風景が映し出されて感慨深い。当時上野は東北から出稼ぎにやってくる人たちの玄関だった。渥美清と左時枝が初めて出会う夜の場面の暗さがとても印象深いが、それはそうした上野−東北のイメージが背景にある。
 直美の母・きんに賀原夏子。派出所の警察官の先輩に西村晃。友人の記者に小山田宗徳。屋台のおでん屋に中村是好。

●「帰れ!わが胸に」
 光畑碩郎脚本、佐藤純彌監督。
 堀江為吉(渥美清)は動物園の飼育係で、フラミンゴを深く愛していた。上司からフラミンゴのダンスショーをやるように言われるが、そんなことはできないと断る。あるときフラミンゴのミッチーが消えてしまい、為吉が園内の野山を捜していると、若い女(岡本佳津子)が倒れているのを発見する。自殺未遂をしたその女・吉田ゆきはバレエダンサーで、秋の公演のプリマをやるはずだったが、失恋して失踪したのだった。帰れと説得する為吉だったが、ゆきは足の怪我が治っていないから踊れないと言う。為吉は、自分もフラミンゴを躍らせるから、ゆきも踊るようにがんばれと言った。フラミンゴのダンスも、ゆきのバレエも、なかなかうまくいかなかった。「決まった場所へ来ると音楽が消えてしまい踊れなくなる」というゆきの言葉に、為吉はフラミンゴに音楽を聞かせることを思いつく。フラミンゴは踊り始めた。ゆきのところへ高見あきお(入川保則)が訪ねてくる。高見は打算から後援者の娘との結婚を選んだのだった。踊りをやめるというゆきに、為吉はフラミンゴのダンスを見せた。ゆきはまた踊れるようになった。

 渥美清の台詞(ゆきを説得する言葉など)が通り一遍の正論で面白くない。渥美清にマジな正論の演技は似合わない。
 フラミンゴにダンスを教える渥美の演技は陳腐。渥美のせいというより演出が悪い。
 渥美も岡本も「音楽」のイントネーションが一貫して平板。
 バレエ団の先生に高峰三枝子、獣医に松村達雄、動物園の上司に久米明。

 昨日(2016.2.18)、講釈師の神田陽司さんが亡くなった。53歳だった。
 報道では肝硬変と出ていて、最期はたしかに肝硬変だったのだが、実は骨髄線維症という難病だったそうだ。

 ある時期げっそりと痩せて「どうしたんだろう?」と思っていたが、本人が「大丈夫ですから」と言うので、それ以上尋ねることはしなかった。

 陽司さんとの付き合いは、私が『東京かわら版』の編集人になって、誌面刷新するにあたり、陽司さんに「釈台大ヘン記」という連載をお願いしたことから始まる。木村万里さんの紹介だったと思う。
 彼は、講釈師になる前は情報誌『シティーロード』の編集者だった。鈴本の裏にあった旧本牧亭最後の日にそこへ行き、神田紅師の講談を聞いて感銘を受けたことから、先代神田山陽師に入門して講釈師になったのだ。
 『シティーロード』では演劇担当だったそうで、まことに鋭い批評眼を持っていた。なんでもその前は脚本の勉強をしていたそうだ。

 たまに陽司さんと会うと、おしゃべりに花が咲く。はじめは五分五分でしゃべっているのだが、だんだん六四から七三になり、一時間も経つころには、延々と続く彼の一方的なおしゃべりを私が聞くという形になっている。陽司さんはそれだけ、話題が豊富で、論理がしっかりしていて、おしゃべりに対する私とは桁違いの情熱を持っていた。

 陽司さんから紹介してもらった論文や本で、私の大事な財産になっているものがいくつかある。野家啓一「物語行為論序説」(『物語/現代哲学の冒険8』岩波書店)は「語り継ぐ」という行為に対して基本的な視座を与えてくれた論文だ。佐藤信夫『レトリック認識』(講談社学術文庫)を教えてくれたのも陽司さんだった。そのほか彼の言葉の端々で今も私の頭に残っていることがいくつかある。ああ、もっとおしゃべりをしていろいろ刺激を与えてもらえばよかったと、今になって思う。

 そういえば、まだ紹介者がいなければ加入できなかった mixi に招待してくれたのも陽司さんだった。なんだ陽司さんにお世話になってばかりじゃないか。いや、こちらが"お世話"したことも多少はある。真打昇進のときには、私がパーソナリティをしている有線放送の番組『演芸かわら版』(現在の『うきうき落語会』の前身)で神田陽司特集を組み、真打昇進を祝った。また、東京大学社会情報研究所が主催した催し『ニュースの誕生 小野秀雄コレクション』のお手伝いを私がすることになったとき、幕末の新聞を朗読する役を陽司さんにお願いしたこともあった(宝井琴柳師にもお願いした)。

 講釈師として陽司さんは独自の活動をしていた。時事的な話題や幕末維新の歴史を取り上げて、彼ならではの視点で料理した講談を読んでいた。思い出深いのは、阪神淡路大震災の後ほどなく実際に現場へ行って取材をし、その体験を高座にかけていたことだ。実家が尼崎だったということもあったのだろうが、彼のジャーナリスティックな行動力にはとても驚いたし、内容も極めてインパクトの強い優れたものだった。

 彼は講釈の内容については心を砕いて努力をしていたが、読む技術についてはどうもあまり情熱を注いでいなかったのではないか。いや注いではいたのだろうが、我々客席にいる人間の意識とは少々ポイントにずれがあったような気がしている。

 陽司さんの高座でいつも気になっていたのは、前置きと補足と言い訳が多いことで、「前置き等なしで、本文そのものを客席にぶつけるような高座を聞かせてほしい」と一度だけ言ったことがある。一時期通っていた陽司さんの会から足が遠のいた理由の一つは、実はそのことであった。しかし、これも今になって思うことだが、きっと前置きしながらしゃべるのが楽しかったんだろうなあ。前置きなしでは彼の芸そのものが成立しなかったのかも知れない。

 足が遠のいた理由のもう一つは、彼の中の「成り上がりたい」という意識が、こちらの純粋に物語世界を楽しみたいという気持ちの邪魔をしはじめたことである。有名になりたい、売れたいというのは、芸人であればむしろ健全な欲望だろうが、彼の場合はそれがかなり無防備に前に出てきているように感じられた。そういうのはもっと隠してくれよ、と江戸者の私などは思うのだが、逆に、そういうことを隠そうとしない分だけ純粋で正直な人だったとも言えるのだろう。

 好きか嫌いかといわれれば、いうまでもなく大好きな人だった。たまにしか会わなくても、いつも陽司さんのことは気にしていた。

 陽司さんの訃報をお知らせくださった神田愛山先生からメールが届いた。うっかり電車の中で読んでいて、あやうく涙をこぼしそうになった。お許しを得て以下に転載する。
 合掌。

●陽司君の闘病生活(神田愛山)
 陽司君は4〜5年前に骨髄線維症という難病に冒され、その時点で骨髄移植しか治療方法はなかったそうです。
 が、仮に手術をしたとしても成功率がゼロか50パーセントだったために踏み切ることができず、その時点で陽司君の寿命は決まったのです。
 本人は東京都の難病指定となっているその病気のことを隠して、ひたすら「大丈夫だ」を繰り返していました。病気を認めたくなかったのでしょう。
 また輸血をしていたために肝臓の機能が落ちて肝硬変が進み、直接の死因は肝硬変で、腎臓も悪くなり透析も受けておりました。
 もう一度高座に戻るということを唯一の励みとした神田陽司のすさまじい闘病生活でありました。
 陽司君に拍手。
 お疲れさま。
 もうゆっくり休んでください。


※追記(2016.3.6)
 去る3月4日、神田愛山先生の「陽司への弔辞」を聞いてきた(『第34回コタン講談会』四谷・コタン)。私の知らない陽司さんの顔をいろいろ知ることができた。「神田陽司はまだ死んでません」という言葉で結んだのだが、「神田陽司は」と「まだ死んでません」の間にかなり間があって、愛山先生の中でもグッとこみ上げるものがあったようだ。この一席を聞くことが、私にとっても陽司さんへの供養というかご挨拶になった。

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 守安功『アイルランド 人・酒・音 愛蘭土音楽紀行』(1997年、東京書籍)『アイルランド 大地からのメッセージ 愛蘭土音楽紀行2』(1998年、東京書籍)を読んだ。

 守安さんのお名前は、ホイッスルとリコーダーの演奏家として以前から存じていた。とりわけホイッスルでは日本の第一人者として名高い人だ。その守安さんと最近知り合いになった。お話を伺ううちに、守安さんの音楽に対するアプローチにとても興味がわいた。

 守安さんは長い間、一年のうち三分の一もアイルランドに住むという生活を続けていたそうだ。アイルランド音楽の「現場」に身を置いて、さまざまなことを実際に体験してこられた。そこで得たことを西洋音楽のメインストリームに逆照射して独自の解釈を展開しているらしい。例えば、ヘンデルのリコーダー・ソナタには、ドミナントからサブドミナントへ行くという、普通では考えられない和声の進行がある。こうした反則技は実はアイルランドやスコットランドの民俗音楽が元で、ヘンデルはそれを確信犯的に使ったというのだ。なんという興味深い指摘!

 こんなことを聞かされては、守安さんの見ている風景を私も見てみたいと思わざるを得ないではないか。そこで守安さんのアイルランド体験を綴ったこの二冊を読んでみたというわけである。

 非常に面白かった。

 ここから学んだことはたくさんある。特に「音楽のあり方」という根本的問題に関するヒントに満ち満ちている。だが、たくさんありすぎて書ききれない。だから今は書かないでおく。でも、一つだけ。

> アイルランド音楽の最大の特徴は、「全員参加の原則」である。わかりやすい話、フィドルの人も、アコーディオンの人も、フルートの人も、同じメロディーを同時に演奏するということだ。ということは、必然的に、いずれかの楽器で演奏不可能な曲は原則的には、アイルランド音楽には存在しないことになる。(略)あくまで、全員で参加できる音域とテクニックの中にとどまって演奏する。/つまり、フィドル奏者もコンサーティーナ奏者もホイッスルの最低音の「レ」より低い音には手を出さない(『人・酒・音』P.146)

 このことが意味するものは深く多様だ。とっさに浮かんだことだけ挙げておくと、第一に、「ヴィルトゥオーゾ」に対する強烈なアンチテーゼであろう。第二に、音楽が音楽として独立して存在しているのではなく、ダンスや人々のさんざめきというコンテクストの中で存在していることを前提としている。第三に、これは一種の「ブリコラージュ」ではないかと思った。つまり、演奏とは、あり合わせの音域や技術を用いてその場に必要な音楽を編み上げてことではないかと。

 『ああ玉杯に花うけて』がとても面白かったので、Kindle で無料提供されている(データ元は青空文庫だけど)もう一つの作品『少年連盟』も読んでみた。
 国籍のバラバラな15人の少年たちが漂流して無人島に流れ着く。そこで二年間生活する、という物語だ。
 なんの予備知識もなく読み始めたところ、はじめは「佐藤紅緑という人はなんて芸の幅の広い人なんだ」と思っていた。『ああ玉杯』とは全く異なる世界が展開されているから。読み進めるうちに、「むむ、何かおかしいぞ。ひょっとしたらこれは外国の小説の翻案では?」と思い始めた。「15人の少年? ああ『十五少年漂流記』というやつか」と気づいたのは、物語も半ばぐらいになってからだった。

 『十五少年漂流記』はジュール・ヴェルヌの小説。ヴェルヌは大好きで、『海底二万リーグ』『地底旅行』『八十日間世界一周』を読んでいる。が、『十五少年漂流記』は読んでいない。だから、原作との比較はできない。
 とはいえ、ここは佐藤紅緑のアレンジに違いないというところはある。
 なにしろ国籍の異なる少年たちの中で主人公は日本人(大和富士男)なのである。ヴェルヌが日本人を主人公に書くわけはないから、これは佐藤の創作に違いない。
 そして、折に触れて「日本人の良いところ」がアピールされる。
 初出は昭和6年から7年にかけて『少年倶楽部』に連載されたものだそうだ。満州事変やら五・一五事件やらが起きた頃だ。
 世界に冠たる日本、という意識がどこかにあったのだろう。

 物語自体はとても面白い。
 おそらくヴェルヌの原作がすでに面白く(ヴェルヌは天性のストーリーテラーだ)、佐藤がその面白さをしっかりと伝えているということなのだと思う。
 読んで損はない一編だ。

 途中人種差別の話題が出てくる。
 アメリカ人のドノバンが富士男を罵ってこんなことを言う。

> 卑劣だ、いったいジャップは卑劣だ、なんだ有色人種のくせに
> ぼくの本国では日本人と犬入るべからずと書いた紙札を畠に立ててあるんだ

 いいねえ。絵に描いたような差別発言である。ドノバンは何かにつけて富士男にライバル意識を持っており、しかもいつも富士男に負けている。ここまでではないが、黒人であるモコウに対しての差別発言もある。
 しかし、物語が進むとドノバンは富士男に命を助けられ、真心に立ち返る。
 このあたり、原作ではどのようになっているのだろうか?

 『少年連盟』を読んでみて、翻案物も面白いということがわかった。原作と引き比べることができれば面白さはさらに増すだろう。
 というわけで、ヴェルヌの原作を読んでみたくなった。

 佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』を読んだ。といっても本を買ったわけではなく、Kindle版で無料のもの。とても面白かった。

 昭和2年から3年にかけて『少年倶楽部』に連載されて、当時の少年たちを熱狂させた小説。「少年文学」の代表作とも言えるだろう。

 舞台は浦和。といっても昭和初期の浦和だから田園である。冒頭の田園風景の描写にそのことが表れている。
 冒頭の段落。

> 豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉とを開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。

 ほんのわずかな歌い調子がけっして浮つかず、むしろ華やかなリズム感を与えてまことに美しい。このような描写がしばらく続く。いや、単に美しいというより、すべての物事に輝きを与えるような文体だ。「祝福体」とでも呼びたい。
 この文体はこの物語全体のテーマの反映でもある。
 つまり、全体として、生きることの美しさ、素晴らしさを謳い上げる物語になっている。

 主人公はチビ公こと青木千三。かつては大きな家に住んでいたが、父が死んで、今は母と豆腐屋の伯父と暮らしている。勉強はできたが、貧しいために中学校(旧制)へ上がることができなかった。
 『ああ玉杯に花うけて』は、そんな千三が青春時代をいかに生きたかを描いた少年小説である。「清く正しく美しく」とか「名もなく貧しく美しく」といった言葉がよく似合う物語だ。

 型にはまった物語、といえばその通りだ。明治以来の立身出世物語でもあり(大人になって出世するところまでは描かれないが)、正しいほうが必ず勝つという点で勧善懲悪物でもある。バンカラ学園ドラマともつながっている。筋立てにしても、配役にしても、これらの定型化された物語の定石をきちんと踏まえていて、ぐいぐい引き込まれてしまう。当時の少年たちが熱狂したのも無理はない。

 面白いのは昭和初期の価値観がよくわかることだ。例えば、英語教育の目的について、中学校の英語教師がこんなことを言う。

> 語学をおさめるのは外人と話すためじゃない、外国の本を読むためだ

 私の中学時代の英語教師も似たようなことを言っていたから、こういう考え方は最近まで残っていたのだろう。こういう考え方が根強かったために、日本の語学教育は遅れたのだと思う。
 この英語教師は、少し後にこんな素敵な台詞を吐く。

> 通弁になって、日光の案内をしようという下劣な根性のものは明日から学校へくるな

 ぎゃはははは。
 もう一つ。この物語は「清く正しく美しく」生きることを謳い上げることを眼目としているから、見方を変えれば、当時の人々は何が清くなく正しくなく美しくない生き方だと考えていたのかがよくわかる。
 例えば物語の終盤、柳光一が、間違った道に進もうとしている手塚に説教をする場面がある。手塚がなにをやったのかといえば、洋食屋に出入りし、活動写真を見たというのである。

> 「人はすきずきだよ、他人の趣味に干渉してもらいたくないね」
「いやそうじゃない、ぼくはきみと小学校からの友であり同じく野球部員である以上は、きみの堕落を見すごすことはできない、ねえ手塚、きみは活動が好きだから見てもさしつかえないというが、好きだからって毒を食べたら死んでしまう、活動はもっとも低級で俗悪で下劣な趣味だ、下劣な趣味にふけると人格が下劣になる、ぼくはそれをいうのだ」

 このような説教を受けた手塚は、光一の言葉にほだされ、最後にはこのように言うのである。

> 「堪忍してくれ、ぼくは改心する」

 きっと寄席なんかも下劣な趣味の一つなんだろうなあ。嬉しくなるではないか。

 Kindle版は便利でとてもありがたいのだが、斎藤五百枝の挿絵が見られないのが残念だ。

 昨日の夕方、山本光洋さんの会に行ってきた。正確に言うと、下北沢の東京ノーヴィー・レパートリーシアターで、『山本光洋かかしになるために総集編1蔵出し一番搾り』を見てきたのだ(16.1.23 18:00)。
 これまで十年にわたって開いてきた「かかしになるために」のシリーズから、評判の良いもの、あるいは、自身がやりたいものを選んで再演するという企画である。
 とても面白かったし、あいかわらずほかのクラウンとは一味違う独自の光洋ワールドを感じさせてくれて、充実した時間を過ごした。
 以下、演目と感想の簡単なメモ。

1、板男
 板に背面(シャツとズボン)がくっついてしまったサラリーマン。くっついているので電話にも出られない。電車に乗って出勤もしなければならない。
 設定は三遊亭円丈の「ぺたりこん」を思わせる。突然手が会社の机にくっついて離れなくなったサラリーマンを描いた新作落語である。設定の不条理さを人物が疑わない点で共通するが、展開は全く異なる。もっとも「板男」では、接着面が黄色く塗られていてペンキでくっついてしまったという一応の設定があるから、まったくの不条理というわけではないかも知れない。悲劇で終わる「ぺたりこん」に対して、「板男」はあくまでもコメディである。
 男は出勤しなければならず、ついにシャツとズボンを脱ぐことを思いつく。だが脱ぐのは大変な作業である。電車に乗ろうとするが、考えてみれば下着姿だ。もう一度着ることになる。私は脱ぐ場面を見ながら「きっともう一度着るのだろうな」と思った。「この困難な過程をもう一度通らなければならないのか」と考え、一種の疲労感に囚われた。この疲労感は、快活な、芸術鑑賞上の疲労感であり、感動の一種でもある(いま思い出したが、東富士夫の曲芸にも同質の疲労感を感じていた!)。それはもしかしたら「不可逆な道を行く」ことのメタファーではないのだろうか、という思いが頭の中を繰り返していた。

2、くっつく
 上手壁に二つのリモコンが貼りつけてある。一つを取ってスイッチを入れると、リモコンは壁に吸い寄せられる。もう一つはどうだろうと、やはりスイッチを入れると、今度は自分自身が吸い寄せられてしまう。
 スイッチを入れるとなぜリモコンが吸い寄せられるかはわからない。何の説明もない。ありていにいえばパントマイムの演技を見せるための設定に過ぎない。ところが、もう一つのリモコンで、同じパターンを繰り返そうとすると、そこに「枠組」と「意味」が同時に生じて、ずれが笑いを生む。何の意味もないところから意味が生じるのだ。私たちは既知と未知とのせめぎあいの中で意味が生まれるのを目撃しているのだ。……などと理屈をこねなくても、ただ見ているだけで面白いのだ。これでいいのだ。

3、マジック侍
 敵に取り囲まれてこれからチャンバラとなるが、男が繰り出した技はマジック(奇術)だった。斬られながらもマジックで応戦する侍。
 刀や槍で斬りかかってくる敵に対してマジックで応戦するというナンセンスがなんともおかしい。「オリーブの首飾り」と光洋さんの浮かれた表情が素敵だ。

4、山本四十郎
 「逆回し」を使った演目。武士が抜刀しチャンバラする映画の場面を巻き戻して繰り返し見る。映画を見ている者は舞台の外にいる設定で、つまり観客が見ているのは映画内の場面のみ。
 「板男」でもそうだが「過程を履む」というパントマイムの約束事がギャグになっている。

5、酔って候2016
 吊り革とドラえもんのぬいぐるみを持った酔っ払いの男が、いかにしてその状態に立ち至ったかを説明する。痴漢に間違えられ、強そうな男から逃げ……。最後に男のカバンからたくさんの吊り革が出てくる。
 一人で幾多の設定を表現しなければならず、おそらく技術的に難しい演目ではないだろうか。

6、愛の挨拶
 ピンクの傘が二つ、おっぱいに見立てられて舞台に設置されている。男はおっぱいを見たとたんに、別世界へとトリップする。以下その男の心象風景が活写される。
 今回とてもグッときた作品の一つ。おっぱいを見たとたんに男はうっとりし、やにさがり、母の胸に抱かれた日に帰ってしまう。それは争いも競争も論理もない世界だ。男は、というより、人は本当はいつでもそこに帰りたいと思っているのではないか。かつていたこの場所を忘れなければ、戦争なんか起きないのに、と思った。

7、冬に燃える
 焚き火に当たる男。めらめらと燃える火を身体の動きで表現。背景にはアラブの怪しげな音楽。火が消えかかると、男は燃やせるものを探して放り込む。上着を放り込む。やがて火は消えかかる。シャツ・ズボン・靴下・パンツを放り込むと、また火は燃え上がるが、しばらくするとやはり消えてしまう。寒さが襲う。男はついに自分自身を火に投じた。
 光洋さんが三十年来やり続けている意味が、今回はっきりとわかった。まず、炎を表現する身体の動きが素晴らしい。パントマイムの枠を超えて舞踏としての美しさをも備えている。私の目には、速水御舟の名作「炎舞」が二重写しになって見えていた。また、寒さの表現。炎が消えると人は寒さを感じるのだ。寒くて凍えそうになるのだ。生きることとは、凍えそうになる身体をなんとか温めながら時間をやり過ごしていくことではないのか。そして結末。男は自らの身体を火に投じる。なぜか? 答えは簡単には出ない。「生きることより温まるほうが大事」という破綻した論理に身を投じることが生きることだというのだろうか(「健康のためなら命はいらない」という論理)。それとも、炎に身を投じることによって彼は別の世界へとトリップしたということなのだろうか。光洋さんが浮かべる法悦の表情がそれを証しているようにも思われる。それはどんな世界なのか。「愛の挨拶」を見た後だけにそれは「おっぱいの世界」ではないかという気もした。絶対的な安らぎの世界は死と引き換えでなければ手に入らないのか。……という具合に、見る者の想像力をとめどなく掻き立ててくれる作品であった。
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速水御舟「炎舞」

8、バス停にて
 バス停にやってきた男。バスが来るまで時間があるので、彼は空想に浸る。愛した女との再開、そして再びの別れ。空想が興に乗ってくると誰かが通って我に返る。それを何度か。やがて彼は眠りこけ、終バスも行ってしまった。どうするのかと思って見ていると、彼はバス停を分解してバッグに入れて去っていった。
 クライスラーの「愛の哀しみ」に乗った甘酸っぱい愛の物語。それはバス停でバスを待つ男の空想だという枠がはじめに提示されている。しかし最後に、バス停自体も男が持参したものだということが明かされる。もう一つメタな次元の枠があったことに、観客は気づかされるのだ。夢から覚めた…夢を見た、というような。前提を覆されることで、現実感が相対化される。桂枝雀の「SR(ショート落語)」とも一脈通ずる世界だ。

9、チャーリー山本(with 加納真実)
 一人で演ずる通常のチャーリー山本のネタ一本と、加納真実さんとのコラボネタ一本。チャーリー山本とは、寄席の出し物の操り人形。舞台外にいる(と想定されている)二人の人間に操られつつ、ぼやいたりツッコミを入れたりする。光洋さんはもう、その場で思いついたことをチャーリーに託して自由におしゃべりしている。完全に光洋さんの身体の一部になっている印象だ。コラボネタは、西部劇の決闘シーン。軽演劇お定まりのギャグなどもあって(ただし操り人形の動きで)、相手が女だとわかると途端に発情するという展開。

 山本光洋の舞台は基本的に「お笑い」である。パントマイムの手法をベースにしている。だから子どもが見ても楽しむことができる(むしろ、子どものほうが、と言うべきか。この種の身体芸に対する感受性を持たない大人はかなりの数いる)。しかし、それだけではなく、笑いの向こうになにか意味深いものを感じさせてくれたり、身体表現の美を感じさせてくれたりする。そういう意味で山本光洋は、他の追随を許さぬ独自の世界を展開している。

 噺の世界に「破礼噺(ばればなし)」というのがあって、いわゆる下ネタ、卑猥な噺を指す。栄中日文化センターの講座のために「破礼」の語源を調べたら、動詞「ばれる」の連用形の名詞化とあった(『日本国語大辞典』)。

 動詞連用形の名詞化という現象は古くからあるもので、珍しくもなんともない。例えば規則という意味の「決まり」という語は、「決まる」という動詞の連用形が名詞化したものである。

 ところが最近、といってもここ十年とか二十年とかの単位での話だが、この動詞連用形の名詞化が氾濫するようになってきている。
 それに対して一部の識者が苦言を呈している。江国滋だったか山本夏彦だったか、「走り」という語はけしからん、と書いていたのを読んだことがある。

  高橋選手の今日の走りはとても良かった。

 などと使われる「走り」だ。
 私はこの語には全く抵抗がなかったので、苦言を呈した文章を読んで意外に思った。
 論者は、例えば「スピード」とか「フォーム」などといった別の語で表現できるので、「走り」を使う必要はないという意見だったと思う。
 しかし、「走り」という語は、それらに置き換えられないもので、必要性があるのではないか。
 スポーツでよくこんな言い方がされる。

  今日の浦和レッズのサッカーは素晴らしかった。

 この「サッカー」にあたる語が「走り」なのである。

  今日のレッズは、柏木を中心にパスがよく回り、選手全員が戦術を十分に理解してよく走った。ゴールキーパーも好セーブを連発して勝利につなげた。総じて今日の浦和レッズのサッカーは素晴らしかった。

 というような文の中の「サッカー」を別の語に置き換えることは難しい。「蹴り」「戦術」などという語では置き換えられないのである。同様に、

  今日のマラソン大会における高橋選手は、序盤からトップ集団の好位置につけ、良いフォームで、ペース配分にも気をつけながら、最後まで体力を維持した。最後のスプリントで敗れ、優勝は逃したが、高橋選手の今日の走りは素晴らしかった。

 というような文章を想定すると、やはり「走り」という語が必要なのではないか。この場合「マラソン」という語でも行けそうだが、ニュアンスは少し異なる。それにマラソンでなく10000mだったら置き換えづらい。
 だから私としては「走り」という語には抵抗がない。

 いま思いついたのだが、上のサッカーをフィギュアスケートに置き換えて考えてみると、

  今日の羽生選手のスケートは圧巻だった。

 という言い方とともに、こんな言い方もされているように思う。

  今日の羽生選手のスケーティングは圧巻だった。

 scate に ing をつけてスケーティング。エンドに ing をつけてエンディングなど、この形はよく使われる。「走り」のような新しいタイプの動詞連用形の名詞化は、この ing をつける形と似ている気がする。

 さて、「走り」のような言い方に抵抗はない、と述べてきたが、最近ちょっと気になる言い方がある。
 それは「飲み」である。

  「今日いっしょに帰らない?」
  「すいません、今晩は飲みなので」

 この言い方大嫌いだ。品がなくて、あさましい感じがする(上記識者も「走り」に対して同じように思ったのだろうか)。
 「飲み会」「イッパイ」「お酒」「酒宴」などで表せるではないか。「一人飲み」は「一人酒」でよい。
 私もジジイになった証拠だろうか。

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