芸の不思議、人の不思議

大友浩による「芸」と「人」についてのブログです。予告なくネタバレを書くことがあります。

 『第70回ハートストリングス語りと朗読の会』(2017.12.2、阿佐谷・ハートストリングス)で内藤和美さんが読んだ小説「藤九郎の島」(久生十蘭作)の元資料が判明した。

 それは、神沢貞幹『翁草』という随筆集の中の一つの記事であった。『翁草』は全二百巻で、前編百巻が明和九年、後編百巻が寛政三年に完成している。

 元となったのは、巻之三十七に収められている「無人島漂流船の事」という文章。

 手元に二つの原文がある。さらに現代語訳も見つけた。

●神沢貞幹『翁草:校訂4』(明治38-39年、五車楼書店)
 ※国立国会図書館デジタルコレクションで公開
●『日本随筆大成〈第三期〉20』(昭和53年、吉川弘文館)
 ※『翁草』巻之三十六〜六十三を収録
●神沢貞幹『翁草(上下)原本現代訳55・56』(浮橋康彦訳、昭和55年、教育社新書)
 ※「無人島漂流船の事」は下巻P.160以下

 このうち国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている画像を転載させてもらう。

翁草_無人島01
翁草_無人島02
翁草_無人島03
翁草_無人島04
翁草_無人島05

 また、「藤九郎の島」は青空文庫で読むことができる。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001224/card46102.html

 一読して気づいた「藤九郎の島」との違いを箇条書きにしておく。

1、小説のタイトルにもなっている「藤九郎」とはアホウドリのことだが、「無人島漂流船の事」には、その名称は出てこない。

>何鳥か名は存ぜず、掛目三貫目も有之大鳥、島中に居申候、出生一両年の間は、其色黒く下腹計り白く、三年も過候へば全体白くなり、誠に其群居候事、碁盤に石を並べ候如くに候。此の鳥を取り食事に仕候、夏の頃五六七月には、何方へ参候や一羽も居不申候故、其間は魚鮑類を取給べ申候

 とある。鳥について述べたのはここだけだ。ここのところは「藤九郎の島」ではこんな風に膨らませている。

>島裏に行ってみると、国方で、藤九郎(阿呆鳥)といっている、掛目三貫匁もあるような大きな海鳥が、何百、何千となく岩磐の上に群居して騒がしく鳴きたてている。白いのもいれば、黒いのもいる。そうしてひとところに群がっているところは、大きな碁盤に黒白の碁石を置きならべたようであった。人間の味をしらず、そばまで行っても人臭いような顔もしないので、いくらでも手掴みでとれた。その肉はひがらくさい臭いがあったが、それさえ厭わなければ、一羽の鳥で、十二人がほどほどに飽くことができた。

2、小説では、佐太夫たち「遠州組」が島に上陸してから、「土佐組」「大阪組」「日向組」と次々に島に流れてくるが、「無人島…」では、遠江の国・新居の一行が無人島に上陸し、生き残りが三人になった後、摂津の国・大坂の人たちが流れてきて、彼らの船を修復して本土に帰ることになっている。土佐組、日向組を登場させたのは久生の演出と思われる。

3、「無人島…」では、登場人物は「太神宮(伊勢神宮)」を信仰しているが、「藤九郎…」の遠州組は禅宗を信仰している。

>ふしぎや、同国のものばかりが一船に乗り合せ、残らず禅宗で宗旨までおなじだ。されば、みなが力を合せ、その気になって一心にやったら、この岩山が畑にならぬものでもあるまいと思うのだ

4、「藤九郎…」では、江戸の土を踏んだところでスパッと物語を終えているが、「無人島…」では、その後の手続きを細かく記して、「記録」という印象を強くしている。

 丹念に読み比べたわけではないが、一読して気づいたのはこんなところだ。
 全体に、久生の演出や台詞回しが、物語の情感を巧みに盛り上げている。例えば、遠州組・土佐組・大阪組・日向組の生き残りが、それぞれの技術を持ち寄って江戸に帰る船を作り上げることになっているが、こういう演出はとても感動的である。

 前回に続いて阿佐ヶ谷・ハートストリングスで開催された『第70回ハートストリングス語りと朗読の会』に行ってきた。

 前回は、一日二回公演のうち早いほうの会に行って「女性専用車両状態」だった。今回は遅いほうの会に行ってやはり同じ状態だった。どちらも私が行かなかったほうは男性のお客さんもいたようだ。どうなってるの?

 冗談はさておき、今回はゲストを入れず、レギュラーのお二人が長めの話を読んだのだが、これが内容充実、とても素晴らしい会になった。私はすっかり良い気持ちになり、そのまま帰るのはもったいないとばかりに、一人でビールを飲んで帰ったのだった。

1、山崎勢津子:さるむこ(今井保之作)

 今井保之さんの「手書きの童話集」より。「猿聟」は、広い地域で伝承されている有名な民話だが、これに今井さんが手を加えた一編。だから新作民話というよりアレンジ民話とでも呼ぶべきか。

 三人の娘をもつ父親が、群れから離れた一匹の雄猿に、田圃の仕事をしてくれたら娘を嫁にやると約束する。猿は約束を果たす。父はうっかり約束をしてしまったことを後悔するが、もう遅い。長女に嫁に行ってくれと頼むが長女は断る。次女に頼むと次女も断る。三女に頼むと三女は行くといった。祭の後、猿は三女をもらいにやってくるが、父は猿に臼と杵を持たせ、柿がなっていたら三女に食べさせてくれるよう頼んで、送り出した。途中、柿の木があり実がなっていた。猿は臼と杵を背負ったまま一番甘そうな実を取ろうとして川に転落して流れてしまう。父親は計略が図に当たって喜んだ。それから長女も次女も他家に嫁に行ったが、三女は行こうとはしなかった。三女は餅と柿はけっして口にすることはなくなり、あの柿の木もそれから実をつけることはなかったという。

 記憶だけで書いたあらすじなので、細部は違っているかも知れない。
 結末近くまでは、通常の民話の類型そのままである。異類婚姻譚はほぼ例外なく婚姻が成就しないことに決まっているのであり、ここでもその通りの結末になっている。同じ立場の人間(ここでは娘)が三人いて、三人目が鍵になる点も類型通り。しかし、エピローグ部分、すなわち婚姻が不成立に終わったものの、三女が哀しみに暮れているところが、民話の類型からはみ出している。ここに作者の解釈があり、この作品の「現代性」があると言えるだろう。猿に深い同情を寄せているところは、「桃太郎」において鬼ヶ島の鬼に同情を寄せるまなざしや、昨今の動物愛護的な思想と軌を一にしていると言える。まあそこまで言わなくてもいいのだが。
 はじめと同じ言葉が最後に回帰する「枠」の構成を持っている。こういうところも現代的だ。
 山崎さんは、民話の素朴な明るさと温かさとをベースに、安定感をもって読み進めながら、結末部分では、猿の運命に同情し、三女の哀しみに寄り添う表現をした。作者の意図は十分に客席に伝わった、という証拠に、読み終えたとき客席から、なんともいえないため息のようなものが漏れたのであった。
 音楽に例えると、素朴で楽しいモーツァルト。しかも最後は哀しみを漂わせて終わるのだから、短調のモーツァルトだ。交響曲第40番とでもしておこうか。

2、内藤和美:藤九郎の島(久生十蘭作)

 山崎さんの馥郁たる哀しみにいい気持になっていたのだが、内藤さんが読みはじめた途端にその気分は吹き飛んだ。とてつもない緊張感に満ちた朗読が始まったからだ。いきなり享保時代、それも嵐に荒れ狂う海の真っただ中、大波に翻弄される船の中に叩き込まれた。
 この緊張力はバッハのようだと思った。始まるや否やいきなりハイテンションの別世界へ放り込まれる『マタイ受難曲』の冒頭合唱だ。モーツァルトの40番からマタイの冒頭合唱へ。この瞬時の転換が劇的で素晴らしかった。
 物語は享保四年(1719)から元文四年(1739)までの二十年を描く。筋立てそのものはまことに単純で、要するに、嵐で難破した船の乗組員が無人島にたどり着いて、そこで約二十年を過ごす、ということである。その間、死者が出たり、後から流れ着いた人々が加わったりする。実話をもとにしているらしい。
 本来なら長編の題材であろう。ヴェルヌの『十五少年漂流記』のような長編に仕立て上げることもできそうだ。それを久生十蘭は30枚にも満たない短編にまとめている。それだけに、原文を読んでいると、あらすじを読まされているように感じるところもいくらかあった。
 内藤さんの朗読は圧巻であった。高い緊張力を維持しながら、男たちの物語を眼前鮮やかに目撃させてくれた。内藤さんの声は、男も読めるし、女も、子どもも表現できる。しかも口調として読み分けるだけではなく、しっかりと人物の内面にまで踏み込んで演じ分けることができる。これは稀有なことではないか。男ばかりが登場するこの物語でも、それぞれの人物の横顔が見えるようであった。あらすじのような本文も、内藤さんが読むとそこに血の通う物語が浮き出てくる。
 終盤、みんなの協力で数年かけて造った船が完成し、いよいよ本土に向けて出発する場面、私の頭の中には勇壮な管弦楽が鳴り響いていた。つまり、映画の一場面を見ているような錯覚に襲われたのだ。流れる出演者・スタッフの字幕まで見えるようだ。
 朗読の時間はどのぐらいあったのだろう。40分ぐらいか。しかし、聞いている者にとっては二時間半ぐらいの大作映画を見終えたときのような一種の達成感に包まれた。私だけではなかったと思う。なぜなら内藤さんが、

> 元文四年六月十日、遠州組三人、土佐組一人、大阪組八人、日向組四人、合せて十六人が手製の船に乗って島を離れた。遠州組の三人は在島二十一年、甚八は六十七歳、仁一郎は六十一歳、平三郎は四十二歳になっていた。七月上旬、青ヶ島に着き、そこから八丈島に送られ、流人御免の御用船に乗せられて、九月上旬、命恙く江戸の土を踏んだ。

 という最後の言葉を読み終えたとき、客席からは「ハァ」というため息が漏れたからだ。「無事に本土に帰って来られて良かった」という安堵のため息であった。

 余談一。
 島に流れ着いた人々は、多少の意見の違いは生ずるものの、極めて平和裡に困難に対峙していく。仲間割れをして二派に分かれ、互いに憎しみ合う、というような展開がない。長編にするにはこういう設定が必要かも知れないが、それをやらず、さらっと短編にまとめたあたりは、久生十蘭のセンスが光る。また、いざというときにはみんなで協力し合うというメンタリティは、いかにも日本人らしいと思う。

 余談二。
 享保四年から元文四年までの二十年間について、江戸本土の描写は一切ないが、実は本土は本土でいろいろ動いていた。まず出帆した時期は、八代将軍吉宗による「享保の改革」の真っ最中で、大岡越前守忠相がさまざまな改革を具体化していた。享保十七年には冷夏と蝗害により全国的な飢饉が発生し(享保の大飢饉)、全国各地で打ち壊しが起きていた。江戸で初めての打ち壊しは享保十八年正月、米を買い占めていた高間伝兵衛宅が襲われた。このときに読まれた落首に「米高間一升二合を粥に炊き多かあ(大岡)食わねえたった一膳(越前)」がある(落語「三方一両損」で使われているアレである)。乗組員たちがこの時期に本土に戻ったとしたら、それはそれで驚いたかも知れない。

 余談三。
 明田鉄雄『江戸10万日全記録』(2003年、雄山閣)の享保四年五月二十二日の項に「二十一年間無人島で暮らした漁夫、助けられ帰国、江戸着(翁草)。」とある。実話というのはこの記録のことを指しているのだろうか。しかし、『江戸10万日全記録』では享保四年に戻ったように読めるのに対し、久生の小説では同年に出発している。この点はもう少し調べてみようと思う。できれば『翁草』にも直接当たりたいものだ。

※追記(2017.12.10)
 『翁草』に直接当たった。その結果、一行が出発したのが享保四年、江戸に帰ったのが元文四年五月二十二日だった。すなわち久生が書いていることが正しく、『江戸10万日全記録』の記述は間違っていることが判明した。
 なお、小説のもとになった『翁草』の文章については別記事で紹介するつもり。

●アガサ・クリスティー『パーカー・パイン登場』(乾信一郎訳、2004年、クリスティー文庫57)

 原書は1934年出版。
 パーカー・パイン物の短編を12編収めている。パーカー・パイン物はほかに2編しかない由。
 「あなたは幸せ? でないならパーカー・パインに相談を」という新聞広告を出し、やってきた不幸な人を何らかの形で幸福にする。パーカー・パインの前に来ると人は、他人に言えない悩みでも告白してしまう。その悩みを巧みな方法で解決する。やや特殊な能力をもった人として描かれている。ちょっとハーリ・クィンに似ている。

 全部で14編しかないパーカー・パイン物だが、とても面白い。

 1、中年夫人の事件
 2、退屈している軍人の事件
 3、困りはてた夫人の事件
 4、不満な夫の事件
 5、サラリーマンの事件
 6、大金持ちの婦人の事件
 7、あなたは欲しいものをすべて手に入れましたか?
 8、バグダッドの門
 9、シーラーズにある家
 10、高価な真珠
 11、ナイル河の殺人
 12、デルファイの神託
 解説(小熊文彦)

 「大金持ちの婦人の事件」が特に良かった。

 アブナー・ライマー夫人は、大金持ちで、ありあまる金の使い道に困っていた。彼女は農村出身だったが、その後大金持ちになり、夫も亡くなったので、何も楽しみがなくなっていた。パーカー・パインは仕事を引き受けた。ライマー夫人は、医師の診断を受けている途中に意識を失い、目を開けたら、そこは元の場所ではなく、ある農村の家にいた。そこでは彼女はハンナ・ムアハウスであった。ライマー夫人とハンナの魂が入れ替わったらしい。彼女はそこでハンナとして暮らすうちに、かつての生き生きとした感覚がよみがえって来た。そして朴訥な男ジョー・ウェルシュを好きになった。やがてそれらが全てパーカー・パインがお膳立てしたものだと判明したが、ライマー夫人は今の生活を続け、ジョーと結婚することにしたという。

 目を覚ましたら全く別の人生を生きていた、というのはSFや幻想文学などでときどき見る設定だが、その感覚が、あっさりと、しかし生き生きと描かれている。

 ライマー夫人は、かつての生活は苦しかったが幸福だった若き日の感覚を取り戻した結果、元の生活に戻らずそのままそこで生きようとするところは感動的だ。身体感覚。

●アガサ・クリスティー『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』(田村隆一訳、2004年、クリスティー文庫78)

 原作は1934年出版。ノンシリーズのミステリ長編。かなり面白かった。

 ボビイ・ジョーンズは、ゴルフの最中に崖から転落して死に瀕している男を発見した。彼は「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と謎の言葉を残して死んだ。

 読んでからかなり時間が経ってしまったので、内容をまとめる気力が萎んでしまった。なので以下省略。
 

 『語りの会 ぼてふり 第十三回公演』(2017.9.15、深川江戸資料館)に行ってきた。14:30と18:30の二回公演だったが、私は14:30の回を聞いた。

1、野間脩平:塚田圭一さんを偲んで
 この会の中心メンバーだった塚田圭一さんを偲んで思い出話。フリートーク。

2、内藤和美:大根焚きの味(川口松太郎作『古都憂愁』より)
 相変わらず素晴らしい朗読だった。「大根焚きの味」は連作短編集『古都憂愁』の中でも、比較的地味なテーマというか、大向こう受けのしにくい味わいの作品なのだが、作品のもつ味わいをよく伝えていたと思った。
 朗読の場合、原文をそのまま読めばよいということはほとんどなくて、その時その場に応じて、何らかの手を加えてテキストを整理する必要があることが多い。この場合は内藤さんの師匠でもある西澤実さんの作ったテキストを使用したようだ。
 その演出の部分に若干の疑問を感じた。一つは、本文では全く出てこない作者川口松太郎の名を正面から出していたことである。たしかに作品中の「私」は川口自身に違いないのだが、それを正面切って出すことによって「何か」が失われたような気がした。その何かをうまく言い当てることは今はできないのだが。
 もう一つは、『古都憂愁』所収の各作品の序盤には京都の街並みや季節感などの風情ある情景描写が置かれているのだが、朗読ではその部分をカットしていたことである。こういうことは持ち時間の関係などから仕方のない面もあるのだが、『古都憂愁』の持つ味わいの一部を殺いでいたように感じられた。

3、桧山うめ吉:俗曲・端唄〜江戸の彩り〜
 冒頭、北朝鮮の話をやや長めに話して、なんというか、まあ、面白いことは面白かった。

4、神谷尚武:祭半纏(山本一力作『まねき通り十二景』より)
 神谷さんのバスバリトンの美声に気持ちよくなって寝てしまった。だから感想らしい感想が書けない。申し訳ない。

 内藤和美さんが「大根焚きの味」を朗読するというので、これを含む単行本『古都憂愁』を読んでみた。

●川口松太郎『古都憂愁』(1966年、桃源社)


 古都京都を舞台とする連作短編集。一人称の「私」が古都で見聞きするさまざまな人間模様。伴走者は、元祇園の芸妓で今は岡崎で旅館の女将をしている田村志麻女。

 第一話 名妓万栄
 第二話 円山しだれ
 第三話 洛北再会
 第四話 庖丁姉妹
 第五話 嵯峨野悲雨
 第六話 祇園祭
 第七話 霧の中の比叡
 第八話 清水寺少女
 第九話 金色の臍
 第十話 大根焚きの味
 第十一話 鹿ヶ谷遁世
 第十二話 金閣寺の白蛇
 あとがき

 挿絵は中村貞以。

 各作品は、京都の街並みや風物や季節感などを美しい文章で描写するところから始まり、やがて人間模様が動き出していく。

 とても素敵な一冊で、この本と出合えたことに感謝したい。ただ、どうなんだろう、今どき売れる本ではないのだろうなあ。残念なことに。

 あとがきに、

> 古都憂愁の登場人物は亡くなった方も多いが現存の人も多い。実名をかくさず、引き合いに出された方方にはお詫する。

 とある。ここから二つのことがわかる。一つは、この小説の登場人物が実名だということであり、もう一つは、そこから類推して、この物語がほぼ実話らしいということである。もちろん小説だからいくらかの演出はあるだろうけれども。

 だとすると、これは作者が自身の周辺のことを書いた「私小説」になるわけだが、なぜかこういう小説は私小説とは呼ばれない。作者が裕福だったり、内容が贅沢だったりするものは、私小説の範疇には含まれないのだろう。

 もっとも、一人称の「私」は、どう見ても川口松太郎自身なのだが、本文中に川口の名は一度も出てこない。これをどう解すべきか。

 ときどき「昔は良かった。今は変わってしまって住みにくい」という師匠・久保田万太郎のテーゼが顔を出す。やはり師弟なのだなあと思う。

 「嵯峨野悲雨」のラスト、

> 「鶴羽さんは倖せに亡くなったんですか」
 と、訊いた。江藤の死を聞いていただけに、気になって訊いたが、母はじっと私の顔を見込み

 というところで139頁が終わり、頁をめくると、

> 「自殺いたしました」
 と、一言だけいった。

 とショッキングな言葉が目に飛び込んでくる。これは計算なのだろうか、それとも偶然なのか。前者だとすれば、頁をめくるという読者の身体的動作による間合いを採り入れた見事な演出というほかはない。つげ義春「李さん一家」で使われた手法だが、「李さん一家」の初出は1967年6月号の『ガロ』だから、「嵯峨野悲雨」のほうが早い。

> 「今夜の雪は積るぞ。あんなとこで、雪をききながら一人で寝るかと思うと哀れだな」(P.290)

 「雪をきく」という表現はいいな。

 山本一力については以前から興味があって、本も何冊か買ってある。ちょうど9月15日に『語りの会ぼてふり第十三回公演』で神谷尚武さんが「祭半纏」を朗読するとのことだったので、良い機会と思い、一冊入手して読んだ。

●山本一力『まねき通り十二景』(2012年、中公文庫)

 単行本は2009年、中央公論社。

 時代物の連作短編集。江戸天保期、深川冬木町の「まねき通り」を舞台とする。

 第一話 初天神
 第二話 鬼退治
 第三話 桃明かり
 第四話 菜種梅雨
 第五話 菖蒲湯
 第六話 鬼灯
 第七話 天の川
 第八話 祭半纏
 第九話 十三夜
 第十話 もみじ時雨
 第十一話 牡丹餅
 第十二話 餅搗き
 番外編 凧揚げ

 ほのぼのとした話ばかりで、例えば悪人などは出てこない。ほのぼのは良いのだが、どれも味わいが「淡い」。

 これがいかにも平成の時代小説だという感じを受けたのが、次のような記述だ。

> 高さは六丈(約十八メートル)(P.14)

> 仲町の火の見やぐらまで四町(約四百三十六メートル)(P.14)

> 四ツ(午前十時)(P.17)

 という具合に、長さ・時刻等にはすべて括弧に入れて現代の単位でどのぐらいになるかを示している。また、

> ゴオーーン……。
 永代寺が明け六ツ(午前六時)の捨て鐘第一打を撞いた。
 夜明けが明け六ツで、五ツ(午前八時)、四ツ(午前十時)、九ツ(正午)の順に鐘が撞かれる。
 正午のあとは八ツ(午後二時)、七ツ(午後四時)、暮れ六ツ(午後六時)、五ツ(午後八時)、四ツ(午後十時)の具合に、撞かれる鐘の数がひとつずつ減った。(P.33)

 と江戸の時事風俗についての説明が多い。よくいえば丁寧だが、個人的にはわずらわしい。こんなところから説明しなくても、と思う。こういう説明は、吉川英治も、海音寺潮五郎も、山本周五郎も、よほどのことがない限り書いていないはずだ。藤沢周平はどうなんだろう。たぶん書いていないと思うが、これは後で確認しよう。だが、『まねき通り十二景』を読む現代の読者には、こうした説明が必要だと判断したのだろう。それはきっと正しいのに違いない。これが時代小説がかつてほど身近でなくなった平成の時代小説作法なのだろう。江戸は遠くになりにけり。

 考証ミスと思われる点が一つ。
 「天の川」で、父母を「おとうさん」「おかあさん」と呼んでいる。ただ呼んでいるばかりではなく、そう呼ぶことを話題にしている。

> まだ三歳なのに、かのこは大三郎を「おとうさん」と呼んだ。(略)
 が、ゑり元のしおりとかのこ姉妹のほかに、父親をおとうさんと呼ぶ子は皆無だった。
 裏店暮らしの職人のこどもも、まねき通りの小商人の子も、父親を呼ぶときは伝統と格式にのっとり……。
 男児ならちゃん。(ちゃんに傍点)
 女児ならおとうちゃんか、おとっつぁん、まかり間違っても、おとうさんと呼ぶこどもはいなかった。(P.172)

> おとうさん、だいすき。
 おかあさん、だいすき。
 おねえちゃん、だいすき。
 くまもだいすき。
 きんぎょもだいすき。
 かのこの短冊の上では、大好きなものが躍っていた。(P.178)

 しかし、「おとうさん」「おかあさん」という言い方は江戸時代にはなかった。

> この言い方(「おかあさん」)は、少なくとも明治初期の関東以北にはなかった。(水原明人『江戸語・東京語・標準語』1994年、講談社現代新書)

> その頃(=明治初期)、東京のかなり上流の家庭では「とうさん」「かあさん」という言い方が使われはじめていたようだが、それは主に女性や子供の間の呼び方で、成人の男性はあまりこういう言い方をしなかった。(同書P.98)

> しかし、その「とうさん」「かあさん」が、明治三十七年(一九〇四)、国定教科書の中で両親に対する正しい呼び方として採用されたのである。(同書P.98)

> 当時、「おかあさん」という言い方に対する人々の非難はかなり高かったと伝えられている。(同書P.99)

 『日本国語大辞典』にも、

> お-とう-さん【御父様】〖名〗(1)(明治末期以降、国定教科書により、それまでの「おとっさん」に代わって広く一般に用いられるようになった語)

 とある。

 時代考証を前提とする小説を書くのは難しい。実際に江戸時代に暮らしているのではない以上、誰にでもミスはあるとも言える。私も事細かくあげつらうつもりはない。しかし、私はこのくだりを読んで瞬間的に違和感を感じたところからすると、このミスは小さくないのではないか。ぜひ改訂を望みたいところだ。

 『第69回ハートストリングス語りと朗読の会』に行ってきた(2017.9.9)。場所は、阿佐ヶ谷駅から徒歩で15分ほど歩いた住宅街にあるハートストリングスという喫茶店。

 30人ほどいた満席のお客は全て女性で、出演者・スタッフも含めて男は私一人だった。なんだか女性専用車両に乗ってしまったような居心地の悪さ(^_^;)。誰か助けてくれ。

1、山崎勢津子:人情噺(織田作之助作)

 ベテランの確かな技術と安定感が光る。

> まる十三年一つ風呂屋に勤めた勘定だが、べつに苦労し辛抱したわけではない。根気がよいとも自分では思わなかった。うかうかと十三年経ってしまったのだ。
 しかし、三平は知らず主人夫婦はよう勤めてくれると感心した。給金は安かったが、油を売ることもしなかったのだ。欠伸も目立たなかった。鼾も小さかった。けれども、べつに三平を目立って可愛がったわけでもない。
 たとえば、晩菜に河豚汁(ふぐじる)をたべるときなど、まず三平に食べさせて見て中毒(あた)らぬとわかってから、ほかの者がたべるという風だった。
 これにも三平は不平をいわなかった。

 この河豚汁のくだり、事前に黙読したときには「なんて陰険な主人夫婦なのだろう」と受け止めていた。ところが、山崎さんはここをくすぐりのように明るく読んだのだ。客席から笑いもこぼれていた。なるほどと思った。織田作の文体から考えても、これは山崎さんの解釈が正解だろう。自分では読み込めなかったところを朗読を聞くことで教えられることがある。朗読を聞く楽しみの一つは、こんなところにもあるのではないだろうか。

2、渡辺美紀:きつねの窓(安房直子作)


 若い人。朗読は山崎さんに師事している由。既に声の仕事で活躍しているが、さらにまた、噺家として林家しん平師に弟子入りしたらしい(寄席で前座修業をするプロの弟子なのか、セミプロ/アマチュアの弟子なのかは不明)。童話を明るく表情豊かに聞かせてくれた。

3、内藤和美:子供役者の死(岡本綺堂作)

 圧巻の朗読。内藤さんの朗読は、なぜこんなに一言一言が聞く者の頭にスッと入り、情景が浮かんでくるのか。いまだにその芸の秘密が解明できない。少なくとも、数々の技巧が技巧に見えず、自然に「物語を伝える」ことに奉仕している、ということはわかる。真の技術とはこういうことを言うのだろう。でもおそらく、それだけでは説明がつかない。
 子供役者の六三郎が甲州で、吉五郎(博奕打ちの親分)の妾であるお初といい仲になってしまう。吉五郎は酒席に六三郎を呼び、お初の亡骸を見せて「これを知っているか?」と問うが、六三郎は恐怖におびえ「知らない」と答える…。
 作者は、六三郎の台詞をほぼ三回しか書いていない。台詞を際立たせるために意識的にそう書いたのだろうと思う。二回目は「いいえ、存じません。」「知りません。」という否定の言葉だ(この台詞は新約聖書のペテロの否認を思わせる。というのは単なる私の主観ではなくて、ごく短いリードにも記されているのだ。作者はペテロの否認にヒントを得てこの噺を思いついたのかも知れない。内藤さんはこの部分を読まなかったが、それはこの場の選択として正解だと思う)。三回目は、吉五郎の酒席から無事に戻ったものの、恐怖から解放されずに譫言でいう「済みません。堪忍してください。」という言葉だ。
 そして、一見重要とは思われない一回目の台詞が、物語の前半、吉五郎の酒席に呼ばれる前、座頭や太夫元からお初と別れるように諭された際の台詞だ。

> 座頭は、もしこれがばれたあかつきにはお前ばかりの難儀でない、一座の者の迷惑にもなることだから、あの女だけは思い切れと叱るように言って聞かせました。太夫元はまた、万一親分が我慢しても子分たちが承知する筈がない。大勢が芝居小屋へ押し掛けて来て、木戸を打ち毀すなどは往々ある習いだから、あの女だけはどうぞ手を切ってくれと、頼むようにいって聞かせました。六三郎はやさしい眼に涙をうかべて、長い袂を膝の上に重ねまして、「どうも御心配をかけて済みません。」と、唯ひとこと言いました。

 内藤さんのこの台詞が素晴らし過ぎてゾッとした。若い役者の未熟さ、甘さ、世界の狭さといったものがすべて伝わってくるような表情であった。この表情は、その後の「ペテロの否認」の場面への伏線にさえなっている。
 朗読は、事前に出来上がっているテキストをただ再現するだけ、と思いがちであるが、実はテキストと一体となって一つの表現を「創作」することだ、という良い証拠ではないだろうか。内藤さんの朗読は、極めて高いクリエイティヴィティを持っている。

 終演後、コーヒーと手作りクッキーをいただきながら、しばし雑談の時間。この頃までには私の居心地の悪さは7割ほど減って3割ぐらいになっていた(笑)。男性諸氏、今度は一緒に行きませんか?

●アガサ・クリスティー『リスタデール卿の謎』(田村隆一訳、2004年、クリスティー文庫56)

 アガサの六冊目の短編集。シリーズに属していない。さまざまな作風の短編が集められている。原著の出版は1934年。

1、リスタデール卿の謎
2、ナイチンゲール荘
3、車中の娘
4、六ペンスのうた
5、エドワード・ロビンソンは男なのだ
6、事故
7、ジェイソンの求職
8、日曜日にはくだものを
9、イーストウッド君の冒険
10、黄金の玉
11、ラジャのエメラルド
12、白鳥の歌

 気楽に読めるが、概ね味わいの薄いものが多かった。
 
 「ラジャのエメラルド」の主人公の名はジェイムズ・ボンド。007の主役とは関係ないようだ。つまり、イアン・フレミングがこの作品から名前を取ったということはなさそうだ。どうやらイギリスではよくある名前らしい。

 リコーダー奏者の細岡ゆき先生をお招きして、「連続個人レッスンのあと細岡先生を囲んだ打ち上げに突入!」という催しを企画しました。

 この度ひと枠分欠員が出ましたので、新たに募集します。興味のある方は参加なさいませんか?

日時:
 2017年9月23日(土)
 レッスン朝9時〜夕方5時(時間帯は選んでいただけます)
 その後打ち上げに突入(みんなで移動します)
場所:
 東京都東大和市内の集会室
 会場周辺の駅(西武拝島線・東大和市、JR武蔵野線・新小平ほか)まで車で迎えに上がることができます。
内容:
 60分
対象:
 超初心者から上級者まで
 教わる曲は自由に選んでください。
 何を選んだらいいかわからない方はご相談ください。
費用:
 レッスン代+打ち上げ費用(ワリカン)
 額についてはお問合せください。

 申込み・問合せは、この記事に非公開コメントをつけてください。メールアドレスを明記してください(アドレスは公開されません)。折り返し私からご連絡差し上げます。

 リコーダー愛好家なら絶対楽しいと思います!

※追記(2017.8.24)
 お陰様で枠が埋まりましたので、募集は締め切ります。
 「どうしようかな〜?」と迷っていた人は、ぜひ次の機会に!

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