芸の不思議、人の不思議

大友浩による「芸」と「人」についてのブログです。予告なくネタバレを書くことがあります。

2016年11月

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 『名作挿絵全集(全10巻)』(1979-1981年、平凡社)を買った。嬉しい!
 明治から昭和戦後までの挿絵の名作を集大成したもの。昭和54年から56年にかけて出版された。
 パラパラと頁をめくっているだけでも楽しい。時間を忘れる。
 全10巻の内容は次の通り。

 1 明治篇
 2 大正・時代小説篇
 3 大正・現代小説篇
 4 昭和戦前・少年少女篇
 5 昭和戦前・時代小説篇
 6 昭和戦前・現代小説篇
 7 昭和戦前・戦争小説篇
 8 昭和戦後・時代小説篇
 9 昭和戦後・現代小説篇

 いつ頃からだろうか、挿絵がイラストという語に代わって、ほとんど重視されなくなったのは。しかし、少なくとも昭和のある時期までの小説等にとって、挿絵は重要な役割を果たしていた。例えば、永井荷風『東奇譚』において木村荘八の挿絵が果たした役割はとても大きかったはずだ。

 綺羅星のごとくいた挿絵画家たちは、腕達者が多く、また個性が光っていた。伊藤彦造の怪しい魅力、蕗谷紅児の大正モダニズム的抒情、高畠華宵の写実的抒情、少年小説の世界を彩った斎藤五百枝、竹中英太郎の幻想世界、まだまだ…。

 吉川英治の作品のほとんどは文庫本で読めるが、つい置き場所に困る箱入りの『吉川英治全集』(講談社)で欲しくなってしまうのは、挿絵が入っているからだ。ある作品が大規模な文学全集の一巻として収録されると、挿絵はカットされてしまうことが多い。例えば、先ほどの『濹東奇譚』は各社の文学全集に収録されているものには挿絵がない。岩波文庫版には収録されているから、どうしても岩波文庫で読むことになる。

 なろうことなら、もう一度挿絵の魅力について考え直したいものだ。近いうちに、この全集を通読するのをとても楽しみにしている。

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第一巻明治篇より鏑木清方の頁

 ネタを割ってます。

●アガサ・クリスティー『七つの時計』(深町真理子訳、2004年、クリスティー文庫)

 原書は1929年。『チムニーズ館の秘密』の続編で、バトル警視、ケイタラム卿、バンドル、ジョージ・ロマックス、ビル・エヴァズレーなど同じ人物が登場する。

 鉄鋼王のサー・オズワルド・クートは、ロンドン郊外のチムニーズ館を、所有者であるケイタラム卿から借りて住んでいた。もうすぐ貸借期間も終わりになろうという頃、泊まりに来ていた若い外交官のジェリー・ウェイドが死んだ。クロラール(睡眠薬)の飲み過ぎにも見えたが、不審な点もあった。ウェイドが死んだベッドのそばには、仲間たちがいたずらで仕掛けた八つの目覚まし時計があったはずだが、なぜかそれが暖炉の上に並べられ、しかも一つ少ない七つになっていた。しばらくしてやはり若い外交官であるロニー・デヴァルーが銃で撃たれて殺された。明らかに他殺だった。若い四人、ジミー・セシジャー、ビル・エヴァズレー、バンドル、ロレーン・ウェイドは、「セブン・ダイヤルズ」という組織を追って探索を始める。

 ケイタラム卿:侯爵。チムニーズ館の所有者。
 バンドル(アイリーン・ブレント):ケイタラム卿の娘。最後にはビル・エヴァズレーと結婚することになる。
 サー・オズワルド・クート:鉄鋼王で、物語の冒頭、チムニーズ館を借りて住んでいる。
 マライア・クート:オズワルドの妻。
 ルーパート・ベイトマン(ポンゴ):オズワルドの有能な秘書。ビル・エヴァズレーとは幼なじみ。セブン・ダイヤルズの謎の男ナンバー7ではないかと疑われるが、違った。
 ジミー・セシジャー:チムニーズ館の客。セブン・ダイヤルズを追う四人のうちの一人。だが実は、犯罪者で、ヘル・エーベルハルトの発明した公式を盗もうとし、ジェリー・ウェイドらを殺した犯人であった。
 ビル・エヴァズレー:若い外交官。実はセブン・ダイヤルズのメンバー。最後にバンドルと結婚することに。
 ロニー・デヴァルー:若い外交官。射殺される。
 ジェリー・ウェイド:若い外交官。物語の初期に殺される。
 ロレーン・ウェイド:ジェリー・ウェイドの腹違いの妹。ジミー・セシジャーに惚れて悪事に加担する。
 ジョージ・ロマックス:外務次官。
 サー・スタンリー・ディグビー:航空大臣。
 テレンス・オルーク:秘書官。
 ヘル・エーベルハルト:発明家。国家の運命に大きな影響をもたらす公式を発明する。
 アンナ・ラツキー:伯爵夫人。実は女優のベーブ・シーモア。バンドルによってセブン・ダイヤルズの一員であることが見抜かれるが、実はセブン・ダイヤルズという組織は犯罪者集団ではなく正義の集まりだった。
 モスゴロフスキー:セブン・ダイヤルズ・クラブの経営者。
 バトル警視:ロンドン警視庁の警視。セブン・ダイヤルズのナンバー7。

 「すべからく」の誤用あり。

 ネタを割ってます。

●アガサ・クリスティー『青列車の秘密』(青木久恵訳、2004年、クリスティー文庫)

 ポアロ物長編ミステリ。クリスティーの気分が乗らず、食うために嫌々書いた作品らしいが、面白かった。ヘイスティングズは出てこない。
 
 豪華列車ブルー・トレインの中で、富豪の娘ルース・ケタリングが殺され、〈火の心臓〉と呼ばれるルビーが盗まれた。

 ルーファス・ヴァン・オールディン:アメリカの富豪。愛する娘ルースに〈火の心臓〉をプレゼントする。またルースに離婚をさせようとしている。
 ルース・ケタリング:ヴァン・オールディンの娘。夫デリク・ケタリングとは愛し合っていない。ブルー・トレインの中で殺害される。
 デリク・ケタリング:ルースの夫。浪費家。ミレーユというダンサーを愛人にしている。ヴァン・オールディンからルースとの離婚を迫られている。ルースが死ぬことで大金を相続した。ルース殺害の嫌疑がかけられる。
 ナイトン少佐:ヴァン・オールディンの有能な秘書。キャサリン・グレーに惚れてしまう。実は侯爵(ル・マルキ)と呼ばれる大泥棒。手下のエイダ・メイスンと宝石を盗みルースを殺害する。
 アルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵:ルースの愛人。ルース殺害の嫌疑をかけられる。
 ミレーユ:ダンサー。デリクの愛人。
 キャサリン・グレー:ハーフィールド夫人の世話係をつとめていたが、夫人がなくなり遺産を相続した。無欲で、浮つかず、冷静にものを見る目を持っている。
 レディ・タンプリン:キャサリンのいとこ。利益に預かろうとキャサリンを家に招待する。
 レノックス・タンプリン:レディ・タンプリンの娘。キャサリンに同情的。
 エイダ・メイスン:ルースのメイド。実は侯爵の手下で、宝石を盗み、ルースを殺害する。
 ディミトリアス・パポポラス:ギリシャの骨董商。裏物も扱う。

 ネタを割ってます。

●アガサ・クリスティー『ビッグ4』(中村妙子訳、2004年、クリスティー文庫)

 原著は1927年。ポアロ物にして冒険物というか国際謀略物でもある。
 
 ポアロとヘイスティングズが「ビッグ4」と名乗る一大犯罪組織と戦う。

 12の短編をつなげて長編にしたもの、と聞くと納得できるような構成。連作短編集のような。
 
 ビッグ4の、ナンバー1はリー・チャン・イェンという中国人。ナンバー2はエイブ・ライランドというアメリカの富豪。ナンバー3はマダム・オリヴィエというフランスの科学者。変装の名人であり殺し屋でもあるナンバー4は、クロード・ダレルというイギリス人の俳優である。
 
 後半でポアロの双子の兄が登場する。兄の存在はヘイスティングズも知らなかった。だが、どうも兄自身がポアロの創作であるらしい。
 
 ロサコフ伯爵夫人が敵方として登場する。ロサコフ伯爵夫人は他の作品にも登場。どうやらポアロは伯爵夫人に惚れているらしい。

 ネタを割ってます。

●アガサ・クリスティー『アクロイド殺し』(羽田詩津子訳、2003年、クリスティー文庫)

 原著は2006年出版。クリスティーの代表作の一つにして、問題作。

 舞台はキングズ・アボット村。小説全体が、この村に住む医師ジェームズ・シェパードの手記という形になっている。キングズ・アボット村に住む裕福な未亡人フェラーズ夫人が、ヴェロナールを飲んで自殺した。村のもう一人の富豪であるロジャー・アクロイドは、フェラーズ夫人との結婚が噂されていたが、そのアクロイドもまた刺殺された。たまたま村に引っ越してきていたエルキュール・ポアロが捜査に乗り出す。

 ロジャー・アクロイド:キングズ・アボット村の富豪。ファンリー・パークに住む。
 ラルフ・ペイトン:ロジャーの義理の息子(亡妻の連れ子)。フローラ・アクロイドと婚約する。が、実はアクロイド家の小間使いのアーシュラと結婚していた。
 セシル・アクロイド夫人:ロジャーの義妹(弟の妻)。
 フローラ・アクロイド:セシルの娘。ラルフ・ペイトンと婚約するが、実はヘクター・ブラント少佐を愛している。
 ジェフリー・レイモンド:ロジャーの秘書。
 ジョン・パーカー:ロジャーの執事。
 ミス・ラッセル:アクロイド家の家政婦。一時期ロジャーと結婚するのではないかといわれていた。がセシル・アクロイド夫人がやってくることでその可能性はなくなった。ロジャー殺害当日、ファンリー・パークにいたらしい謎の男チャールズ・ケントの母。
 アーシュラ・ボーン:アクロイド家の小間使い。ラルフ・ペイトンと愛し合い、秘かに結婚していた。
 ヘクター・ブラント少佐:ロジャーの旧友。秘かにフローラ・アクロイドを愛している。
 ジェームズ・シェパード:キングズ・アボット村に住む医師。アクロイド殺しの犯人。手記を書き終え、ヴェロナールを飲んで自殺することを暗示して、物語は終わる。
 キャロライン:シェパードの姉。

 とても面白かった。
 語り手が犯人であるということで、この小説は賛否両論の大議論を巻き起こした。反則ではないかというのである。

> 第一次大戦後、とりわけ一九二〇年代は、探偵小説の形式化がラディカルに推し進められた時代である。(P.442)

 と解説の笠井潔は述べている。つまり、形式が整いつつある時期にもうすでに反則的作品が生まれているのである。こういうことはどのジャンルでもあるような気がする。
 この手法を批判するとしても、いずれこういう作品は出てきたはずである。それをたまたまアガサが書いたということにすぎないのではないか。しかも傑作を書いたのだから、これでいいのだと思う。
 見方を変えて、形式化はなぜ起きたのか、という論点のほうが興味深い。どうもそこには歴史的、思想的な意味がありそうである。

 ネタを割ってます。

●アガサ・クリスティー『チムニーズ館の秘密』(高橋豊訳、2004年、クリスティー文庫)

 原著は1925年出版。
 登場人物が多くて、前半やや読みにくかったが、半ばほどからは面白さが発酵してきた。
 読み終えてからすでに時間が経ってしまったので、細かいところはほとんど忘れた(笑)。人物や設定を全部把握した上でもう一度読み直したいものだ。
 
 今はキャッスル旅行者に勤めているアンソニー・ケイドは、アフリカはジンバブエのブラワーヨで久しぶりに会った友人のジェイムズ・マグラスから意外なことを頼まれる。ヘルツォスロバキアのスティルプティッチ伯爵が書いた回顧録を、十月十三日までにロンドンのある出版社に届ければ、一千ポンドという大金をくれるというのだ。ケイドはマグラスになりすましてロンドンへ向かう。
 
 アンソニー・ケイド:キャッスル旅行者の社員。友人のマグラスから、スティルプティッチ伯爵の回顧録をロンドンの出版社まで届けるように頼まれる。最後の最後で、ケイドがヘルツォスロバキアの王位継承者ニコラス・オボロヴィッチだということが明かされる。
 ジェイムズ・マグラス:ケイドの友人。
 ケイタラム卿:チムニーズ館の所有者。
 アイリーン(バンドル):ケイタラム卿の娘。
 ブラン:ケイタラム家の家庭教師。
 スティルプティッチ伯爵:ヘルツォスロバキアの元首相。暗殺された。回顧録を執筆。
 ミカエル・オボロヴィッチ:ヘルツォスロバキアの王子。
 ボリス・アンチューコフ:ミカエル王子の付き人。
 アンドラーシ大尉:ミカエル王子の侍従武官。
 ロロプレッティジル男爵:ヘルツォスロバキアの王政擁護派の代表。
 ジョージ・ロマックス;イギリス外務省の高官。
 ヴァージニア・レヴェル:ロマックスのいとこで美貌の女性。最後にはケイドと結婚する。
 ビル・エヴァズレー:ロマックスの秘書。
 ハーマン・アイザックスタイン:全英シンジケートの代表。
 ハイラム・P・フィッシュ:チムニーズ館の客。
 キング・ヴィクター:フランスの宝石泥棒。正体不明。実はルモワーヌになりすましていた。
 バトル:ロンドン警視庁の警視。
 ルモワーヌ:パリ警視庁の刑事。

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