バッハ:2声のインヴェンション BWV772-786 に続き、バッハ:3声のシンフォニア BWV787-801 をリコーダー三重奏に編曲した。

 全音楽譜出版社のピアノ用楽譜(ツェルニー編)をもとに入力を行い、バッハの1720-23年手稿譜で校正した。が、手稿譜ではわからないところがあったので、新たに新バッハ全集準拠のベーレンライター版の楽譜を入手して、一部こちらを参考にした。
 リコーダー化にあたっては、手元にある服部完治さんの編曲譜を参考にさせていただいた。
 以下、順に録音し、公開する予定。はたして最後まで行くかなあ。
 なお今回の録音については、第2パートであるテナーリコーダーを右に、バスリコーダーを中央に置いてみることにした。内声が聞き取りやすくなったと思う。


【01】シンフォニア第1番 BWV787


 16分音符の滑らかな順次進行が、平明で明るい気分を醸し出す。終止和音の長3度がなんと甘いこと。
 4/4拍子、原調ハ長調をヘ長調に移調。
 バッハのシリーズ物の最初の曲はハ長調が多い。2声のインヴェンション、平均律クラヴィーア曲集第1巻、第2巻など。もちろんこれは偶然ではない。

【02】シンフォニア第2番 BWV788


 全15曲の中でも最も美しい曲ではないだろうか。大好きな曲。この曲が吹きたいために《3声のシンフォニア》を取り上げたと言っても過言ではないほど。
 12/8拍子。原調ハ短調をト短調に移調。
 ツェルニー編纂の楽譜では Allegro vivace と記されている。以前この記述にどれだけ悩まされたことか。後にバッハの自筆譜には何も記されていないことを知り、やっと安心して演奏できるようになった。
 無駄な音は一音も無い。全ての音が機能し合い、響き合っている。ピカルディ終止がやるせない。

【03】シンフォニア第3番 BWV789


 明るく楽しい曲。第1番も明るいが、あちらは穏やかに明るいのに対して、第3番はうきうきと跳ねるような明るさ。
 4/4拍子。原曲ニ長調を変ロ長調に移調。
 この《3声のシンフォニア》は、基本的に ATB の編成でリコーダー化している。が、この第3番だけは STB に編曲した。原曲を変ロ長調に移し、STB に割り当てると、上2声部の音符を全く動かさなくて済むことに気づいたからだ。もともとこのシリーズでは、リコーダーの音域に収めるためのオクターヴ移動しかしていないのだが、この曲の上2声部はそれすらしていない。
 そのかわり指などはやや難しくなった。ト長調にして ATB で吹くほうが比較的易しく吹けて、少し迷ったけれども、「1音も動かさない」魅力には勝てなかった。

【04】シンフォニア第4番 BWV790


 繋留を含んだ音型には愁いと情熱を同時に感じる。ウォーキングベースを思わせる低音の八分音符は、それでも淡々と歩み続ける人生のようではないだろうか。その歩みを運命という半音進行が彩る。まことに味わい深い曲。
 4/4拍子。原調ニ短調をト短調に移調。
 終止音が和音でなくユニゾンというのも、何か人生の行き着く先を暗示しているようで、感慨深い。考え過ぎかな。

【05】シンフォニア第5番 BWV791


 3/4拍子。原曲変ホ長調をト長調に移調。
 装飾音がたくさんついてる。BWV772〜801のインヴェンションとシンフォニアの原譜を見ると、装飾記号はほとんどついていないことがわかる。ところがこの曲だけは、バッハ自身がつけた装飾記号にあふれている。したがって装飾省略はあり得ない。
 この装飾音に関して、はじめに音符を入力した全音のツェルニー版は信用できない。そこでバッハの手稿譜を見たのだが、ファクシミリの解像度や手書き故の曖昧さがあって、よくわからなかった。そこで泣く泣くちょっと高い新バッハ全集準拠のベーレンライター版を買った(全音版1000円ぐらいなのに対して約2700円)。
 ベーレンライター版には、装飾音をはずした譜面、装飾音入りの譜面が掲載されており、さらに巻末には2種類の別バージョンの装飾音入り譜面が掲載されている。私はメインページの装飾音入り譜面をリコーダー譜に写した。
 その次の問題は、これをどう演奏するかだ。一番戸惑ったのは、音符と音符の間に書かれている細かい装飾音符だ。複数のチェンバロ演奏を聞いて、これは前の音符の音価から使うことが判明。つまり「後打音」だ。また、私が採用した譜面では終止音に前打音が無い(手稿譜でも曖昧だが一応そう見える)。そこで、譜面上はそのまま前打音無しにしつつ、実際の演奏では第一パートのみ前打音を入れた。演奏者の解釈で、という形だ。
 後打音を含めて装飾音の入れ方がわかったところで、次はそれを自然に吹けるように体に入れなければならない。これに少し時間がかかった。
 ここまで何とかできたところで、やっと録音。録音自体はスムーズに運んだ。
 こうして手間がかかった録音を聞いてみると、なんてのんびりした良い曲!

【06】シンフォニア第6番 BWV792


 明るい曲調で、ちょっと第1番に雰囲気が似ている。
 9/8拍子。原曲ホ長調を変ロ長調に移調。
 おしまい近くのGP(総休符)の前の和音は、いわゆるVII度の和音で、基本形は短3度が二つ重なっている。実際には第二展開形で長6度が二つ重なった形(下からミ♭ドラ)。これってどう音程を取ればいいのかわかりません(^_^;)。誰か教えて。
 最後の最後で、第一パートに16分音符の速いパッセージ、音域も高いので、ちょっと難しい。
 これを録音したとき、テナーとバスのコンディションが悪くて、音がやや荒れてる。後日、譜久島工房で調整していただいて良くなった。やはりメンテナンスは大事だなあ。
 なお、第5番は準備が整わなくてこちらを先に公開した。

【07】シンフォニア第7番 BWV793


 3/4拍子。原曲ホ短調をイ短調に移調。
 まず、アルトが、8分音符主体の、憂いを含んだ伸びやかなテーマを吹くと、2小節遅れてテナーが、さらに4小節遅れてバスが追いかける。14小節冒頭で終止形を迎えた直後、テナーがテーマを吹くと同時にバスが16分音符の対旋律でこれを飾る。この第二テーマともいうべき16分音符の音型にグッと来てしまう。アルペジオでもスケールでもない、だがそのどちらでもあり得る絶妙なメロディー。なんとも切ない思いに囚われる。
 ピカルディ終止に涙をぬぐう。

【08】シンフォニア第8番 BWV794


 4/4拍子。原調ヘ長調を変ロ長調に移調。
 快活で明るい曲想。音楽は、楽しく、自然に流れている……ように見えるけれども、かなり巧みにあちこちに転調している。吹きながら感じるところでは(細かく分析すればたぶんもっと転調していると思う)、主調の変ロ長調で始まって、一旦ヘ長調で終止、変ロ長調へ戻るかと見せて、ト短調に…行くかと思うとハ短調、いやト短調か、ト短調でいったん終止形、その後、変ロ長調へ戻るかと見せて(いつか来た道)、ありゃりゃ変ホ長調に行っちゃって、少し遊んだものの、最後はちゃんと変ロ長調に戻って終わる、とこんな感じ。これがたった23小節、演奏時間実質72秒の間に行われている。やっぱりバッハってすごいな。

【09】シンフォニア第9番 BWV795


 4/4拍子。原調へ短調をイ短調に。
 この第9番こそ《3声のシンフォニア》全15曲中でも燦然と輝く名曲ではないかと思う。まさにバッハでなければ書けなかった奥深い、かつ神秘的な曲。受難曲やミサ曲の世界ともつながっている気がしている。
 バッハが♭4つのへ短調を選んだのも偶然ではないだろう。バロック時代には「調性格論」というものがあって、例えば、ヨハン・マッテゾンは、ヘ短調は、穏やかでリラックスしながら、同時に、深くて重い、ある種の絶望を伴う致命的な心の恐怖を表現している…等と述べている。
 シリーズ中に「はたして自分に吹けるだろうか?」と心配した曲が何曲かあるが、これもその一つ。だから、録音には意を決して臨んだ。「全曲やるって言っちゃったんだし、まあ、吹かなきゃしょうがない」と。実際の録音では、意外にスムーズに事が運び、特にバスパートは一発撮りだったと思う。ほかのパートもたしか1テイクか2テイク程度だった。《ロ短調ミサ曲》の「Et incarnatus est」と「Agnus Dei」の響きを思い出しながら吹いた。私としてはかなり良い出来の演奏になったのではないかと勝手に思っている(自分比)。それと、この曲は特にリコーダーに合う。
 第9番はシリーズ中で唯一、終止音が短和音の曲。全15曲中、短調の曲は7曲で、終止音は、短調1、長調3、ユニゾン3。曲は短調でも最後は長和音で終わるいわゆる「ピカルディ終止」が3曲もあるのに対して、素直に(?)短和音で終わるのは1曲しかない。なぜか? まあ、聞けばわかりますよね。この曲にピカルディ終止は似合わない。世界観が違う。
 ついでに、全15曲の長短調の別と終止音をまとめておこう。
 長調の曲8、短調の曲7。
 終止音は、長和音9(内訳:長調6、短調3)、短和音1(内訳:短調1)、ユニゾン5(内訳:長調2、短調3)。

【10】シンフォニア第10番 BWV796


 3/4拍子。原調ト長調をハ長調に。
 シンコペーションで始まるテーマが特徴の快活な曲。16分音符はスケールで動き回り、8分音符は分散和音でそれを支える。
 ハ長調に編曲したということもあり、かなり吹きやすく、また吹いていて楽しさを感じる曲。終止和音がいつもこのぐらい決まると良いのだけれど。

【11】シンフォニア第11番 BWV797


 3/8拍子。原曲ト短調をニ短調に移調。
 どことなくのんびりした印象の曲。とはいえバッハはやはりバッハ。独自の緊張力と綿密さをもっている。
 おしまい近くで、バスの実質7小節ほどのロングトーンがある。結構大変です。

【12】シンフォニア第12番 BWV798


 4/4拍子。原曲イ長調をヘ長調に。
 16分音符が溌溂と駆け回る。この曲とても好き。吹いていても気持ちいい。
 ただ、バスパートはちょっとハード。16分音符とロングトーンばかりでブレスが難しい。まあ、なんとか頑張りました。編集でつないだりはしてません。

【13】シンフォニア第13番 BWV799


 3/8拍子。原曲イ短調をニ短調に。ピカルディ終止。
 これも好きな曲。もっとゆっくりと演奏する向きもあるけれども、私はこのテンポが好きだ。この緊張感はまさにバッハならではではないだろうか。
 ときおり混ざるシンコペーション音型と、後半に出てくる32分音符に、しびれる。
 中庸のテンポの11番と14番に挟まれて、12番13番と速い曲が続く、この流れがなんとも言えない。

【14】シンフォニア第14番 BWV800


 4/4拍子。原曲変ロ長調をハ長調に。
 テーマ、拍の頭から始まる場合と拍の裏から始まる場合がある。そういう意味では厳密さはやや緩いと言える。が、のびのびとしてとても良い曲。
 12番13番の山を越えて、フィニッシュを迎える、その直前の一休み。寄席でいうと「ひざがわり」というところだろか。
 吹きやすいし、リコーダー愛好家諸兄にもおすすめしたい一曲。

【15】シンフォニア第15番 BWV801


 9/16拍子。原曲ロ短調をト短調に移調した。
 実はシリーズの録音を始める前に、吹けるかどうか一番心配していた曲。バスの難所が一か所ある。調号♭二つ、16分音符、アルペジオで最低音ファから最高音ソまで駆け上がるところが。
 私としては珍しくちゃんと練習したこともあって、結果的にはまあ良いのではないかな。リズムの取り方もうまく行ったし、このシリーズでも一、二を争う良い出来の演奏になったような気がしている(当人比)。
 それにしても良い曲。

 これでバッハ《3声のシンフォニア》全15曲完結。
 私、夏ごろに体調を崩してしまい、そのためブログでの紹介が遅くなったことをお詫びします。演奏はその前に終えていたんだけれども。
 この《3声のシンフォニア》を自分で吹いてみて、チェンバロやピアノで聞いていたときよりも、さらに好きになった。一曲一曲、個性があって、全部好き。リコーダーにも合っていると思う。