2005年06月25日

さみしい日

 
6/25 松浦くんの誕生日の今日
長年続けてきたHP「モモモモモーニング娘。」を整理した。
 
もともと更新の頻度は低いスタンスで運営してきたサイトではあったけれど、特に今年に入ってからというもの、まったく更新が出来ない状況に陥ってしまい、
さらには、サイトのアチコチに修正を必要とする状況が発生したにも係わらずそれもままならない日々が続いてしまい、
このままあの醜態を晒しつづけることは自分にとってもかなりツライ状況であったので
今日、この日、サイトに一応の区切りをつけること決意した次第。
 
勿論、潔く「閉鎖」という選択肢も用意はしたのではあるが、モーニング娘。がホントの新体制としてスタートしようとしているこの時期に、「モーニング娘。の応援サイトを閉鎖する」という行為を行う事への抵抗感が大きくも有り、
かつ、なによりも、2000年初頭より続けてきたこのHPを完全に捨て去る事が出来ない自分の弱さはそれはそれでイトオシクもある実状を併せ、
今回は「整理」という方法で落ち着かせて頂いた。
 
 
1999年9月発売のモーニング娘。の「LOVEマシーン」という楽曲がオリコン1位を獲得したのを契機として、ASAYAN公式HPにオープンした「ASAYANモーニング娘。応援掲示板」 (通称ASA板)。
偶然その開設1ページに参加することが出来た自分は、そのままASA板の住人となっていった。
 
当時東京在住だった自分は、古いPCを熊本の実家に残しての東京生活で、なかなか高価なPCを購入に踏み切れず、Windows CEのハンドヘルドPCにてネットをしていたが、その状態で自分でHPを作ろうなどとは思いもしなかった。
その意識が変革されるのがこのASA板住人になった事実。最初期のASA板住人が次々と発生板や発生HPを立ち上げていく姿を横目に見ながら、自分もまた、自分の中のモーニング娘。への情愛を具現し得る「自分の応援HP」を持ちたい願望が膨らんでいった。
 
その想いをカタチにしたく足掻く中で、「Yahoo! ジオシティーズ」のシステムならば、Windows CEでもHP作りが可能であることがわかり、即座にHP開設を決意。
2000年の初頭には稚拙ながらも体裁も整い、そこに自分の「モーニング娘。応援HP」=「モモモモモーニング娘。」が完成した。
 
ちなみにこのHPタイトルはASA板の中での自身の書き込みに起因している。
http://www.asayan.com/bbslog/log.cgi?dir=morning&page=103&tree1=alzcmr
タイトルそのものにはとりたてて意味もないのだが、ASA板での自分の発言から引用することで、地味にASA板へのリスペクトの想いを込めていた。
 
HPそのものは自己満足でいいと思っていたので、特にお客さんの集まる人気サイトにしたい欲求もなく、当初はあくまで地味に存在するだけのサイトではあったが、
やがて本格的PCを購入することになり、スキャナーなども合わせ購入したことで、それまで出来なかった写真やキャプ画の掲載を中心にHPのパワーアップに勤しみはじめ、
複数の無料サーバーで大量の画像を上げ始め、その「写真」目当てのお客がソコソコ流れてくるサイトになっていた時期もある。
 
そうこうしているうちに、大量の画像使用が元でジオシティーズから追い出されることになり、それを契機に有料サーバーを契約。所謂「.com」の仲間入りをすることになって、今に至るのである。
 
しかるに、そうして安定する中で、その画像の多さは、ひとえにそれをUPするまでの作業に楽しみを感じられたが故だったのであるが、その結果、一方で小難しい捻くれた文章書きの面を持つ自分にはイマイチ肌の合わないお客さんを呼び寄せる事態も結構つきまとってしまい、やがて自分とHPの関係そのものが微妙なラインに陥っていく。
 
一方、熊本にも戻って生活も安定した頃、急に遠征を中心として現場活動が増殖した自分は、HPの更新をする暇を急速に失っていく中、
もう一方で、ASA板とも疎遠になってしまった自分はこのHPの掲示板を日記的に使用して現場の感想などを書き連ねることが主となっていった。
 
やがて、「素人が簡単にHPを持つ時代」はさらに進化し、世は「ブログ」全盛の時代に突入。
文章のやり場に困っていた自分も、遅ればせながらとコチラのブログを始めることになり、やがて更には、もっと軽く羽目をはずしてこころを開放できる場所を求めて、もう一方の「日記」を始めることになる。
 
結局、自分が行き着く場所はあの「紺ヲタ日記」だったのかもしれない。
 
かねてから、アホアホなヲタになることに憧れていたのが自分だったから。
 
今はホントに、あの「紺ヲタ日記」を書くことで平日の帰宅から就寝までの時間は消費され尽くしてしまう毎日が続いている。
 
しかし、その生活は思いの他楽しい。
遠い昔、HPを開設したあの頃にも味わえなかった、満足感がそこにある。
 
ただひとつ、自分がこころに抱いていた「モーニング娘。を応援したい」とい気持ちが、現状どれほど効力をもってそこに存在できているのか、それが不安な部分でもあり、だからこそ、HPをなんとか維持したい自分も存在していたのだが、
不本意なものを晒しつづけることは何より本意ではないし、それでは想いもそこには育たないことは明白であったから
 
「モモモモモーニング娘。」は一応の区切りを迎えさせる決断に至った。
 
結果、その紺ヲタ日記とこちらのブログ(日記)、他HP時代のコンテンツ中の残しておきたかったページへのリンクのみでそのTOPページのみ残すこととした。
 
このカタチでも、まだまだ未練が断ち切れていないだけとも言える中では、最終的にドコへ向うのかは自分でもわからない。
 
ただ、今は
 
長く傍らにあったものを自らの手で集束させることの難しさと物悲しさというものが胸に渦巻いている。
 
それは前に進む為の儀式であったとしても
それはことのほか重労働でもあるものだ。
 
もうすでに、
自分とモーニング娘。は体力勝負の域に突入しているのかもしれない。
 
 
  

Posted by a33konno at 17:27Comments(0)TrackBack(0)

2005年06月17日

Happy Birthday 辻ちゃん♪

 
 
無限の可能性を感じる頼りない少女

出逢った頃の辻 希美という少女の印象はそんな感じだった。


モーニング娘。加入当初から、「辻加護」としての特異性がことさらに強調される中で、それに見合う暴走も演じてみせていた彼女ではあったが、
当時の環境の中では相棒と切り離された露出もままあって、その時の彼女の「頼りなさ」ときたら、ホントにただの子供がTVに出ているようにすら感じるほどのものであった。
 
ただ不思議と、そんな彼女の「頼りなさ」は不快に感じる種類のものではなくって、
むしろそこに投影される純粋性の心地よさが甘美なまでの暖かさを形骸し、それは全てにおいての癒しになっていた。
 
時の流れの中で、相棒の器用さの陰に隠れることもあった彼女の潜在力は、ホントに潜在的に醸し出されるレベルになりかけた部分もあったものの、一方で、その純粋性に守られた個性はより奇跡を生み出す土壌へと移行していくことになり、華と技巧を感じさせる相方とは一風違った、より天然性の辻希美へと住み分けていくことになる。
 
後は全て、時が解決してくれたようだ。
勿論、そこには彼女の日々精進があったはずだが、それは当然のレベルでそこに裏打ちとして蒸着して、ご多分に漏れず負けん気も強い彼女でもあったから、心強い相棒を同時にライバルとして見定める事で、スキルアップは敢行されていったのであろうとも思われ、
いつしか彼女はその潜在能力に忠実に「歌える人」になっていた。
 
それこそが、昔感じた可能性の方向性。
 
モーニング娘。の辻加護の役割の中で、なかなか注目度があがらない「歌える」部分。
 
卒業を前後してのW(ダブルユー)も1年の時を越えてきた今、
ユニットとしての役割と、その構成要素たる辻希美の役割は、なかなかに大きく変容はし得ないものなのかもしれないけれど、
それでも、
着実に、「歌っている時」がイチバン輝いて見える辻希美になりつつあることは最近の確認事項でもあるとして断言できるから
 
嫌が上にも「大人」になっていくこれからのなかで
その「大人」にナチュラルに対峙し形骸することを許されるようになった時、今よりもう一歩、大きな転換が待っていることは想像に難くない。
 
しかしながら、培ってきた純粋性が生み出す奇跡は、
それとは別の次元で永遠であってこれることもまた、矛盾もなく信じられるのが「辻ちゃん」だ。
 
無限の奇跡を生み出す頼れる辻ちゃん
 
そんな貴方に出会える日も、そう遠くはないと期待しつつ…

のん18

 
 辻 希美さん


 18歳のお誕生日


 おめでとうございます♪
  
Posted by a33konno at 21:13Comments(0)TrackBack(0)