感じたまま

日々感じたこと。 外歩きや、見学をしたことを記録しています。

林試の森公園2/4

続きます。

ハ・ナ・ガ・ガ・シ・・・・なんじゃこれは。
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葉の長い樫の木のことでした。
葉長樫。

カシ類のなかではもっとも葉が細長いことからこの名がある。
別名サツマガシ。

2R-PA307786ハナガカシ

説明版。

宮崎県以外では、鹿児島県、大分県、高知県、愛媛県に稀産する常緑高木。
熊本県では、絶滅したとされる。

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中国茶。
山茶(サンチャ)。
2R-PA307793中国茶

葉が小さい。
2R-PA307794葉が小さい

松露(ショウロ)茸。

安全かつ美味な食用菌の一つで、古くから珍重されたが、発見が容易でないため
希少価値が高い。
現代では、マツ林の管理不足による環境悪化に伴い、産出量が激減し、
市場には出回ることは非常に少なくなっている。栽培の試みもあるが、
まだ商業的成功には至っていない。
希少なためトリュフと比較されるという。

2R-PA307796松露たけ

綺麗な場所なので撮ってみまし。た
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シマサルスベリ(島百日紅)。

沖縄、中国、台湾に分布する落葉高木で、最大20メートルくらいになる。
花期は6 ~8月頃で、白い花を咲かせる。
樹皮は同属のサルスベリほどではないものの滑らかで、はげ落ちやすい。
はげ落ちたところは木肌が見え、斑模様になる。

2R-PA307801島百日紅

島百日紅の樹皮。
2R-PA307812島百日紅の樹皮

野胡桃。

花期は6〜7月ごろ。風媒花であり、風に乗せて花粉を運ぶ。
雌雄同株。 

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透明感のあるキレイナ葉ですね。
2R-PA307810野ぐるみ

果実の形はオニグルミなどのクルミよりも、松かさに似ている。
これは、トゲトゲしていて触ると痛いし、食用にもならない。
2R-PA307807野ぐるみの実

ユーカリ。

オーストラリア南東部や南西部、タスマニア島におもに分布する。
世界各地で移植・栽培されている。
ユーカリには500種類もあり、変種も含めると800から1000もの種類になる。
成長がとても早く、材木として注目される。
70メートルを超える高さになるものから、5メートル程で枝分かれする
種類もある。
コアラの食物としてよく知られている 。

コアラが食べるユーカリの種類は限られており、新芽のみをエサとする。
600種類以上あるユーカリのうち、コアラが食べるのは40種類ほど。
それぞれのコアラが食べるのは、生育する地方に生える14種類ほどである。

2R-PA307815ユーカリ

楠の古木。
幹に横に筋がはいってます。
幹の重みでこのように横に筋が入ります。
2R-PA307820楠の横筋

これは、椋木(むくのき)の古木。
木肌が剥がれてきています。
2R-PA307825椋木剝れる古い木

椋木の若木。
木肌はこのように綺麗です。
2R-PA307832椋木綺麗若い木

椋木の葉と実。

花期は4~5月ごろ。花には雄花と雌花がある。
葉と展葉とともに葉の根元に淡緑色の小さな花を咲かせる。
花の後に直径7-~12mmの球形で緑色の果実(核果)をつける。
熟すと黒紫色になり食べられる。味は非常に甘く、美味である。
ムクドリなどがよく果実を食べに集まり、このため「ムクノキ」と呼ばれる。

2R-PA307822椋木葉と実

林試の森公園2/4回目終ります。


林試の森公園1/4

表題の場所に行ってきました。

写真は4回に分けて貼ります。
なお
此処の写真は10月30日火曜日に撮ったものです。

集合場所東急目黒線の「武蔵小山駅」です。

平成12年2000年(2000年)8月6日 - 目蒲線が目黒線と東急多摩川線
分割され、当駅は目黒線の駅となる。

目黒線とは

目黒駅から武蔵小山駅、大岡山駅、田園調布駅を経て日吉駅へ向かう
路線である。
田園調布駅 ~ 日吉駅間は東横線の複々線区間に含まれるため同区間は
東横線に属し、線路戸籍上の目黒線は目黒駅 ~田園調布駅間となる。

こういう事例一つとっても「相互乗り入れ」「立体化」「運転方式」
「車両の電気的、機械的な進歩」等等、鉄道も日進月歩の進化を遂げています。
一つの例として
先日見学した車両整備工場で聞いた話ですが、昔は車両に乗っているか客の
人数によって(重さ)電車のブレーキの利き具合が違ったので、運転手はブレーキの
効かせ具合に神経を使ったといいますが、現在では客の人数(重さ)を車両が
自動的に判断してブレーキに効きを自動的に調整するといいます。

長生きはするもんですね(笑)

2R-PA307755

駅前にある、東京都立尾山台高校
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よくテレビ等で放映されますね。
武蔵小山商店街。
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ピラカンサの大木。
このように熟して見えるのに鳥が食べないのでしょうか。

引率の先生のお話ではピラカンサの実には毒性があるとのことです。

それで鳥も食べないということです。

秋の始めの実りたては毒性があり、冬も終わり頃には毒性が抜ける

そのころになると数日でこの木も丸裸になるということです。

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まだ園内には入りませんが此の欅の木肌。
ウイルス性の病気でこのように木肌が在れているのです。
人間でいえば癌のようなものです。
2R-PA307768欅の病気ウイルス性

文旦のの実です。
7~8㎝程もありますか。

原生地は東南アジア・中国南部・台湾などであり、日本には江戸時代初期に
渡来した。
漢字をそのままに音読みしているが、本品の貿易船主である謝文旦という
人名の潮州語読み(ジアブンタン)に因む。
果肉が淡い黄色の品種(白欒)を文旦(ブンタン)、果肉が赤い品種(朱欒)を
謝文(ジアブン)と呼び分けたとも言われる。
ザボンは第二次世界大戦前にはジャボンと呼ばれるのが一般的で、ジアブン、
ジャボン、ザボンと変化したと考えられる。なお現代の中国語では一般に
「柚子」と呼ぶ、ユズは「香橙」と呼ぶ。

2R-PA307770ブンンタン

そういえばこんな歌を思い出した。


林試の森に入ります。
2R-PA307772

カラタチの実と棘。(枳殻、枸橘)

鋭い刺があることから外敵の侵入を防ぐ目的で生垣によく使われた。しかし住宅事情の変化などからこの刺が嫌われ、また生垣そのものが手入れの面倒からブロック塀などに置き換えられたため、1960年代ころからカラタチの生垣は減少した。

 

カラタチを題材にした作品の例、こんなにありました。
何故こんなに人気があるのでしょうか。

からたちの花」(作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰
「からたちの花」(歌:樋口可南子、作詞:流れ星犬太郎、作曲:井上陽水
からたち日記」(歌:島倉千代子、作詞:西沢爽、作曲:遠藤実
からたちの小径」(歌:島倉千代子、作詞:喜多條忠、作曲:南こうせつ
からたち野道」(歌:THE BOOM、作詞:宮沢和史、作曲:宮沢和史)
「枳」(歌:天野月子、作詞:天野月子、作曲:天野月子)
「枸橘」(歌:清春、作詞:清春、作曲:清春)

2R-PA307773カラタチの実

欅の古木、200年くらい経っている。
2R-PA307774

このように古い木は木肌がはがれて新しい木肌に変わっていきます。

若い幹の場合一番外側には表皮があって幹を保護していますが、
木部の形成が進み、幹が太くなってくると、表皮は幹の肥大に見合うだけ
面積を広げることが出来ず、死んでしまいます。

剝れた内側の新しい木肌がまた呼吸するということです。
2R-PA307775欅の木肌剝れて呼吸するため

タラヨウ(多羅葉)

日本では葉の裏面に経文を書いたり、葉をあぶって占いに使用したりしたため、
その多くは寺社に植樹されている。

また、葉の裏面を傷つけると字が書けることから、郵便局の木として
定められており、東京中央郵便局の前などにも植樹されている。

文字を書くことのできる性質がインドで経文を書くのに使われた
貝葉の原料であるヤシ科のタラジュ(多羅樹)という木のようだということで、
タラヨウ(多羅葉)名前の由来となっている。

2R-PA307776タラヨウ

雌雄異株で、花期は45月頃、4mmほどの小さな淡黄緑色の花が群れて咲く。
秋には8mmほどの小さな球形の赤い実がなる。

葉は肉厚で20センチほどもある長楕円形をしており、
その縁は鋸のように細かいきざぎざとなっています。

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セイヨウハコヤナギ-イタリアポプラ(欧州原産)は、ヤナギ科の落葉高木。
別名はポプラ、イタリアヤマナラシ、ピラミッドヤマナラシ。

ポプラの学名 Populus には震えるという意味があり、ポプラの葉が
僅かな風でもさやめくことから付けられたといわれる。
ヤマナラシという呼び方がありますす。

2R-PA307780sメリカのポプラ

触らないとわかりませんが葉がとても固いのです。
2R-PA307781ポプラの木の葉山ならし

葉同士が触れると「カサコソ」という音が出ます。
そなため「ヤマナラシ」といいます。
2R-PA307783ナンキンハゼ

林試の森公園1/4回め終わります。

この作者の経歴を拝見すると「私小説家」と紹介されています。

今回の作品は、芥川賞受賞作である「苦役列車」の前に位置する私
小説として紹介されています。

西村賢太氏

なお「蠕動」という語をひいてみっるとこのように出ていました。

物語は

会社社長の息子として育ちながら、父親の性犯罪によって一気に没落した経験
からくる矛盾した人格を主人公貫太は屈服できない。
離婚したパート勤めの母親から搾取し続けながら独り立ちを気取りながら、
自負と自己嫌悪が目まぐるしく入れ替わる。

時は昭和59年末、舞台は職場の洋食屋「自芳軒」がある御徒町から
下宿のあった鶯谷。

バイト遍歴を重ね家賃滞納で夜逃げを繰り返す中卒17歳の貫太が、
ようやく洋食屋に住み込み安定した職に就いたと思いきや、
またドジをやらかし馘になるという話。

一言で言ってしまえば「生き方」として話にならない、身も蓋もない。

しかしこういう感覚はだれにも経験してきたことであろう。

17歳という年齢ゆえに、性欲と食欲、そして周りから認められたいという
欲望に翻弄される。これをお読みになったシニアの方も、17,8歳のころ
ひたすら「腹が減った」ことと

あの事ばかり考えていたことを思い出しませんか。
バイト先の女性の容姿に難癖をつけながらも、性的妄想の対象にしてしまう。
挙句の果てひそかに彼女の作業着のキャロット盗み出す。
相手にされないと分かった途端に心の中で罵倒する。
まさに若者の象徴的な愚行である。
後半、貫太は洋食屋の仕事に面白みを感じ始め、これを生業としようと
意欲を芽生えさせるが、この意欲は無残な形で砕かれる。
さらに貫太は折角築いた人間関係をぶち壊しにする行動を起こしてしまう。

 

191p

18歳といえば同年の者は高校の3年生である。それぞれに進路は分かれる
だろうがこれは、とあれ何かしらのスタートに立とうとするものである。
それなのに一体自分のこの無様な態たらくは何だ。
かの者たちより早く社会に出たことが、結句何にもなっていないばかりでなく
さらにすべての点で引き離される一方になっている。
・・・・・中学性卒業間際に、同級生から「あいつは一生土方だろうな」と
陰口を叩かれ通りの状況に、相も変わらず止まったままである。

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第三海堡遺構見学

「東京湾第三海堡遺構」は追浜展示場(横須賀市浦郷町)に展示されています。

開放日は、毎月第一日曜日10:00 ~ 16:00(ただし、1月のみ第2日曜日)

見学は無料です



会場の向かい側に立派な建物がありました。

リサイクルプラザ<アイクル>という施設です。

横須賀市リサイクルプラザは、「容器包装リサイクル法」に基づく

分別収集に対応する国内最大規模の施設です。

家庭から分別排出された資源ごみを、選別、圧縮、梱包、一時保管をして、
リサイクル事業者に引き渡すリサイクル施設と、再生家具の提供や
リサイクル体験教室の実施などを通じて市民へのリサイクル意識の
啓発を行うプラザ施設という二つの機能を持っています。

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遺構に向かいます
こういう立て札が出ています。
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立派な遺構票。
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案内人の方がいますので安心して見学できます。
この建物の中に模型や資料が展示してあります。
2R-PA287724

そもそも海堡(かいほ)とは。
頂いた資料に説明がありました。

江戸時代末期、黒船をはじめとする外国船の来航に驚いた幕府は砲台を置く
「台場」を築き、明治政府になって、首都東京を防護するため
東京湾岸一帯に24の要塞が建設されました。
そのうちの3つは海上の人工島に砲台を備えた海上要塞、
すなわち、海堡でした。

第一海堡、第二海堡は千葉県冨津沖にありますが、横須賀観音崎沖の
水深39m の激しい潮流の浦賀水道内に建設されたのが第三海堡でした。
第三海堡の建設は困難を極め、約30年の歳月を費やして
大正10年(1921年)に完成しました。

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室内にあった模型です、綺麗に作ってありますね。
海堡について此処も見てください
2R-PA287720

一通りの御説明を聞いてから遺構を見に行きます。

砲台砲側庫。
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何処が給弾口か砲がどこに置いてあったの説明員の暇なときに
聞かないと全くわかりません。
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丁寧な仕上げであることが分かります。
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探照灯施設。
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探照灯の出し入れにレールに乗せてあった。
レールの遺構。
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此処の探照灯(サーチライト)が載せられた。
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右側にあるのが砲台砲側庫。
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観測所。
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帰り道で見たトベラ。
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拡大。
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秋祭り会場で食事をしました。
小泉進次郎さんが挨拶をしていました。
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第三海堡遺構見学おわります。

以前の大庭城散策でもそうでしたが、今回も午前中の見学がタイトであり
昼食を摂らずに見学したため、疲労と気力がなく中途半端な結果になってしまいました。
団体行動だからやむを得なかったかなと思います。

夏島見学4/4

続きます。

砲台の観測所見学から移動します。

こんな面白い木を見ました。
根が幹に絡んでいるのでしょうか、または絡んだ弦がおりてきたのでしょうか。
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こういう状態です。
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此の穴は、この下区画にある砲台の「弾火薬庫」の通気口です。
今屋根はついて居ない状態です。
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此の図は東京湾入り口付近の砲台の位置を示したものですが、
死角がないように砲台を配置しました。
1R-PA287676

砲の種類による弾道のイメージ図です。
1R-PA287678

夏島、第四砲座遺跡。
長浦港の湾口防御を目的とした24Cm臼砲10門構成の露天砲台跡。

臼砲(きゅうほう)とは火砲の一種で、曲射砲の一つであるが砲身が短く
臼のような形をしていたためにそう呼ばれてがここでいう臼砲とは、

明治時代の日本など冶金技術が未熟な国では上質な鋼鉄を必要とするカノン砲
製造することが出来ず、カノン砲が国産化した後でも材料は輸入に頼って
いたため、質の低い鉄でも製造可能な臼砲を大量に製造していた。
二十八糎砲は日露戦争で威力を発揮して、靖国神社に長く展示されていたことから、
戦前の日本ではもっとも親しみのある火砲であった。

この他、九糎臼砲十五糎臼砲も戦闘に使われています。 
これらの何れかを言っていると思います。

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段火薬庫のイメージ図です。
先ほど見た通気口の名前が左にあります。
1R-PA287683

入口です。
此処の部分は強く焼いた煉瓦が使われています。
耐水性に優れていたそうです。
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内部です。
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周りは湿気除けに漆喰が塗られています。
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先ほど上から見た通気口です。
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此の弾薬庫から砲まで砲弾を運ぶ装置のイメージ図です。
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反対側は埋まっていました。
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無線塔。
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見学を終わり帰路につきます。
途中で見た此のとげのある木は何でしょう。
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こういう葉です葉。
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別にこのような赤い実を見ました。
1R-PA287702

夏島見学終わります。
横須賀シティガイドの皆さん、同行していただいたお仲間の皆さん
お世話になりました。


夏島見学3/4

続きます。

アルミの梯子と急な階段を上って地下壕に着きました。

地下壕跡

太平洋戦争末期、横須賀海軍航空隊基地の緊急設備として建設。

地表面の地下豪群と、島の中腹 山頂付近の高度差を持つ 3層構造となっている。

第1層は、飛行機格納用の大型隧道で昭和20年8月末日に完成予定であった。
野島隧道とあわせて100機の航空機を格納できたという。
第二層は

標高20m付近に抗口があり詳細は不明。第3層は標高42m付近に坑口があり
小規模な地下壕で詳細は不明だが人員退避豪だったのか。

私の推測ですが本土決戦用に特攻機を退避させるために作られた豪だと思います。



左の図が一層、右が二層。
今回は二層目を見学します。
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此処が二層目の壕の入口で、安全上立ち入れません。
海面から20mあります。
中心より少し左にポツンと向こう側の入口が見えます。
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上の写真のあかり部分を拡大してみました。
向こう側ので入口が見えます。
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何の変哲もない広場ですが此処が貝塚跡です。
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1万年くらい前から気候が温暖化しているのわかります。

2万年以上前は、現在よりも100m以上海面が低かったようです。

また8000年くらい前から海面が上昇していたことがわかります。
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関東平野の一部が水没しているのが見てわかることでしょう。
海周辺でのみ採られるはずの貝殻が捨てられてある貝塚が内陸で見つかって
いるのは今とは地形が違うためです。

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此処で見える貝殻は調査した時に出てきた物で実際の貝塚は数メートル下です。
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深いところではハマグリ、浅いところではカキなどが捕れたようです。
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此処は地上から3mくらい下に見える貝塚の貝です、地殻の変動で
たまたま見ることが出来る様に成ったと言うことです。
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これは遺跡とは関係が在りませんが「板根」と呼んでいる、この付近では
珍しいものです。
下が岩盤だと出来やすいそうです。
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此処が観測所の跡です。
建物もなく木が生い茂って何が何やらさっぱりわかりませんが、
もっと正確に言うなら「着弾観測所」です。

射弾観測(しゃだんかんそく)は、火砲から発射された砲弾が落着、
あるいは曳火破裂した位置が目標に対してどのような位置関係にあったか、
また、その効力を観測することである。弾着観測とも言う。

射弾観測は射撃の基礎であり、その正否は射撃の効力に影響をおよぼす。
此処の砲台のような間接射撃や長距離射撃を行う場合の砲兵において
重要かつ特別の考慮が必要となる。
対空射撃においても同様である。
そこで、砲兵射撃や対空射撃の場合、特別の装備を有し特別の訓練を受けた
担当要員ないし担当部隊を設けて行うことになっている。

主な観測対象要素は、方向・遠近および破裂高度である。

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上の写真の下に降りてみます。
この階段を上がって観測所に行くのです。
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階段の裏側です、右側は断崖になっています。
この付近のレンガの積み方は「イギリス積」のため明治の中頃作ったものです。
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またこのように刻印が押されています。
この桜の刻印は「小菅囚治監」で作られたものです。

小菅での煉瓦製造は明治5年(1872年)までさかのぼるといわれています。

明治5年に起きた銀座大火により、銀座の不燃化計画が発端となり、
西洋化の波を受けて大量の煉瓦供給が必要となり、民間人の手により
「小菅煉瓦製造所」が設立される。

その後明治11年(1878年)に小菅監獄(後の東京囚治監小菅刑務所、
現東京拘置所)が設置されると、翌明治12年に政府が小菅煉瓦製造所を
買い上げて、小菅監獄の中で煉瓦製造を始めたと言われています。

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このほかの刻印については資料が少なくわかりません。
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夏島見学3/4終わります。

夏島見学2/4

続きます。


旧、海軍工廠後の建物が見られます。
右下の建物を記憶してください。
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上の写真の建物と同じものだと窓の造りでわかりますね。
勿論、この建物何度も補修して使っているとは思いますが。
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日産の構内に、まだ夾竹桃が咲いていました。
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伊藤博文、夏島別荘跡。
小舟を繋いだタブノキ。
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この写真の左側黄色い矢印でタブの木と書いてある場所がそうです。
今は日産の構内になっていますので表から見えましが写真は撮りませんでした。
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道路の右側が日産の構内です。
タブの木は正門から見えましたが、構内なので写真は撮りませんでした。
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中は見えませんが「グランドライブ」という日産のテストコースが
あるそうです。
試乗会もあります。
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こんなコースだそうです。
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明治憲法起草地記念碑。

航空用地として海面を埋めたてられるまでの夏島は、文字通り孤島であった。

明治20年5月、伊藤博文は大日本帝国憲法草案を作成するため、
夏島に別荘を営んだ。

これを後世に伝えるため、草案作成にたずさわり、なお存命中であった伊東巳代治、

金子堅太郎が中心になって大正15年に記念碑を建てたものである。

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憲法の起草は、夏島(現在の神奈川県横須賀市夏島町)の伊藤博文別荘を本拠に、

1887年(明治20年)6月4日頃から行われた。伊藤の別荘は手狭だったことから、

事務所として料理旅館の「東屋」(現在の神奈川県横浜市金沢区)を当初は用いていた。

しかし8月6日、伊藤らが横浜へ娯遊中に泥棒が入り、草案の入った鞄が盗難に
遭ったことから、その後は伊藤別荘で作業は進められた。
鞄は後に近くの畑で見つかり、草案は無事だったという。

東屋には、憲法ゆかりの地であることを記念して、1935年(昭和10年)に、
起草メンバーの一人であった金子堅太郎書による「憲法草創の処」の
碑が建てられた。

 

昭和50年4月に日産自動車が社屋建築に当たり横須賀市との協議により
現在の地に移転された。

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明治憲法起草地記念碑のすぐ隣に夏島の入口があります。
扉は南京錠と鎖でとじられており、資格を持った案内人(ガイド)が
いないと一般の人はこの遺跡に入ることはできません。
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入り口わきにある夏島貝塚の説明版。
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入るとすぐにこんなものが、地下壕一層入口。
塞いであります。
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左側の万年塀の中は日産の構内です。
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此処から貝塚跡や砲台跡に上っていきます。
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見学に入る前に、おおよその説明をしていただきました。
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夏島見学2/4回目終ります。

夏島見学1/4

夏島の見学会に参加してきました。


集合場所京浜急行追浜駅です。
横須賀市の駅としては最も北に位置する。
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真下が国道16号線です。
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昭和29年頃の駅前通りです。
私は戦前の写真かと思いました、1954年です。
隔世の感がありますね。
この年の出来事。ゴジラ、お富さん、洞爺丸事件・・・・思い出しました。
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これにも驚きました。
火の見櫓の下のほうに白い看板の店がわかりますか。
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その豆腐屋さんがまだ営業しています。
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夫婦橋に着きました。
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鷹取山の石材はこのあたりから船積され東京、横浜方面に出荷された。
関東大震災で土地が隆起し、川底が浅くなり船による輸送手段を失い
コンクリートの登場により衰退した。
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なぜこのように家が川にはみ出して立っているのでしょうか。
左側に駅前からの幹線道路が走っています、その通りの拡幅工事が
軍から命令され、そのためこのように川にはみ出したということです。
登記上はどのようになっているのでしょうか。
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此のとんかつや「マサル」ミシェランガイドに載ったことがあるそうです。
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1983年に此の付近から発掘され大騒ぎなったといいます。
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発掘されたのは、今歩いている付近です。
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この付近に近いうちに横浜ベイスターズの練習場と宿舎ができるということで
横須賀市民は大変喜んでいるそうです。
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修善寺から逃れてきた源範頼主従が隠れていたという
洞窟が此処にあったそうです。
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洞窟のあった場所は
此のオカムラの建物のあたりだそうです。

この話には後があり追われた範頼を助けた漁師に苗字がないため、助けられた
範頼の 蒲冠者(かばのかじゃ)、蒲殿(かばどの)の一字を与えて「蒲谷」と
名乗らせてといいます。
横須賀に蒲谷という苗字が多いのはそのせいであるとか。
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夏島見学1/4回目終ります。


皆様は「レ・ミレザブル」を読んだことがありますよね。
主人公のジャンバルジャンが出所後司教さんがジャンを助けてあげるところ、
その結果、冷遇されて人間不信だったジャンが救われるところの場面、
そしてその後ジャン自身も許せる人に代わっていくところ、
この物語で一番好きな場面です。

人間ですからだれでも怒りたくたくなることはあると思います。
最近あるところでこんな話しを聞きました。

「自分が幸せな時には誰だって人にやさしくなれる。
本当にやさしい人はどんなつらい時でも人にやさしくできる人だ」

仕事や私事で大きな悩みを抱えているときでも人にやさしくできる。
それが本当の意味で「優しい人」なのでしょうと。


ある建物の解説を聞いたと「この建物の魅力は余白の美である」こと。
この話しを聞いたとき人間関係も同じだなと感じました。

誰かを受け入れるというのは余白があって初めて出来のではないでしょうか。
人生には日常に予期せぬことが次々と起こります。
自分の都合を忘れてひとを許せるやさしさを持てたとき
人はまた一歩成長したといえるでしょう。


毎朝ラジオ体操に行っている富士見公園の小さな池に、今年もカモが
渉ってきました。
毎年今頃見られますが、同じカモが覚えていてここに来るのでしょうか。
そうだとすれば、すごいことだと思います。
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川崎港巡り2/2

続きます。


京浜運河の川崎市の一番端、大川付近まで来ました。

この京浜運河といえば忘れられない大きな事故がありました。

第一宗像丸とタラルド・ブロビーグ衝突事件です。
この事故以後、川崎港巡り1/2で貼りました「航路信号」が出来ました。
以後京浜運河では船の衝突事故は起きていません。

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航路を反転して東、東京側に向かいます。

乗っている船の座席の関係で見える景色が反対になりました。
この森は東扇島火力発電所に一部ですが

発電所内には1984年に完成したLNG基地があり、川崎火力発電所及び
横浜火力発電所へLNGを供給している。

2009年3月には東扇島火力発電所と富津火力発電所のLNG基地間をつなぐ
東西連係ガス導管の運用を開始。
これにより、神奈川県側の3つの火力発電所(東扇島・川崎・横浜)と
千葉県側の5つの火力発電所(千葉・五井・姉崎・袖ケ浦・富津)を
結ぶパイプラインが構築され、LNG供給の安定性向上や発電所とLNG基地の
弾力的かつ効率的な運用が実現したそうです。
船でLNGを運ばずにパイプラインで送っています、すごいですね。
LNGとは液化天然ガスのことです。

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船内の様子、私は右側に座りました。
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東扇島と扇島を結ぶ道路の下を通過します。
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橋は二本あり、一本は(上の写真)JFE専用道路、一本は(この写真)
高速東京湾岸道路です。
横浜方向を見ました。
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JFEの原料積み込みヤードです。
クレーンの陰になっていますが溶鉱炉が見えます。
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東扇島防波堤です。

約4kmの巨大な防波堤で通常は立入禁止ですが、許可を得て営業している
船宿の渡船を使えば立ち入っての釣りが可能です。
私も以前行ったことがありますが、
クロダイ、スズキ、アジ、カサゴ、サバなどが連れます。

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居ました、釣り人が。
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千葉方向から羽田に着陸する飛行機が通ります。
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羽田空港のD滑走路です。
此処に「D滑走路」の説明がくわしく乗っています。
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岐路に着きます。
中央の三角の物は両方とも首都高速の換気塔です。
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川崎市のごみ処理センターです。
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東京電力川崎火力発電所。
昨年見学させていただきました

旧発電設備を廃止し新たに排熱回収型コンバインドサイクル発電方式の
設備を建設する更新計画が発表され、2009年2月に1号系列全軸が、
2016年6月に2号系列全軸が運転を開始した。

2008年12月には、商用として稼動しているLNG火力発電所としては
世界最高の熱効率である59%を1号系列が達成したことが高く評価され、
米国の業界紙が選定する「08年最優秀ガス火力発電プラント」を受賞した。

2010年2月より川崎市千鳥・夜光地区コンビナート内の10社に対して
蒸気供給を行っている。

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塩浜運河です。
市営埠頭です、金属くずおいてあります。
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市営埠頭の上屋ですが、老朽化し使い勝手が悪いために建て替えが
検討されていると聞きました。
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客船待合室に着きました。
付近から見たものです。
以前川崎市の職員からお聞きした話ですが、余りにも殺風景な景色を
少しでも温かみにあるようにと、色を付けたと聞きました。
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これも港湾局の巡視船「ちどり」です。
主な仕事は航路に浮いているごみを回収する船だそうです。
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川崎港巡り終わります。
此の川崎港巡りは年に数回実施、募集が行われます、がなかなか抽選に当たりません。
川崎には観光船がないから一回500円か1000円くらい取って、年に何回か
運航していただければ皆さん喜ぶと思いますが。

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