感じたまま

日々感じたこと。 外歩きや、見学をしたことを記録しています。

山口漢音を見てきました。
写真は二回に分けて貼り、今日は一回目です。


山口観音は吾庵山金乗院といい真言宗の寺院で、行基菩薩が開いたと伝えられ
ています。
後に弘法大師が東国巡錫の折、龍神に祈念し霊泉を得たので以来弘法大師
加持水と称したそうです。
山口観音には四体の千手観音像があり、一体はご本尊で他一体は藤原様式を
伝える市指定文化財になっています。
また山口観音は狭山三十三所第一番の札所になっています。
写真は山門わきの弘法大師像。
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正面が本堂、右が霊馬堂、左が水盤舎。
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水盤舎。
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霊馬堂。
伝わる謂れは、元弘3年(1333年)新田義貞が鎌倉攻めの折、当寺に戦勝を祈願し、
後に自らの愛馬を寄進したという事だそうだ。
その馬はこの寺で余生を全うしたと。
現在は木造の白馬が祀ってあり、その後ろには多くの馬を彫刻した霊木や
絵馬が置かれている。
手前の茶色いものは絵馬で願い事が書いてあり納めます。
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本堂。
銅板葺十間四面の大きな本堂は、宝暦年間(1751年~64年)の再建と
いわれる建物である。右手軒下には高麗王の梵鐘と呼ばれる朝鮮の銅鐘が
下げられている。
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右手軒下には高麗王の梵鐘と呼ばれる朝鮮の銅鐘が下げられている。
堂内には本尊の千手観世音菩薩と毘沙門天,不動明王,聖観音,二十五菩薩などの
仏像が安置され、古い絵馬が数多く奉納されている。
本尊の千手観音は、三十三年に一度だけ開帳される秘仏だが、本堂裏には
いつでも拝観可能な平安時代後期の作といわれる裏観音が安置されている。
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奉納された絵馬、木刀?
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これも奉納された絵馬。
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扁額、何と書いてあるのか。
五庵山 金乗院 放光寺が正式な名ですが・・・・
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賽銭箱には吾庵山の文字が。
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本堂脇右側の堂に中国の楼閣を思わせる七福神堂が建ち、
武蔵野七福神の一つ布袋尊が祀られている。

左側に七福神堂の隣は、ぽっくり地蔵を祀る地蔵堂が建つ。
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ぽっくり地蔵。
左の堂内に弘法大師が入定(亡くなること)されたとき振り返って見送りされた
ママのお姿は大変貴重で、このお地蔵様を信仰されて人長患いすることなく
極楽浄土に行かれるといいます。
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七福神堂の中に小さなお宮があり、その周囲を七福神が外側を向いて
取り囲んでいます。
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一周すると七福神を廻ったことのなるのでしょうか。
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柱のもとにはこんなかわいい像が。
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先に進むとものすごい数の水子地蔵が奉られています。
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後で行きますが此の堂の中には日本で初めてのビルマからのお釈迦様が
祀られているそうです。
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山口漢音一回目を終わります。


狭山不動2/2回目になります。


多宝塔付近を見てさらに歩きます。
鐘楼です。
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彫刻が立派です。
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字が読みにくかったら写真をクリックしてみてください。
拡大します。
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この付近には石仏がたくさんあります。
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この寺には灯篭が至る所に置いてあります。
此の灯篭の銘を読んでみましょう。
こう刻んであります。
増上寺 桂昌院伝 宝永二年 六月十二日と刻んであります
奉納者は 従四位侍従 相模守 土浦城主 土屋政直とあります。
年表によれば宝永二年 六月十二日は桂昌院の命日です。
桂昌院(けいしょういん)とは、寛永4年(1627年)~宝永2年6月22日
(1705年8月11日))は、江戸幕府3代将軍・徳川家光の側室で、
5代将軍・綱吉の生母。通称は玉。

何故この様な貴重なものが此処にあるのか理解できません。
そのほかにも由緒あるものがごろごろしています。

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弁天堂。
本堂を西へ。
小高い所に見えるのが弁天堂です。
弁天堂(旧清涼寺経蔵)
このお堂は滋賀県彦根市古沢町の清涼寺に、井伊直孝の息女が父直孝の追善菩提の
ため建立したものである。
建立の時代は、万治二年(1659年)より元禄六年(1693)の間と考えられる。
昭和23年8月当境内に移築され、その後弁財天をお祀りした。
構造形式 六角円堂 一重本瓦葺き

弁財天
お堂のご本尊は上野不忍池弁天堂のご本尊である。
大弁財天の分身として、古く東叡山寛永寺山内の現龍院にお祀りされていた尊天である。
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紅葉。
昭和63年5月吉日とあり
何かの10周年記念と書いてありますが、字がかすれて読み切れません。
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羅漢堂山門。
昭和29年、虎の門、元田中平八郎邸より移築したものである。
氏は海外貿易で天下の糸平といわれた生糸商人で有名である。
構造形式 むくり破風、銅瓦こけら葺き
何故か葵の紋が付いています。

この門の先に羅漢堂と唐金灯篭があり、東京芝徳川台徳院(徳川秀忠)霊廟に
建てられたもので、全国の大名から献納されたものである。
この寺で一番の見どころでしたが以前訪問したときには入れたのに現在は
何故か見学ができません。
本当に残念です。
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大黒堂。
大黒堂は柿本人麻呂ゆかりの地、奈良極楽寺境内に建立された人麻呂の
歌塚堂だそうです。また大黒天は寛永寺山内の見明院に奉安されていた
尊天だそうです。
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南天の花が咲いていました。
この木の実が赤くなるころにまた来てみたいね。
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大黒堂付近から先ほどの鐘楼を見ました。
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第二多宝塔。
1435年(永享7年)に兵庫県東條町天神の椅鹿寺に
播磨国守護赤松満男教康が建立したものだそうです。
仏教のことは無知ですが一つの寺に五重塔とか多宝塔が
二つもあるものなのでしょうか。
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狭山山、康信寺(旧孔子廟)です、康信寺ですが堤康次郎さんの戒名
「清浄院釈康信」から採られたと言われています。
「仰高」のの額がかかっています。
元孔子廟と言われ、孔子・孟子・子思子の3聖像があると思われます。
仰高とは、論語の中にある孔子の徳を仰ぎ見るという意味があるそうです。
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桜井門。
この門は奈良県十津川むら桜井寺の山門として建立されて物である。
桜井寺は幕末天誅組の本陣として使われたことがあります。
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天誅組本陣と書いてありますが、当時の物か後のレプリカか不明です。

余談ですが 海音寺潮五郎司馬太郎は対談でこの行動に触れ、
海音寺「天忠組の行動は今の全学連みたいなもので、なんでもかんでも反省しろ
反省しろというんだから」、司馬「幕末維新の諸事件の中で、天忠組がいちばん
おろかしい感じがする」と評している

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門を出て次の目的地に向かう途中で咲いていました。
時計草です。
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狭山不動2/2回目を終わります。

この中にも書きましたが一番見たかった羅漢堂と唐金灯篭、
東京芝徳川台徳院(徳川秀忠)霊廟に建てられたもので、
全国の大名から献納されたものが見られなかったのは残念です。
ぜひ公開していただきたいと思います。


狭山不動に行ってきました。
写真は二回に分けて貼ります、一回目です。

狭山不動望遠。

狭山不動尊(さやまふどうそん)は、埼玉県所沢市上山口にある
天台宗別格本山の寺院である。
山号は
狭山山、寺号は不動寺
本尊は不動明王。埼玉西武ライオンズ
が必勝祈願を行う寺として知られる。
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寺号標。
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勅額門(重要文化財)
元、東京芝の徳川家大徳院一品 大相国公(二代将軍秀忠公)の御廟に
建立されていたものである。
寛永9年(1632)孝養報恩の志をのべたいと三代将軍従一位左大臣徳川家光公が
着手し建立したもので、現在国指定の重要文化財となっている。
構造形式、四脚門、銅板葺、切妻造り。
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勅額問脇にあるご神木。
この銀杏の大木は江戸城を築いた太田道灌が城砦を構えていた
城山城跡にあったものである。その後区画整理の際樹齢500年のこの大木を
伐るに忍びず、当境内に移植して造化して保存することにしたものです。
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表に出てもう一度遠くから見直しました。
確かに大きい。
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勅額問をくぐり急な階段を登ると御成門(国指定重要文化財)が見えます。
元、東京芝の徳川家大徳院(二代将軍秀忠)の御廟に建立されていたものである。
飛天の彫刻や絵画が多く描かれておりおり朝鮮渡来の天人門といわれている。
寛永9年(1632)三代将軍従一位左大臣徳川家光公が着手建立し格天井の中央に丸い
鏡天井が設けられ珍しい特徴を伝えている。
構造形式、単層門、銅瓦葺、切妻造り。
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斜めから見ました、立派な作りですね。
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正面上の飛天の彫刻、金属なのか木製で金張りなのか不明です。
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初めの説明に出てきました格天井の中央に丸い鏡天井が設けられ、此処にも
天女の絵が描かれています。
この門には周囲に厳重な囲いがして在りこの写真はカメラを囲いの隙間から
差し込んでファインダーを見ないで撮ったものです。
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総門
元長州(現在の山口県)藩主、毛利家の江戸屋敷に建てられた門である。
素材はすべてケヤキで造れれ、直線がたくみに組み合わされておりいかにも
武家屋敷にふさわしく表現されている。
清廉豪快で質素ななかにも威風堂々としており気品も高くめずらしい門である。
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本堂。
狭山不動尊の建物は芝増上寺の徳川将軍家墓所で焼失を免れた構造物を移転した
ものを中心に、日本全国から様々寄せ集めて構成されています。
なので、本来本堂もそれに見合った、京都の東本願寺から移築した
七間堂を使用してました。ところが、2006年に焼失してしまいました。
それでほかの建物に比べて見劣りするのです。
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本堂の扁額。
Sayamasanfudoji_hondohengaku

本堂。
本堂には不動明王を中心に五大明王が祀られていました。
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第一多宝塔。
1555年(天文24年、弘治元年)に大阪府高槻市梶原の畠山神社に美濃国
林丹波の守が建立したものと伝えられているそうです。
桃山時代の建立であることは明らかです。
昭和38年に埼玉県の重要文化財に指定されています。
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本堂左には、第二多宝塔があります。
こちらは1435年(永享7年)に兵庫県東條町天神の椅鹿寺に
播磨国守護赤松満男教康が建立したものだそうです。
一般に、平面が方形の初層の上に平面が円形の上層を重ね、
宝形造(四角錐形)の屋根を有する二層塔婆を「多宝塔」と呼称する。
一般の塔(五重塔)が釈迦の墓を意味したものに対して多宝塔とは大日如来を
奉りわが国では平安時代に高野山に作られたものが初めである。
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本堂の回廊から見下ろした第一多宝塔。
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不動寺総門を後ろから見ました。
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丁子門。
丁子門ちょうじもんは、台徳院霊廟から崇源院霊牌所への通用門でした。
崇源院は、2代将軍徳川秀忠夫人のことで、一般には江(ごう)と言う名で知られています。
国指定重要文化財です。
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建築の細部の手法は色彩などには江戸初期に見られる特有な階調を示し
唐様式を基調としている。
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丁子門わきに置いてあった意味の解らない石造。
中国か韓国製に見えるが良く解かりません。
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狭山不動一回目終わります。

表題の場所に行ってきました。


最寄り駅。
西武鉄道山口線の西武球場前駅ホーム。
西武遊園地から西武球場前館間の2.8Kmを走っています。
此の山口線は写真でもわかる通りレールがありません。
これは側方案内軌条式、といい、走行路面上の側壁にある案内軌条に
案内輪をあてて、ゴムタイヤで走行する交通機関である。
ヘッドマークに、愛称「レオライナー」とあります。
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閑散とした駅構内、狭山線のホーム。
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西武球場前駅。
乗降客の割に改札口が大きいと思いませんか。
メットライフドームにおける埼玉西武ライオンズ主催の公式試合開催時、
ならびに各種イベント開催時においては多数の利用客が当駅を利用する、
多数の利用客を迅速かつスムーズに輸送する必要性から、改札口スペースは
広く取られており、通常供用される改札口のほか臨時改札口を併設する。

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ゆり園の入口、今の時期はスカシユリが満開だそうです。
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振り返れば西武球場、現在はメットライフ生命保険が施設命名権(ネーミングライツ)を
取得しており、名称をメットライフドームとしている。
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入場する前の歩道ですがこのへんてこなものは何でしょう、
単なる飾りかな。
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入場すると、ただひたすら百合。
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様々な百合があるものですね。
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これはシモツケ。
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これは野村モミジ。
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これはクレマチス。
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ところざわのゆり園 終わります。
同行の皆さま、お疲れさんでした。

小石川植物園2/2回目です。

目木。
関東以西、四国、九州に普通に分布するメギ科の落葉低木、
枝には鋭い刺があり、コトリトマラズとかヨロイドウシの別名がある。
目木は目の病気に用いることに由来する。
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目木の実
R-P6150037目木の実

銀杏の実。
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ハナキササゲ(花木大角豆)
名前の由来は、種を長いサヤごと食べる、あの「大角豆」(ササゲ)に
似た実を付ける事から、「木ササゲ」と付けられています。
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左側の高地から水が湧き出してここに池を作りました。
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高地に登っていきます。
水神社。
此の園内にはもう一か所水神社がありました。
R-P6150045水神社

直径1m以上ある榧(カヤ)の大木。
樹冠は幅の広い円錐形になる。
成長は極めて遅いが寿命は長い。
耐陰性が強く樹林内部であまり日の当たらないところでも育つことができる。


カヤ材でもっとも知られている用途は碁盤、将棋盤である。
これらは様々な材の中でカヤで作られたものが最高級品とされ、
特に宮崎県日向地方や奈良県春日山
産のものがよいとされる。
加工のしやすさや美しさから彫刻など工芸品にも用いられる。

水や湿気に対する強さから風呂桶など浴室用具や建築材、船舶材などにも
使われることもあるが、カヤ材の生産量が少なくこの様な用途に
用いられることは稀である。
R-P6150047榧の大木

やまぼうし(山法師、山帽子)
花は6~7月に開き、淡黄色で小さく、多数が球状に集合し、その外側に
大形白色の総包片が4枚あり、花弁のように見える。

果実は集合果で9月頃に赤く熟し、直径1~3センチで球形、食用になる。
近縁にハナミズキ(アメリカヤマボウシ)があるが、こちらの果実は集合果にならず、
個々の果実が分離している。
R-P6150049やまぼうし

ガビハナミズキ
ヤマボウシに似ている。
果実は球形の集合果で、赤い。 食べることができる。
R-P6150052ガビハナミズキ

マルバチシャノキ。
日本から中国、台湾の海岸に近い山地の林緑などで生育しています。
名前は葉が丸く若葉は食べられ、味がチシャ(レタス)に似ていることに由来します。
秋には木の実が黄色く色付きます。
また、樹皮や葉がカキノキににていることから別名「カキノキダマシ」とも
呼ばれています
R-P6150054丸刃チシャノキ

チシャノキの花。
R-P6150061チシャノキの花

花梨の木肌。
このようにボロボロはがれて、はがれた順に色が濃くなっていく。
これも自然が作った芸術。
R-P6150056はがれた順に色が変わる

一重のクチナシ(梔子、巵子、支子)の花。
野生では森林の低木として自生するが、むしろ園芸用として栽培されることが多い。
乾燥果実は、生薬・漢方薬
の原料(山梔子・梔子)となることをはじめ、
様々な利用がある。
R-P6150059一重のクチナシ

島百日紅(サルスベリ)。
沖縄で「島百日紅」(しまひゃくじつこう)ともいう。
花期は6~8月頃で白い花を咲かせる。
樹皮は同属のサルスベリほどではないものの滑らかで、はげ落ちやすい。
はげ落ちたところは木肌が見えて斑模様になる。
R-P6150060琉球百日紅

ノリウツギ(糊空木)。
遠くからでも目立つ花です。
花期は7月から9月で、枝の先に白色の小さな両性花が円錐状に多数つき、
その中に花弁4枚の装飾花が混ざる。

樹液を和紙を漉く際の糊に利用したため、この名がついた
R-P6150063ノリウツギ

姫タイサンボクの花。
R-P6150066姫タイサンボク

ザクロ(石榴、柘榴、若榴)の花。
紅一点と言うことわざは王安石の咏石榴詩「万緑叢中紅一点」の句による。
一面の緑(ザクロ)の中に咲くただ一つの赤い花の意        

多くのものの中で異彩を放つもの。
特に、大勢の男性の中にまじっている、ただ一人の女性の意味。             
R-P6150084ザクロの花

白松。
白松と言うと「白松がモナカ」を思い出します。
出張で仙台に行くと必ずお土産に買ったな。
R-P6150089白松

ムサシアブミ。
花(仏炎苞)の形が鐙に似ていること、武蔵の国でつくられた鐙が良質で
あったことから武蔵鐙と呼ばれるようになった。
R-P6150100ムサシアブミ

イトラン(糸蘭)。
 リュウゼツラン  の仲間で キミガヨラン  と
同じ白い花をつける。アメリカ東部から中部の砂漠地帯に分布。
R-P6150104糸蘭

花拡大。
R-P6150106糸蘭の花

ナギイカダ(梛筏)。
末端のが葉のように扁平になり、先は鋭いとげになっている。
この葉状茎の上にが1個つく。
和名は葉が似ている針葉樹ナギと葉の上に花の咲くハナイカダを合わせたもの。
R-P6150111ナギイカダ

直立しているのがハゼノキ、左側に伸びているのがイロハモミジ。
昔、ハゼノ木のくぼみにイロハモミジの種が何かの加減で落ちて、芽が出て
成長し、何十年かでこのような姿になったのです。
R-P6150070ハゼの木にイロハモミジが

日本で一番大きなハンカチの木。
R-P6150095日本最大のハンカチの木

説明版。
R-P6150096

カジノキ(梶の木)。
葉の形からクワ科だとわかりますね。

古代から神に捧げる神木として尊ばれていた為、神社の境内などに多く生えられ、
主として神事に用い供え物の敷物に使われた。

煙などにも強い植物であるため、中国では工場や鉱山の緑化に用いられる。

はブタ、ウシ、ヒツジ、シカなどの飼料(飼い葉)とする。
樹皮はコウゾと同様に製紙用の繊維原料とされた。中国の伝統紙である
画仙紙(宣紙)は主
にカジノキを用いる。
また、昔は七夕飾りの短冊の代わりとしても使われた
R-P6150112カジの木

ヒマラヤシーダーの雌花。
雌花の松かさは樽形で、7-13 cmの長さで5-9 cmの幅がある。
ヒマラヤ杉と言ってますが松です。
R-P6150116ヒマラヤシーダーノ花

入口にそびえているアケボノ杉です。
一巡して入口に戻ってきました。
R-P6150121アケボノスギ

小石川植物園散策を終わります。
今回は初夏に訪れましたが、前回春先に訪れたときとは全く様子が違っていました。
同じ場所でも訪問するたびに風景が違います。
樹木医の先生のご説明を聞きながら見て歩きますが草木の
名前を私が勘違いしている物も見られることもあると思います。
ご指摘いただけると嬉しいです。

今回も幹事の皆様、同行のお仲間の皆さまお世話になりました。




小石川植物園に行ってきました。

写真は二回に分けて貼ります。
これは一回目です。


最寄り駅の都営地下鉄白山駅。
R-P6159953

徒歩10分程で植物園に。
小石川植物園は東京大学大学院理学系研究科の附属施設です。
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フシノハアワブキ。
自生は中国地方が北限とされ、沖縄に以南にも多いことから、
別名リュウキュウアワブキ。花が泡のように見えるのが名前の由来と思ったら、
木を燃やすと切り口か泡を出すことからこの名が付いたらしい。
R-P6159956フシノハアワブキ

拡大。
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イタヤカエデ(板屋楓)。
樹高は20m、直径1mに達する落葉高木。
R-P6159958イタヤ楓

姫タイサンボクの花。
北米原産で、葉はタイサンボクより一回り小さいく、6月ころにタイサンボクより
小さい花を咲かせます。
現地では常緑樹ですが、関西地方では冬季にはほとんど葉が落ちるようです。
花は1mに満たない小さい苗のうちから次々咲かせます。
R-P6159964姫タイサンボクの花

志那瓜の木。
ウリの名は葉がキュウリ などのウリの葉に似ていることからだが、
花は無関係。
花弁がくるりと外側に巻き、紐かざりのよう。
日本各地に生える  ウリノキ は3~5mと低木だが、このシナウリノキは10mを
超える高木。
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マンサクの木が病気になって枯れています。
此の事が今問題になっているらしい。
R-P6159980マンサクの病気

チユウキンレン。
中国名が「雲南地湧金蓮(ウンナンチユウキンレン)」と言います。

ほとんどが、「チユウキンレン」と読みますが、正式には「チヨウキンレン」と言うそうです。

漢字から大体の意味が見て取れますが、地面から湧いてきた金色のハスを意味します。

花が咲く時期は、大体秋からが一番多く、一度咲くと約1年間近く咲きます。
名前に「蓮(ハス)」とありますが、蓮とは何ら関係ありません。
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花の根元に蜜がありなめてみた方は「甘い」と言っていました。
R-P6159985チョウキンレンの蜜

ダンドク。
熱帯から温帯に生育するカンナ科の多年草。
カリブ諸島、熱帯アメリカ原産であるが、園芸目的で世界各地に移出している。
園芸種のカンナの原種のひとつです。
R-P6159989ダンドク

カラムシ(、枲)の葉表。
イラクサ目イラクサ科の多年生植物。南アジアから日本を含む
東アジア地域まで広く分布し、古くから植物繊維をとるために栽培されたため、
文献上の別名が多く、紵(お)、苧麻(ちょま)、青苧(あおそ)、山紵(やまお)、
真麻(まお)、苧麻(まお)、など。

R-P6159991カラムシ葉裏が白い

カラムシの葉裏ですが白いね。
R-P6159992

犬枇杷。
西日本の沿岸部を中心に分布する雌雄異株の落葉低木。
種子によって容易に増え、公園の植え込みなどでも見られる。

ビワに似た実を付けるが、ビワほど美味しくはないという意味合いでイヌビワと
名付けられた。
実際のところビワというよりも、小さなイチジクのような黒紫色の実ができる。

中国からイチジクが渡来する前は、イヌビワをイチジクと呼んでいたとされる。
枝や葉柄を切断するとイチジク同様に白色乳液が生じる。

イヌビワの味はマズイというほどではなく、微かに甘味があって生食できるが、
小さな種がたくさん入っているため食べにくい。
R-P6159994イチジクの実犬ビワ

ヒョウタンボク(瓢箪木)。
この木については名前に自信がありません。
R-P6159998ヒョウタンボクノ実

赤樫。
ブナ科コナラ属の常緑広葉樹。
材は堅くて器具、車輛、船舶、機械、枕木、木刀などに使われる。
R-P6150002赤樫

水カンナ。
葉っぱがカンナに似ているからこの名が付いた。
北アメリカ南部が原産です。わが国へは、昭和時代の初めに渡来しました。
湿地や沼沢地に生え、高さは1~3メートルほどになります。
6月から7月ごろ、茎頂に円錐状の穂状花序をだし、紫色
の花を咲かせます
R-P6150003水カンナ

水カンナの花。
R-P6150005水カンナの花

コブシ(辛夷)の木の実。
早春に他の木々に先駆けて白い花を梢いっぱいに咲かせる。別名「田打ち桜」
春の花からは想像もつかないような実がなっていました。
R-P6150009コブシの実

逆光の犬柘植の葉。
R-P6150011逆光光犬柘植

クマササの葉クマの無い葉が今年出た若い葉、冬を越すと隈が出る。
標準和名をクマザサとよぶ植物は、高さが1-2mになる大型のササで、
葉は長さが20cmを越え、幅は4-5cm。葉に隈取りがあるのが名前の由来。
この隈取りであるが、若葉には無く、葉が越冬するときに縁が枯れて隈取りになる。
飛騨国(現岐阜県北部)では隈笹の実が野麦(のむぎ)と呼ばれ、野麦峠という
地名もある。
凶作の年にはその実を食べて飢えをしのいだという

R-P6150012クマ笹

メキシコラクウショウ。
前方の気根の出ている木ではありません、名札の付いている木です。
アメリカの中南部、テキサス州南部のリオグランデ渓谷からメキシコ、
グアテマラに分布しています。河岸や湿地などに生え、
高さは15~30メートルになります。
幹は直立し、枝が伸びて広い樹冠を形成します。
小枝は下垂し、針形の葉が2列につきます。
「ヌマスギ」に似ていますが、秋に落葉しないのが特徴です。
こんな巨木もあります。
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桂の木の花芽。
葉はハート型に似た円形が特徴的で、秋には黄色く紅葉する。
落葉は甘い香り(醤油の良いにおいに似ている)を呈する。
花期は3から5月で、雌雄異株である。
R-P6150028桂の芽花

ブータンそば。
韃靼そばと言う名は聞いた事があるが「ブータンそば」初めて聞く名前だ。
R-P6150029ブータンそば

花蘇芳の実。

中国原産のマメ科の落葉低木で、春に咲く花が美しいためよく栽培される。

早春に枝に花芽を多数つけ、3-4月頃葉に先立って開花する。
花には花柄がなく、枝から直接に花がついている。
花は紅色から赤紫(白花品種もある)で長さ1cmほどの蝶形花。
開花後、長さ数cmの豆果をつけ、秋から冬に黒褐色に熟す。
花蘇芳の名は、花弁の色がスオウ(蘇芳)で染めた色に似ているため。
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これも花蘇芳の遠景
R-P6150035ハナズオウ


小石川植物園 一回目終わります。


明治神宮の菖蒲を見に行ってきました。
あいにくの雨でしたが一同元気に散策を楽しんできました。


原宿駅。
二代目となる現在の駅舎は1924年大正13年)に竣工した木造建築で、
都内で現存する木造駅舎で最も古い。
建物は二階建てで、尖塔付きの屋根に白い外壁という、イギリス調のデザインと
なっている。
窓格子は二重斜格子文で、階段に使用されている廃レールには、
1950年の刻印が見られる。
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この橋は山手線を跨いでいます。
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鳥居脇の二本のケヤキですが同じ時期に植えたのにこのように成長の進み方が
違うのは日当たりが異なるからです。
R-P6139820同じ時期に植えたのに日が当たらずに細い1

日本で一番大きな鳥居は明治神宮にある大鳥居(第二鳥居)です。
実はこの鳥居、日本の木で作られたものではなく、台湾で育った
タイワンヒノキで建てられているのです。
建設当時からの鳥居ですが最近耐震工事をしたそうです。
R-P6139826耐震補強した

参道に最近歩道が出来ました。
玉砂利の上は車いすや、ベビーカーでの歩行、移動がしにくいため歩道を
設置しました、今ではほとんどの方がこちらを歩きます。
R-P6139827最近作った歩道

参道に掃除をしている方の箒を見ましたがちょっと雰囲気が違いませんか。
そのはずです、これは各人が手作りしたものだそうです。
R-P6139828手作りの箒

神橋です。
この橋は御影石で作ってあります。
R-P6139836神橋御影石

下に流れがありますがこの付近にはこのような大きな石は出ません。
秩父石をもってきて流れの中において景観を作りました。
R-P6139829秩父石

写真では解り難いのですが本殿側を見ますとかなりの登り坂であるのがわかります。
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今通ってきた二の鳥居方向ですがここから見るとやはりかなり登り坂なのが
判ります。
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神橋は橋桁がなくこのような大きな岩の上にのせて支えています。
R-P6139835この石の上に橋が載っている

代々木の地名の由来。
現在の明治神宮境内の御苑東門(旧彦根藩井伊家下屋敷)近くに代々
巨木があり、「代々大きな木があった」という意味でこのように呼ばれるように
なったとされる。
その後枯死し、さらに太平洋戦争末期の1945年5月、アメリカ軍による空襲の際、
高射砲で撃墜されたB-29が直撃し焼失しましたのでその後植継いだものであります。
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菖蒲園の入口。
入園料は団体で400円です。
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菖蒲園内に吾妻屋があります。
向こう側になりますが池を眺められます。
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小高い斜面の芝生の庭の上に隔雲亭があります。
元の隔雲亭は、 明治天皇のご意向により皇后のために建てられましたが戦災に
より焼失しました。
現在の隔雲亭は、昭和33年(1958年)に再建したものです。
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南の池の蓮。
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園路を北に行くと花菖蒲田があります。
植えられている花菖蒲は江戸系で当初80余種でしたが、現在150種、
大株1,500を超える規模となっています。
ご覧のように見事な花を咲かせていました。
多くの人々が花を眺めて写真を撮っています
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菖蒲には雨が似合うといいますが負け惜しみでしょう。
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園路の区切りのところで、 花菖蒲田から右側の園路へ上り、
水路を左下に見ながら北方向へ歩いて行くと、 清正井(きよまさのいど)があります
下りて見ますと、きれいな水が湧き出ています。
傍にある説明には、次のとおり記載されています。
この地に下屋敷を構えていた加藤清正が掘ったと伝えられ、
一年中絶ゆることなく湧き出る清
水は南池の水源となり
掘り方の巧妙と水質の優秀なことは
早くから世に知られています。

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菖蒲田を上から見ます。
垂れ下がっているのが高尾紅葉で付近にはコナラの木があり秋になると
菖蒲田側から見るとモミジの赤とコナラの緑とで映えるそうです。
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これはワインの樽。
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全国の酒造家・メーカーから献納された清酒菰樽です。
正面にはブランドをアピールする特徴的なデザインがあしらわれています。

披露宴などの祝宴で鏡開きに使われることが多いですが、
選挙開票速報でも目にしますね。

ここに並べられているのはディスプレイ用の空容器ですが、
容量が4斗(72リットル)もの酒樽が201本も並ぶ姿は壮観で、
特に外国人観光客には書道と日本画の融合したデザインが興味を引くようです。
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社殿に行きます。
この鳥居も最近新しくなりました、そばに寄ってみましたがこの丸みをつけるために
綺麗なカンナの削り模様が見えました。
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ご社殿。
今修理中でこの見える建物は絵です。
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周りをかこっている塀の屋根の銅板が新しくなっています。
右側の緑の部分が古いものです。
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此の水盤舎の屋根は最近葺いたものでしょう。
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アカメガシワの雄花。
R-P6139930アカメガシワの雄花

無患子の花。
このようにたくさん花が付くのは珍しいそうです。
R-P6139937無患子の花

写真では見にくいですがエノキの新芽が虫に食われてしまいましたが
逞しいことにまた新芽が出てきました。
R-P6139938榎の新芽蒸すに食われて又出てきた

明治神宮で一番大きなクスノキです。
R-P6139941明治神宮で一番大きな楠

根が八本の分かれて生えています。
R-P6139944八本あるからたこ楠と言われる

これで明治神宮、菖蒲見物 散策を終わります。
幹事の皆さん、同行のお仲間の皆さんお世話になりました。


横浜税関を見学してきました。


横浜税関資料展示室入口。
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初期の税関長。
経歴を見るとほぼ20歳代前半でした。
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昭和1934年(9年)当時から保存されている庁舎の軒飾り。
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建物の装飾。
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コンテナの壁を二重にして持ち込んだ覚せい剤。
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飾り物の台座に隠しこんだ覚せい剤。
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危険物摘発器具。
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空港で摘発された押収されて模造品。
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上に同じく。
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上に同じ。
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本物はどれだ。
似たような本物と偽物が展示してあります。
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素人には分りません。
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こういう絶滅危惧種のものも国内に持ち込めません。
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これは象牙製品でこれもダメです。
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綺麗な中庭。
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此処横浜税関の見学はみなとみらい地区から近いので
行ってみたらいかがでしょうか。
中に職員も常駐していて質問には気軽に答えてくれます。
休日は年末年です。


みなと未来散策2/2


フランス山を下りますと、ふもとにこんなものがあります。
横浜ボウリング発祥の碑 1864年 元治元年と刻まれています。
ボウリングのピンと玉を型どったモニュメントとなっています。
碑には、長崎についでボウリング場が1864年に出来たことがかかれていました。
長崎に次いでと書いてありますのに「発祥の碑」と言えるのかな。
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中華街に向かう途中にホテルの庭にこんなライオンが。
なんでこんなところに置いてあるのかな。
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大きな錨がおいてありました。
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昼食はこんなものを食べました。
この880円は安いね、最近中華街は食べ物の値段が安くなった気がします。
競争が激しいのかな。
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ふかひれ専門店に飾ってあったふかひれ、大きさは1m以上ありました。
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ゆっくり歩いて、珍しい雑貨屋を見てから山下公園に行きました
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氷川丸とばら。
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何の花でしょう。
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黄色いのはキンギョソウかな。
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此れも何処かで見たことがあるね。
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う~~忘れた。
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背後はニューグランドホテル
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同じような写真ですいません。
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マリンタワー。

1959年横浜港開港100周年記念行事の流れの中から、横浜港を象徴する
モニュメントを建設しようという計画が起こり1961年に建設された。
日本の高い塔は、ほとんどが4角型で建設されているが、設計デザインの段階で
20種類以上の案が提出され、海上からでも陸上からでも、どの角度からも同じ姿に
見えるというメリットから10角型のスタイルが選ばれたといわれている。

高さ106m。12,000トン。灯台を意識したデザインとなっており、実際に頭頂部には
灯台としての機能も併せ持っていた。
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今山下公園に童謡「赤い靴」のモニュメントが有名ですが、
こちらにも碑があるのは知りませんでした。   
碑には楽譜と共に、この曲の詞が作られた経緯が書かれており、この曲が
山下公園からの情景をもとに作られたことを知りました。                                                                          
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近くの式場で結婚式を終え記念写真を撮りに来たのでしょうか。
日本人の方でした。
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緑化フェアーのキャラクター「ガーデンベアー」。
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山下公園方向からランドマーク、大桟橋方向を見ました。
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釣見方向、大黒町の東電の発電所の煙突です。
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氷川丸をバックに写真を撮れるように額縁が設置してあります。
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花はまだ残っています。
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神奈川県庁が見えます。
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みなと未来散策2/2回目を終わります。

想像したより多くの花が残っていてよかった。

みなと未来散策1/2

第22回 全国都市緑化よこはまフェア
3月25日(土曜日)~6月4日(日曜日)の間開催され
横浜とその周辺に花や緑で飾られました。

その花々がまだ残っていることを期待していってきました。

桜木町駅、大勢の観光客でにぎわっていました。 
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今日も快晴、暑くなるね。
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駅前からコミュニティバスで港の見える丘公園に出ました。
降りると目の前にイギリス館が。
1937年に英国総領事公邸として建築されました、1990年には、
横浜市指定文化財に指定されました。
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此処のバラは有名ですがさすがに盛は過ぎていました。
百合が満開です。
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紫陽花。
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名前がわかりません。
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ルリタマアザミ。
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これも紫陽花ですね。
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百合とその仲間にはたくさんの種類がありますが、私には区別がつきません。
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イギリス館の庭の棕櫚とタチアオイ。
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イギリス館のすぐそばにある横浜水道創設記念噴水塔です。
わが国初の近代水道が横浜に完成したことを記念して、明治20年横浜停車場
(現JR桜木町駅)前広場に設置された噴水塔を再現したものだそうです。
これはレプリカですが、実際に横浜停車場前広場に設置されていた本物は、
保土ヶ谷区の横浜水道記念館の中庭に保存・展示されているそうです
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此処にも百合の花が。
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雰囲気がいいですね。
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先ほどの噴水の水が流れてきています。
水が流れている音もいいものですね。
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辛うじて咲き残っていました。
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明るい公園、皆さん楽しそうです。
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ニューサイラン。
細長い葉を主に鑑賞するいわば観葉植物です。
葉は銅色、赤色、紫色、斑入りをはじめとする様々な模様のものがあり、
おとなしめの落ち着いた色彩のものから非常に目立つ派手なものまで
バラエティーに富んでおり多彩です。
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近代文学館前の噴水。
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大佛次郎記念館前。
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此処でも百合が満開。
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港の見る丘公園から、ベイブリッジ。
本牧埠頭大黒埠頭とを結んでおり、上層部は首都高速湾岸線で、
下層部は国道357号となっている。
歩道は無いため徒歩で渡ることはできません。
大黒ふ頭側には橋脚の道路下にある展望台までの遊歩道「横浜スカイウォーク」
があり、大型客船の通過時などは迫力のある風景を見学することができたが、
2010年(平成22年)
9月に閉鎖された。
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港の見える丘公園の北側部分は木々が茂って緑濃い様相を保っている。
この区域は「フランス山」と呼ばれ、港の見える丘公園の中の一区画であると同時に、
独立した別の公園のような表情を見せる。

「フランス山」は幕末から明治初期にかけてフランス軍が駐屯したところで、
そこから「フランス山」の名がある。
以前は鬱蒼とした林の端を散策路が辿るばかりの場所だったのだが、
平成14年度から平成16年度にかけて段階的に整備が行われ、かつての
フランス軍駐屯地、フランス領事館の跡地としての歴史を偲ばせる庭園として
再オープンしている。

明治期を偲ばせる貴重な史跡などが工事の際に発掘されている。
それらの史跡には詳細な解説文が添えられています。
井戸水をくみ上げるための風車の模型を見る人
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歩道の紫陽花。
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みなと未来散策1/2回目を終わります。
緑化フェアーの名残の花を見に行きました。
想像したより多くの花が残っておりました。





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