クラシック音楽とアート

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ルドン《ペイルルバードの小道》とジョルジョーネ《テンペスタ》|ルドン -秘密の花園

 ルドンの画業は、前半が色彩の無いリトグラフで、50歳を過ぎてから一転して色彩豊かなパステル画等を描くようになったとされますが、実際はリトグラフの時代にも油彩画を制作していています。今開催中の「ルドン -秘密の花園」では、50歳を過ぎてから描いたドムシー男爵の城の食堂のための装飾画における色彩豊かな作品が注目されていますが、第一章の「コローの教え、ブレスダンの指導」では、油彩による風景画も展示されています。ルドンは、当初父親の要求に沿って、建築家になろうとしてパリのエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)を受験しますが、失敗してしまい、結局、画家を目指すことになり、版画家のロドルフ・ブレスダンの指導を受けたことで、リトグラフに取り組むようになりました。しかし、同時にバルビゾン派の中心的存在だったコローにも教えを受けたといい、展覧会では、その影響が垣間見える風景画を展示しています。


ルドン メドックの秋
◇ ルドン メドックの秋 1897年頃 油彩、カンヴァス 33.5×41.0 cm


 《メドックの秋》は、色彩にコローの風景画からの影響をうかがわせ、平面的な構図には日本美術の影響を受けていた印象派的なテイストをも感じさせます。しかし、中央に鎮座する樹木が逆光によって黒っぽく浮き上がる造形が、どこか異様な生き物のようにも見え、すでにルドン特有の幻想への入口とも言える表現が存在しているのは見逃せません。


ルドン ペイルルバードの小道
◇ ルドン ペイルルバードの小道 制作年不詳 油彩、紙 46.8×45.4 cm

 同じ風景画でも、よりルドンらしさが表れているのは、《ペイルルバードの小道》です。構図としては典型的な風景画のそれであり、一見したところバルビゾン派や印象派との差異は感じられません。ところが、背景の空の色彩はどうでしょう。エメラルドグリーンにも近い色彩は、その深い色調によってこの画に得体のしれない神秘性をもたらし、描かれた時間帯が昼なのか夜なのか判然としない、どことなく謎めいた空気を感じさせます。
 一方で、筆者は、この画を観た瞬間に、ジョルジョーネの謎の絵画《テンペスタ》を思い出しました。何故ならば、正方形に近いけれども微妙に縦が長い画面の縦横比と、左右の樹木と奥にある人工的な建造物(《テンペスタ》では橋、《ペイルルバードの小道》では、なにか建物のような構造物)の配置がコンポジション的に似通っている上に、背景の空の色も似ているからです。もちろん《テンペスタ》は嵐を意味し、背景の空にも稲光が走っているので、平穏な天候下にあるように見える《ペイルルバードの小道》とは状況的には異なるのですが。
 《テンペスタ》は、両脇に描かれている人物に神話性も物語性も感じられず、もし人物を除いてしまうと完全な風景画となるために、もしかしたら最古の風景画に属するのではないかとも考えられています。ルドンが《テンペスタ》を観たことがあるか否かはわかりませんが、もしこの画の存在を知っていたとすれば、この謎多き絵画を当時の風景画に重ねた謎かけをしたのではないだろうか、などという憶測をも浮かんできます。


ジョルジョーネ テンペスタ
◇ ジョルジョーネ: テンペスタ 1508年 油彩、カンヴァス 83×73 cm

参考記事: ティツィアーノ: フローラ|ティツィアーノとヴェネツィア派展



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ルドン

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ショパン: バラード第1番|クリスティアン・ツィマーマン|羽生結弦選手のショート・プログラム

 土日は、羽生選手と小平奈緒選手の金メダルで湧いた日本でした。
 小平選手は、洗練されたスケーティングと鍛えあげたエレガントさに加えて、金メダルを獲得しても浮かれ過ぎないクールさが魅力的でした。タイムという定量値で決まる競技での、文句無しの世界一です。
 一方、冬季オリンピックの華ともいえるフィギュア・スケートは、単に競技としてのスポーツ競技に加えて芸術的な美しさも観る人を魅了するため、音楽の選曲も間接的なポイントになるように思います。ポピュラーなのは、浅田真央選手が使用していたラフマニノフのピアノ協奏曲第二番や、今回の宇野選手や荒川静香選手が使用していたプッチーニの《誰も寝てはならぬ》(《トゥーランドット》からカラフのアリア)等があり、特にプッチーニは、2006年トリノ・オリンピック当時、三大テノールの一角を成していた故ルチアーノ・パヴァロッティが、開幕を祝して、その黄金の歌唱を聴かせてくれました。
 リズミカルな曲での演技もありますが、スケーティングの優雅な動きに合わせるという意味ではクラシック音楽の独壇場であり、二大会連続の金メダルという快挙を達成した羽生選手も、以前からショート・プログラムでショパンのバラードを使っていました。筆者は、特別フィギュアスケートが好きなわけではなく、難しい評価基準等の専門的な事は全くわかっていませんが、この選曲は絶妙だと思っています。演技を単に華麗に見せるための手段としての音楽ではなくて、ショパンが曲にこめた情感やドラマ性が羽生選手の演技と一体となって観る者を魅了しているように感じるからです。もちろん演技に合わせて編曲されているわけですが、あの憂いを帯びた下降音型のフィニッシュは、演技全体を劇的に終わらせ、全体を引き締める印象を与える非常に巧みな演出となっています。
 そもそも、バラードは語り物の要素を含んだ曲のことを言うので、この曲にもどことなく憂いを帯びた物語性があり、その中にロマンティックなメロディーも織り込まれた名曲です。謎めいた上昇音型の前奏に始まり、次いで現れる抒情的な旋律が聴く者の心を掴み、やがてその感情の波が最高潮に達すると、激しい流れに遷移します。次いで、軽やかな流れを経てロマンティックなメロディーに戻って、再び憂いを帯びた最初のモチーフが登場すると静と動を繰り返し、最後は劇的な下降音形で締め括ります。華やかさの中に憂いやドラマティックな激情、ロマンティシズム、そしてもちろん踊りの要素も組み込まれた多彩な変化を見せるこの曲は、羽生選手の演技に、より奥の深い芸術性を加味しています。

 羽生選手は、第9回ショパン国際ピアノコンクールに史上最年少で優勝したクリスティアン・ツィマーマンの演奏を使用しているそうです。



◇ ショパン: バラード第1番ト短調 Op.23 クリスティアン・ツィマーマン

 羽生選手が演技で使用している演奏とは異なりますが、この若い頃のツィマーマンの演奏は、ショパンが紡ぐ情感を、静と動の間を激しく行き来して聴衆に揺さぶりをかけながら、その的確な技巧によるクリアな音色によって、決してうるさくならない美しさをも兼ね備えているところが、羽生選手の優雅な演技との相性の良さを感じさせます。


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クリスティアン・ツィマーマン

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クラシック音楽館|デトロイト交響楽団来日演奏会

 本日のクラシック音楽館は、アンコール放送です。以下の記事を御参照ください。

昨年の記事: デトロイト交響楽団演奏会|アメリカの作曲家たち|on クラシック音楽館


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スラットキン/デトロイトSO

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ルドン展開幕|ドムシー城食堂の装飾画グランブーケ|ルドン -秘密の花園@三菱一号館美術館

 三菱一号館美術館のルドンの大回顧展、「ルドン -秘密の花園」が開幕しました。同館のコレクションの中枢を成すというルドンの《グランブーケ》にちなんで、ドムシー男爵の城の食堂を飾ったという他の15点の装飾画がオルセー美術館から来日する大回顧展です。

展覧会Web Page: ルドン-秘密の花園

展覧会構成

1 コローの教え、ブレスダンの指導
2 人間と樹木
3 植物学者アルマン・クラヴォー
4 ドムシー男爵の食堂装飾
5 「黒」に棲まう動植物
6 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り
7 再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな
8 装飾プロジェクト

 今回は、《グランブーケ》とその他の15点との同時展示に期待していたのですが、撮影可能なスポットではドムシー城の食堂を模倣したディスプレイがあり、当時の展示状況が再現されていましたが、実物は並べて展示されておらず、《グランブーケ》だけが個室での陳列となっています。前回と前々回筆者が観た時も、この個室での展示でした。


ルドン
◇ ドムシー男爵の城館の食堂壁画 A.《黄色い背景の樹》249.5×185.0cm/B.《人物》244.5×58.5cm /C.《人物(黄色い花)》243.5×58.0cm/D.《黄色い背景の樹》247.5×173.0cm/E.《ひな菊》123.0×149.5cm/F.《花とナナカマドの実》123.0×152.0cm/G.《花のフリーズ(赤いひな菊)》35.0×165.5cm/H.《花と実のフリーズ》35.0×163.5cm 1900-1901年 木炭、油彩、デトランプ/カンヴァス オルセー美術館蔵
Photo©RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF(展覧会web pageにリンク)


ルドン グランブーケ
◇ グラン・ブーケ 1901年 パステル、カンヴァス 248.3×162.9cm

 しかしながら、オルセーの他の装飾画を観ると、これらの一連の装飾画の中での《グランブーケ》の位置づけは、際立って異質のものであることがわかります。そもそも他の画がデトランプ(膠テンペラ)で描かれているのに対して、《グランブーケ》は巨大なパステル画であり、鮮やかな色彩も他の作品とは異なっています。詳しいことは解りませんが、保存が難しいパステルは、厳重に密閉された状態で暗い室内での淡い照明の下での展示しか許さないという美術館のこだわりがあるのかもしれません。
 三菱一号館美術館館長の高橋氏によると、この《グランブーケ》を最初に見た時は、平安の仏画《普賢菩薩》を想起させられたそうで、確かに同美術館の暗い展示室内で照明によって浮き上がる《グランブーケ》は、神秘的な神々しさすら感じさせ、明らかに他の装飾画とは異質の存在であることがわかります。これを観て《普賢菩薩》を連想する氏の類稀な感性と、コレクションへの情熱が伝わってくる展示でした。


普賢菩薩
◇ 国宝 普賢菩薩 12世紀頃(平安時代後期) 東京公立博物館 by wikimedia commons


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ルドン

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ヤクブ・フルシャ/バンベルク交響楽団2018|2018年6月来日公演

 昨年まで都響の首席客演を務めたヤクブ・フルシャは、2016年から首席指揮者を務めるバンベルク交響楽団を率いて、今年来日公演を行います。
 バンベルクはニュルンベルクの北、バイロイトの西隣に位置する都市です。バイロイトの東は現在のチェコとの国境になっていますが、1940年当時のチェコは、保護領という名目で実質ナチス・ドイツの支配下にあり、チェコのドイツ系住民によってプラハ・ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団が設立されました。しかし、終戦後には、敗戦に伴ってドイツ系住民はチェコから追い出されるはめに陥り、隣のドイツ領にもどった同楽団のメンバーたちを中心とした新たな交響楽団が1946年に創設されました。この交響楽団が今日のバンベルク交響楽団となり、当初はハンス・クナッパーツブッシュが客演し、歴代の首席指揮者にはオイゲン・ヨッフムやホルスト・シュタインといった一流どころが歴任しており、一昨年は名誉指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットと来日するなど、地方を拠点とするオーケストラにしては日本でも広く知られています。
 歴史的にドイツのオーケストラでありながらチェコとの繋がりもある同楽団なので、新しいシェフに将来有望なチェコの若手指揮者ヤクブ・フルシャが就任したことは、楽団にとっても喜ばしい抜擢であったことは想像に難くありません。


バンベルク


 フルシャがバンベルクを振ったのは、2014年が最初で、その次の年の2015年には、ヘレンキームゼー・フェスティヴァルに参加しています。この音楽祭は、かのバイエルン王ルードヴィッヒ2世が、キーム湖にある島にベルサイユ宮殿を模倣して建設させたヘレンキームゼー城で毎年7月に開催されるようで、風光明媚な南ドイツの景観と豪華な城で行われる音楽祭は、バイロイトのようなポピュラーなものではないにせよ、サマーヴァケーションの風物詩となっているようです。バンベルクがネットにアップしている動画では、音楽祭での《わが祖国》の演奏を交えながら、当時のインタヴューを聴くことが出来、上に挙げた同交響楽団の歴史に関連して、ドイツ的な音色も兼ね備えたバンベルクとフルシャの相性は、当初から良好であったことがうかがえます。



◇ ヤクブ・フルシャ/バンベルクSO  @ヘレンキームゼー・フェスティヴァル2015 スメタナ:わが祖国


 その同楽団の新時代到来に際して行われる日本公演では、フルシャのお国もののドヴォルザークの他、ブラームスとマーラーを取り上げるという王道路線のプログラムが組まれています。

ヤクブ・フルシャ/バンベルク交響楽団来日公演


2018年6/25(月) 東京文化会館
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 Op.15*
ドヴォルザーク:交響曲 第8番 ト長調 Op.88 《イギリス》
    ユリアンナ・アヴデーエワ(Pf)*

2018年6/26(火) サントリーホール
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 Op.15*
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95《新世界から》
    ユリアンナ・アヴデーエワ(Pf)*

2018年6月28日(木) 横浜みなとみらい大ホール
ドヴォルザーク:交響曲 第8番 ト長調 Op.88 《イギリス》
ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 op.95 《新世界より》

2018年6/29(金)19時 サントリーホール
マーラー:交響曲第3番 ニ短調
    ガーヒルド・ロンバーガー(Ms)
    東京混声合唱団
    NHK東京児童合唱団


 昨年秋に都響を振ったフルシャがドヴォルザークの序曲《オセロ》で聴かせた演奏は、都響から極め付きの美麗な弱音を引き出していたのが強烈な印象として残っています。

参考記事: マルティヌー:交響曲第2番 & ブラームス:交響曲第2番|都響定期演奏会

同じドヴォルザークでも今回の来日公演での交響曲は、より民族色の濃い美しいメロディーが満載なので、バンベルクからどのような音色を引き出すのか期待が膨らみます。また、前々回のショパン・コンクール第一位のアヴデーエワを迎えた協奏曲では、才気溢れるソリストとの駆け引きに、一方のマーラーでは合唱も入る後期ロマン派の巨大な音楽での統制力が注目されるところです。
 フルシャは、首席指揮者就任コンサートにもマーラーを選曲していて、その時演奏された《巨人》のハイライトをバンベルクSOがネットで公開しています。情熱が迸るフィナーレは、都響でもしばしば聴かせてくれたフルシャらしさに溢れ、拍手する御婦人が涙を拭うような仕草をみせるなど、バンベルクの聴衆にも感動と熱狂をもって受け入れられたことが伝わってきます。終演後のインタヴューでは、フルシャもバンベルクをパートナーとして演奏活動が出来る喜びを語っています。



ヤクブ・フルシャ/バンベルクSO  @首席指揮者就任コンサート マーラー:巨人

 チケットは、カジモト・イープラス(06/26,29)、公益財団法人都民劇場(06/25)、横浜みなとみらいホール チケットセンター(06/28)で扱っています。

カジモト・イープラスweb page



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ヤクブ・フルシャ

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レアンドロ・エルリッヒ: 建物|見ることのリアル@森美術館

 建物が、目の前に現れます。お洒落な窓から、オフィスビルではなくてレジデンスのようです。ところがその窓の付いている建物の壁面に人が逆さまになってぶら下がっている・・・ 危ない!と思いきや、そのとなりには壁をよじ登っている人もいるし、その上の窓の柵に足をかけて飛び降りそうな人もいます。しかし、人々の表情は皆和やかで、緊迫感は微塵もありません。


レアンドロ・エルリッヒ 建物
◇ 建物 2004/2017年 インクジェット出力シート、アルミニウム製トラス・フレーム、木材、照明、鏡面シート 600×900×550cm

 これは、六本木の森ビル最上階にある美術館内で展示されている《建物》と題されたアート作品で、今回レアンドロ・エルリッヒが仕掛けたトリックでも最大級の鏡を使用した体験参加型インスタレーションです。
 「建物は地表に対して垂直に建っている」というあたりまえの事をも既成概念として利用して、その壁面をあたかも人々が登ったりぶら下がっているかのように見せかける、鏡を使った作品です。実際の壁面は手前の床に形成された壁と窓であり人々はその上に乗って寝転んでいるだけです。その向こうに45度の角度で傾けておいてある巨大な鏡に、床の上の壁と人々が映し出されるのを見ると、あたかも人々が建物の壁面にしがみついているかのように見えるわけです。
 この作品の特徴は、観者のうちの誰かが床の壁面に乗って参加しなければ意味を成さないことでしょう。作品を俯瞰すれば、からくりは一目瞭然ですが、誰かがやってみなければ、その効果のほどは認識できません。つまり、自分で試してみたくなる欲求を促しているのでしょう。まさに「見ることのリアル」という展覧会の課題を、観者自身に問いかけ、自身で確認することを促しているのです。しかしながら、それを躊躇なく実践するのは好奇心旺盛な子供であり、大人はそれを見てトリックを確認するという姑息な手段に頼っています。しかし、大人だからこそ、子供のような好奇心と純粋な視点が大切だと作者はいいたいのかもしれません。
 筆者が観た時も、外国の人たちが遠慮なく参加しているのに対して、日本人はあまりみかけませんでした。控えめで目立ちたがらない、むしろ目立つことを避ける日本人的な特質が良く表れています。
 そうは言っても、子供ばかりの中へ大人が入っていき難いのは確かですが。


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・この記事の写真は、全て「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています

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レアンドロ・エルリッヒ

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ワーグナーのような巨大さ|シベリウス2番|バーンスタイン生誕100年

 今年生誕100年を迎えるバーンスタインは、アメリカ初の純国産の大指揮者となり、また、60年代にまだポピュラーでなかったマーラーに光を当てた功績とともに、ブロードウェイの《ウェスト・サイド・ストーリー》の音楽を担当するなど、作曲の分野でも才能を発揮しました。ヘビースモーカー、同性愛者としてのエピソードがありますが、奥さんがいたので正確にはバイセクシャルでしょう。日本の佐渡裕はバーンスタイン最後の弟子と言われ、パーヴォ・ヤルヴィもバーンスタインに心酔するなど、現代の指揮者に多大な影響を与えた、いわゆる天才肌の音楽家です。10歳年上のカラヤンとのライバル関係を取りざたされましたが、しかし、それは、スキャンダル好きのマスコミの誇張が多分にあり、両者とも互いの才能を認め合っていたという話もあります。バースタインとカラヤンでは、演奏様式が180度異なるので、それぞれ自分に無いものに関する発見があるのは間違いなく、両者とも桁外れに優れていたから、もし確執があったとしても、密かに互いを認めていたのではないでしょうか。この二人の巨匠の違いは、誤解を恐れずに一言で表せば、バーンスタインが激情型なのに対して、カラヤンは耽美型です。
 
 バーンスタインは、キャリア後半になってウィーン・フィルに登場しましたが、時として激しすぎる感情のうねりが演奏を破壊してしまいかねない音楽造りが、まろやかな音色と、それでいて重厚さを失うことの無いウィーン・フィルによって中和されて、素晴らしい名演奏の数々を生み出しました。それらは、もしこれがウィーン・フィルでなかったら、どんちゃん騒ぎになってしまうのではないかと思わせる、ぎりぎりの崖っぷちにいる危うささえ感じさせます。
 ともあれ、1980年初頭のブラームスの交響曲はバーンスタインを代表するCD(デジタル・ライヴ録音)となっているし、他にも、マーラーはもちろん、シベリウスの交響曲もウィーン・フィルと演奏したものが残されています。

前回記事: バーンスタイン/ウィーン・フィルのシベリウス|交響曲第1番|生誕100年

 バーンスタインのシベリウスは、想像にたがわず破天荒であり、よく言われる「北欧の大自然を感じさせる」というような形容詞が当てはまらない演奏です。シベリウスの交響曲は、第1番と第2番がロマン派と国民楽派を合わせ持つ色合いが濃く、当時、マーラー演奏の権威として名を馳せたバーンスタインの芸風によくマッチングした曲だといえ、第1交響曲では、この指揮者の特質が余すところなく発揮された特異なシベリウスでありながら、聴く者を捉えて離さない稀有な名演奏でした。
 シベリウスの初期の集大成として最も有名な第2交響曲は、第1よりもさらに洗練されたオーケストレーションを有し、緻密に計算されつくした拍子の変化や、休止符、シンコペーションによって多様で複雑な音楽の流れを創りだしていますが、マーラーやR.シュトラウスの巨大なオーケストラ編成とは一線を隔しているという点においては、すでにその後のミニマル路線の予兆が感じられる曲です。しかし、バーンスタインは、そのようなシベリウスの傾向に反発するかのように、ここでも第1と同じ路線の激しい演奏を繰り広げています。



◇ シベリウス 交響曲第2番 バーンスタイン/ウィーン・フィル

 特筆すべきは第二楽章で、ここでのバーンスタインは極端に遅いテンポをとっています。単純に長さを比較しても、その特異さが際立っていて、例えば、シベリウス演奏のレファレンスとも言えるネーメ・ヤルヴィ/イエーテヴォリ交響楽団のCD(BIS盤)では、約14分なのに対して、バーンスタイン/ウィーン・フィルは約18分も要しています。バーンスタインは、この楽章をまるでワーグナーの楽劇の悲劇的シーン(例えば、ジークフリートの死と葬送)にでもなぞらえているかのような劇的な表現を用いています。静寂の中からコントラバスとチェロのピッチカートで入ってくる深刻なリズムから、憂いを帯びたファゴットの旋律に始まり、ピアニッシモからフォルティッシモ、静から動へと複雑に変化するこの楽章を、物凄いデュナーミクとアゴーギクをもって揺さぶりまくります。一例を挙げれば、この楽章で最初の山が訪れる楽節(動画17:20~)では、スローテンポが故に凄まじいまでの息の長いクレッションドによって聴衆の鼓膜に襲いかかります。しかし、その後にくる休止符の間合いは、轟音の後だけに聴衆に息をすることさえ許さない静寂につつまれ、極度な緊張感に襲われます。ところが、次いで弦楽器に現れる旋律の優しく繊細な響きによって緊張は解れて、安堵にいたります。超絶に遅いテンポ設定にもかかわらず、その前後左右に揺さぶる激しい展開に聴衆は終始揺さぶられ続けることになります。
 

シベリウスSym2_2ndmv


 さすがに、この極端な後期ロマン派風には異論を唱える人もいるでしょうが、この巨大なシベリウスには、ある意味、バーンスタインの音楽感が良く表れていると言え、バーンスタイン節を聴きたいのであれば、充分にその欲求を満たしてくれることでしょう。


 もし、北欧情緒なシベリウスに聴き飽きたなら、バーンスタイン/ウィーン・フィルの巨大な演奏を聴いてみて下さい。そこには、まるでワーグナーの楽劇のような巨大なシベリウスがあります。


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バーンスタイン シベリウス

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至上の印象派展|絵画史上最強の美少女: イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢|国立新美術館

 今日から国立新美術館で始まる「至上の印象派展」は、スイスの大実業家エミール・ゲオルク・ビュールレ(1890-1956年)のコレクション約60点が来日し、そのうちの約半数が日本初公開という今年前半における注目の展覧会です。昨年の秋から都内の要所でポスターが貼られているので、東京近郊に在住の人は「絵画史上最強の美少女」のキャッチフレーズを一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。「最強の美少女」とは、それだけでもインパクトを狙ったふれこみですが、横に小さく「センター」と書かれていて、様々な層に来館してもらいたいという主催者側の意欲的な戦略が垣間見えます。

展覧会Web Page: 至上の印象派展 ビュールレ・コレクション

 しかし、それがはったりや客寄せのためだけではないことを、その「美少女」を観れば納得させられてしまうところが、まだ後の輝かしい名声を得る前の作品とはいえ、さすがにルノワールです。


ルノワール イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢
◇ ピエール=オーギュスト・ルノワール イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢 1880年 油彩、カンヴァス 65 cm×54 cm

 この美少女は、ルイ・カーン・ダンヴェール伯爵の長女イレーヌで、当時まだ8歳だったそうですが、すでに大人のような落ち着きと品の良さが、観る者を魅了します。どういう順序で描いていったのかはわかりませんが、この少女の表情があまりにも完璧に仕上がってしまったので、膝の上に置いた両手をやや小さめに描いて子供らしさを付け加えたのではないだろうかと思えるほどです。そうは言っても、少しだけ上を見ているような澄んだ瞳と穏やかな曲線を描く眉毛には、子供らしい純粋さが現れていて、一方で、上品に結んだ口元には高い知性を感じさせます。
 この作品を解説したTV番組の「アート・ステージ -画家達の美の饗宴」では、ユダヤ系だったイレーヌの家族は後にナチスの迫害にあって、アウシュビッツでの犠牲者になったという史実を紹介し、この美少女の表情に後の悲劇を予感させると解説していましたが、少女もルノワールもこの時点で歴史の悲劇を予測出来るわけがないのは言うまでもありません。その後の史実を知っている現代の人がそう感じるのは有り得るし、自由ですが、むしろこの純粋無垢な少女の表情には、後に「人生は嫌なことばかりあるので、これ以上不愉快なことを描く必要はない。」と語った幸福の画家・ルノワールの原点があるように思います。

TV番組: アート・ステージ 画家たちの美の饗宴 「印象派が描いた子どもたち」


画像出典: wikimedia commons
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ルノワール

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ: 雪の中の巨石墳墓|静寂の情景

 奇想の絵画は、古くは北方ルネサンス時代のヒエロニムス・ボスにまでさかのぼることができます。ボスの祭壇画《快楽の園》は、画面に現実を逸脱した様々な生き物や奇妙な形の建造物が登場しますが、宗教的な教訓を含んだ寓意画です。その後、ネーデルランドやフランドルで変貌を遂げた奇想の系譜は、19世紀の象徴主義の画家達に引き継がれました。その中でも、ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンクは、シュールレアリスムを代表するベルギーの画家ルネ・マグリッドに影響を与えたとされ、誰も居ない静寂に包まれた情景に何かが隠されているかのような神秘性を漂わせています。

参考企画展: ベルギー奇想の系譜 2107年

 しかし、それよりおおよそ70年も前に、ドイツのロマン主義の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)が描いた《雪の中の巨石墳墓》は、改めて現代の我々が目にすると、その寂寥とした情景にはド・ヌンクの静寂との類似性を感じさせます。中央の墓石は、タイトルがそうでなければ普通の岩のようにも見えますが、その傍らに佇む樹木の枝が折れ曲がっている様は、何か異様な生き物のようで、墓石の下に居るはずの亡骸を表しているかのようです。枝に積もった僅かな雪によって、木肌の色と強いコントラストを成し、白い雲に覆われた背景の光によって浮き上がり、観者の眼に焼き付きます。冷静に見ると、単なる雪山の中の冬枯れの巨木と岩が描かれているだけなのに、どこか現実世界を超越した深淵を感じさせる何かがこの画にはあります。


カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ 雪の中の巨石墳墓
◇ カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ 雪の中の巨石墳墓 1823-1824年 126.9×96.7cm

 フリードリヒは、当時はスウェーデン領だったドイツ北方の地に生まれ、荒涼とした風景画で知られるロマン主義の画家です。ドイツのナショナリズムに傾倒し、画の中の登場人物にドイツの民族衣装を着せる等の政治思想的な主張も見られるそうですが、現代の、しかも日本の観者には、むしろその作品にただよう神秘主義的な雰囲気が印象的であり、単純な風景の中に何かが潜んでいるような不思議な感覚を誘起されます。

TV番組: アート・ステージ 画家たちの美の饗宴 「フリードリヒ」 2018.02.03 放送


画像出典: wikimedia commons
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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ

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