昨夜のクラシック音楽館では、NHK音楽祭2021から、田中祐子/九州交響楽団の演奏会が放映されました。今年の同音楽祭は、パンデミック時代を反映して、日本各地のオーケストラと日本人ピアニストの協演をテーマに掲げており、今回は、金子三勇士(かねこみゆじ, 1989年生)が登場しました。金子は、母親がハンガリー人で、幼いころから才覚を表し、若干11歳でリスト音楽院に入学し、2006年から東京音楽大学付属高等学校に編入しました。その後、2008年には、バルトーク国際コンクールで優勝しています。東京音楽大学を経て、2012年には第22回出光音楽賞を受賞、最近では、2019年に公開された映画「蜜蜂と遠雷」のピアノ演奏を藤田真央や河村尚子と共に担当したのが、記憶に新しいところです。
 指揮の田中さんは、近年、日本でも活躍が目覚ましい女性指揮者の一人で、尾高忠明や高関健に師事しています。リストのピアノ協奏曲第1番の初演を振ったのがベルリオーズであり、そのベルリオーズの楽曲でリストを挟むプログラムは、当時の楽壇の革新的な流れを汲んだ小粋な選曲です。ちなみに、《幻想》は、それまでにない大編成のオーケストレーションで、特に金管楽器の扱いに当時としては革新的なものがあり、リストのピアノ協奏曲は、4楽章形式でトライアングルを用いるという、これも当時としては斬新なものだったといいます。


NHK音楽祭2021 九州交響楽団演奏会

ベルリオーズ: 序曲《ローマの謝肉祭》 Op.9
リスト: ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調*
ベルリオーズ: 幻想交響曲 Op.14

金子三勇士(Pf)*
九州交響楽団
田中祐子(Cond)
(2021年11月3日@熊本県立劇場コンサートホール)

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NHK音楽祭2021 オーケストラ・アンサンブル金沢演奏会より

モーツァルト: 歌劇《フィガロの結婚》序曲
モーツァルト: フルートと管弦楽のためのアンダンテ ハ長調 K.315*
武満徹: 《3つの映画音楽》から ワルツ-「他人の顔」より-

松木さや(Fl)*
オーケストラ・アンサンブル金沢
井上道義(Cond)
(2021年10月9日@石川県立音楽堂コンサートホール)


Note
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ローマの謝肉祭

 冒頭のコーラングレは、もう少し抒情的にたっぷりと歌っても良いのではないかと思うが、あっさりした語り口が、かえって賑わいだ雰囲気には合うのかもしれない。田中は、九響から鋭利な音響を引き出している。


リストPC.1

 金子の力強い打鍵は、基本的には芳醇なアーティキュレーションであるが、旋律線を描くときはクリアさを失うことはない。大編成オーケストラと充分に対抗し得る鋼のような強さがあり、リストの音楽に技巧だけではない劇的な精神性を見出そうとしているかのようだ。それは、前のベルリーズで九響から鮮烈な音響を引き出した田中の感性と相乗効果をもたらし、堅固な要塞の如き音像を描き出した。


幻想交響曲

 第一楽章の田中は、適切なテンポで音楽を進めてゆくが、単に流しているわけではなく、強弱のコントラストを効かせた鋭利な音像を造り上げる。それが可能なのは、九響の緻密なアンサンブルによるところもあろうが、終盤では、關を切ったようにルバートをかけてドラマティックを演じ、田中の曲に対する思い入れが伝わってくる。
 第二楽章は、美麗な音色を駆って、軽快なテンポで華麗に踊り、クラリネットが憧れの女性のモティーフを歌うと、一層の熱を帯びて締めくくる。
 牧歌的な抒情で始まる第三楽章は、極めて美麗な音響で流れゆく、田中/九響の聴かせどころだ。甘美な旋律が、いつの間にか、牧歌的な田園地帯から夢見心地の桃源郷へと誘う。蕩けるような音色の連鎖に、ベルリオーズが音符に記した夢想世界に対する指揮者の思い入れが伝わってくる。しかし、次第に破局への不安が鎌首を持ち上げる。そして、コーラングレの牧歌的なメロディーに遠雷のようなティンパニが絡み、第四楽章の断頭台への行進を予感させる。
 第四楽章の激しさは、他に類を見ないほどだ。荒れ狂うティンパニと小太鼓、大太鼓が、極限なまでのフォルティッシモで、鬼気迫る形相で迫りくる。
 終楽章は、冒頭の狂気じみた木管の響きが、まさしく「ワルプルギスの夜の夢」だ。グレゴリオ聖歌の「怒りの日」からの引用旋律が、「黄泉比良坂」のイザナミを思い起こさせるかのようなおぞましさを表す。そして、コーダでは打楽器が怒涛の如く打ち鳴らされて終決する。

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 金子の強靭なピアニズムは、指揮の田中さんの力強い音楽性と相乗効果を成し、堅固な「リスト」に仕上がっていました。しかし、それ以上に度肝を抜かれたのは《幻想》です。「指揮者・田中裕子」の激しいまでの想いが込められた《幻想》は、予想を超えた鬼気迫る演奏でした。カラヤンの薫陶を受けた音楽監督・小泉和裕が磨き上げた九響の鮮烈な音響が、それを可能にしていました。

 そして、次いで放映された井上/アンサンブル金沢のモーツァルトと武満は、「どこでもドア」で、全く異なる色いの音楽へと誘ってくれました。


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フランツ・リスト

プレイズ・リスト
金子三勇士 (Pf) 形式: CD

リスト:ピアノ協奏曲第1番&第2番
クリスティアン・ツィマーマン(Pf)、小澤征爾/ボストン交響楽団 形式: CD
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