マーラーの交響曲で最も演奏機会の多いのは、この曲だと思われます。クラシック音楽館とBSプレミアムを合わせると、この一年以内にこの曲が数回放映されています。しかし、昨日書いたように、中々良い演奏に巡り合えません。これは、《巨人》に限ったことではなく、《復活》や第三、第五にも言えることです。唯一、第九だけが、カラヤンとバーンスタインの名演奏の録音が残されています。

 そういう状況の中で、筆者として最も共感できる《巨人》は、昔から、バーンスタイン/NYフィルの古い録音の演奏でした。この演奏は、良いです。ただ、1966年の録音で、この頃のCBSソニーの録音は、乾いた音質と極端に左右が分離した、いわゆるピンポンステレオ録音で、不自然な音質に加えて、アナログ録音特有の磁気テープに起因するヒスノイズが耳障りです。「レコード芸術」という雑誌があるように、クラシックをオーディオ機器で再生して鑑賞する行為も芸術鑑賞の一つととらえるならば、音質の良さも総合評価の一部を担うというのが個人的な考えであり、そういう意味で、この録音は、決定盤となり得ていません。もし、この録音がロンドンレーベルだったら、間違いなく決定盤となったでしょう。

 もちろん、バーンスタインは、その後、何回もこの曲を演奏しています。そこで、最初に注目したのは、ウィーン・フィルとの1975年ライヴでした。マーラーゆかりのウィーン・フィルと後年良好な関係を築き、素晴らしい録音の数々を残すことになるバーンスタインとの組み合わせなので、1966年の録音を知る自分にとっては期待十分でした。しかしながら、このDVDでのバーンスタインは、NYフィル盤とは異なる演奏をしています。個性の強いウィーン・フィルをコントロールして自分の音楽に持って行けていないような気がします。基本的な解釈はNYフィル盤と近いのですが、ウィーンの個々の楽器奏者が奏でる音が、それぞれ個を出しすぎてしまっている場面が散見されます。
 例えば、第三楽章の出だしの、コントラバス。下品なほどに崩れた奏法は、NYフィル盤ではこれほど強調されていません。この楽章のおどろおどろしさを出しているという点では、ウィーン・フィルはさすがですが、バーンスタインの本意はNYフィル盤に聴けるような、もう少し節度のあるものだったと思われます。



 まだウィーンに馴染んでいなかったバーンスタインが、この頃はまだ遠慮しがちだったのかもしれません。というのも、第4楽章の、あの美しい叙情的な調べの締めくくりの部分。




 最後のフェルマータの溜めが、NYフィル盤に比べて不充分です。
 また、トランペットとトロンボーンが奏でる下降するモチーフでは、リタルダンドがアクセント気味に強調されています。ウィーンの個々の奏者の個人プレーだと思われるこういった箇所は、その他にもたくさんあり、気になり出すと、どうにも耳についてしまいます。




 
 ということで、このウィーン盤を聴いて以来、バーンスタインの《巨人》は諦めてしまっていました。
 ところが、前回の記事がきっかけで《巨人》の良い演奏はないかと、YouTubeをサーチしたら、NYでもウィーンでもないバーンスタインの指揮だというものを発見し、それが、予想を上回る素晴らしい演奏でした。
 第2楽章のテンポ。そう、この楽章は、このテンポでなくてはならない。ゆったりと、行進するかのようにリズムを刻み、そして中間部の優しさ、優雅なニュアンス。NYの方が若々しくて、より華やかですが、まあ、贅沢はいえないでしょう。
 そして圧巻の第4楽章。これは素晴らしい。冒頭の激しく大海がうねる様な表現は、しっかりと刻む低弦のリズムによって支えられ、極めてシリアスで劇的に展開します。そして、次に来る、例の嫋かな楽節。ほぼ、NYフィル盤と同等、否、それ以上にロマンティックに歌います。この弦の美しさは、まさに隔世の美といって良いでしょう。そして、ひとしきり、激しい楽節が続いたあと、同じモチーフが再び登場する前のオーボエ。その純度の高い澄んだ音色が静寂の中から響き渡り、その後にくる弦の情感たっぷりの展開が聴くものの心を捉えます。



    Alex151128006



 これだ!という名演が、ここにありました。
 さて、これは、いつの演奏でしょうか?海賊版でないかぎり、おそらく、コンセルトヘボウとの1987年の録音だと思われます。あの木管の素晴らしさは、ウィーンでなければ、他にベルリンかコンセルトヘボウしかないと思われます。

 ということで、さっそくCDを注文しました。






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マーラー 巨人

マーラー:交響曲第1番
レナード・バーンスタイン/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

マーラー:交響曲第1番「巨人」
レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック 形式: CD
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