国立西洋美術館の企画展「北斎とジャポニズム」では、北斎にインスパイアされた画家たちが描いた西洋絵画が展示されています。

前回記事: ドガ: 踊り子たち モネ: 舟遊び|北斎とジャポニズム@国立西洋美術館

 代表的なのは印章派の画家たちでしたが、今回、最も強烈なインパクトを与えられたのが、エイリッフ(アイリフ)・ペーテシェンの《夏の夜》です。


エイリッフ・ペーテシェン 夏の夜
◇ エイリッフ(アイリフ)・ペーテシェン 夏の夜 1886年 油彩、カンヴァス 151×133cm

 写実的な風景画にすぎず、印章派の色彩分割とか象徴主義等のような、絵画技法及び表現上の革新性という観点からは、制作年当時としての斬新生や革新性はさほど認められません。しかし、何人もの人がこの画の前で足を止めて滞留していたように、この作品には、観者が見入ってしまう不思議な魅力が備わっているようです。PCの液晶画面で観ていても伝わってき難いのですが、それは、北欧の白夜に近い夜の幻想的な色彩と構図の「臨場感」にあるようです。北方の短い夏、大自然の澄み切った空気と静寂の中、湖(池)に投影された森林と、手前の樹木との遠近のコントラストが生み出す深い奥行き感に、まるでこの大自然の中に吸い込まれてしまいそうな錯覚すら感じさせます。背景の空や木々は画面上方でトリミングされており、直接的に見えているわけではなく、水面に反射して逆さに映っているだけなのに、それらが画面からはみ出ていることによって、高々と生い茂った樹木のスケールが観者の頭の中で構築され、それが臨場感と奥行き感を演出しています。また、それら遠景が映し出されている水面の奥には浮草が浮き、手前には夜空の三日月が映っており、その浮遊感も臨場感の形成に一役買っているようです。さらに、手前の樹木も、単に一律に林立しているのではなく、左端から倒れた樹が中央に向かって横たわっているのも、臨場感を生み出す要素となっています。これらの大胆な構図が、北斎の浮世絵や漫画から影響を受けたというコンテキストで、富嶽三十六景から《甲州三嶌越(こうしゅうみしまごえ)》が関連付けられています。


葛飾北斎 富嶽三十六景之内甲州三嶌越
◇ 葛飾北斎 富嶽三十六景之内甲州三嶌越

 前景に樹木を配置してトリミングする構図は、北斎や広重が用いたもので、透視遠近法(線遠近法)で奥行を出す対象物が無くとも遠近感が得られ、この《内甲州三嶌越》では、前の樹木と遠景の富士山で空間の隔たりを表しています。ペーテシェンは、構図の基本部分を参照していますが、北斎には描かれている空をもトリミングしてしまい、その部分を水面に映し出して夜空に浮かぶ三日月の存在を知らしめているところに、単に北斎の真似ではないオリジナリティーを盛り込んでいます。さらに、手前から向こうへ倒れている白い樹木が、水面に映った樹木のアウトラインと共に透視遠近法を可能とするモチーフとしても用いられていて*、浮世絵風の大胆な構図と相まって、臨場感を表すのに寄与しています。

 エイリッフ・ペーテシェン(1852 - 1928年)は、ノルウェー生まれの風景画および肖像画家です。1880年代には、オスロ郊外の芸術家村として知られるリッサーケルに居を構え、ノルウェーロマン主義の創始者とも言われ、風景画では、北欧の大自然の風景に潜む、どこか寂し気な抒情を描いています。


エイリッフ・ペーテシェン セレのビーチから
◇ セレのビーチから 1889年 油彩、カンヴァス 40×28.5cm (オスロ美術館、展覧会では展示されていません)

 当時の北欧の画家たちは、芸術家村を形成するのが流行りだったようで、奇しくも、同じノルウェー生まれでデンマークで活躍した同年代のペーダー・セヴェリン・クロイヤーも、デンマークのスケーエンに移り住み、そこでスケーエン派を形成しています。

関連記事: ペーダー・セヴェリン・クロイヤー:ばら|スウェーデン、デンマークの芸術家村|国立西洋美術館


【注釈】
*: 消失点がそれらしい適切な所には行かないものの、臨場感の演出にはなっているように思う。

画像出典: wikimedia commns


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エイリッフ・ペーテシェン

エイリッフ(アイリフ)・ペーテシェン セレのビーチから
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