クラシック音楽とアート

クラシック音楽やアートについて語るブログです

俵屋宗達

現代に受け継がれた琳派|田中一光 

 田中一光(1930-2002年)は、長らく日本のデザイン界をリードしたグラフィックデザイナーです。田中が手掛けた西武百貨店の包装紙のデザインや東京五輪の施設シンボルは、誰もが一度は目にしたことがある日本の日常生活に定着したものです。鮮やかな色彩とシンプルな形状によって、一見しただけで印象に残り得る包装紙はデザインセンスの神髄です。


田中一光 西武百貨店包装紙
◇ 田中一光 西武百貨店の包装紙 (by 西武百貨店webpage)

 また、男女トイレのシンボルデザインは、多様な言語の世界中の誰にでも一目でわかるように、1964年のオリンピックの時に田中らによって考案されたもので、以後、それが原型となって世界標準になっており、まさしく、グローバルなシンボルデザインと言えるものです。

 先日まで開催されていた企画展「琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-」では、田中一光の《JAPAN》というポスターが展示されていました。次回2020年の東京オリンピックはエンブレムの盗作問題で揺れましたが、単純に造形的な引用という意味では、この田中一光のポスターも同列に属するのではないでしょうか。ここでの鹿は、国宝「平家納経」に俵屋宗達が描いた鹿であることは明白です。宗達の著作権が切れている上に原作者が不利益を被ることは無いとはいえ、これが盗作と揶揄されないのは、時代という時の流れによって、この鹿の造形に在る琳派の精神が現代のポスターに受け継がれている事の方が価値があると誰もが納得するからでしょう。


俵屋宗達 鹿図 平家納経より
◇ 俵屋宗達 鹿図 平家納経より

 さらに素晴らしいのは燕子花で、尾形光琳以来、琳派だけでなく日本画の代表的なモチーフとなっている燕子花を、緑と藍色の濃淡だけの単純な色彩と直線的な造形によってデフォルメして、その特徴を簡潔に抽出した傑作です。


田中一光  植物園
◇ 田中一光 植物園

 作曲家の武満徹は、1973年に渋谷のPARCO劇場(当時は西武劇場)のオープニング記念に「今日の音楽(MUSIC TODAY)」を開催しました。ピアニストのピーター・ゼルキンの演奏から日本の古典芸能まで上演される音楽祭で、1992年まで毎年開催された音楽祭です。一光は、その音楽祭のポスターを担当しています。


田中一光 MUSIC TODAY
◇ 田中一光 MUSIC TODAY

 武満は、造形作家の山口勝弘が中心となって結成された「実験工房」に参加するなど、美術家との交流もさかんだったことから、自身が企画する音楽祭のポスターも、最前線のデザイナーに委託したのだと思われます。一光は、ここでも俵屋宗達の《紅白梅図屏風》や尾形光琳のかるたに描かれている川を引用しています。伝統的な日本美術の琳派の川に、抽象化された西洋の音楽記号のようなものが埋め込まれ、西洋と日本、過去と現代音楽のコラボレーションを日本の伝統文化で包み込むような形になっています。


光琳かるた
◇ 光琳かるたより

 田中がこれらの作品を琳派へのオマージュとして描いたのは明白であり、何百年もの時代を経ても枯渇することの無い、宗達や光琳のデザインセンスに抱く畏敬の念がそこにあります。


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琳派の始祖・俵屋宗達|企画展 「琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-」

 東京広尾の山種美術館では、企画展「琳派 -俵屋宗達から田中一光へ-」が開催されています。2018年は、江戸琳派の始祖である酒井抱一(1761年8月1日-1828年1月4日)の没後190年、その弟子の鈴木其一(1796年 - 1858年10月16日)の没後160年の年にあたる年で、それを記念して江戸初期に活躍した琳派の始祖、俵屋宗達(生没年不明)・本阿弥光悦(1558年-1637年2月27日)から、デザイナー田中一光(1930年1月13日 - 2002年1月10日)までの作品を同美術館の所蔵を中心に展示する展覧会です。

山種美術館web page

 構成は以下のようになっていて、宗達と光悦の16世紀後半から一光の21世紀まで、400年以上にわたる琳派芸術継承の歴史をたどり、同時に、琳派に影響を受けた画家達の作品も観ることが出来ます。

第 1章 琳派の流れ
第 2章 琳派へのまなざし
第 3章 20 世紀の琳派・田中一光

 俵屋宗達は、生没年も知れておらず、この人物の存在は、ほぼ作品(絵)だけしか手掛かりがないほどの謎に包まれた画家です。京都で「俵屋」という絵屋(絵画工房)を営んでいたらしいのですが、それを継いだ俵屋宗雪にしても生没年不詳であり、さらに次の世代の喜多川相説も生没年不明という謎の工房です。しかし、残っている一連の作品に見られる、誰か無名の絵師が突然変異的に傑作を描いたものとは思えないセンスの良さによって、特定の優れた人物が存在したという確証が得られているのでしょう。
 同館自慢の所蔵から、俵屋宗達(絵)と本阿弥光悦(書)による《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》と、今回修復を行ったという《槙楓図》(伝俵屋宗達)が展示され、加えて恐らく個人蔵だろうと思われる《鳥図》も展示されています。
 《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》は、金銀泥による鹿の下絵に、「新古今和歌集」からの28首の和歌を本阿弥光悦が書写した巻物の断簡です。全体で約22メートルもの長さの巻物だったそうで、今は断簡として、山種美術館の他、MOA美術館、五島美術館、シアトル美術館等が所蔵しているようです。デフォルメされているものの、極めて簡素に鹿の特性をとらえたシルエットに金泥を施したデザイン性は、西欧のアール・ヌーボーを300年近く先取りしており、さらに日本的な優雅さをも兼ね備えた名品です。


宗達・光悦 鹿下絵新古今集和歌巻断簡
◇ 俵屋宗達(絵)・本阿弥光悦(書) 鹿下絵新古今集和歌巻断簡

俵屋宗達 槙楓図
◇ 伝俵屋宗達 槙楓図(まきかえでず)

 そして、《鳥図》にいたっては、鳥のユーモラスな造形に漫画的な要素をもうかがわせていて、現在でも通用するような極めて近代的なセンスに溢れています。別の見方をすれば、閑散とした背景に抽象化された一羽の鳥が居る空間設定と、何かを言いたげなその表情に、シュールな雰囲気すら漂わせています。


俵屋宗達 鳥図
◇ 俵屋宗達 鳥図



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俵屋宗達
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俵屋宗達と古典文学|「名作誕生-つながる日本美術」

 先日の記事で記したように、宗達は古典の絵から持ってきたモチーフをそのまま用いてコラージュしましたが、それだけではなく、古典文学に取材したものも描いています。「名作誕生-つながる日本美術」の第三章「古典文学につながる」では、宗達が「伊勢物語」に取材した絵が展示されています。平安時代の歌人、在原業平(ありはらのなりひら)が東下りの際に通ったという難所の宇津山(静岡県)の情景を描いた宗達の絵に、江戸時代初期の烏丸広光(からすまるひろみつ)が七首の和歌を記したものが展示されています。


伝俵屋宗達筆 烏丸広光賛 蔦細道図屏風
◇ 伝俵屋宗達筆 烏丸広光賛 蔦細道図屏風 

前回記事: いにしえのコラージュ|俵屋宗達|on 東博「名作誕生-つながる日本美術」

 ここでの宗達は、大胆に意匠化した土坡に「伊勢物語」の中で宇津山の描写として記されている「蔦」を配置しています。しかし、写実性はなく、土坡の上の空間に蔦を配置したデザイン的センスに溢れる構成をとっています。人物が描かれていないところが、うら寂しい旅の峠の抒情をそそり、装飾性と同時に深い味わいを生み出しています。

 古典文学に取材した作品と言えば、今回は展示されていませんが、有名な《鶴下図三十六歌仙和歌巻(鶴下図和歌巻)》は、鶴を描いた宗達の下絵の上に、本阿弥光悦が平安時代の和歌の名人36人(三十六歌仙)の和歌をしたためた全長13.5mにも及ぶ巻物が有名です。



◇ 俵屋宗達画/本阿弥光悦書 鶴下図三十六歌仙和歌巻 江戸時代初期 13.5m ( by インターネット・ミュージアム)

 美術コレクションでも有名だった陶芸家の荒川豊蔵(1894-1985年)が、1960年頃に愛知県の旧家から購入した後に京都国立博物館に寄託したもので、現在では同博物館所蔵の重要文化財となっています。琳派の始祖である阿弥光悦と俵屋宗達の共作という貴重な巻物であり、是非実物を観たいものです。
 金泥と銀泥のみで描かれている鶴は、素早い筆致にも関わらず、その造形的特徴が見事に表現されていて、宗達の並ならぬ画力がうかがえます。しかも、下絵として巻物を装飾するだけにとどまらず、巻物の長さを活用して、鶴が右側の岸辺から飛び立って、一度上空に消えかかり、再び下降してきて海上を飛んで、最後は遠くの空に飛び去っていく様が、まるでアニメーション動画のように描かれています。


俵屋宗達 本阿弥光悦 鶴下図三十六歌仙和歌巻 巻頭
◇ 鶴下図三十六歌仙和歌巻 巻頭 

俵屋宗達 本阿弥光悦 鶴下図三十六歌仙和歌巻 巻末付近
◇ 鶴下図三十六歌仙和歌巻 巻末付近 

 一方、巻末には、浅い水上で足を休める別の群れが居て、その鶴たちは右に向かって飛び立ち、中央付近で巻頭から飛んできた群れと交錯します。(下記リンクのe国宝では、全体を自由にスクロールして観れます)

e国宝リンク (スクロールして詳細画像が観れます)
◇ 俵屋宗達画/本阿弥光悦書 鶴下図三十六歌仙和歌巻 江戸時代初期 13.5m

 しかし、宗達の恐るべき視点は、それだけでは終わりません。鶴の様子を追っていくと、途中で視点が変わり、飛んでいる鶴の上から見下ろしたような視点になっていることに気づきます。ドローンも飛行機すらもない時代に、飛んでいる鶴の上から見た姿を描くという発想の自由さに驚かされます。


俵屋宗達 本阿弥光悦 鶴下図三十六歌仙和歌巻 中央付近
◇ 鶴下図三十六歌仙和歌巻  中間付近 

 筆者には、書の上手い下手は良くわからないものの、光悦の筆は、絵の動きに合わせるかのようにリズミカルな変化を見せています。字の大小や太さ、それに墨のかすれ具合が、鶴の動きに連動しているかのようで、おそらく、これらの文字が書かれていなければ、画面は味気ないものになってしまうのではないかと思われるほど、下絵と見事なコレボレーションを見せています。


画像出典: wikimwdia commons
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俵屋宗達

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いにしえのコラージュ|俵屋宗達|on 東博「名作誕生-つながる日本美術」

 俵屋宗達の作品には、元絵があることが多いと言われます。他の誰かが描いた絵からモチーフを拝借して、それらを自作の中で再構成する類い稀なセンスは、近代アートを先取りしたような前衛性がありました。先に記した若冲や探幽の模写は、先達の技巧を習得しつつ自身の特質を見出す意味があったのに対し、宗達は、元絵をそのまま活用して、新しい別の作品を創出することに主眼を置いていたと言えるでしょう。元絵のデザイン性に着目し、それらを散りばめることで出来上がるコンポジションの妙を創作の主題としています。

 宗達については、ほとんど記録が残っておらず、謎の多い人物ですが、京都で絵屋「俵屋」を営んでいたらしく、扇絵や料紙下絵等、様々な絵を扱って生計を立てていたと伝えられます。


俵屋宗達 田家早春図
◇ 田家早春図 17世紀(今回の展覧会では展示されていません)


扇に描かれた絵は、古典からそのままの図案を借用しているものが多く、今の時代なら著作権の問題が発生しかねないものですが、当時は既に知れたモチーフが描かれている扇が人気を博したのでしょう。今回の「名作誕生-つながる日本美術」では、その扇をコラージュした作品がいくつか展示されています。


俵屋宗達 扇面散貼付屛風
◇ 扇面散貼付屛風 17世紀


 右奥の遠景に連なる山々、左手前の近景には土坡を配置し、ススキや藤の花のような造形が薄いベージュで描かれ、画面上半分に細かい花びらのようなものが散りばめられた装飾性豊かな背景に、色とりどりの扇が、まるで宙を舞うかのように描かれています。扇絵は、おそらく古典から借用したものでしょうが、それらを配置したこの六曲一双の屏風絵に描かれた空間で、扇が蝶のようにひらひらと舞っているかのような不思議で優雅な動きを見せています。古典から借用した扇のモチーフは、深淵な装飾空間を自在に揺れ動き、シュールとも言える空気さえ漂わせています。古典のモチーフを用いながら、20世紀のアートにも通ずるような前衛性すら感じさせる宗達の類い稀な感性が光ります。

 今展覧会での展示はありませんが、宗達のコラージュで最も優れた作品は《舞楽図屏風》でしょう。この作品も、舞楽の各演目を描いた古典の絵から持ってきたモチーフをコラージュした作品です。屏風の右下に雅楽で用いる大太鼓(だだいこ)と大鉦鼓(おおしょうこ:金属製打楽器)を置いて近景を露わし、左上の対角の位置に松と桜を配置して遠景を表して奥行き感を持たせているところは、《扇面散貼付屛風》と同じ手法を用いていますが、ここでは背景に金地を用いて鮮やかな舞楽の雰囲気を強調しています。手前の楽器が奏でる雅楽に乗って、それぞれの演目に登場するモチーフがコラージュされ、右から、「採桑老(さいそうろう)」に登場する老人、「納蘇利(なそり)」の竜、「還城楽(げんじょうらく)」の舞、「蘭陵王(らんりょうおう)」の舞、「崑崙八仙(ころばせ)」の仙人たちが順に配置されています。それぞれのモチーフは、作者不詳の古典《舞楽図屏風》からそっくりそのままの造形を持ってきているものの、それらが雅楽の楽器と松桜の樹木の間の空間で絶妙の位置に置かれていて、いかにも太鼓が奏でる音楽に乗って踊っているかのような動きを感じさせます。


俵屋宗達 舞楽図屏風
◇ 舞楽図屏風 17世紀(今回の展覧会では展示されていません)

 宗達のコラージュには、背景の空間描写と配置の妙によって、絵画では表現出来ないはずの動きや音が見えたり聴こえたりするかのような斬新さがあります。


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俵屋宗達

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速水御舟 翠苔緑芝と名樹散椿 - 琳派の系譜|速水御舟の全貌@山種美術館

 代表作《炎舞》が展示されている本展のクライマックスといえる第3章では、その他にも大規模な屏風として《翠苔緑芝》と昭和以降の作品で最初に重要文化財に指定された《名樹散椿》が見逃せません。旧来の日本絵画の伝統を壊すのではなく、その流れを継承しつつ独自の新しさを追求した御舟の力作です。
 《翠苔緑芝》は、日本画の伝統とも言える金地屏風で、平面的な装飾性と鈴木其一に見られる自由で濃い彩色を継承しつつ、芝や黒猫を配置したコンポジションに静寂感が漂い、独特の雰囲気を漂わせています。近くで見ると、紫陽花の花びらにひび割れが見られ、御舟が編み出した独自の技法が隠されていると考えられています。

翠苔緑芝 右隻

翠苔緑芝 左隻
◇ 翠苔緑芝 1928年 紙本 金地・彩色 (by wiki)

 そして、《名樹散椿》では、俵屋宗達の《松図襖》を意識した構図に、《翠苔緑芝》での色面表現をさらに深化させ、制作当時樹齢400年と言われた京都・椿寺の八重散椿を描いています。背景は琳派を継承した金地ですが、普通に金箔を貼り付けたり、金泥を塗っているのではなく、雁皮紙(がんぴし)に金砂子(きんすなご)を撒き散らして彩色する「撒(ま)きつぶし」という技法(竹筒に金砂子を入れてまきちらして着色する)を用いる事によって、それまでの金地屏風には見られない、むらの無い均一の画面で、かつ光沢を抑えた背景を実現しています。
 しかし、この屏風の価値は、そういった独創的な技法もさる事ながら、日本美術の伝統を継承しつつ、咲き誇る花々と緑の葉を華麗な色彩で描き、一方で、パラパラと散った老樹の花びらを装飾的に散りばめて、日本人独特の自然感を潜ませているところにあります。


俵屋宗達 松図襖
◇ 俵屋宗達 松図襖 (on  感性の時代屋excite blog)


名樹散椿
◇ 名樹散椿 1929年 紙本 金地・彩色 (by wiki)

 山種美術館で開催されていた速水御舟の展覧会は、今日が最終日です。


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  速水御舟



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俵屋宗達・本阿弥光悦から酒井抱一まで|「江戸絵画への視線」 @山種美術館

山種美術館では、今年で開館50年になることを記念して、同美術館自慢のコレクションの中から江戸絵画を中心の企画展「江戸絵画への視線 ―岩佐又兵衛から江戸琳派へ―」を開催中です。1800点もの充実した日本画コレクションの中からその時々に合った作品を展示するセンスの良さが、決して広いとは言えない展示スペースのディスアドバンテージを補っていて、この美術館を屈指の日本美術専門の美術館たらしめています。場所は、東京広尾の駒沢通り沿いに位置し、恵比寿から徒歩10分の閑静なたたずまいの街並みにあります。

江戸絵画への視線 ―岩佐又兵衛から江戸琳派へ―

二章構成の全47点が陳列される小規模な展覧会ですが、同館自慢の酒井抱一の《秋草鶉図 (重要美術品)》の他、俵屋宗達伝の《槙楓図》、鈴木 其一の《四季花鳥図》が、惜しげもなく撮影可能で陳列されているので、デジタルカメラの持参をお勧めします。

関連記事: 圧巻の酒井抱一と俵屋宗達の天才 @山種美術館

今回の俵屋宗達は、《四季草花下絵和歌短冊帖》と《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》が陳列されています。前者は、以下の記事で武満の音楽と共に記しているので、御一読下さい。絵画としては、ここでの朝顔の描き方に宗達の斬新性を見てとれます。デフォルメされていながら風情を感じさせる元祖琳派の表現は、同時にどこかシュールな雰囲気をも感じさせます。

参照記事: 武満徹の世界3 |没後20年に寄せて ノヴェンバー・ステップス

後者の《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》は、金銀泥による鹿の下絵に、「新古今和歌集」からの28首の和歌を本阿弥光悦が書写した巻物の断簡です。全体で約22メートルもの長さの巻物だったそうで、今は断簡として、山種美術館やMOA美術館、五島美術館、シアトル美術館等が所蔵しているようです。宗達が本阿弥光悦によって絵の才覚を見出されたという経緯から、宗達の下絵に光悦が書を記した共同作品が存在し、今回の二点の他に、《鶴図下絵和歌巻(重文:京都国立博物館所蔵)》が有名です。


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◇俵屋宗達 鹿下絵新古今集和歌巻断簡

一方の酒井抱一は、《秋草図》が印象に残りました。若冲からの影響も垣間見える抱一の精細描写にあって、この絵に見られる花の描写は少し異なる草書的なものになっていて、洋画で言えば印象派風の筆致に近いような表情になっているところに風情があります。


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◇酒井抱一 四季草花下絵和歌短冊帖(部分)

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酒井抱一・風神雷神図屏風 宗達・光琳との比較|「美の祝典Ⅲ ― 江戸絵画の華やぎ」 出光美術館

出光美術館では、同館の開館50周年を記念した展覧会が開催されてきました。現在、一連の企画展の最後を飾る「美の祝典Ⅲ ―江戸絵画の華やぎ」を開催中です。記念展の主役となる国宝・《伴大納言絵巻(下巻)》の他に、出光自慢の江戸絵画が展示されています。

《伴大納言絵巻》は歴史上の価値を疑う余地はないものの、劣化が激しく絵がかすれて見にくい部分も多々あるために、アートとしての良さを楽しむまでには至りませんでした。従って、個人的には、酒井抱一を鑑賞することになりました。俵屋宗達に始まった琳派を、尾形光琳を経て、華々しく開花させた抱一の作品には。目を見張る美しさがあります。中でも、《風神雷神図屏風》と《紅白梅図屏風》は、元祖宗達の代表作と同じモチーフを描いており、比較という意味でも必見です。

参照記事: 酒井抱一: 八橋図屏風|江戸の琳派芸術@出光美術館

同じ金の背景であっても、例えば、《秋草鶉図》のような精細な絵と比較すると、この風神・雷神は、かなりデザイン化されていて、モチーフとしてのイメージが《秋草鶉図》における草木や鶉とは異なります。風神の緑色は鮮やかな単色で陰影もなく、近くでみても、べったりとむらなく塗られています。そのことから、現代の漫画的な表現に通ずるところもあるようにも見えます。実は、この《風神雷神》は、光琳が宗達のものを模写した《風神雷神図屏風》に感服した抱一が、元祖・宗達の作品を知らずに模写したとされ、光琳のものからも微妙に変化しているようです。

参考記事: 圧巻の酒井抱一と俵屋宗達の天才 @山種美術館


Fujinraijin-tawaraya

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◇元祖・宗達 → 光琳 → 抱一 と引き継がれた《風神雷神図屏風》
上:俵屋宗達(17世紀) 下:尾形光琳(18世紀)

では、宗達と二つの模写の違いはどこにあるのか比較してみると、目立った違いは、風神雷神の位置と目の表情です。宗達の風神雷神は、風袋と雷鼓が画面上方で欠けており、そのことで、いかにも天上から舞い降りてきたという臨場感とスピード感を表しています。一方、光琳とそれを模写した抱一の神々は、画面の縦方向の中央に位置しています。デザイン性という意味でモチーフのアウトラインが一部欠けてしまうことに抵抗があったのでしょうが、動的な勢いを感じさせるという意味では、元祖の方が圧倒しています。一方、光琳も心憎い仕掛けを加えています。それは、神々の目です。宗達の風神雷神の目玉は中央に描かれていて、カッと見開いてはいるものの、何を見ているのか定かではありません。対して、光琳の方はどうかというと、目玉の位置を雷神は右側に、風神のそれを左側に寄せる事によって、睨み合っているような表情になっています。このことによって、宗達の風神雷神には無かった互いの関係性が生まれ、緊張感を演出していることがわかります。その光琳に抱一なりの細工として、雷神の足の爪を強調したりしてはいるものの、模写だという事もあって、抱一らしさはそれほど目立っていません。総合的に見て、迫力という点では元祖が圧倒しているように思えます。

しかし、それでも実際に展示されている抱一の風神雷神を観ると、他の絵とは異なる独特の存在感を示しています。

展覧会は、7月18日までの会期です。

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武満徹の世界3 |没後20年に寄せて ノヴェンバー・ステップス

 武満の最も有名な代表作といえば、《ノヴェンバー・ステップス》でしょう。音楽ファンなら誰でも一度は題名だけでも耳にしたことがあるのではないでしょうか。この曲は、ニューヨーク・フィルの創立125周年記念に委嘱され、1967年の11月(ノヴェンバー)に小澤征爾/ニューヨーク・フィルハーモニックによって初演されました。西洋のオーケストラと邦楽の尺八・琵琶による前代未聞の楽曲です。全体的な印象としては、邦楽器がほぼ前面に押し出されていて、オケは、二つの異なる特質を持った邦楽器を引き立てるような役割を担っています。武満はカデンツァ部分を演奏者のイマジネーションに任せているそうです。そもそも、武満の協奏的作品には、ある特定の独奏者を想定したものであるケースがあり、CDのライナー・ノートによると、この《ノヴェンバー・ステップス》も、鶴田錦史(琵琶)と横山勝也(尺八)のために書かれた曲だそうです。従って、100回を超えるこの二人の共演による演奏がカデンツァの原型として固まっていき、現在ではそのスタイルが口頭で伝承されているようです。邦楽器についての知識はほとんどなくても、例えば尺八には楽譜に相当するものがあることは認識しています。もし楽譜を見れたら、邦楽器のパートがどのように書かれているのか興味深いものがあります。そういえば、お祭りで演奏される御囃子の笛なども、西洋音楽の楽譜のような厳密なものはなく、人から人へと口伝で受け継がれているようなことをきいたことがあります。
 これらのことから分かるように、5音音階の尺八が前面に押し出されるため、西洋音楽の和音を無視して無調で奏でるオケとの相性は元々そう悪くないいように思います。書画における勢いのある筆致の一筆書きが邦楽器の奏でる音ならば、そこに添えられた絵が西洋音楽のオーケストラといった位置づけでしょうか。換言すれば、尺八は、旋律そのもので聴覚に訴えるというよりは、音色と音階によって場の雰囲気を創り、琵琶も、リズムを刻むというよりは、その音色と振動音が場の雰囲気を演出します。そして、その背景を彩るのが西洋楽器群、といった感じでしょうか。
 従って、この曲の個人的な聴き方は、音の場を楽しむという感覚で、conventionalな楽曲に求める整然とした秩序や抒情を期待するものではありません。思いがけない琵琶の音色の多様さや、それにさりげなく連動するオケが色彩を添えるといった構成の妙が、静粛な場を形成しているのを楽しみます。

 この曲のイメージを、本阿弥光悦(書)と俵屋宗達(絵)による《四季草花下絵和歌短冊帖》に重ねてみました。書(和歌)の内容は置いておいて、視覚的なものです。宗達の圧倒的な画力が、《ノヴェンバーステップス》におけるオケより主張してしまっているという指摘はあるでしょうが。


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◇ 本阿弥光悦(書)/俵屋宗達(絵) 《四季草花下絵和歌短冊帖》
  左から 《浜松》 《椿》 《朝顔》 《団菊》 《萩》 《簿に桔梗》 《月に松山》 《躑躅》 

 なお、筆者のディスクは、武満ゆかりの小澤征爾が指揮したサイトウ・キネンオーケストラ版で、邦楽器は、もちろん鶴田錦史と横山勝也によるものです。

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武満徹:作品集
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俵屋宗達 養源院「杉戸絵」 白象

 先週の「美の巨人たち」は、4週連続の琳派シリーズの第三回、京都養源院の杉戸に描かれた俵屋宗達の《養源院襖絵・杉戸絵(重文)》でした。
 養源院は、伏見城の戦いで自決した徳川方の武将達が放置されていた血のりの床板を、供養のために天井(血天井)に配した寺として有名です。俵屋宗達の《杉戸絵》も、供養のために描かれたとされ、これが宗達の絵師としての最も初期の仕事だとされています。
 しかし、初期の仕事にしては、この絵は恐るべき斬新性を持っています。描かれた唐獅子にしても白像にしても、現実離れした奇妙な造形であるだけでなく、そのポーズや表情までもが奇天烈です。それは、見方によってはユーモラスに見えるため、番組では昨今流行の「ゆるキャラ」に例えて、この番組恒例の寸劇風の作品紹介をしていました。確かに白象の背中の丸い曲線は、どこか可愛らしく「ゆるキャラ」に似ていなくもありません。

 養源院は、1594年、豊臣秀吉の側室、淀君が亡き父・浅井長政の菩提を弔うために建立し、その後火事で焼失し、淀君の妹・お江により1621年に再建されたそうです。その際、その才能を早くから見抜いていた本阿弥光悦の口添えによって宗達が推奨されたと番組では説明されていました。したがって、《杉戸絵》は再建時に描かれたということになります。1621年は、《風神雷神図屏風(国宝)》が描かれたとされる1630年代より10年以上も前です。それ故、この《杉戸絵》が宗達の絵師としての原点だとされていますが、筆者は、この絵のあまりの斬新性に、どこか違和感を持ちました。確かに、どの流派にも属さなかった自由度はあったでしょうが、その斬新さは、それより後とされる作品を凌いでおり、《風神雷神図屏風》に勝るとも劣らない。さらに、もし、1621年に無名の絵師として《杉戸絵》を担当させられたとしたら、一介の扇屋に最初からあのあような大胆な描写が出来たでしょうか。「美の巨人たち」の内容に意義を唱えるつもりはありませんが、筆者としては、再建の1621年に描かれたのではなく、それ以降の補修なり行事の際に追加で描かれたものだと考える事は出来ないだろうか、と思った次第です。極端に写実から離れたデザイン性は、1630年代の《舞楽図屏風》などより後の作とする方が自然なような気がします。

 それにしても、あのような不可思議な唐獅子と白象を描いた宗達の真意はどこにあったのでしょうか。特に白象が奇妙で、左側の象の目は、眉毛のように見える黒い部分に瞳が描かれていなければ、一見、目を瞑っているようにも見えます。そもそも、当時の寺の中に白の飾り物をディスプレイすること自体、斬新だったのではないでしょうか。超現実主義をも想起させるような特異な描写は、ユーモラス以外の何か深い意味があるような気もします。



◇ 養源院「杉戸絵」 白象 



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圧巻の酒井抱一と俵屋宗達の天才 @山種美術館

 今回の企画展覧会「琳派と秋の彩り」の第一章・琳派の四季では、酒井抱一の作品が数多く陳列されています。宗達や光琳よりも時代が新しく、使っている絵の具も保存状態も良いのでしょうが、鮮明な色彩と繊細かつ精密な描写は、圧巻です。


 《菊小禽図》は、繊細な花と葉の輪郭線と鮮やかな色合いだけで観者を惹きつけます。中央よりやや低めに菊を配置した構図も絶妙のバランスです。



◇菊小禽図

 《寿老・春秋七草図》の連作の一つ《秋七草図》は、花々を鮮やかに表現しつつ、左上の背景に満月の一部を配置して秋の夕の幻想的な雰囲気をも演出しています。朝顔の花びらの濃い紫と白のコントラストが、どことなくシュールに意匠化された形状と相まって、際立つアクセントになっています。



◇秋七草図

 《月梅図》は、中央の満月を背景に、梅の枝の一筆書きのような描写と、そこにちりばめられた花々の繊細な描写との対比が、深い味わいを生み出しています。この枝の構図は、後に広重の《亀戸梅屋舗》に受け継がれたものと思われます。



◇月梅図

 そして、山種美術館自慢の《秋草鶉図》(重要美術品)です。ススキの穂についている種子を一粒づつを描いた表現は精細の極みです。実際の風景には有り得ない背景の金色が、ススキや鶉のデザイン性に富んだ描写の艶やかさを一層際立たせます。
 しかし、その精細な描写とともに、この作品の特徴づけているのは月の色です。解説によると、この色は銀が酸化した結果ではなく、故意にこの色で彩色されているそうです。確かに、ここに黄色い月が配置されると、金の背景に埋もれてしまう。そこで、コントラストを強調するために必然の彩色だったのでしょう。しかし、抱一がなぜ黒に近い色を選んだのかは、コントラストが得られるという理由だけではないように思えます。



◇秋草鶉図

 そのヒントは、この作品から少し離れたところに陳列されている、琳派の元祖、俵屋宗達の《鹿に月図》の中にあると考えました。単色の絵ではあるけれども、宗達の描いた月の色は黒く塗りつぶされているのです。この絵で月を描く場合は、夜空をうっすらと墨で塗りつぶして、月を白く抜くのが本来の描き方だと思われます。しかし、宗達は大胆にも月を黒く塗りつぶすことで、鹿と対等な存在感を出すことに成功しています。これは、一見なんでもないように思えますが、天才的な感覚です。実際には有り得ない輝度構成を絵画上で実現するその手法は、後のシュールレアリスムにも通ずるところがあると言えるでしょう。



◇鹿に月図 

 抱一の《風神雷神図屏風》の模写は、尾形光琳の模写をさらに模写したもので、宗達の《風神雷神図屏風》(国宝)を知らなかったと言われています。抱一は、その他の宗達の絵も知らなかったのでしょうか。《鹿に月図》と《秋草鶉図》の月は、形も色彩も酷似しているので、抱一が宗達の絵を観て、その天才的な感性に対するオマージュとして引用したこともあり得るのではないでしょうか。

 日本の秋、自然をめぐる日本特有の美的表現をたっぷりと堪能できる企画展「琳派と秋の彩り」には、これら琳派の二大巨匠の他にも卓越した日本画の美が凝縮されています。




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