2006年12月29日

「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第8回 第2 自転車の安全対策の現状 P13〜

第8回です。
長らく席をはずしてしまいました。
1000km車で走ってへろへろです。

他にも、本を読んだり、本を読んだり、本を読んだりしていました。
なんでこんなときに読書熱が入るのでしょうか?
年末年始にかけて、まだまだ読みます。

例によって提言の本文はこちら。読むときは眉に唾をつけることをお忘れなく。

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3 自転車に係る交通指導取締りの現状
上段6行省略。

 平成17年中の指導警告票交付件数は1,127,331件であり、違反の内訳は、無灯火運転、二人乗り運転などとなっている(表8)。また、自転車を中心とする軽車両(注3)の検挙件数は326件であり、違反の内訳は、指定場所一時不停止、信号無視などとなっている(表9)。

表8 平成17年中の自転車に係る指導警告票交付件数
表9 平成17年中の軽車両の検挙件数
これは評価の分かれるところであり、且つ、現場警察官の努力とジレンマの現れである。

まず、

指導警告票…ただの街頭指導実績。違反者の個人名などを特定せず、罰金なども何もなし。
検挙…いわゆる赤切符。前科持ちになる。

ということを認識していただきたい。

 これについては、自動車は青切符(行政罰としての処分(罰金)があるが、前科にはならない)が自転車には存在しないことが以前から指摘されていた。これが現場の警察官にどのように作用するか。
 自転車がなんらかの違反を犯した際に、現場警察官には「指導警告票」か、「赤切符」かの選択が迫られる。もちろん全て「道路交通法違反」であるから、「赤切符」としての対処は理論上可能であろう。(赤切符適用のガイドラインのようなモノはおそらく内部にあるとは思うが。)

 しかし、例えば高校生に「赤切符」をきることができるか。
 「前科」の効力は強い。今後の進学、就職、結婚、などなど、そういった違反者の人生に対して傷をつける行為であることは、警察官ならばおそらく理解しているであろう。
 だからこそ、現場の警察官は、「指導警告票」を選択せざるを得ない。それが何の効力も持たないことを知りながら。「もう絶対やるなよ!」くらいは言うであろう。その一言が本当に違反者の魂に届いてくれることを信じて。

 これが、「青切符」さえあれば状況は変わる。違反者は罰金を払って痛みを知る。しかし、人生に傷はつかない。警察官は躊躇無く青切符をきることができるであろう。

 これは、表8、9に現れている。
 表8においては、大部分を「無灯火」と「二人乗り」が占めている。どちらも事故の主原因ではない。だからこそ、いきなり赤切符はきれないのであろう。
 逆に、事故の主原因たる「信号無視」「一時不停止」はどちらも7%。この合わせて14.5%を、即、赤切符にしても良いのだが、それはなかなかできない。
 表9は分かりやすい。即、事故の原因になる「信号無視」「一時不停止」に対処している。これは事故防止の観点から言って正しい対処である。しかし、警告票の1/800でしかない。その率0.125%。まさしく氷山の一角である。よほど悪質な違反であったと推測できる。

 逆に、この制度の間隙を突くように、自転車利用者は違反を繰り返す。「まさか前科持ちにはならないだろう」「警察に止められても何もできないだろう」と思って。 自動車との事故に遭った際には即座に「死刑執行」もしくは「重傷」。歩行者を轢いた際には「多額の賠償金、しかも無保険」という凶悪なリスクがあることも知らずに。


後段省略。

 現在、警察は以前より積極的な自転車の指導、取締りを実施している。この交通行政システムの不備を知りながら、現場の努力によって少しでも交通事故を減らせるとの信念を持って。
 しかし、自転車関連の交通事故件数が増え続けていることは前述の通り。行政や教育がそちらの方向を向いていないのであるから当然の帰結である。システムの不備を現場の努力によって完全に補完する事は理論上不可能なのだから。
 それは、戦略上のミスを戦術・作戦単位で挽回できないのと同じである。

 行政は、この現場警察官の悲しい努力を、いつまで続けさせれば気が済むのであろうか。


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 書いていて悲しくなってきました。
 なにかと嫌われ役の警察ですが、現場の方々に限って言えば、その努力は本当に頭が下がります。
 でも、車道を走っている自転車に対して「歩道にあがりなさーい」だけは勘弁してください。どの自動車、自転車、歩行者よりも交通法規を遵守していますから。ホントにお願いします。

以下次号です。

a_force at 01:45コメント(3)トラックバック(0)自転車よもやま話自転車の安全利用の促進に関する提言 

2006年12月26日

閑話休題 コメントしてくださった皆さん、ありがとうございます。

>荒賀源外さん

すみません。所用で金曜日から席をはずしておりました。
私のブログの引用、紹介等、まったく問題ありません。バンバンやっちゃってください。

しかし、
1 ここのブログは私の私見であること
2 文言については、ここから引用したこと
を明記していただけると助かります。

私自身は、ここで発言していることに基本的に間違いはないと思っておりますが、
1 ここの意見が、自転車乗りのスタンダードである
2 すべての自転車は、こうなくてはならない
という誤解を与えたくはありません。


広く議論され、その結果、私の論が採用されるのならまだしも、この文言が金科玉条のように扱われることを私は危惧します。

それを勘案した上で、荒賀さんのように、「あにざらのいうことに賛同する」というのであれば、ご自由に引用してください。

>ミスミさん
>表5 自転車の進行経路別事故件数
>(中略)自転車の速度を誤認しているのであろうか?
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自転車の速度を誤認していることも確かにあるでしょうが、
自転車と歩行者の進行方向が同じ場合が大半だろうと思っています。
歩行者が自転車の存在に気づかずに(確かめずに)進路を変更する。自転車がこれを予見せず、安全な距離を取らずに通行する。これらが重なって事故が起こる、と。
------
えーと…

この話に関しては、自転車対歩行者、場所:車道
ですので、想定しているのは、
歩行者の視点:車道を渡ろうとしているけれど、自転車が来ている
という状況の下、
歩行者:自転車はそんなに速くないから行ってしまえ→轢かれる
というパターンです。

歩行者は、車道を渡るときは安全確認をしますよね?
それをせずに車道に飛び出せば、相手が自転車だろうが自動車だろうが轢かれます。

歩道においては、歩行者は安全確認などせずに、右に寄ったり、左に寄ったりウロウロしてもらっていいと思います。歩道は歩行者の聖域なのですから。

>歩道のない道が約100万km、歩道が約7万km。これを考慮すれば歩道での事故が半分も
>占めているなんて多すぎる、という理由付けはずるいかな。「自転車のほとんどが歩
>道を通行しているから当然だ」「歩道は人の密度が高いのだから、事故は起こりやす
>く、事故が多くて当然だ」と言われると苦しいですが。いや、だからこそ歩道を走っ
>てはならない理由になるのか。

うわ、それは気がつきませんでした。それだけの面積差があるにも関わらず、「歩道での事故が半分以上起こっている」ということは、

「自転車を歩道で走らせてはいけない理由」足りえます。

「自転車が歩道を走ると、事故が増える」のです。
対歩行者はもちろんのこと、対自動車においても。


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2006年12月22日

「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第7回 第2 自転車の安全対策の現状 P11〜

第7回目になります。
読んでくださる方がジワッと増えていることが嬉しい今日この頃。

例によって、この提言の全文を知りたい方はこちらからどうぞ。
提言は欺瞞にあふれていますので、コロッと騙されないように要注意です。

今回は安全教育のお話です。
警察や各機関はこんなに頑張っているんだよという言い訳のお話。
では開始です。

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2 自転車に係る安全教育等の現状
図12まで省略。

 「図12 自転車教室の実施回数の推移」のグラフが狡猾である。
図だけを見ると、平成12年から17年にかけて2倍に増えているように見える。それもそのはず、17000回から下を切っているのだ。
 手元の表計算ソフトで表を作ってみればわかる。ここではその二つを見比べてみよう。


実施回数の推移原版実施回数の推移
 この二つの表の数値は、同じものである。左が提言の本文中にあるもの。右がY軸の基点を0としたもの。
 この印象は大きく違う。左が倍増、右は横ばい。これを狡猾といわずになんと言うのか。


平成17年中の(略)受講人員は延べ約254万人に及ぶが、その6割以上が小学生となっている。(P11中段)
自転車の保有台数9046万台に対して、254万人。その率2.8%。一度教育を受けた者が一生その内容を忘れないと仮定して、どうやら35年かけて教育を実施すれば、全員にいきわたるようだ。

P12上段と図14は省略。
図14の出典が「生きる力をはぐくむ」と銘打っているところが泣かせる。理由後述。

 自転車教室の内容も様々な工夫がなされ、最近では、「自転車運転免許証」の交付を通じた自転車教室や、中・高校生に身体障害者の疑似体験をさせて相手側の立場に立った安全走行の重要性を自覚させたり、加害者の視点から事故の衝撃や違反行為の危険性を体験させるなどの教育手法を採り入れている例もある(資料4)。
 また、児童・生徒のみならず、成人を対象に、高齢者向けの自転車教室や、高齢者、子供及びその親の三世代交流による安全教育等を実施するものも増えている。(P12 中段)
 自動車運転免許証が価値を持つのは、何よりもそのID能力にある(自動車運転の許可証としては、十全には機能していない。なぜなら、交通法規を理解していないドライバーも多いからである。)。日本では、パスポートに並ぶ2大IDであり、違反があれば、即、個人を特定して罰することができるからである。また、自転車運転免許など貰わなくても自転車には乗れる。全く意味を持たない子供騙しということだ。
 また、教育内容はほとんど「自転車が加害者」のパターンである。「自転車に当たられて死ぬ人間はほとんどいない(前述)」のだから、これでは死傷者は減らない。

 この章を締めくくるに当たり、P12の最後に、以下の文言を付け加えればよい。
「これだけの教育を実施しているが、事故件数、死傷者数とも増加の一途をたどり、これらの教育は全く意味を成していない。」と。




 あまりの内容の無さに唖然とする。本当に「生きる力をはぐくむ」のであれば、死傷者の多い「自転車対自動車」の事故の対処法を教えるべきである。
 つまり、

1 自動車に轢かれない方法
 (1) 車道逆走方向の危険性の認識
 (2) 自動車からの視認性の確保方法
 (3) 自動車は何を考えて(どこを見て)交差点で変針するか
 (4) 車道における自動車運転者との意思疎通法と自転車の意思伝達法
 (5) 注意すべき自動車の種類(タクシー、バスと競り合わず、注意を向けて回避する)

2 自動車に轢かれかかったときの緊急回避法
 (1) 自身の荷重移動を伴う、前転しないパニックブレーキ法
 (2) 自転車を拒馬代わりに使うベイルアウト法と受身の取り方 

3 自動車に轢かれても死なないための防御力向上法
 (1) ヘルメット装着の有意性
 (2) グローブ装着の有意性

である。
これらをキッチリ実技つきで教えれば、自転車で歩行者を轢く心配など全く必要ない。なぜなら、自転車は身につけた技術で車道を堂々と走ればよいのだから。

これらの具体的方策としては、
・(現役、退役問わず)メッセンジャーとの走行会
・バイシクルトライアルの講習会
・自動車教習所に行き、実際に自動車を運転する体験運転会
が考えられる。

 メッセンジャーは車道における走行のスペシャリストである。一度、元メッセンジャーと共に走る機会を得たが、「何をしたいか、何を気にしているか」が後ろを走っていて、手に取るように分かる。
「駐車車両回避のために車道に膨らむぞ」
「交差点を直進するので右折は突っ込んでくるな」
「譲るから先に行ってくれ」
身体全体を使ってこれを表現し、あらゆる事故を回避する。

 また、トライアルは自転車競技としてマイナーではあるが、限界状態における自転車のコントロールを容易にする。
「縁石や凹凸は荷重移動でクリアし、衝撃は身体全体で吸収する(サスペンションなど不要)」
「濡れた路面等の滑りやすい環境でも自転車をコントロールして転倒を防ぐ」
「一時停止をスタンディングで実施し安全確認→進行」
「歩行者と混在しても、乗ったまま低速状態の自転車をコントロールできる。」
「どうにもならなくなったら自転車を放り出して受身をとる(競技では5点減点となるが)」

 教習所では、教官を助手席に乗せつつ、自転車にのった轢かれ役が、死角から突っ込んでやれば良い。


 これらこそ、「事故を回避し、生き残る術を教える」ことになる。また、こういったプロの技術を見せれば、子供に対して「かっこいいとはこういうことだ」と提示できる。メッセンジャー然り、トライアル然り。子供達にとって、「かっこいい」という価値観は、彼らの社会そのものである。
 その中で自転車の可能性に気が付く子供もいることであろうし、ヘルメットとグローブを「かっこ悪い」と思うことも無くなる。これは、「プレドライバー教育」としても有効であろうし、車道を走る自転車へのコンセンサスの育成にもつながる。車道を行く自転車にクラクションを鳴らすアホも少なくなるであろう。

 また、これほどの規模を持たなくとも、日頃使っている自転車に、サイクルコンピュータを搭載し、普通に走らせて速度を自覚させることも有効である。


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 私は、教育の成果は、必ず何らかの数字によって表すことができると思っています。
 また、真の教育(教え、育てる)とは、「被教育者に、今までの価値観を覆すほどの魂の震えを感じさせること」だと思うのです。
 心身共に納得したときに、人は大きく成長し、変化します。私も47人の教え子を持ったことがありますが、私は彼らに「魂の震え」を与えることができたのか、今でも自問することがあります。

以下次号。

a_force at 02:21コメント(1)トラックバック(0)自転車よもやま話自転車の安全利用の促進に関する提言 

2006年12月20日

「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第6回 第2 自転車の安全対策の現状 P9〜

今回から、第2に入ります。
例によって、この提言の全文を知りたい方はこちらからどうぞ。
提言は欺瞞にあふれていますので、コロッと騙されないように要注意です。

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第2 自転車の安全対策の現状
1 自転車の走行環境の現状
6行目まで省略。
 「自転車の走行環境の整備も着実に進められてきた」とあるが、全く進んでいないのは、皆さんご承知の通り。

 これらを合わせた自動車交通と分離された自転車の通行空間は、平成16年では総延長76,847kmに及び、昭和54年当時の約4.6倍となっている。(7,8行目、以下本文省略)
図10 自転車走行空間延長の推移
図11 自転車道の整備状況

 さて、図10において、昭和54年当時で16562kmあった走行区間が平成16年には76847kmに増えている。そして図11を見ると、自転車歩行車道が70536km。ということは…

自歩道標識






 ほとんどの「整備された自転車走行空間」とは、これをポンと立てただけ。これで「整備しましたよ」というのがこの提言の言い分である。
 また、図11の絵にもあるように、自転車同士が対面交通をしている。これをそのまま推し進める限り、交差点において自動車のチェックすべき方向というのは減少しない。すなわち、自動車の死角から飛び込む自転車を減らすことはできない。(死角から飛び込む自転車については前述の通り。)


P10上段は省略。12行目まで、いままでなされてきた意味の無い「安全対策」とやらがグダグダと書いてある。

 自転車の通行空間確保の取組み状況は上記のとおりであるが、一方で、我が国の道路状況において、特に自転車道の整備が容易でないことも事実である。自動車の通行量が多く、およそ自転車の通行が困難な道路も少なくなく、また、自転車走行の迅速性・快適性よりも、何より安全性を重視する自転車利用者も多いことから、勢い自転車の歩道走行が広く見られるようになっている。
 現実には、自転車歩道通行可の規制の有無にかかわらず、自転車の利用者が自らの判断で歩道通行しているという実態も一般的に見られ、こうした中で、一部の自転車の歩道上での無謀な通行やルール違反、マナーの悪さが歩行者の立場から厳しく指摘されるという事態が生じている。(13〜21行目)

 もう、どちらが鶏で、どちらが卵か分からないように書いてあるが、自転車の歩道走行を認めたことが全ての事の始まりである。
 自転車道の整備が容易ではないことは、何も日本に限ったことではない。それでもヨーロッパの国々はそれを着実に果たしてきた。その差は何か。問題意識と当事者意識である。そして、改善する努力である。
 また、自転車の車道通行が困難である理由は、自動車の通行量ではなくて、路側帯の狭さにある。
側溝の蓋の外縁からキッチリ60cm、欲を言えば80cm確保された路側帯さえあれば、車道通行は容易である。自動車の通行量が少なければ、それだけ自動車の速度は上がり、自転車側の恐怖感は増す。繰り返すが、車道通行の困難さは自動車の通行量に必ずしも依存しない。
 また、自転車走行の迅速性・快適性・安全性よりも、多くの自転車利用者が最優先しているのは、「自転車本体の価格」である。迅速性・快適性を追求すれば、安全性は比例して高まるのだ。
 「低価格で粗悪な自転車」は迅速性を犠牲にし、快適性はそこそこ、安全性は最悪である。ブレーキは効かない上に、でたらめに重い。スピードが出ない(それでも20km/hは容易に出る。)し、フレーム設計がいい加減なので直進ですら安定しない。そして自転車には車検が無い上、「低価格で粗悪な自転車」は整備性も悪いから手入れすらまともにやらない。決して安全性を重視してはいないのだ。操縦者の技量に依存するところは多少あるが、車道を行くロードレーサーの方が絶対に安全であると断言できる。
 また、マナー違反も、歩道通行を認めるから、「マナーを違反しても、警察は捕まえないし、歩行者はともかく自分は死なないから大丈夫」と思っているものが多い。その感覚で、交差点や歩道の無い道でもマナー違反を平然とするから自動車に轢かれて痛い目を見る。


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 走行環境の話だけで、これだけダメ出しが出てしまいました。
 もう、この提言、デタラメです。
 この提言に反対する立場の私としては、面白くもありますが、逆に「自転車はこの程度の認識しかされていないのか」と本当に悲しくなってしまいます。
 私の反論をもって、少しでも多くの人が自転車に注意を払ってくれるようになることを願ってやみません。

今回の標識の素材はプリントアウトファクトリー様からいただきました。ありがとうございました。
まだまだ続きます。


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追記 2006/12/21
kaz様のご指摘により、「ママチャリ」と表記していたものを「低価格で粗悪な自転車」と訂正いたしました。
kaz様、ご指摘ありがとうございました。
また、ブリヂストン、丸石、ミヤタ、その他しっかり真面目に「ママチャリ」を作って販売しているメーカーの方々、申し訳ありません。


a_force at 23:53コメント(2)トラックバック(0)自転車よもやま話自転車の安全利用の促進に関する提言 

「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第5回 第1 自転車利用の現状と交通事故の状況 P6〜

 どうにも間隔が空いてしまいます。土日が空けばいいのですが、さすがにそうも言ってられません。また、月、火も忙しい。
 また、提言を何度も読み返すたびに突っ込みどころが増えていくのもその原因の一つでもあります。全くもう。

 つまらぬ愚痴を申しました。それでは続きです。
 提言の本文を全文知りたい方はこちらからどうぞ。
 紙の節約のために2ページ印刷をすると読みやすくてよいですよ。数字は一部読みにくくなりますが。
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P6図7から。

図7 年齢別自転車関連交通事故

 本文で指摘のあるとおり、「13〜19歳の者が当事者である事故が、全自転車関連事故の22.7%を占め、最も多くなっている。」のであるが、これに12歳以下と自動車運転免許を所有していない大学生クラスまで含めると、1/3を超えるであろう。いかに教育が行届いていないかが分かると同時に、現在あちこちで行われている安全教育が実をあげていない結果でもあろう。
 また、ここには示されてはいないものの、この年齢別表示に自動車運転免許保有率まで記載できたら、さらに多くのことが分かると思う。全くの推論ではあるが、運転免許保有者はかなり少ないはずである。


自転車乗用車の通行目的別の記述に関しては省略(P6下段)
 前述したが、通行目的を記載する意味がわからない。比率の変化は当然あると予測されるが、自動車の利用目的も多様性を持つという意味においては全く自転車と変わらない。 

自転車関連事故における自転車乗用者の法令違反別比率(P7上段)
 信号無視や一時停止不履行はある意味車に轢かれても仕方が無いが、ほとんどが、安全運転義務違反であり、いわゆる微罪に近いものが多い。すなわち、運転免許を持たなければ知りえないクラスの違反、もしくは持っていたとしても通常あまり気にしていないレベルの違反であることが分かる。(自転車が歩行者を轢くのは論外ではあるが。)
 また、違反なしが59264件(比率31.5%!!この比率を記載しないことに強烈な悪意を感じる。)であり、自転車対歩行者の事故は必ず自転車に違反が取られることを考えれば、無実で自転車が自動車に轢かれる比率がおよそ1/3であることが分かる。


自転車乗用中の事故死者の損傷部位別の比率(P7下段)
 これについては全く異論が無い。人間は、頭を強く打ち付ければ死ぬのだ。また、自転車を何らかの理由で強力に止められたら、人間は自転車から放り出されて、一番重い頭を下にして地面に激突するのは、物理のモーメントを学ばなくても容易に理解できる。だからこそ、ヘルメットはかぶるべきである。これこそが自動車におけるエアバッグの役割を果たす。

表4 自転車の進行経路別事故件数(自転車対車両の事故で自転車運転者が死亡した事故)(P8)
 ほとんどの事故が前述の図解で説明できる。
再掲すると、これらの事故の原因のほとんどが
・自動車が、自転車のスピードを正しく理解していない
・自動車から自転車が見えていない
・自転車は、自動車から自分がどう見えているか(もしくは見えていないか)を正しく認識していない
ことによる。

 また、13.3%を占める「単路・車道・横断」のほとんどは、自転車側の士道不覚悟ならぬ「車道不覚悟」であろう。安全確認・後方確認をせずにいきなり横断すれば、車に轢かれるのは当然である。歩道の感覚で自転車に乗るからそういうことになる。


表5 自転車の進行経路別事故件数(自転車対歩行者の事故で歩行者が重傷または死亡した事故)
 5割近くが歩道で生起している。当然である。歩行者の聖域たる歩道に自転車が乗り入れているわけだから。逆に、車道で起きている自転車対歩行者の事故は、単路だけで26%。歩行者も、自転車の速度を誤認しているのであろうか?

表6 事故要因別事故件数(自転車対車両の事故で自転車運転者が死亡した事故)
 安全確認不履行は、前述のとおり。自転車が車からどう見えているかを認識していない。自転車の信号無視や一時停止不履行は、相手が自動車であった場合、大きなつけが自分の生命に回ってくることになる。

表7 事故要因別事故件数(自転車対歩行者の事故で歩行者が重傷または死亡した事故)
 自転車側による発見の遅れが75.9%を占めるが、そもそも車道を走ることを習慣としていれば、基本的に交差点以外で歩行者を気にする必要はない。また、脇見もできないし、漫然と運転もできない。

 さて、P8の資料に関しても多くのことが分かるが、この資料に関しては自転車が歩道を走ってはならない大きな根拠がある。自転車対歩行者の事故の半分が歩道で起きていることだ。しかも、このことが本文中において全く言及されていない。

 そろそろ気がついても良いであろう。この提言は、「自転車の車道通行禁止」のために都合の良いようにしか解釈していないし、資料も提示していないし、本文もそのようにしか書いていない。
 これらの資料からは、もっと多くのことが分かるのだ。交通事故件数を減らしうる抜本的な対策を打ち立てるのに必要なことが概ね揃っているのだ。それなのに、そのことには全く言及されていない。全くもってもったいない。


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 改めていいますが、私はドライバーでも歩行者でもありますが、自転車乗りです。基本的に自転車に対して同情的な論が目立つことでしょう。しかし、交通事故が減るのであれば、自転車が「正規のルール」によって制限を受けることに関しては、やぶさかではありません。
 それを、「正規ではない、曲がったルールや認識」を以って自転車を制限したりすることに関しては、断固として反対します。ましてや、その「曲がったルール」によって、実は事故件数が増加するのではないか…という疑念が生じるのであれば、なおのことです。

以下次号!

a_force at 00:17コメント(2)トラックバック(0)自転車よもやま話自転車の安全利用の促進に関する提言 

2006年12月15日

「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第4回 第1 自転車利用の現状と交通事故の状況 P5〜

作画をしていたら、結構時間がかかってしまいました。
自動車教習所の教本の作画をしている人の大変さを思い知りました。
個人でやるとこんなに大変なんですね。

さて、今回の主題は事故の原因究明になりそうです。

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 自転車関連事故の73.8%は交差点で発生しており、中でも、自転車と自動車の出合い頭事故、右左折時の事故が多くなっている。自転車関連死亡事故についても、その傾向は同様であるが、自転車関連事故に比べ単路(注1)での事故の割合が33.3%と高くなっている。
(注1)単路とは、道路のうち交差点及び踏切等を除いた部分をいう。
(P5・3〜8行目)

これから表1、表2と続くわけであるが、この表を見る限り、「事故はどこで、どのように起こされているか」というものに過ぎない。しかし、これに考察を加えて、「事故は何故起こるのか」を考察していきたい。

 まず、表1を見て気がつくのは、「出会い頭の事故の多さ」である。なぜ出会い頭にぶつかるのか。それは、「お互いが見えていない」ことに尽きる。
 信号の有無に関わらず、基本的に自動車は「減速、周囲確認、(左折の場合、巻き込み確認が入る)、変針」という手順を踏んで曲がる。直進の場合は、信号があれば信号に従い、無ければ優先道路の順に従い直進、もしくは一時停止からの進行となる。
 問題は、一時停止をしたときの周囲確認の順番や視点の運び方であり、この順番は、自動車にとっての最大の脅威である自動車の動きによる。 分かりやすく言えば、自動車は「自動車の来そうな方向」をチェックして、それから進行するということだ。
 さて、ここで自転車は、基本的に「一時停止して周囲を確認、進行」と、同じ手順を踏むが、その教育をまともに受けている者は少ないし、優先道路の区別も知らない者が多いであろう。
 また、「自動車の来そうな方向」と反対の方向(すなわち車道逆走や、車道逆走方向の歩道走行)から突っ込めば、当然「自動車の来そうな方向」をチェックしているドライバーの視野には入ってこない。
 そういった走行の危険度は、これから示す。

さて、ここで交差点右左折、単路右左折のモデルを示す。まずは交差点右折から。
交差点右折
ここで示すモデル図の凡例は以下の通り
黒の矢印…事故を起こす自動車の動き
赤の矢印…事故を起こす自転車の動き
     (点線…自動車から見えていない軌道)
     (鎖線…自動車から見えてはいるが、スピードを誤認されている軌道)
青の矢印…事故を起こす自動車が、最も気にしている自動車の流れ
黄色の三角…事故を起こす自動車の、一時停止時の視界


 この中で、車道走行をしている自転車は、並行車両の陰に入らない限り対向右折車両の視界に入る。しかし、スピードを誤認され、前を行けると対向右折車両に判断された場合は突っ込まれることになる。だからメッセンジャー達は「交差点に進入、直進するときに立ち漕ぎをして、自分は速い事をアピールする。」のである。
 なぜ自転車は自動車からスピードが遅いと誤認されるのか。それは「自転車は歩道を走るものであり、そのスピードはたいしたことが無い」という間違った認識によるものである。
 また、3本の点線のように、逆走方向の自転車(車道、歩道問わず)や、歩道からショートカットして横断歩道へ向かう自転車は、そもそも自動車の視界に入らない。右折車両(黒矢印)が突っ込んでくるときは、青線の対向車の車列が切れたとき、すなわち歩行者信号が点滅し、赤に変わるときが多い。このときに自転車が見ているのは点滅する歩行者信号、車が見ているのは対向車線の切れる瞬間。この瞬間が合致すれば、何をどう考えても激突するしかない。


さて、今度は交差点左折を見てみよう。
交差点左折
基本的に自転車が車道走行をすれば、左折車両の視界に入る。巻き込み確認にも引っかかるので、事故は少ない。
しかし、
・自転車が自動車の死角に入る
・自動車が自転車を遅いと認識して強引に左折する
というときには、巻き込まれることになる。だから、自転車は車の死角に入ってはならないし、(最低限、車のウインカーが見える位置に占位すべき)自動車は自転車のスピードを過小評価してはならない。

歩道走行の自転車は、車から見えにくいし、逆走自転車は視界にすら入らない(そのとき車は巻き込み確認をしている)という認識を持って、交差点に向かうべきである。(横断しようとしている自転車が、車を優先させるという話はおかしなものではあるが。)

単路の右左折、駐車場からの合流、また画像としては用意していないが、T字路における交差点においても同じことが言える。
駐車場左折駐車場右折









単路左折単路右折









事故を防止する為には、
・自動車は、自転車のスピードを正しく理解する
・自転車は、自動車から自分がどう見えているか(もしくは見えていないか)を正しく認識する
事が大切である。

これらのモデル図においては、歩道と車道の間にある植木や電柱、看板といった視界を阻害するものは描きこんでいない。これらを描きこめば、いかに歩道走行が自動車から見えにくいものであるかをさらに認識できるであろう。


さて、これらの例をみて、また表1の数字に戻ってみよう。
出会い頭と、右左折の事故を足すと、74.6%となっている。
つまり、74.6%は、こういった内容の教育によって自動車、自転車が正しくお互いを認識することにより削減できるということだ。

 だから自転車乗りは車道を走るし、自転車のスピードを正しく認識しているドライバーは事故を起こしにくいのではないか。それを、「車道を走る自転車は危ない」として、強制的に歩道に上げることは間違いであるし、その処置はこの認識違いを深刻化し、更なる事故を呼ぶことになる。

 また、自動車側における自転車のスピードの誤認識、自転車側の走行方向を全く気にしない走行方法(この提言における「自由気ままな走行」)を生起させているのは、「昭和53に改悪された道路交通法」の責任であることは言うまでも無い。

と、ここでは事故の原因究明を目指したが、この表で分かることがもう1点ある。
自転車対歩行者のkill rate(事故を起こして被害者が死ぬ確率)6/2576=24/10304
自動車対自転車のkill rate 799/175323=8/1753=24/5259
と、およそ倍であることが確認できる。

また、自転車対歩行者の事故は、被害者が重傷もしくは死亡しない限り警察に通報されにくい(自転車活用推進研究会の調査によると、通報率6%)と考えれば、自転車対歩行者のkill rateはさらに下がることになる。
このことは後述するが、とりあえず「自転車に当たられて死ぬ人間はあんまりいない」と認識しておいて欲しい。詳しくは後述する。


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以下次号。
まったく、こんなことを書いておいて言うのもなんですが、死者を数字として扱う恐ろしさを感じます。
交通事故で無くなった方々のご冥福をお祈りすると共に、この危険な状況、なんとしてでも改善したいものです。

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2006年12月11日

「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第3回 第1 自転車利用の現状と交通事故の状況  

第2回の続きです。交通事故の状況に関する記述の読み解きから再開。
全文が知りたい方はこちらをプリントアウトしてください。
また、今回から引用した箇所のページと何行目というもので引用していきます。

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我が国の自転車乗用中死者の割合は、欧米諸国のそれに比べてかなり高いといえる。(P4・上段4から5行目)
この要因は二つある。

1 自転車側が、歩道走行の感覚で車道を走ったり、交差点に進入したりするために自動車にぶつかる。
2 自動車側が、自転車の走行スピードを正しく認識していない(実際の自転車走行速度よりも格段に遅いと考えている)ために、左折時に巻き込んだり、右折時に横断中の自転車に突っ込む。

これの詳細に関しては、P5表1、表2の解析で詳細を述べるが、要するに、自転車の走行方向を統制しないことと、自転車の走行スピードを自転車も自動車も正しく認識していないことに起因する。


 平成7〜17年の自転車が関連する交通事故(自転車が第1当事者又は第2当事者となった事故で、自転車同士の事故は1件と計上している。以下「自転車関連事故」という。)の件数の推移を示したものが図6であり、平成17年の件数は183,653件で全交通事故件数の19.7%を占めている(P4中段)
これは、書き手側に自転車を悪者にしようという悪意が感じられる。

交通事故を起こす組み合わせは以下の通り
1 車対車(二輪車を含める。以下同じ)
2 車対自転車
3 車対歩行者
4 自転車対自転車
5 自転車対歩行者
6 電車対車
7 電車対自転車
8 電車対歩行者
9 電車対電車

 このうち、19.7%が2(車対自転車)、4(自転車対自転車)5(自転車対歩行者)である。電車関連の事故の絶対数は少ないことから仮に5%としても、残りの75.3%は全て自動車に起因する事故であり、これに車対自転車の確率を加えると…実に80%以上が車に関連する事故である。さて、どちらを悪者にすべきであろうか?

 しかし、交通事故に原因はあっても、悪者はいない。人を轢こう、事故を起こそうと思って運転する者は誰一人としていない。(と信じたい。)では、その原因は何であるのか?これについては後述する。



 この10年で自転車関連事故は、1.3倍に増加しているが、このうち、自転車対自動車の事故は122,470件から152,287件と約1.2倍の増加であり、自転車対歩行者の事故は563件から2,576件と約4.6倍に急増している。(P4下段)
倍率で増減を語るのも一つのやり方であるが、件数で考えればこの差は大きい。
1 自転車対車 29817件増
2 自転車対人  2013件増
増加件数が一桁違う。また、公平を期すならば
3 車対人
の件数も論じて欲しいところである。



 自転車関連事故の73.8%は交差点で発生しており、中でも、自転車と自動車の出合い頭事故、右左折時の事故が多くなっている。自転車関連死亡事故についても、その傾向は同様であるが、自転車関連事故に比べ単路(注1)での事故の割合が33.3%と高くなっている。
(注1)単路とは、道路のうち交差点及び踏切等を除いた部分をいう。
(P5・3〜8行目)

さて、事故の原因を究明しうる資料の提示である。図入りで解説していきたいので、以下次号。

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「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第2回 第1 自転車利用の現状と交通事故の状況

 さて、今回から本文の読み解きを開始します。
 第1回では全文引用をしましたが、今回からはさらに内容が長く、濃くなるため、抜粋して引用します。全文が知りたい方はこちらをプリントアウトしてください。というよりも、全文を通読することをオススメします。なぜなら…

1 私の視点による引用によって、警察庁による本文の論旨を婉曲させない。(取り上げる場所を編集することによって、本文の論旨を大きく曲解させるという手法は、各種マスメディアの常套手段です。)

2 1回通読していただき、それによって受けた印象を持ちながらこれを読んでいただけると、いかに騙されているか(むしろ、いかに本文が騙す書き方をしているか)を認識できる。

3 私の視点に拠らない、読んだ人自身の読み解き方ができ、議論が活発化する。

…からです。「警察庁の提言は間違っていると私は断言しますが、あなたはどう思いますか?」という問いに対して、正確に、かつ確実に答え得る資格を持つのは、「全文を読み、自分の読み解き方をした者」だけの特権です。そして、そういった人との議論を私は望んでいます。

 また、引用しなかったところについては、「これこれの理由により省略」という書き方をしますので、ご了承ください。

では、開始です。

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第1 自転車利用の現状と交通事故の状況
1 自転車利用の現状
「図2までを省略。第1回に示したとおり、利用目的の多様さは自動車も同様。年齢層の多様さも、16歳未満は自転車、それ以上は免許証を持ち得る年齢というだけの話である。」

「そして図2。この数字を後に引用する。」

さらに、自転車は、今後、新たなニーズや要請に応じ、ますます活用の場や機会が拡大する可能性がある。
(財)全日本交通安全協会が実施した調査によると、有識者は、短距離移動等のための交通手段としてのみならず、今後は特に、レジャーや健康増進の目的での自転車の利用が増え、また、それを望ましいことと見ている(図3)。
「自転車の安全利用の促進等に関する調査研究報告書」(平成18年7月 (財)全日本交通安全協会)による学識経験者、自転車関連のマスコミ等自転車問題に関する有識者等77団体に対するアンケート調査とあるように、これらは自転車側に立った有識者の見通しである。どのようなアンケートの文言であったかは不明であるが、『次に挙げる各項目の自転車利用における今後の見通しと、望ましい方向性について、4段階(増加、不変、減少、不明)のなかから選べ』というような文言であったと推定する。
 その結果、自転車側に立った有識者は、
1 自転車利用の長距離化を目指し、その副産物として、健康増進に寄与することができる。
2 健康増進を目指して自転車に乗り始め、その結果自転車利用の長距離化が見込まれる。

ということを回答したのではないか。ということを図3から推定することができる。言い換えるならば、
1 自転車ツーキニストとしての行動を始めた者が健康増進の恩恵を受ける
2 健康増進を目的をした者が、結果として自転車ツーキニストとなる
という動きを有識者が見込んでいると読み取るべきであろう。即ち、自動車からの乗換えが進むことが望ましいと答えているのではなかろうか。そして、その結果としての健康増進、もしくは健康増進目的での車からの乗り換えが行われるであろうということだ。
しかし、本文中の書き方では、『レジャーや健康増進としての自転車の利用の増加→レース参加もしくはトレーニング目的の自転車利用が増加する』というように読み取られる恐れがあり、かつ車からの乗り換えに関しては全く言及がないことを指摘しておきたい。」


また、自転車は、化石エネルギーを消費せず、交通渋滞といった問題を引き起こさない環境負荷の少ない交通手段として、地球温暖化対策の観点から、国民の間でその利用を促進することが京都議定書目標達成計画(平成17年4月28日閣議決定)等の中で位置付けられている(資料1)。
これらのことから考えると、自転車は今後更に多様な用途や利用者に活用され、我が国の交通社会の中で、ますます重要な位置付けを担っていくものと考えられる。
「化石エネルギーを消費せず…のくだりは第1回で論じたとおり、自動車、二輪車と比較しての話である。また、第1の1の結論として有識者アンケートと京都議定書を持ち出すならば、自転車は今後更に多様な用途や利用者に活用され、我が国の交通社会の中で、ますます重要な位置付けを担っていくではなく、自動車からの乗換えが徐々に行われることが見込まれるとともに、それが環境問題としても望ましいと結ぶべきであろう。」


2 自転車の関連する交通事故の状況
自転車保有台数の増加と国民の自転車利用の進展に伴い、自転車の関連する交通事故は、年々増加している。
平成7年以降の自転車乗用中の死者及び負傷者の推移は図4のとおりであり、概ね事故全体の死者及び負傷者の総数と同傾向の増減を示しているが、死者数についてみると、10年間の減少率は、総数が−35.7%であるのに対し、自転車乗用中は、−24.5%と小さくなっている。
「…と、これだけを読んで図4,5,6のグラフを見ると、自転車がいかに危険な乗り物であるかの証明のように取れる。しかし、事の本質はそこではない。これらの資料の本質は後述するが、ここでは1点だけ指摘しておく。

 この10年間において、保命装置としての自動車は、その法体制と共に格段の進化を遂げてきた。装置としてはABS(アンチロックブレーキシステム)、エアバック、車体の造成技術(搭乗人員へのダメージを軽減する壊れ方をする)、カーナビ(道に迷っての脇見走行を防ぐ)、法体制においては、シートベルト、チャイルドシートの義務化、速度違反摘発用のレーダーの進化、危険運転致死罪の摘要、そして昨今の飲酒運転撲滅運動。これだけのことをして、車対車の事故を未然に防ぎ、また実際に事故が起きても、死者が出ないようになってきた。その点において自動車関係技術者と警察は、賞賛されてしかるべきである。しかし、自転車については、自衛装置としてはヘルメットの着用と前後のライトしか手はなく、法的にも放置されたままで30年がたとうとしている。これでは死者数は減りようがない。」


「ここから本文では、さも自転車が危険な乗り物であるかのような論述と資料の提示が行われるが、ここでは省略し、逆に提示された資料を使った私の解析を見ていただくこととする。」

まず、第1の図2、第2の図4と図6を合わせ、平成7年と16年で比較すると、以下の通り。(図2において17年の数字が示されていない為、16年で比較した)

1自転車使用中死者数  1121→859(-262・-23.3%)(単位:人)
2全死者数       10679→7358(-3321・-31.0%)(単位:人)
3自転車乗用中負傷者数 137388→189392(+52004・+37.8%)(単位:人)
4全負傷者数      922677→1183120(+260443・+28.2%)(単位:人)
5自転車保有台数     7494→8632(+1138・+15.1%)(単位:万台)
6自動車・原付保有台数  8497→9046(+549・+6.4%)(単位:万台)
7自転車関連事故件数  136831→187980(+51149・+37.3%)(単位:件)
8全交通事故発生件数  761789→952191(+190402・+24.9%)(単位:件)

 まず見ていくのは、5と6である。共に保有台数は増加しているので、何らかの対策を講じない限り、それに伴う7と8が増加するのは当然であろう。また、自転車の増加台数が自動車と比較して著しいので、8と比較して7の件数及び増加率が大きいのもある意味当然である。決して、自転車という乗り物自体が危険なわけではない。
 次に、これらの数字を合わせたものを見ていくことにする

12’ 9558→6499(-3059・-32.0%)(単位:人)
34’ 785289→993728(+208439・+26.5%)(単位:人)
78’ 624958→764211(+139253・+22.2%)(単位:件)
57’ 0.1825→0.2177(+0.0352・+19.2%)(単位:%)
68’ 0.8965→1.0526(+0.1561・+17.4%)(単位:%)
12’は2から1を引いたもの(車対歩行者、車対車の事故の死者数の近似値)
34’は4から3を引いたもの(車対歩行者、車対車の事故の負傷者の近似値)
78’は8から7を引いたもの(自転車が関わらなかった事故件数)
57’は7を5で割ったもの(自転車1台あたりの事故に遭う確率)
68’は8を6で割ったものである。(自動車1台あたりの事故に遭う確率の近似値)
 もちろんこれには、電車、航空機での事故データも入ってくるので正確には言えないが、近似値として参考にできるものであろう

12’からは、2の減少率-31.0%を超えて減少している為、やはり「車に乗っている限り、死に至りにくくなった」と言えそうだ。
34’からは、3の増加率37.8%が際だって高いという印象を受ける。
78’からは、やはり7の増加率が高い印象を受ける。
しかし、57’と68’を比較すると、その増加率はあまり変わらないということと、自転車と比べた自動車の事故に遭う確率の高さに驚く。
また、3と7の数値が近い(ほとんど同数である)ことも言及すべきであろう。自転車は、事故に遭えばほとんど必ず負傷するまたは死に至る。

 もちろん、これらの数値は、単純な引き算と割り算なので、正確な車対車や車対歩行者の事故の分析ができず、そして全く車が絡まない電車関連の事故も全事故件数に入っている為一概に自動車を悪者にもできない。しかし、その誤差を考えても、規制されるべきは自転車ではなく自動車であることは言えそうだ。


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長くなりましたので、これ以降はまた次回に。

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2006年12月09日

「自転車の安全利用の促進に関する提言」を読み解く:第1回 はじめに

 平成18年11月30日、警察庁より、「自転車の安全利用の促進に関する提言」が提示されました。
 これは、一見「歩行者、自転車を交通事故から守り、更なる安全を追求しましょう」という提言に見えますが、実はそうではなく、「自転車を車道から締め出し、歩行者に更なる恐怖を与える」提言であることが、自転車乗りの間で大きな話題となっています。また、この提言の中での論理的な矛盾や、資料に対する解析の甘さなども数多く、さらっと通読しただけで騙されてしまう可能性もあることから、私の視点においての読み解き方を、提言の本文を引用しながら紹介したいと思います。
 私の読み解きによって、より多くの皆さんがこの提言の矛盾に気がついてくれることを願うと共に、この日本の交通社会のゆがんだ姿を認識し、正しい方向へ向かう力となってくれることを願ってやみません。
 また、ここでの読み解きは私の見解であり、「ここはおかしいのでは?」「ここはどう読むの?」というようなご意見をいただければ幸いです。
 この機会に、皆さんも原文をプリントアウトし、赤ペン(赤と青の2色があればもっと面白い解析になると思います。)を持って、実際に読んでみてはいかがでしょうか。

以下、「引用文」「私の見解」というように、太字の有無で表記してあります。また、引用文中、「私の見解の文中」と、特に注目すべき事項は下線にて表示します。

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はじめに
自転車は、我が国において、国民の身近な交通手段として利用され、幼児から高齢者まで様々な目的・用途に幅広く利用されており、その保有台数は自動車・原動機付自転車の総数に匹敵するものとなっている。
 「このように表記すると、いかにも自転車のみが複雑多様な年齢層と利用目的を持つような印象を受けるが、自動車、二輪車(原動機付自転車やそれ以上の排気量を持つモーターサイクルのこと。以下二輪車と表記し、自転車と区別する)も、買い物や通勤、レジャーという多様な利用目的を持つ。
 また、純粋に年齢層から言えば、二輪車は16歳以上、自動車は18歳以上の免許保有者という区別があるだけであり、幼児から16歳未満(車両保有の為の経済力から言えば18歳未満が一般的か)までが免許を持ち得ないというだけである。
 保有台数の比較については本文における第1にて記述がある。この分析に関しては後述する。」


 しかし、時速20キロ以上で疾走するスポーツタイプの自転車から子供用の自転車まで、その利用・走行実態の多様性ゆえに、自転車を交通の現場でどのように取り扱うかは交通管理上難しい課題である。また、我が国の道路は車両の通行スペースである車道と歩行者の通行スペースである歩道を主体として整備がなされており、その中で自転車の専用通行スペースを確保することは必ずしも容易ではない。さらに、利用者層が極めて幅広いことから、自転車利用者に対する安全教育も十分行き届きにくい面があるとともに、ルールの遵守をどこまで取締りにより担保すべきかは判断を要するところである。
時速20キロ以上で疾走するスポーツタイプの自転車と記述しているところがいかにも狡猾というべきか、自転車に対する知識、経験の欠如というべきか。
 時速20キロは、歩道を行くママチャリでも3漕ぎ踏みつければ容易に出る。サイクルコンピュータ付きの自転車に乗っている方は、歩道を行く自転車を車道で併走して、その時速を計ってみればいい。この20キロという数字は、車道においては渋滞の元となりうるし、歩道においては歩行者に恐怖を与えうる数字である。しかも、原動機付自転車(以下、原付と表記)よりも遅い印象を与える。このスピードを維持する限り、車道の流れには乗れないし、歩道では恐怖の元となる。
 しかし、車道を行くスポーツ自転車の速度帯は時速30キロ前後である。これによって車道の流れに乗ると共に、ドライバーとの意思疎通によって車道のスポーツ自転車は自らの安全を確保する。
 我が国の道路敷設状況に関しては、他省庁の管轄であり、警察による一方的な統制は難しい。(縦割り行政の欠点とも言える。)しかし、そもそも自転車とは軽車両であり、車道を走るべきものである。そこに路側帯を設けて安全バッファを確保する、もしくは車道に自転車専用レーンを敷設する等の工夫ができるが、警察が昭和53年に道路交通法を改悪し、自転車を歩道に上げることを認めてしまったため、道路を整備する立場の者も、これに便乗し、ほとんどの歩道に「自転車通行可」の標識を立てるに留まったことを認識すべきである。
 自転車利用者に対する安全教育の欠如についても、警察力だけに依存するものではないが、ハイレベルな自転車交通の教育は全く行われていない。行われているのは、手を挙げて横断歩道を渡りましょう的な実効性のない教育ばかりである。安全教育の実態については第2において記述されている。
 ルールの遵守と取締りの基準については、そもそも警察官自体が自転車に関する道路交通法を理解しておらず、これでは明確な取締りなど不可能に近い。
 もちろん、法体制としても、全く強制力や罰則を持たぬ指導警告と、即刻前科持ちとなる赤切符しかなく、自動車の青切符(行政罰)という区分がない点において、大きな不備があると言える。これだけで現場の警察官に取締りを実施せよと命じても、それは無理というものだろう。」


 こうした事情を背景として、自転車利用の進展とともに、自転車が当事者となる交通事故も年々増加傾向にあり、しかも、自転車が主に被害者となる対自動車事故と、主に加害者となる対歩行者事故の両方が増加傾向にある。また、自転車のいわば自由気ままな走行は、自転車が車両の一つであるという性格を曖昧にするとともに、自転車利用者のルール・マナー違反を誘発し、これに対する社会的批判も高まっている。
「基本的に、自動車の保有台数と自転車の保有台数が増加すれば、何らかの対策を講じない限りその事故件数は増加して当然である。また、歩道において歩行者と自転車が混在し、かつ自転車の台数が増えれば、歩行者との事故も増加する。
 自転車の自由気ままな走行は、昭和53年に自転車を歩道に上げることを決定した反動であり、歩行者と同様に責任なき交通者としての自転車という立場を確立させてしまった警察の責任でもある。それを、さも当事者の自転車のみが悪いというように論ずるのは責任転嫁もはなはだしい。


 自転車に関する道路交通法上の取扱いは、昭和50年代前半までに概ね現在の内容が定められたものである。自転車は、環境負荷の少ない乗り物として地球温暖化対策の観点等からも見直されており、今後ますます、我が国交通社会の中で重要な位置付けを担っていくものと考えられ、今は自転車に係る道路管理上の諸問題を改めて検討すべき時期にあるといえる。
「昭和53年の道路交通法の改正に関しては前述の通り。これが与えた影響は今後の章で論述する。
 環境負荷の少ない乗り物としての自転車とは自動車、二輪車と比較して少ないだけであり、歩行者が自転車に乗ったところで、環境負荷は変わらない。いや、製造やメンテナンスに要する電力や火力、石油製品の分だけ、環境負荷は明らかに多い。自動車、二輪車から乗り換えてこそ、その環境負荷の少なさを語ることができると言える。」


 本自転車対策検討懇談会(以下「懇談会」という。)では、自転車に係る諸問題に検討を加え、自転車の安全利用の促進という観点から今後の警察行政の在り方を考えるべく、自転車の通行区分・通行方法の在り方や自転車利用者のルール・マナーの遵守方策等について、本年4月から6回にわたり議論を重ねてきたところであり、その結果を本提言に取りまとめたものである。
「ここで、この提言の位置づけが示されている。安全のために、警察行政がどうあるべきかの提言であり、自転車がどこを通り、自転車が守るべきルールとマナーの話しか提言しないと示されている。すなわち、自転車を事故から守るために自動車を制限すること、環境に寄与する為に自動車から自転車へ乗り換えること、等は、記述はあっても提言はされていないということをここで明確に読み取るべきである。そして、自転車をいかに制限するかという視点で今後の論述が展開され、本来、警察行政やインフラ整備、教育、環境問題という複数の視点で語られるべき自転車問題を、狭い視野で論述していることを認識しなければ、これから示される本文にコロッと騙されることになる。
 また、ここでいう安全という定義も曖昧であり、どれだけ穴だらけであるかを今後の本文の検証で明らかにしたい。」


 本提言においては、まず、自転車利用の現状、自転車の関連する交通事故の状
況、自転車の安全対策の現状について概観した上で、自転車の安全利用を促進し
ていくための対策の方向性を示し、さらに、具体的な対策の在り方について提言
を行うこととする。

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引用ここまで。
こういう形で、本文に関しても読み解いていきたいと思います。
自分で書いていて、くどくてうんざりするのですが、「はじめに」という序文は、この提言の全般を示したものであり、その序文だけでこれだけの突っ込み所があるという点において、この提言がいかに穴だらけであるかを感じ取っていただければと思います。

本文の検証についてはまた次回に。


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2006年11月27日

ランドナー起死回生の妙案?

 最近は、ロード、MTB、小径車、クロスバイクの差分ばかりが頭の中をグルグル回っていました。その中で思いついたことです。

 ランドナーという車種があります。知らない人はググッて見てください。
これを強烈に普及させる手段。

 「高校の通学制式自転車に指定する。」
 自転車を使って移動することが主な手段であった時代があります。高校生です。免許はない、車もない。バス電車という手段もありますが、学区の関係上基本的に10km未満の移動距離。まさに自転車にうってつけの距離です。高校生の半数近くが自転車通学をしていると見てもいいでしょう。ここで、彼らの使っている自転車は何か。ママチャリですね。

 私も5km程を自転車通学していましたが、いわゆる軽快車、今で言えばママチャリでした。でも、私のは外装5段変速のフラットバー、チェーンカバー、泥除け、かご、ハブダイナモ&自動点灯ライト付きで、今の8000円ママチャリとは違いますが。これが、私の自転車人生の始まりだったといってもいいでしょう。当時で4万円した自転車に乗せてくれた両親に感謝です。そして、この自転車で、「チェーンカバーはつけ方によってはチェーンに干渉することがある」「右足のズボンの裾はゴムでまとめるとよい」「アンチパンクタイヤを履くとパンクが劇的に減る」「空気圧は高めに保つとスピードが落ちにくい」ということを学びました。

 閑話休題。
何故、通学にママチャリを選ぶか。値段もさることながら、
「制服を汚さない為の泥除けとチェーンカバー」
「通学カバン積載の為のかご」
が必須だからです。
これを満たしうる自転車は、ママチャリ、一部のクロスバイク、そしてランドナー。

 また、日本人が自転車を買うときにほぼ一択でママチャリを買うのは、この経験があるからではないでしょうか。そして、その選択が自転車の価値観をダメにしているのではないでしょうか。

 そこで、「ランドナーを高校の通学制式自転車に指定する。」
もちろんドロップハンドルで、スピードも出る。危険といえば危険です。しかし、ママチャリに乗せて無法状態で走らせるよりも、メット装着を徹底(田舎の学校みたいな工事用ヘルメットではなく、ガチの自転車用)し、車道左側通行を厳守させる。そのための教育も実施する。ドロップで携帯いじりながらの走行は絶対に無理ですよね。しかも、ランドナーはサイドバッグ搭載も可能なので、運動部のスポーツバッグも運べます。(スポーツバッグを肩がけした野球部の危ないことといったら!)

 滅亡寸前のランドナーの可能性を一気に回復させること間違いなし!ついでに運動部の合宿は自走で往復すればいい体力練成になると思いませんか?(顧問の先生はサポートカー役。まるでツールドフランス!)

 自分で思いついて、結構いい案だと思いましたが、問題点も当然あります。
・制服スカートの女子は?
・自転車の値段が高い!
 値段が高いのは、大量発注と企業努力と学校もしくは自治体からの支援を期待するとしましょう。GIANTのグレートジャーニー2で9万円、7掛けで6万3000円、一人1万3000円の支援があったとして5万円の自転車。うーん、もう一声という感じですが、実現可能性は出てきます。
 女子のスカートはどうしよう…
…てことは、男子校の工業高校とかならOK?ついでに工業高校なら、工業品としての教材にも使える…かな?


 と、ここまで考えました。
しかし、これは自転車乗りの考えであって、一般的に学校側がここまでする価値はあまり見出せず、効果は「ランドナーをはじめとする本物の自転車が普及する可能性がある」「自転車に対する価値観を一掃できる可能性がある」「交通安全の教育が徹底できる可能性がある」だけで、(大学入学の予備校と化した)高校教育にそれが必要かと問われると…と、提案の根本が大きく揺らいでしまうわけですが。

どこかやらないかな〜

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