※断酒139目


呉みどりヶ丘病院で入院中、ずっと隣のベッドだったお爺さん、Bさん(仮名)。

背は小柄で中肉中背、髪は坊主にしていたが、ハゲてはなかった。


病院内の部屋も一緒で、断酒会でも一緒だった。

院内断酒例会は、「ふたば会」の親戚の「みどり会」という断酒会だ。

お爺さんは愛媛県在住と遠いのに、なぜか広島の呉緑が丘病院に入院した。

何100キロも離れている。

聞いてみると、弟さんが現地の断酒会会長をしていて、むりやり入院させられたとのこと。


もう高齢で81歳になる。


画像20190315パチンコ フリーフォト写真AC
フリーフォト写真ACより引用


わしゃーもうこんな年で、平均寿命はとっくに過ぎとるんじゃけ、入院せんでもよかろう

が口癖だった。

採血結果も悪くなかった。

「ぼくもそう思いますね。80も過ぎてるんなら、好きに酒飲んで天寿をまっとうすればいいと思いますよ」

と、適当にあいずちをうっていが、実際にそう思った。


Bさんの若いころは戦後のどたばたの最中だったという。

Bさんのお父さんが「どぶろく」いわゆる密造酒をつくって売っていた。

そのどぶろくを毎日味見させられて、酒を覚えたとのこと。


愛媛から、よく野菜を売りに広島まで来たらしい。

トラックの荷台に野菜を積み、運転座席の後ろに一升瓶を隠し、信号でとまる度に一升瓶をとりだして飲みながら運転していたのだと。

積載オーバーで捕まったときに、警察に

酒臭いぞ、飲むなよ

と注意されたことはあったが、実際に捕まったことはないという。

古き良き時代だったのか。


密造酒の取り締まりのほうが厳しかったようだ。

押し入れに一升瓶が何10本も隠してある。


画像20190315一升瓶 フリーフォト写真AC
フリーフォト写真ACより引用


押し入れを開けた手前のところだけ、空の一升瓶を何本も置いておく。

査察があったらそれを見せたという。

何回かはバレなかったが、そのうちバレた。

密造酒をつくる機械をぶちこわされた

しかし、こりないお父さんはそのたびに作り直していたようだ。


Bさんは、最近10年近くは酒を止めていた。

ある日、大風邪をひいてしまった。

こころ優しい奥さんが、「玉子酒」なる、日本酒を熱燗にして玉子を入れたものを作ってくれたそうだ。

せっかく作ってくれたのに、飲まない訳にはいかない。

ぐいっと飲みこむと懐かしい味がした。

それから、10年飲まなかったのに、再び飲酒が始まってしまったという。


退院するには、「試験外泊」なるものをしなければならない。

家に外泊して、生活に問題がないかどうかを家族がチェックする。

僕の場合は呉市 → 広島市内なので、時間はかかったがなんとか往復できた。

81歳のお爺さんは、呉市 → 愛媛県今治市まで、公共交通機関で何度も往復しなければならない。

ちょっとそれは可哀そうだとおもったし、Bさんも

「ちょっとやれん(難しい)のう、なんで何回も外泊せんといけんのや」

と、怒り気味だった。


ぼくは10月にとっとと退院した。

同じ時期に入院したBさんも退院できるハズだったが、退院が伸びた。

「家族が迎えに来る → 愛媛までもどる → 泊まる →家族と呉市の病院までもどる」

という日程が、なかなかたたなかったのだ。


可哀そうなお爺さんだ。

御年81歳なのだから、もう好きにさせてあげればいいのに・・・・・・


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