2006年12月31日

感謝

2006年12月31日。
今日で私のサイト「A Hoydenish Life」を閉鎖することになります。

サイトを立ち上げてちょうど2年。
長いようで、短いようで、でもやっぱり長かった。
2年分の思いがいっぱい、このサイトに詰まっています。
あれもやりたいこれもやりたいと思いながらも日記の更新すらまともに出来ず、そんな形で終わりを迎えてしまうことは本当に心残りです。
でもこれが私なんだなあとも思います。
精一杯の私の気持ち。形。
それが、この「A Hoydenish Life」というサイトでした。

もうあとちょっとで終わりだよ。
寂しいよ。

このサイトはほとんど宣伝していなかったので、見に来てくださる人もごくわずかだったのですが、ここ数日少しアクセス数が増えていました。
最後だけれど、何だかとても嬉しかったです。

そういえば、新しいブログのアドレスをまだ公開してませんでしたね。
http://blog.drecom.jp/a_hoyden/
です。
ページを開設しただけで、まだ何もいじくってません(汗)
早くしないともう2007年になっちゃうよ!
グダグダです、もう。
でもいいんです。これが私なんだもん。
しゃーないしゃーない(笑)

2004年6月、まだサイトを開設する前、私は日記を書き始めました。
紙の日記は今までもつけたことがありますが、もう3日坊主ならぬ2日坊主で、続いたためしがありません。
あの頃はすでに鬱で病院に通ってはいましたが、学校と芝居でとても忙しくしていて、寝る時間も十分に取れていませんでした。
そんな時、どうしてかはもう忘れてしまいましたが、インターネット上で何か自分の思いを綴る場所がほしいと思い、さるさる日記を借りたのがきっかけです。
そして休学して家にいることが多くなった2004年12月に、サイト作りを始めました。
友人にアドバイスをもらったりしながら、四苦八苦の末完成しました。

元々は自分の気持ちを思ったままビャーッと書くだけの、超自己満足なサイトです。
誰かにあてた独りよがりなメッセージを載せることもあったけど、人に見せるために書いていたのではありません。
でもインターネットは、沢山の人々が行き交うところ。
自分の正直な思いを綴り、もしそれが誰かの目に止まって、何か思ってくれることがあったとしたなら、こんなに幸せなことはないな、と。
そんな風に思っていました。
それでも、色んな方々が見に来てくださったこと、感想をくださったこと、とても感謝しています。
本当にありがとうございます。

書きたいことはまだまだ沢山ありますが、言葉になりません。

最後に、このサイトのタイトル「A Hoydenish Life」の由来について。
「hoyden」は、「おてんば娘」という意味です。
「おてんば娘」という意味の単語はもう一つ「tomboy」というのがあるんですが、「hoyden」は悪い意味でのおてんば娘だそうで、そっちの方が私にピッタリじゃん!と思って選びました。
Yahoo!の辞書なんかで引くと「あばずれ」とも出てくるんですがね。
あ、あばずれではありません・・・多分(汗)
英語の使い方は合ってるかどうかわかりませんが、「おてんばな生活、おてんばな命」ってなニュアンスです。
それが私自身。

そんな感じで私はこのタイトルを気に入っていたのですが、5月に亡くなった友人がこの「a hoyden」という単語を見て、「あほやでん」に見えると言い出しました(笑)
何でやねん!!と思いましたが、確かにそう見える・・・。
・・・・・・。
めっちゃ私らしいやん!!(アホ)
そうです、私はあほやねんです。アホでーす。
・・・悪ふざけはこれくらいにして。

そんな「あほやでんライフ」もこれで最後です。
2007年からは新しいブログに移行してやっていきます。
「A Hoydenish Life」のコンテンツはすべて消去するつもりですが、「Take a Life」とこちらの「monologue」は新しいブログからリンクを貼るなり何なりして、いつでも見れるように残しておきたいと思います。
何ちゅーか、寂しいというのもありますし、データの移行がめんどくさいというものすごく不謹慎な(?)理由もあります。
しかも「Take a Life」の方はまだまだ書き足りていない出来事がうじゃうじゃあるので、闇でコッソリ更新してるかも知れません。サイテーです(笑)
いいんじゃい!どうせ私はこんなんじゃい!
掲示板の方はデータのバックアップを取った後に消去します。
沢山の書き込み、コメントありがとうございました。

2006年は色んなことがあり過ぎた・・・。
2007年はどんな1年になるのでしょうか。
みんなで笑顔で過ごせる1年になることを心から祈っています。

今までこのサイトに足を運んでくださった皆様、コメントや書き込みをくださった皆様、本当に本当にありがとうございました。
このサイトはもうこれで終わってしまいますが、私はこれからも自分の思いを書き続けていきたいと思っています。
そして、もしそれが誰かの目に止まって、何か思ってもらえることがあるならば、これ以上の幸せはありません。
こんな私ですが、これからも、どうぞよろしくお願いします。
本当にありがとうございました。


A Hoydenish Life 管理人  ミキ

a_hoyden at 23:02|PermalinkComments(0)clip!

くるり

カレーの香りは君と同じで
やさしくて小さくて忘れてしまいそう

a_hoyden at 09:24|PermalinkComments(0)clip!

2006年12月30日

移行先のブログについて

早いもので、サイトの閉鎖まであと2日となりました。
決まり次第お知らせすると言ったまま、何もお伝えしていなくてすみません。
移行先は決まりました。かなり迷ったのですが、ドリコムブログにしようと思います。ブログ以外にプロフィールやバイオグラフィも載せられるので。
これじゃサイト閉鎖する意味があんまりないですかね(汗)
ページ自体は開設したのですが、まだ何もいじくってません。リンクやプロフィールなどの設定をしないといけないんですが・・・。
年明けにはトップページでURLを公開して、見ていただけるようにしたいと思っています。
なので、リンクしてくださっているサイト様方に貼り替えをお願いするのも年明け以降になると思います。トップページはしばらく残すようにするつもりなので。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。

2006年ももうあと2日か・・・。
時の流れは恐ろしいです(笑)
今年は色んなことがあり過ぎたよ。
割と普通に過ごしていますが、今年溜まった疲れはまだまだ私の体から抜け出てくれないようです。

a_hoyden at 03:10|PermalinkComments(0)clip!

2006年12月26日

たまらんなあ。

欲しい論文を探しに医学部の図書館へ行き、精神医学系の雑誌をパラパラとめくっていたら、こんなものを見つけてしまいました。

テシプール














四環系抗鬱剤、テシプールの広告です。
こんなの初めて見ました。
他にも色んな広告が載せられてありました。

ほほエミレース














メジャーのエミレースですね。
てか「ほほエミレース」って・・・。
この広告が載っていた雑誌が出版されたのが1990年代なので、まあわからなくもないですけどね。
ないわあ(笑)

夜、1回だけ。














今私が処方されているルジオミール。
「夜、1回だけ」という見出しがついてますが、確かに夕食後にしか処方されたことがありません。
なるほどなあ、と思って見てました。


そして最後に、とっておきの1枚。

アップジョン














やるじゃねえかアップジョン!!
ハルシオンとソラナックス、ダブルの広告でした。
精神系の薬を扱うところで働いている人には珍しくないかも知れませんけどね^^;
欲しい論文は結局見つからなかったのですが、私にとってはある意味かなりの収穫でした(笑)


a_hoyden at 01:59|PermalinkComments(4)clip!

2006年12月25日

携帯電話

携帯を新しくしました。
ソフトバンクの最新の機種です。
本体の色はチタン・白・赤・青・黒の5種類で、チタンや白が人気らしいのですが、私は赤が好きなので赤を予約していました。
すごく人気の機種らしく、発売前に予約したのに入荷の連絡が入ったのは今週。
でも、手に入れる前に店頭で見本を見てガックリしていました。
私の好きな赤じゃない・・・。
私が好きなのは血みたいなボルドー系の赤なの!!
こんな朱色じゃ、オモチャみたいやん!!
心の中で文句を垂れつつ、店員さんに色の変更が出来ないか聞いてみたんですが、変更すると受け渡しの順番が後回しになってしまうと言われたのでしぶしぶ赤のままで予約していました。
それでも、昨日機種変更の手続きをした時は嬉しかったです。
朱色もそこまで悪くないかと思い始めました。
大学に入ってから携帯はこれで3台目で、それまでの2台も当時はかなりの高性能と言われていたものを使ってたんですが、今回の機種はそこから更にグレードアップしているようで。
データの容量もハンパなくすごいみたいです。
時代の流れを感じますね。
おなじSHなのに使い方も少し変わってしまってて、慣れるまでに時間がかかりそうですが。

携帯電話











この間まで使っていた携帯電話です。
せっかくいいカメラを使ったのに、撮り方がめちゃ下手くそで申し訳ないです。
この機種も2年前の発売当初はとても人気がありました。特に白が人気が高かったのですが、私はこの赤色に惚れ込んで、赤を取り寄せてもらいました。
写真ではどす黒く写ってますが、本当はもっと鮮やかなボルドーなんですよ。
故障しても修理に出したりして、とても気に入っていました。

機種変更する時、私はこの携帯を壊そうかと思いました。
お気に入りの携帯。だからこそ、粉々に壊してしまいたい。
だけど、写真やメールのデータを失いたくないので、しませんでした。

データが消えてしまわないように、大事に持っていようと思います。

a_hoyden at 00:42|PermalinkComments(0)clip!

2006年12月17日

みかん

2006年12月15日、午前9時51分。
祖父が亡くなりました。
享年95歳。

数え年で95歳なので本当は94歳ですが、ここまで生きたら大往生だとみんな言っていました。
本当に、ここまでよく生きたと思います。

若い頃は、土木の資格を取り兵庫県の公務員として働いていたそうです。
祖父が建設に携わった学校もあると聞いた記憶があります。
戦争にも行きました。
何故かは忘れましたが、ボッコボコに殴られて帰ってきたそうです。
祖父の弟は陸軍の大尉で、戦死しています。
5人の子ども、最大で11人の家族を、農業で養っていた祖父。
大阪に出てきてからも畑を借り、78歳になるまで仕事もしていました。
小さい頃畑に連れて行ってもらったのを覚えています。
小学校の帰り道、散歩をしている祖父によく会いました。
木陰で休憩している祖父を「私のおじいちゃん」と友達に紹介したりしました。
穏やかで、とても優しかった。
昔よく叱られて箸箱を投げつけられたと母は言っていましたが(苦笑)、そんな姿は想像もできないくらい優しかった。
私はどちらかというとおばあちゃん子で、母に叱られた時もまず先に祖母のところに走っていくような子でしたが、祖父のことも大好きでした。
母が死んで、祖母が認知症を患い老人ホームに入ってしまってからも、時々祖父に会いに行きました。
私の家から自転車で5分の距離にある祖父の家。
だけどその5分は私にはとても遠かった。
叔母に「あれだけ世話になっておいてちっとも会いに行かない」とよく言われました。
叔母と縁を切ってからはますます行きづらくなった。
今年の夏、祖父が寝込んだ時に本当に後悔した。
どうしてもっと会いに行かなかったんだろう。
寝込む前に会いに行ったのはお正月。7ヶ月も連絡をしなかった。
会いに行く時間が全く作れなかったのも事実ではあるけれど。

回復してからも歩けなくなり、自宅での介護ができない状態になって老人ホームに入りました。
9月に2回ほど会いに行きましたが、わりと落ち着いていて「そんなに心配して来んでもええ」なんて言っていました。
10月、学校が始まってからは全く行かなかった。会いに行く時間を作っても起きられなかった。
怖かった。
祖父に会うのが怖かったんじゃない。祖父に会いに行くことでまた叔母に何か言われるんじゃないか。それが怖かった。
毎週末、祖父に会いに行けなかったことを悔やんでいました。
そんなことを繰り返して2ヶ月半が経ちました。
「今日こそは会いにいこう」と決めて老人ホームに向かった時、職員の方から聞かされたのは、「祖父が入院した」という言葉でした。
伯父に電話して状況を聞きました。
呼吸困難になったということでした。
あとから聞いたのですが、年をとった祖父の肺の細胞はどんどんつぶれてしまっていて、息を吸うことも吐くことも出来ない状態になっていたそうです。
慌てるほど深刻ではないようでしたが、どうしても会いに行きたくて、次の日の朝病院へ行きました。
空き部屋がないからと集中治療室に入っていた祖父は、酸素吸入器と点滴をつけられてベッドに座っていました。
2ヵ月半前よりもずっと小さくなっていた。
朝早いし長居するとしんどくなるので、10分ほどですぐに帰りました。
「すぐ帰れると思うんや」
「お父さん大事にしいや。おじいちゃんみたいになるかも知れんでな」
それが最後でした。
持ってきてほしいものがあるから伝えてくれと言われたので叔母に電話すると、やっぱり嫌そうな声が聞こえてきた。
別に叔母が悪いわけじゃない。誰にも知らせていなかった祖父の入院を私が知っていたので驚いただけだろう。お見舞いに行ったことも気に食わなかったのかも知れないけど。
でも、叔母の反応を気にしてお見舞いに行くのを我慢しないで本当によかった。
10分だけでも祖父の顔が見れて、声が聞けて本当によかった。

今年のお正月、普段あまり喋らない祖父が1時間近く私に話を聞かせてくれた。
聞いたことのないような昔の話を、たくさん。
戦争に行った時のことも話してくれた。
今思えば、あれは何かの知らせだったのかも知れない。

おじいちゃん、ごめんね。
私、おじいちゃんが死んだのが悲しくて泣いてるんじゃないんだよ。
あんなにおじいちゃんによくしてもらったのに、ちっとも会いに行けなくて、何も恩返しできなかったことが悔しいんだよ。

昨日は舞台の現場に入っていて、枕経にも行けなかった。
今朝、式場に移される前に顔を見てきました。
伯父に謝ると「最後に会いに行ってくれたから、もうええんや」と言ってくれました。
伯父は家の木になったみかんをくれました。
祖母がまだ元気な頃に育てていたみかん。
帰って食べました。とても甘くておいしかった。
仏壇にお供えしました。
私、母親の墓参りにももう1年ほど行っていない。
親不孝な娘だ。
大学に入ってからは病気になって死ぬことばかり考えて、母親の代わりに面倒を見てくれた叔母ともケンカしてしまったし、未だにまともに授業に出れていないし、その上就職活動もしないなんて。
礼儀知らずで気も利かなくて、気にしすぎるあまり親族の中に入ってもまともに会話できなくなってしまった。
祖父にとっては一番最後にできた孫で、あんなに可愛がってもらったのに。
何にもしてあげられなかった。悔しいです。ものすごく、心残りです。

おじいちゃん、今どこにいますか?
お母さんには会えますか?
そっちには私の友達もいます。
私も出来れば早くそっちに行きたいけど、まだ当分こちらに残ることになりそうです。
いつかそっちに行けるようになるまで、待っていてやってください。
94年間、本当にお疲れ様でした。
どうかゆっくり休んでください。

a_hoyden at 01:16|PermalinkComments(0)clip!

2006年12月15日

無題

これで何人目だろう。

おじいちゃんが死んだ。

a_hoyden at 16:12|PermalinkComments(2)clip!

2006年12月14日

広島

夜回り先生の講演会に行けることになりました!
会場は・・・。
広島。
そう、広島です。
中国地方です。
遠いです。
ちょっと遠すぎます。

何で広島かというと、京都の講演会が満員で入れず、大阪の講演会も抽選にもれてしまって、「もう、、、行けたらどこでもいいわい!」と、いちかばちかで広島の講演にエントリーしてみたわけです。
そしたら入場整理券が送られてきました。
いくら何でも、中国地方とは。
しかも日程は1月27日(土)。
テスト前じゃん!!
でもまあ、行きますよ。
夜行バス使って、行きますよ。
往復1万円使って、行きますとも。
ついでに広島観光までしてきますとも(原爆ドームと平和記念公園だけだけども)。

講演会は沢山行われてるみたいだから、焦らなくてもよかったんでしょうけどね・・・。
どこも希望者が多くて、いっぱいらしいので。近くであっても、入れるかどうかわからないし。
せっかく整理券がもらえたんだから。
しかも、いつか一人旅したいと思ってた広島にも行けるときた。
こりゃ、行っとかなあかんやろ〜。
てなわけで、この機会に先生に会いに行こうと思います。
テストの準備とレポートは早めに片付けないと(笑)


a_hoyden at 22:24|PermalinkComments(0)clip!

2006年12月10日

調子

しんどいです。
そこまで悪いわけでもないですが、元気ではないです。
ここ最近、自分でもよくわからないしんどさがずっとあります。

学校を休んだ日を数えてみたら、11月は休んだ日の方が出席した日よりも多かった。
単位自体はそんなに心配はいらないけど、そういう問題じゃない。

学校に行っても、芝居をしても、Gacktのライブではしゃいでも、心理学で興味深い記述を見つけてもバイトでお金を稼いでもきれいな服を着ても好きな音楽を聴いても、何も面白くないし嬉しくないし楽しくない。
毎日が退屈で憂鬱で苛ついて気だるくて仕方ない。

カウンセリングのバウムテストで、根っこがぐらぐらの木を書いた。
「順調に育って、おいしい実を沢山つけているように見えるけど、本当は根っこが腐ってぐらぐらになっていて、何かあればすぐでにも倒れてしまいそうなのに誰も気づかない」と説明した。
まるで私のようだと言いながら思った。
最初からだめなんだ、あの木は。

最近思う。
大学を卒業したら死んでしまうんじゃないだろうか。
守ってくれるものがなくなり社会に放り出されて、進路すら決めていない私は、誰も何もなくなって死ぬことしか選べなくなるんじゃないか。
そうなった時は、薬や剃刀ではなく、確実に死ねる方法を取るだろう。

主治医にそう伝えればよかった。
先生は機嫌がいいのかいつもより饒舌で、全然関係ない話をしただけで終わってしまった。

切り付けられるような痛みが常にある。
誰にも頼れない孤独感も。

これから私に会うことがある人は、私の笑顔は全部嘘で作り物なんだと思っておいてください。


a_hoyden at 01:20|PermalinkComments(6)clip!

2006年12月04日

ドラッG PARTY

終わりました・・・。
くっは〜。

もう、すごかった・・・。
むんぎゃー!!!!!
ぅわぎゃー!!!!!!
うぉわー!!!!!
ふんに゛ゃに゛ゃに゛ゃー!!!!!!!!!!
○▲※☆◎■%∇★◇〓℃〜〜〜!!!!!

って感じです・・・。
感動しましたね。
泣きました。
生きててよかったと思いました。
あとは、叫びまくりました(笑)


だってGacktの顔がクッキリハッキリ見えるんだよ!?
小劇場並に近いんだよ!!?
こんなに近い距離で会えるなんて思ってもみなかった。
一曲一曲聴きながら、その曲を聴いていた当時はどんな気持ちで生活してたかを思い出して、また泣けてきました。
本当によかった。

でもな〜、柵の前を陣取ってたのに、いつのまにか両隣がどんどん迫ってきて、後ろに追いやられてしまった!!
むかついた〜(笑)
右隣りの人なんか開演前まで喋ってたのに!
開演と同時に敵同士になりましたよ(笑)
まあ、後ろの方がスペースありましたけどね〜。
私もそこら辺の人にぶつかりまくってたので、うざがられてたかも知れません(笑)

会場を出る時はフラフラでした・・・。
一気に現実に戻されてまた「はあ〜」って感じになりました。
そんなもんですかね。

Gacktへの愛を再確認した夜でした(笑)
(ファン失格なのは変わりないですけどねっ!?)


a_hoyden at 23:57|PermalinkComments(0)clip!