今日、担任しているクラスの人権同和教育のLHR(ロングホームルーム)で指揮者の故岩城宏之氏が書いた文章を読ませた。黒人指揮者・ディーン・ディクソンとの思い出を綴ったものだが、このディクソン氏、岩城氏によれば、史上初の一流の域に達した黒人指揮者である。
 彼はアメリカでセンセーショナルなデビューを飾ったが、その後人種差別の壁に阻まれアメリカ中のオーケストラから締め出されてしまい、ドイツのフランクフルト放送交響楽団の指揮者を長年務めた、とある。
 彼のつらい過去を知る周囲の人たちは、彼の前ではアメリカの話も色の話もしないように大変に気を遣っていたそうだ。
 だが晩年になってもらった2人目の奥さんがとても素晴らしい人で(一人目はすんごい悪妻だった)彼の色に対する恐怖心を取り去って、アメリカ楽壇への復帰も果たすことができた。
 そしてこれから、という時に60代の若さで亡くなってしまった、という話である。

 この文章が教材として適切だったかどうかはともかく、生徒にぜひ読ませたいと思ったことは確かである。
 悲しいかな、音楽の世界では華やかな表舞台を離れると、差別、偏見、いじめ、思い込み、そういうどろどろしたものが程度の差こそあれゴロゴロしている(というハナシをよく聞く)。

 特に指揮者はオーケストラの前に立てば少数派、というか、ハッキリ言って孤立している。全員束になってかかられると跳ね返すのは難しい。
 大昔の話だが、かのO澤征爾氏だって某国営放送交響楽団からボイコットを食らっているし、巨匠アーノンクールも初めてウイーン・フィルの指揮台に立った時には、かつて彼が格下のウイーン交響楽団のチェロ奏者だったことから、「なんでウイーン響のチェリストの言うことを聞かなきゃならない?」と大変な抵抗を受けたそうである。

 他にも指揮者が女性だったり、違う民族の人だったり、特別に若かったり、独学だったり、どっかのコネで指揮台に立っていたりすると、イジメに遭ったり悪さをされたりすることがあるらしい。
 一番多いのは練習中に能力を試されるってヤツで、わざと音やリズムを間違えて反応を見たり、そ知らぬ顔をして半音高い調や低い調で演奏してみたりするのである。

 実は私も初めてオーケストラの練習をつけたとき「これ、そうじゃないかな?」という場面に出くわしたことがある。昭和63年のことである。
 相手のオーケストラは今も指揮者をしているT松交響楽団なのだが、当時、T響が四国二期会のオペラに初めて乗る、ということで、二期会側の副指揮者だったが私がT響の練習に派遣されていったのである。

 演目はモーツァルトの『魔笛』。T響側からすれば、得体の知れない声楽科アガリと思しき若造が突然やってきたのである。なんか、試される条件、揃ってるよね・・?
 恥ずかしながら、私はその時オケ振るの、初めて。スキを見せてはなるまいぞ、と精一杯気を張っていたのだが、傍から見るとどうもオドオドしていたらしい。

 しかしながら、予想に反してわかりやすい指揮で整然と練習を進めて行く私の頑張りで、場は何となく落ち着いた感じになってきたようだった。
 「ひょっとしたらこのまま無事終わるかも」と思いつつ2幕の「夜の女王のアリア」の練習に入った時に突如、某金管楽器方面からヘンな音が。
 「おおっ、キター!これがもしかしてそうか?」と瞬時に思い、それなら「ちゃいまっせ!」とビシーッといったれ、と思ったが、当時の愛読書「岩城音楽教室」には「そういう時はうっかり間違えた可能性もあるので、やんわりと、それでいて相手にはわかるように」と書いてあったのを思い出し(この間0.03秒ぐらい)ちょうど調号の変わり目だったので、演奏を止めずに「調号変わってますよ!よく見て」とだけ大声で言って先に進めた。
 そのアリアをもう一度返した時は大丈夫だったし、その後も何事も起きなかったのでひょっとしたら単なる読み間違いだったのかも知れないが、そのときは必死だったからねー。
 そのとき事なきを得たからかどうかは解らないが、その翌年も「フィガロの結婚」で二期会側の副指揮者としてオケの練習をつけ、さらにその翌年からは単独で定期演奏会のトレーナーに呼ばれるようになった。
 早いものでT松交響楽団とのお付き合いは今年でちょうど20年になる。

 ついでに蛇足。T響とのハナシは多分私の単なる思い込みだと思うが、よそでは「半音上げ」をされたこともある。指揮者イジメ、指揮者試しはアマチュアにもある。決してプロだけの世界ではないぞ。みんな、気をつけい!