2008年07月03日
命のいただき方


こちらの養豚場は1300頭いて、月に180頭ほど出荷。アグー豚勾配豚なんかもいる。大抵生後6ー7ヶ月でと刹。母豚もいて、それは7ー8年生きるとのこと。
僕らは生後3ヶ月の豚のと刹をみた。産まれて死ぬまで過ごす檻は畳8帖ほどに水だけがタラタラと流れる部屋。産まれた年月によって分かれられた檻は育つにつれて狭くもなり、生後間もない豚にすれば広くもある。一部屋に豚が8頭ほどだっただろうか…そこで産まれ、そこで一生を終える。沖縄のハエは少し大きく、飛び回ると羽根の音が耳につき、それが協奏曲を奏でながら豚にまとわりつく。体を身震いしたり、尻尾を振ったりする豚もいるが、大抵は暑さの中だらだらとほっておいている。そうそう、檻から流れる水の行き着く下水に目をやると、ウジ虫がうじゃうじゃしている。前の日にヒメユリの塔は戦争祈念館みたいなところでの解説が蘇る。
生後3ヶ月にしては丸々と太った子豚がトラックの荷台にいる。この子豚は30キロくらいで食べると30ー40人前というが、それは骨も内蔵も全てを含んだ体重。金額にして30000円ほど也。人間80歳まで生きるとしたら、この子豚はまだ3歳弱である。
子豚の鼻先に鉄の棒がついた鼻輪がつけられる。多分、むしろ確信的に自分が殺されると感じているのだろう。子豚は盛んに鳴き、大の大人二人がトラックの荷台を開き外に連れだそうとするのに抵抗する。まさに必死の抵抗であり、声をあげ足を踏ん張るが、するようにして連れだされたかと思うと後ろ足を一人、鼻輪からの鉄棒を一人と宙ぶらりんに持ち上げられた。
養豚場のすぐ裏につれていかれる。水道菅からつながれたホースからは止めどない水が流れている。プロパンガスとそこにつながっているのはバーナー。錆び付いた大きな釜には炭によって湯がぐらぐらと沸いている。先にあるのは小さな小川なのか水の音がする。バケツやシャベルなどが無造作に置かれ、子豚が放たれたスペースは狭くなり凪の厨房くらいだろう。真っ昼間にも関わらず生い茂る草木に囲まれたその小屋は薄暗く、じめじめと暑い。
子豚はもう鳴かない。きっと諦めたのか、腹をきめたのだろう。すっと真っ直ぐに座り、首をつんと突きあげている。目は物憂げに悲しく映る。後ろにある豚小屋の沢山の豚たちの鳴き声も消え、音は釜の炭火、ホースからの水、そしてハエ。豚たちは仲間のと刹を前に背を向ける。
釜の上で熱くした出刃包丁をとりあげる。
そして子豚の首の下、少し左側に包丁を当て標準を合わせたかと思った瞬間にスッと一突き。
きっと頸動脈だろう。血は水に混じり朱色になってじわじわと流れ出る。
子豚は足をバタバタとして懸命に踏ん張る。アップアップした顔にホースからの水がじゃぶじゃぶとかけられる。鳴き声をとめているのか、溺死をさせようというのか、、
一分か三分か五分か、それは時間が止まったように目を釘付けにし、必死に足に力を入れて、それでも倒れ、立ち上がり…三度目ほど繰り返して力尽きた。
係りの人の手は止まらず、何度も釜からのお湯をかけて、子豚の毛を剃っていく。最後はバーナーで焼いて綺麗に毛を剃る。
腹に刃を入れると、デロンとしていた内蔵が出る。内蔵は動くシステムであり、これの脱け殻は肉と皮だけでかわいいものだ。内蔵こそが生体を思わされる。手を突っ込み、慣れた手つきでお腹の中のすべてを放り出して、子豚をホースで洗い出す。お腹から、鼻から、口から水を強くあてて洗っていく。
内蔵は肺、心臓、肝臓、小腸、大腸…胃は大きく、刃を入れるとはちきれんばかりの飼料が溢れる…血はすぐに固まり、これがソーセージなんかになっていくのだなぁと見てしまう。
夕方に下処理をして鉄の棒を挿して、じっくりとじっくりと丸焼きへ。
豚舌やハツはスープに、レバーは地野菜とともに炒める。ニガラのお浸し、なんたら豆腐、エバという小魚の唐揚げ、パイナップル、すももをみんなで作りいただく。残った骨は宿泊施設の方がラーメンにするという。残ったお肉は塩漬けして、凪へ送る。ごちそうさまでした。
あの時あの鳴き声が日本語だったなら何と言っていたのだろうか。哺乳類であり、大きな生物だから目を離したくなるが、僕らは無造作に魚も捌き虫をころしていく。
そこにはブランドもブロイラーも国産も外国産もない。人も動物も食べないと生きていけない。食べることに必死なはず。でも食べることに不自由がなくなると、慈しみがなくなり、そこに権威やブランドなんかが産まれていくのだろう。
宿泊施設の方が、動物を殺した経験をもつ人は人を殺したりはできないはずと言っていた。
食べなければ生きていけない状態を越えると、それ以上の価値を食に期待していくのでしょうか。あの時の僕らは、子豚をあますことなく、食べることに向き合っていたとおもう。
ラーメン屋をやるに、業者さんに肉が小さいよとか質が悪いよとか、少し匂いが悪いだけで捨ててしまうなんてできなくなってしまう強烈な出来事だった。
この先も食やラーメンに関わっていくに、この経験と自覚がもっているのは大きく、又もっと真剣に考えていこうと言いたくもなる。
さらに農協のような巨大組織があって供給がうまくいったりするのてしょうが、だから工業生産のように錯覚してしまうのではないでしょうか。逆に自然に伸び伸び育てるものが非効率で価格もあがりルートも見つかりにくく、安く大量に流れる畜産では生き物を扱っているという心が希薄になっていく…。希薄な上に生物よりはモノとして扱われ、だからお金を産むものとしてブランド豚があり、偽称があり改ざんがある。
んとブランドなんかは本当に良い育て方、美味しいものを目指している方が大多数であることを信じたいところであり、語弊がありましたらすみません
萬幻豚のもみてみたい、そんな話を車中にした
ガンジーでカレーして、
四ッ谷のおかげさんが見つからない…そんな夜に携帯でがんばって書きました
ながくてすみません
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この記事へのコメント
1. Posted by ジン 2008年07月05日 00:23
いただきまーす!
なんて、普段気軽に言っている言葉の根底には実はとても奥深いものがあると。
食べ物を頂くということは、命を頂くことだと言う再認識をさせられます。
でも、とびっきりの美味いものを食べた時にはただ、ただ、Happy!に成りたかったのさー。と。
一つの命を口から食している。
忘れてはいけないことですねー。
なんて、普段気軽に言っている言葉の根底には実はとても奥深いものがあると。
食べ物を頂くということは、命を頂くことだと言う再認識をさせられます。
でも、とびっきりの美味いものを食べた時にはただ、ただ、Happy!に成りたかったのさー。と。
一つの命を口から食している。
忘れてはいけないことですねー。
2. Posted by あー 2008年07月05日 02:01
ジンさん、おひさしぶりっす^^
そーなんですよねー。いろいろ考えさせられる時間を持ててよかったです。
うちのスタッフは皆痛みを感じいっていたので、生き物としての勉強をしっかりできたように思います。
そして数時間後の子豚ちゃんの香りからは皆一同にヨダレをたらしているのが、これまた生き物なんだなっと思いました^^
奇麗事だけでは生きていけないものですが、知っているとちょっと人が優しくなれたり豊かになれるものですね。
そーなんですよねー。いろいろ考えさせられる時間を持ててよかったです。
うちのスタッフは皆痛みを感じいっていたので、生き物としての勉強をしっかりできたように思います。
そして数時間後の子豚ちゃんの香りからは皆一同にヨダレをたらしているのが、これまた生き物なんだなっと思いました^^
奇麗事だけでは生きていけないものですが、知っているとちょっと人が優しくなれたり豊かになれるものですね。
3. Posted by じゅん 2008年07月06日 02:36
はじめまして。
いつも拝見させて頂いています。
今回の文章は今更ながらに衝撃的で、いかに普段自分が何も考えないで目の前にあるものを食べているかに気づかされました。
本当にありがとうございました。
明日の朝食から見直していきたいと思います。
まだ、渋谷店さんには伺ったことはないのですが、近いうちに行けたら良いなと思います。
いつも拝見させて頂いています。
今回の文章は今更ながらに衝撃的で、いかに普段自分が何も考えないで目の前にあるものを食べているかに気づかされました。
本当にありがとうございました。
明日の朝食から見直していきたいと思います。
まだ、渋谷店さんには伺ったことはないのですが、近いうちに行けたら良いなと思います。
4. Posted by あいうえお 2008年07月07日 08:15
やっぱりそうだよね。
食材は尊い命の上に成り立っている訳で
植物だって、動物だって、それのお命を頂戴
しているんですよね。
なので、ベジタリアではありません僕は!
食材は尊い命の上に成り立っている訳で
植物だって、動物だって、それのお命を頂戴
しているんですよね。
なので、ベジタリアではありません僕は!
5. Posted by あー 2008年07月07日 10:22
じゅんさん、はじめまして&いつもありがとうございます。僕にも衝撃的でした。あまりストイックになることもないとおもいますが、それでもいつも片隅に覚えておきたいとも思いました。人間、忘れてしまう生き物ですからね。
マスター、どもっす♪
僕は小学生時代に菜食主義的な時期がありました。今はお肉大好き人間ですが、思うに、ひとつの食を考える大きな体験だったのかも知れません。
食べるものを大切に、だから楽しく食べていきたいものです。
マスター、どもっす♪
僕は小学生時代に菜食主義的な時期がありました。今はお肉大好き人間ですが、思うに、ひとつの食を考える大きな体験だったのかも知れません。
食べるものを大切に、だから楽しく食べていきたいものです。