2007年05月

2007年05月02日

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1924年、ハンガリーのブタペスト生まれ。
ディレクター、脚本家、プロデューサー、アニメーターとして生き、制作し、1977年にパリで生涯を終えた。
1960年代には、ORTFの開発部門で働いた。コンピュータ・アニメーションのパイオニアとして知られる。
カナダ国立映画制作庁NFBで、カナダ国家研究評議会の協力を得て、アニメーションにコンピュータを利用する先駆けとなった『METADATA (メタデータ)』を制作する。
NFBでの第2作『Hunger(餓鬼)』は、1974年のカンヌ映画祭で短編部門の審査員賞を受賞した。
代表作には、『JE. TU. ELLES. / I. YOU. THEY. (1969』、『ENVISAGE (1977)』がある。短編アニメーション『R醇Sve』と『Visage』が遺作となる。


『Metadata』
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メタデータ(Metadata)
【制作年】1971年 【尺】8分30秒 【技法】コンピュータグラフィックス
【スタッフクレジット】監督:ピーター・フォルデス(Peter Foldes、ハンガリー出身)、アニメーション:Nestor Burtnyk、Marceli Wein、音楽:Maurice Blackburn、Alain Clavier、プロデューサー:Pierre Moretti 
【あらすじ】フォルデスは本作で、コンピュータをアニメーションに用い、アニメーション・アートの新しい方向性を示した。カナダ国家研究評議会(NRCC)のコンピュータでアニメーション制作の大半がおこなわれ、何百もの動きのデータが保存され、流動的な動きの生成やエフェクトの開発に活用された。現代のCG制作ワークフローの原型を作った。コンピュータがなければ、一つ一つの動きやインプレッションを手で描く、気の遠くなる作業をせねばならなっただろう。生命の要件から逃避しようとする、人間の欲を本作で描いたフォルデスは、この次回作『餓鬼(Hunger)』でコンピュータアニメーションとして世界初のオスカーにノミネートされるが、惜しくも1977年、55歳で世を去った。

視聴『Metadata

Filmography: (*印 NFB製作)
1952年
  o Animated genesis…短編実写
1964年
  o Un App醇Ptit d'oiseau…短編実写
1965年
  o Dim Dam Dom…TVシリーズ
1968年
  o La Belle c醇Pr醇Pbrale…短編実写
1969年
  o Je. Tu. Elles
1971年
  o Metadata…短編アニメーション *
1971年
  o Narcissus…短編アニメーション
1974年
  o La Faim…短編アニメーション *
1977年
  o R醇Sve…短編アニメーション
1977年
  o Visage…短編アニメーション


カートゥーン:アニメーション100年史」(Giannalberto Bendazzi著、権藤俊司訳)
ハンガリー出身のペーテル(ピーター)・フォルデス Peter Foldesがデビューしたのもイギリスだった。フォルデス(1924〜)は1946年にイギリスに移住し、1952年に英国映画協会 BFI (British Film Institute) の資金援助を受けて最初のフィルムを制作した。『アニメーテッド・ジェネシス』Animated Genesisと題されたこの映画は、地球上に生きる人命をテーマに、独創的なスタイルを持った刺激的フィルムである。『ショート・ヴィジョン(閃光)』Short Vision(1955)では同じテーマを掘り下げ、核爆発の崖っぷちに立たされている人類を一瞥している。フォルデスは1956年にフランスに移住し、しばらくの間絵画に専念した。彼の最大の武器は華麗なグラフィックスタイルであり、それは最初期の作品でも存分に発揮されている。
 │ clip! (02:44)

Bretislav photo
1923年、チェコのボヘミア南部のスシツェ生まれ。
Pragfilm Studioでアニメーションを習得する。
第二次世界大戦末期、チェコ人形アニメーションの巨匠イージ・トルンカと共に創立メンバーとして人形アニメーションスタジオの創設に参画する。以後、トルンカの初期の作品がこのスタジオから誕生する。ポヤルはトルンカの友人でもあり、その作品に欠かせないアニメーターとして活躍しつつ、脚本や演出法を学ぶ。
ポヤルの監督デビュー作『Pernikova chaloupka(魔法の森のお菓子の家)』(1951年)ではトルンカが美術・人形造形を担当した。
彼の手法は半立体や切り絵のアニメーション、ドキュメンタリー、長編映画など、人形アニメーションに留まらず、世界的な映画祭で数々の賞を受ける(ロカノ、カンヌ、アヌシー、シカゴ、ベルリン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ザグレブ、バルセロナ、ブエノスアイレスなど)。
1969年に、NFBの招きでカナダに渡り、『Psychocratie』を制作する。その後も、1972年に『Balablok(バラブロック)』、1981年にFrancine Desbienと共同監督で『E』、1986年にJacques Drouin(ジャック・ドゥルーアン)と共同監督でピンスクリーン技法と人形アニメを合体させた『Nightangel(ナイトエンジェル)』(NFB/Kratky共同製作)を発表する。
イタリアやインドでも制作に携わる。トルンカ亡き後、チェコ・アニメーションを代表し、創作活動も衰えることなく、後進の指導にも力を注ぐ。1997年にはNFB製作で『Narkoblues』を発表した。
日本では、『ぼくらと遊ぼう』シリーズの監督として有名である。

Wikipedia

『バラブロック』
Balablock picture1Balablock picture2







バラブロック(Balablok)
【制作年】1972年 【尺】7分27秒 【技法】手書きアニメーション(セル、切り絵)
【スタッフクレジット】監督:ブジェチスラフ・ポヤル(Bretislav Pojar、チェコスロバキア出身)、脚本:ブジェチスラフ・ポヤル、アニメーション:ブジェチスラフ・ポヤル、撮影:Pierre Provost、音響:Roger Lamoureux、音楽:Maurice Blackburn、プロデューサー:Rene Jodoin 
【受賞】カンヌ映画祭の短編最優秀賞、受賞・入賞多数 
【あらすじ】人気シリーズ「ぼくらと遊ぼう!」の作家として知られるポヤルがNFBに招かれて監督した一作。理性より暴力で問題を解決しようとする人間の性向を突く、風刺コメディ。闘争のアリーナは、敵対者を代表する多面体と球体が同じ外形になることで、戦いの勢いが殺がれる。なぜ闘うのか、闘争の後に残るものはなにか・・・人間の本性を描くパロディは、最後までその蛮行を突く。シンプルでキュートなキャラクター造形と、アニメーションという手法を用いて、ブラックなテーマを扱うのは、旧東欧圏の作家の特色を表すのであろうか。その対称性もおもしろい。

視聴『Balablok


Filmography: (*印 NFB製作)
1951年
  o 魔法の森のお菓子の家
1953年
  o 飲みすぎた一杯
1955年
  o 探偵シュペイブル
1957年
  o 小さな洋傘(おもちゃのサーカス)
1959年
  o ライオンと歌
  o 爆弾マニア
1960年
  o 真夜中のできごと
  o 猫の言葉
1961年
  o 八つ当たり
1962年
  o 雄弁家
1963年
  o ロマンス
1964年
  o 理想
1965年〜1973年
  o 僕らと遊ぼう!
1968年
  o 小さな道化師
1969年
  o 見えるか見えないか(To See or Not to See)*
  o ミミズが思いもしなかったこと
1973年
  o バラブロック(Balablok)*
1974年
  o りんごの木のお姫様
1974年〜1976年
  o ふしぎな庭
1977年〜1979年
  o ダーシェニュカ
1979年
  o 犬を飼う理由
  o ブーム!
1981年
  o もしも…
1982年
  o E *
1986年
  o ナイトエンジェル(Nightangel)*
1990年
  o フライング・スニーカー
1995年
  o Why? *
1994年
  o Mouseology *
1997年
  o Narkoblues *

 │ clip! (02:22)