屏風と靴

短歌 、たまに脱線、思うこと。

            生田亜々子

近藤寿美子「桜蘂」(短歌研究社 2019年)

美しい装丁。本物の桜の花のように、そのものはピンクピンクしていないのに全体としては匂い立つような桜色をまとっている。

一読してすぐ感じたのは、言葉の密度と奥行きのこと。
スポンジケーキと比してのパウンドケーキのような質量、密度。
しっかりと重さを持った言葉が歌をなしている、とも思った。
以下、気になった/好きだと思った歌を。

伝言がすこし歪んでゆくやうに今日のわたしはどこかが違ふ

忘れゆくこと易からず六輛のうち二輛が切り離されても

舌足らずな言葉のやうに栞紐のみじかく垂れてゐる昼下がり

交信をしてゐるやうだ 木犀のアステリスクが地に降り始め

誰よりもとほく遥かな衛星が先にわたしを見つけるのでせう

選ばれて降るにはあらず海岸の砂に積もる雪海に消ゆる雪

人の手がかたちをなせば人の手の恋ほしくあらむ夜の陶器撫づ

わたくしは何も変はらぬわたくしで臓器ひとつを取り出されても

ミシン目をそつと切り取るやうにしてきのふのわれをしづかに放す


端正な歌ばかりだ。
どの時もその時なりにひたむきに生きてきた姿が感じられる。
つらい時も、その後のおだやかな日々もどれも自分自身のものとし、しっかりと見つめて詠まれた歌は読み手のこちらにもじわりと響いてくる。
また子育て後期世代として、懐かしく思い起こせたり、共感できる歌も多かった。
一つの属性についてばかりではなく詠われ、観念に傾きすぎず、現実的すぎず、全体のバランスの良い歌集だった。

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松村由利子「光のアラベスク」(砂子屋書房 2019年)

いろいろと掴まれた。
というのもなんだろう、私の子供の頃の萌えが詰まっているのだ。
笛吹き、ドードー、パレアナ、アン、アルゼンチンまで三千里、ジョバンニ、エラリー・クイーン…本書の歌の中に散見する言葉は乱読を重ねた私の子供時代に読んだ世界や、見聞きしたものを思い起こさせるものばかりだった。本を読むと溺れ、爛れるので家族には良い顔をされないため、書庫の隅に隠れて読んでいたあの頃。本の中の非日常に浸りきった、あの甘やかな気分が立ち上がった。
また薄紙に包まれた本の姿にも、萌えた。
特別な本の姿である。アラベスク模様が薄紙の下に透けて、なんとも言えない。それは懐かしさとともに今の時代にあっては逆に新しさを感じた。
勝手に自分の萌えポイントで萌えに萌えてしまっているが、歌を引く。

笛吹きの笛の音がもう聞こえない(モスキート音?)暮れゆく世界

夢に会う人の唇やわらかく実らぬものの何と酸っぱい

宇宙ステーションひねもす地球周回すかなしき常同行動として

小鳥来てそっと告げたりあなたしか渡れぬ橋が今宵架かると

いつどこで始まるかもう分からない戦争の新しき顔のぺかぺか

書かぬこと詠わぬことは穴となりわが身冷たく風の吹き過ぐ

秋のまなこ乱反射せり浮島のいくつか風にふるふると揺れ

水とお菓子そして薬も売っているドラッグストア変に明るい

夢の翼あまた燃やせばこんなにも明るいぼくらの洞窟暮らし

三千年ぽっちの眠りより覚めて山噴火せり山豊かなり

からだどんどん古びてほつれゆく秋よ水の記憶は深くなるのみ

耕すほど土痩せてゆく営々と人は過ちばかり重ねて

作品は普遍的な言葉を持って編まれており、共感をもって読み進めることが出来た。先出の、私が萌えた海外文学や音楽が言葉として現れるからか、独特の雰囲気を生んでいるとも感じた。また作者はジャーナリストでもあるから、やはり取り巻く情勢や私たちの言葉の自由に敏感でもある。
そして同時に歌人であるのだ。

書かぬこと詠わぬことは穴となりわが身冷たく風の吹き過ぐ

この一首が作者の歌人としての心情を述べているのでは、と思った。

私の参加しております虹短歌会の、「虹32号」が発行されました。

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前号から表紙が熊本在住の画家、上野豊さんの作品になりました。
これは武蔵塚駅の往年の姿。
当時を知る者にとって懐かしい風景です。

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私は毎号作品と、時評的評論を担当しております。
時評的評論では毎号、私が歌について短歌の周りにあることについて、言いたいことを書かせてもらってます。
今回は歴史的仮名遣いについて書きました。
是非ではなくて、私の目から見える印象と現状とこの先の予測とを。
虹の読者のみなさんを中心読者として書いてます。

虹32号を読んでみたいと思われる方は私までご連絡下さい。

2019/08/01 Tue
8月。
今月はいつもの月初めとは違う。
先月末、実祖母が経口摂取できなくなったと連絡が来た。
これはゆるやかに、誰もが想像しうる方向に進むということ。
覚悟しなくてはいけない。
実祖母は母方の祖母だ。
かなりの毒祖母で、理不尽な仕打ちも受けた。
だから、私はこの人の話をする時、よほどの言葉を選ぶ場でなければババアと言っている。
しかし両親のいない私がなんとか生きられたのはこの人と祖父あってのことだ。
それでも、世話をしている親戚から「あなたのことが一番好きだったからお見舞いに行ってあげて」と言われて複雑な気分になる。
他人からはそう見えるのか。
複雑な気分になりつつも、連絡からすぐに家族で見舞いに行った。
家族のことはわからず、私だけがわかったらしい。
私の気分は置いておいて、当然な気持ちとして出来ることはしたいと思う。
晴れていて明るい8月。けれど、軽い気持ちにはなれない。
その時にご迷惑をかけないように、原稿をすすめなければ。

2019/08/09 Sat
長崎原爆の日。
子供の頃、この日が嫌いだった。
私の育った地域は長崎との結びつきが深く、体験者も多い。
そのせいかこの日は花を一輪持って登校して平和教育を受けることとなっていた。
はだしのゲンやピカドン、東京大空襲などの映画を必ず見せられた。
思慮など無い子供のこと、こわくておそろしくてひたすら帰りたかった。
1時間ずっと、目をつぶっていた年もある。
その後の校長先生の話もこわい。
ある年、花火大会の翌日だった時は「みなさんは昨日花火を見ましたか?花火のヒューって音は、爆弾が落ちるときの音と同じです」という話し始めは今も覚えている。毎年がトラウマレベルの登校日だった。
この強制平和教育が正しいと思わないけれど、あれがあるから知ることが出来たのは事実。
ここ数年は毎年、この時期は戦争の体験談や記録を読むようにしている。
歳とともに感じ方が変わってきたが、一般市民は逃げられない。それなのにひどい目に合う。だからこんなものが飛んでこないようにしないといけないと思う。


2019/08/11 Mon
長い文章を送稿。この夏最もがんばったかもしれない。
まずこれで、一安心。
いつも思うのだけど、書いている間はつらいつらいと思いつつ、私はそのつらさがかなり好きだ。
なんなのだろう。つらくて楽しいなんて。

2019/08/12 Tue
息子1の部活も盆休みになったので、遠出することとした。
場所は以前からゆかねばならぬところとして挙げていた田川市。
チロルチョコの本社工場があり、アウトレットショップがあるのだ。
まだ高速も激混みの一歩手前で快適なドライブ。
お昼はやはり田川に本店があるラーメン屋へ行き、家族全員替え玉。
アウトレットはタイミングが悪かった。
工場がお盆で操業を止めているのだから当然アウトレット製品もあまり無い。
もっと涼しい時期に再アタック予定。

2019/08/15 Thu
終戦の日。
私の実祖母は、軍の中枢で働いていた。あの時代に仕事へは白ブラウス・タイトスカート・ハイヒールで行っていたという。解読された機密の電文をタイプして文書にしていく仕事だった。
本当の戦況も全て知っていたという。
体調を崩してクループ性肺炎となって入院し、その状態で東京大空襲も経験し、20年の春先に身内に故郷へ連れ戻されるまで、東京にいた。
故郷で迎えた終戦の日は晴れていたという。玉音放送を聞いて、あーあ、と思いながら下駄を鳴らして帰ったらしい。
その祖母は戦争について、同世代の人々のように「してはいけない」とは一度も言わなかったが、「したら終いだ」と言っていた。
なぜそうだったのかはわからないから、そこは触れようがない。
祖母はその後、たがが外れたような数年を送った。
良くしてくれた将校はみな戦死し、彼氏は学徒出陣で戦死、敗戦後は上司はみんな戦犯。自分も関係者だ。真面目に働いていた二十歳の女の子が、道を踏み外す理由として余りある。
祖母がいるから実母があって私がある。これが私に直結する戦争の話だ。
下駄で、つまらなそうに歩く女の子の姿を思いながら、毎年この日を過ごしている。
いつか、祖母のそのころのことを文字にしたいと思う。
今年は珍しく天気が悪かった。

2019/08/16 Fri
来月頭に面白い演奏でステージに乗る。
その奏者との合わせのため、音を出しておこうと楽器を取り出したら、
開くべきところが開かない。
この手の恥ずかしいアクシデントは学生時代でおしまいと思っていたのに。
息子をしてもオットをしても開かないので諦める。
演奏には支障がないものの、故障は故障。
これが数日前でないのが悔やまれる。
私の楽器は福岡の楽器店でしか調整できず…数日前だったら修理に出しに行けたから、気分は悪い。
しょうがないので秋になったら子の楽器を探しに行くついでに出しに行くこととする。
晩飯は帰りにセブンイレブンで調達。
演奏が入ると食が乱れるので気を引き締めていかねば。

2019/08/21 Wed
結局昨日出来なかったのでまたしても早起きして、1つ仕上げて送稿。
俳句の結社のほう。いつも遅れてしまって申し訳ない。
これで直近の〆切はすべて終了。
丸1ヶ月、こういうことをしてきてわかったのは、なぜどの原稿も出来たのかわからないということ。
一日2時間もせず、しかも毎日は出来ないのになぜ出来たのだろう。これは今年の夏の発見。
息子1は部活に行き、オットと息子2は映画に行ったので掃除と洗濯を、
全て終えた後のアイスを心の支えにしてこなす。
誰も家にいないだけで、家事ははかどった。
外から家に入る時、見上げると雲がなんとなく秋の顔をしている。
これから数日で夏らしいことをしようとしていたのに、秋か。
などと秋の季語を使って作句しつつ思う。
午後は子の自由研究の実験を見ていた。今年はオットが手伝っているので見るのみ。
夕方、お遣いものを買いに行くついでに子らの髪を切りに行き、晩ごはんは丸亀製麺に行く。
たまに行くと美味しい。私はいつも釜揚げうどん一択。

2019/08/24 Sat
実母ケーコの祥月命日。
亡くなったのは34年前だ。
昔も今も、感慨はあまり変わらない。薄い、自分から遠い。
ちゃんとわかりあえるほど一緒にいなかったし、早くに私の実父と離婚し、出戻った母の子であるから、身内からも他人からも訳ありの存在として扱われていた私である。
しかし自分が母になって、子にこんな風に思われたらたまったもんじゃないな、と思うようになった。
もしかして何か、実母なりの思いがあっても私が幼くて気づけていなかったのかも、と思うようにもなったので、せめて、忘れないようにはしている。
今年も子らに、ケーコ婆の死んだ日だとコールしておいた。
今年の夏には調子狂う。
毎年必ず快晴の私の誕生日が曇り、毎年晴れてとても暑い実母の命日も雨で涼しい。
晩ごはんはオットの音楽仲間が大阪の百貨店から送ってくれたイカ焼きと鳥と根菜の旨煮、白ごはん。

2019/08/26 Mon
子ら新学期。
望んでなどいなかった元号替わりの十連休に夏を食われた。
短いのに宿題はいつもと同じ分量あって気を揉んだ。
もう一週間あったら夏を満喫できた、というのは多分間違った認識なので置いとくとしても、あと一回ぐらい夏らしいことをしたかった。
そう言いつつも終わったものは終わったもの、いち早く通常運転に戻すため掃除洗濯買物などに勤しむ。
昼前にバイパス沿いの斎場に出ていた葬儀の看板の名前が、熊本の歌人のある方なのだけど一文字違う。本人か別人か考えつつ、そうして見て考えてしまったのも縁なので手を合わせて通り過ぎた。
晩ごはんにさつまいものカレーと梨。一日中ぐずついた天気で肌寒かったので秋先取りのメニューが妙にしっくりときた。
食後、仮面ライダーチェイスのVシネマを見ていたら、中山さんから電話。
昼間見た看板はやはりそういうことで、知られている名前は筆名らしいとのこと。一昨日亡くなられた、とも。こういうことは順番、私も時間に乗って同じように動いていると認識してはいるけれど、自分の周りだけがどんどん変わっていくような錯覚がある。

2019/08/31 Sat
翌日、演奏が入っているので、夜は前日舞台チェックへ行く。
オットも本番は出るけれど、息子1の演奏会の係の話し合いがかぶったためそちらへ。
今回は民謡と。長く楽器を吹いてきたけれど、こんなコラボは初めて。
子ら2人、園や学校の運動会で何度も踊った曲なので、歌詞も覚えているし、感慨深い。
案外早く終わったので、楽器は県劇に置いて、道挟んで向かいのショッピングセンターで朝食の材料を買って帰宅。

この夏の掲載情報です。
しばらく春から初夏、私は燃え尽きて死んでいたという認識でいたのですが、よく考えたら色々やっていましたので、お知らせを。

梁96号に評論「変身の刻〜石牟礼道子の短歌研究五十首」を発表しました。

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私は熊本にたくさん、全国にたくさんいる石牟礼道子崇拝者ではありません。
本作中でも述べていますが、私の感覚に響く、好きなものとして読んできました。
石牟礼作品については沢山の人が書いているので、今更私が書く必要も感じてはいなかったのですが、世に出るきっかけとなった短歌研究五十首(現在の短歌研究新人賞の前身の賞)についてはあまり書かれておらず、ほとんど出会え無いことに気づきました。
必然として短歌を断ち切り、その名を知らしめた後の活動につながっていく石牟礼の作品とはどのような内容だったのか。興味を持ち、調べていった結果の論です。




続いて、現代短歌9月号、特集「文明か佐太郎か」に寄稿しました。

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正直なところ、私にとっては選べない、どちらも特別な位置に置いておきたいものなのですが、「二つの巨星」というタイトルで究極の選択を書かせていただきました。



そして、『歌人のふんどし2019』に参加しました。
田中ましろさんによる、自分が出したタイトルで誰かが連作を詠んでくれる、という企画です。
タイトルはシャッフルされ、誰に行くのか誰のものが来るのかわからない、けっこうドキドキありのお祭りです。
ここ数年参加させていただいてますが、今年は佳丘一穗さんの提供タイトル『いっぴき残らず逃げてしまった』で連作を編んでます。
すでに詩情たっぷりのタイトルに引っ張られ、導かれるように作りました。
このコンテンツにつきましてはサイトからPDFで読めますので、
「歌人のふんどし2019」で検索なさってみて下さい。
たくさんの方の力作揃いです。



以上、読んでみていただけましたら。

2019/07/01 Mon
雨は小康。
ここしばらくの尋常じゃない降りっぷりのせいで普通の降りだと全然雨が降ってないように感じる。気がかりも落ち着き、家族皆が行くべきところへ散ったので私は私のことを。
ひたすら資料の歌集を読む。興味のないものには理性で規制をかけても興味が向かない体質ゆえ、読めているのかわからず、読めた気がしないながらも。
それとは別の書こうと思っているものの資料について、問い合わせ先から返事が返ってきた。
あるにはあるが全くまとまっていないとの話。
先行する論を踏まえつつ、利用できるところは利用したいという下心が大いにあったけれど、そんなものはないということ。
先方は来れば見せてくださるとのことなので、ラッキーではある。やるしか無い。
まあ、無いということは、誰もやっていないということだからそれはそれでいいや、と思いつつ道は長い。
晩飯は豚肉とピーマンの炒めものとスパゲティーサラダ、味噌汁(熊本県産麦みそ/キャベツと人参、わかめ、南関揚げ、豆腐)、ごはん。
今日は夜がご飯タイム。

2019/07/02 Tue
午前中、雨の間を縫って、スーパー(異常な値下げ率の特売日につき開店直後に行かざるを得ない)、コインランドリー(溜めこんだ洗濯物の乾燥)、ドラッグストア(朝だけ異常な安値で売られるメロン目当て)、コンビニ(ネットプリント出力)をうまく組み合わせて全て完遂して1時間で帰宅した。
帰宅したら雨が結構な勢いで降り出して、勝った気分。
昨日来た、失礼かつ意味不明な封書について考える。
礼を尽くしても失礼な相手とは、正面から組み合わなくていいかな、もうどうでもいいな、と思う。
数年越しで感じ悪い態度を事あるごとに見せされて、静観してきたけど私によろしくない相手に気分と時間を奪われるのはゴメンなので、これでおしまい。
先出の1時間でカタをつけた用事の後は、引き続きで資料読み。
晩飯は唐揚。1圈
気分を上げるため、朝から唐揚げ宣言をしていて、実行。
ほかに冷奴と野菜をたくさん入れた洋風スープ。ごはん。

2019/07/08 Mon
締切を抱えている書き物の、方向性が決まって一安心。
それと同時に論を書くときの自分の拠り所や目標が見え、定まった。
良い下着をつけたような心地。

こんな新しい感覚を得たというのに、息子1の学校からの電話で気分一変。
ハンバーグと味噌汁、きゅうりの漬物という昭和の晩飯もそれどころではなくなる。
人様に迷惑をかける類の問題じゃないけれど、ゆゆしき事態。
そこから派生する諸問題により一時阿鼻叫喚の様相を呈すも、事態そのものの解決のため、深夜まで課題をこなす息子1に付き合って夜更かし。
ジェットコースターのような一日。
私が遊園地のジェットコースターは好きではないことは記しておく。

2019/07/某日
誕生日。日記なので記す。
生物学上の両親に産ましめられ、赤子のうちにいなくてもいい子供となった私としては、全くもってこの日は屈託しか無い。
その私の屈託ある日に対して、屈託なくおめでとうと言ってくれる人に対する戸惑いと、戸惑いを持ってしまうことへの申し訳無さから誕生日非公表で長く生きてきた。
そんな私の誕生日はこれまで、私のいるところは必ず晴れてひどく暑かった。
今年もそうなると踏んでいたら、48年目にして雨。
それにしても、頭痛とだるさがひどいが誕生日ということで食事へ。
前日の息子1のやらかしは挽回されそうな気配でホッとする。
中学生になればなったでいろいろだ。
晩飯は手羽中のスパイス焼き、冷奴、中華卵スープ、ゴーヤのサラダ、ごはん。
私は昼にご飯を食べたので夜は抜き。

2019/07/19 Fri
次の書き物の資料閲覧に県立図書館へ。
子らの学校、どちらも1学期の終業式で息子2は午後2時半には下校予定なので、
それまでに帰宅したいので、もう必死。
そもそもとても量が多いことはわかっていたので、昼飯は飛ばして、心して取り組む。
なんとか必要なことは得て帰宅出来た。
それにしても明日から夏休みで8月中に2学期が始まるのはちょっと、つらい。

2019/07/20 Sat
本日から子の夏休み。
それだけでもなかなか気が重いのに、どうやら息子1は毎日部活で弁当がいる。
そしてお仕事の他に夏休み中だけで7つ〆切。
先月までの燃え尽きのせいで自分の首をだいぶ絞めてしまった。
うちわけは長い文章1、短い文章3、短歌3で、これを私はいつ書くのかという問題がある。
去年までは夏休み中、子らは9時前ぐらいに起きてくるので、
5時に起きれば出勤するオットの朝ごはんと送り出し以外の時間、自分のことに充てられた。
が、今年は弁当を5時台後半に作らないと間に合わず、かといってもっと起床時間を早くすることも出来ず。
昼間やる、なんていうのはそりゃ出来たお子さんのいるおうちのお話で、家にいる間も何をしでかすかわからん、ちょっと目を離すと何時間でもゲームしている奴らなので、全くありえない。もう幼児期と変わらず気が抜けないのが我が家の夏休みなので、頭が痛く、チャレンジングな日々になりそうな予感。
早速昼飯からつまづきそうになってあぶなかったが、そうめんと肉野菜炒めで乗り切る。
そもそも普段の私は朝昼は適当。忙しければ昼はキッチンに立ったままゆで卵食べて終わりなので一日に何度もご飯を作らなくてはいけないのはつらい。
私にとって料理は気分転換にならず、こういう気分転換は無くてよろしい。
家事全般なんでも、ちゃんと暮らすためにやるけれど、なかなかハード。

2019/07/21 Sun
家族皆休みで遅起きらしいので、今日ぐらいはゆっくり寝て7時に起きて一仕事しようと思っていたら、6時に目が覚める。というのもクマゼミがうちの玄関ドアにしがみついて鳴いているらしい。うるさくて目が覚めたのだ。気づいてしまったらもう気になって寝られやしない。
着替えて、家族を起こさないように出て追い払おうとしたら気配を察したのか、玄関に下りたところで逃げられた。
結局そのまま起きて、書き物。セミってやつは。

2019/07/22 Mon
5時起き。書き物。
早く起きて気づいたのは、うちのあたりのセミは動き出しが遅い。
木が多い公園とかでは5時半には鳴き出しているが、うちのあたりは6時頃。
部活に行く息子1に驚いてか、玄関脇の木からセミが飛び出してきて息子に当たり、道路に転がる。そっとそれを越そうとしたのに絶妙なタイミングで飛び立つ。
セミアタック恐るべし。
息子は虫が苦手なので災難だし、悪いなと思いつつもおもしろい図だった。
午後、書き上げて寝かせていたものを1つ送稿する。
軽い原稿ではなかったけど、得られたものが大きくてありがたいものだった。

2019/07/23 Tue
息子1、前日のセミアタックにびびり、玄関で「セミ、また来たらどうしよう」と私に言うとドアの外から「ミン」とセミが返事。うそみたい。息子はこのせいで全く出られなくなってしまったので、先に私が出るも、何も起こらず。
安心して息子が出るとまたしてもセミアタック。アブラゼミだった。
嘘みたい。本人に悪いけどやっぱりおもしろい。

2019/7/25 Thu
息子1、部活の大会へ。
1年生につきステージには上がらないので私は見に行かず、家で息子2と過ごす。
それでも結果は気になっていたが、金賞で九州大会への選考会には進出したので一安心。
なんだか夕方には疲れ果ててしまって、ゾンビのような動きでごはんと、風呂。

2019/07/31 Wed
3つ送稿。
これまで平日仕事と書き物で5時間ぐらいやって数日かかっていたものが、日数そのままで一日2時間ほどで書き上げている。火事場の馬鹿力、私がおりこうになったのか。
前者だとしたらまた燃え尽きそうでこわいながらも。

息子1たち、代表選考会は落選。
九州大会の日程に予定を入れずに空けといたのだけど、難しいもの。
晩ごはんに冷しゃぶ、と思っていたけれど一手間面倒くさくて、しゃぶしゃぶ。
お湯を酒塩にして、野菜はレタスやキャベツ、オクラなど何でも入れて、
ストックの韓国麺を入れ、さらに残った汁はおじやにして食べ尽くす。

まずはここしばらくのことを。

2ヶ月ほど心身ともに超低調で、難儀しました。
3月末日、自分が書きたかった評論の最終ゲラを返した翌日から、
全てにおいてやる気はわかないし、体が鉛のよう。
持病も悪化傾向で、怪しい天気の海を小舟で漂っている感じ。
それでも息子1が中学入学なので環境を整えようと、大掃除や整理を強行した結果、さらに悪化。ものを書かなくったって生きていけると思うし、なんだったらすっぱりやめてもいい。
と思いつつも、今の状態はつらくて暮らしにくい。
どうしたらいいのか。
何を手がかりにすればいいのか、この状態が何なのかわからないので、ちょうど差し迫った〆切のものがない時期だったこともあってひたすら、丸一ヶ月は片付けものをしていました。
とにかく家の中の、見た目は片付いているけど無駄だらけ。
2年前の賞応募シーズンから…いや、それ以前から、書き物に何もかも突っ込んでいた間に静かに堆積していたものに狭められていたようです。
そして、私自身はとても疲れていたらしい事に気づきました。
人から燃え尽き症候群を指摘されて、調べてみればみるほど私のことで、ああそうか、と納得。強いストレスと無力感が原因、ってあたりで激しく同意。
ここ数年、こうして書いている私は元気なのに、また別の心身がすり減っていた感じ。
もう一つ、はたと気づいたのは体調面。
この4月から子が部活を始めて、ハードな練習生活を支えようとしたら慢性的に私が寝不足に。
というか、書き物の時間確保に1年以上睡眠を削ってきたことを思い出して。
いやまてよ、もっと前からいろいろとあやしかった、落ちている気配はそこここにあった…
いやいや、20代後半に寝る間も惜しんで行動して体調を崩したときと似ている、これは…
ということで、強いストレスなどの根源についても考えて今後の対処を決めて、とにかく寝る時間の確保につとめた結果、わかりやすく浮上してきたのが6月中頃のことです。
人間、寝なきゃだめです。
そして忙しくても自分の楽しみや息抜きは後でまとめて、と考えてはいけないのかも。
もう底は離れて、ほとんど元通り。



* * * * * * * * * * * * * * * * 
6月10日(月)
5時50分起床。
ご飯を炊いておにぎりモーニング。
糖質制限中なので自分は食べない。
家族を送り出し、ごそごそしていたら出かける時間が詰まっていて慌てる。
10時に歯医者で歯のメンテナンス。
4ヶ月に一度、経過観察とがっつりクリーニングしてもらって高濃度のフッ素を染み込ませる。
勧められて半信半疑で始めたこのメンテナンスでとりあえず安心して過ごせている。
いつまでやるかわからないものの、もうしばらくは楽器を続けそうなのでその点でも安心。
フッ素を塗ったあとは2時間絶飲食。
この間、ものすごく荒む。
禁止されるとダメなのは子供の時の悪しき痕跡と思いつつ。

少しずつ、戻ってきているのか、思いついたフレーズを書き留めることを復活。
ものを読む気がしてきた。

6月11日(火)
調子は悪いけれど、買い物に行けたりするので上々。
ものを書く気は全然無い。読む気も全然。
一日片付けをして夕食に鶏と根菜の煮込みを作る。
先に骨付き肉を煮込んでいくのだけど、その工程が今回大成功。澄んだスープが取れた。
夕食中、食べていたら鼻に鶏の軟骨のかけらが入った、と息子2が大騒ぎ。
それが出てこない事を気にして、寝るまで挙動不審で、面白いけどかわいそう。

6月12日(水)
未明の夢見が気持ち悪くて早く起きてしまった。
赤ちゃんの病院で手術終わりを待っている。一緒にいるのは2年ほど前の息子1。
和室で別の家族と相部屋で待っているが、その家族がいい人たちなのに変わっていて大鍋でぜんざいを煮たりする。どこらへんかではたと気づく。私ら誰の手術待ってるんだろう?
そこらへんからあいまいになって目が覚めた、気がする。
ひたすらに暗い病院だった。
家族の朝食に前日の鶏の煮込みのスープで雑炊。
息子2、今度はご飯粒が鼻に入ったと号泣。
数日前にもう小さいときのように泣かないようになった、と感慨に浸ったことを撤回したい。
顔中びしょびしょ。
登校させてから、長らく図書館で借りっぱなしの資料をコピーしにコンビニへ。
15枚目で紙補充サインが出て、なんか気が悪くなったものの店の人に知らせて帰宅。
午後、少し俳句を作る。小さな詩も。


6月18日(火)
体調がすこぶる悪い。
だるくて目が開かない。
呪いの言葉を頭の中で並べつつ一日を過ごす。
夕方、子2のクラスの母仲間と会う。クラスの食事会の計画のため。
学級としてこういうものを企画する時、当たり前だが全て学校とPTAの許可がいる。
この許可を取り開催までの流れがとても煩雑。
PTA執行部からもらった資料を見ても理解できず、
これはまずいな、母仲間から教えてもらおう…と思っていたのが、
母仲間がその面倒な作業は引き受けてくれるという。
それどころか場所の予約もその場で、卒なく、完璧に完了。
実務能力に恐れ入った。
私はWordでご案内のプリントを作成する係で、ものすごく申し訳なく情けなく、ありがたいことになってしまった。
帰宅後、早速プリント作り。
PTAの設定した書式に則って、配布されているNGワードを含まないように作る。
作って気がついたのは、いつも配られるプリントが妙に圧が強いのはタイトルも本文もゴシック体の上、太字になっていること。
こういうテンプレなんだと理解しつつ、フォントの指定はないので軽めに作る。
思い通りに出来て満足。

体調はあまり良くないので子らと早寝しようとしたところで地震。
このことはこの記事で書いたのだけど、案外私に爪痕が残っている事が判明。

6月19日(水)
仕事が入ると仕事が入る。
本業と副業の話。いや、副業と副業かもしれない。私の本業は何か私は知らない。
書き物の方は非常に意欲掻き立てられる依頼。ありがたい。
楽器関連の方は、なぜ私に?と思いつつも受ける。
こういう時の常で、もっと詳しい方をご紹介したのだけど、私に。
私はお安いわけでも、人当たりがいいわけでもないので不思議。
仕事があることは素晴らしい。
上がったり下がったりしていた気分もかなりいい感じで固定してきた。

6月25日(火)
やっと日記を書く気になる。
数日前に息子1が激しいめまいでダウンして、あちこち病院を回ってやっと回復基調に入ったところ。
思春期の自律神経の乱れやら、色んなことを言われたけれどどれもドンピシャとは思えず、かなり気を揉んだ。寺社参りまでした。
小児科で出された漢方薬が効いているとは思えず、再受診して紹介してもらった耳鼻科で徹底的に調べてもらった結果、疲れからなにかに感染して、それが内耳に炎症を起こしてのこととされて、耳鼻科で出された薬を飲んで2日目午後、急回復。
入学以来、生活が大きく変わって疲れが込んでいたらしい。テストはかなり気張っていたし。
子はとりあえず元気でいてくれないと面白くないし、生きた心地がしない。
この一連で私はかなり消耗したものの、次に書く短歌関連の文章のための資料請求のメールや、本の注文などはやっていて、完全にぶっ壊れなかったのは進歩。
晩飯は昆布で漬け込んだという塩サバと蒸し鶏の副産物のスープで作った野菜スープ、もやしのラーメン屋風和え物。

6月26日(水)
息子1がなんとか登校してほっとする。
今日で糖質制限を再開して1ヶ月。この間に2.3kg痩せた。
そもそも熊本地震以来先月までに6kgも増量してしまって、
持病のある股関節にかかる負担が大きくなってしまったので決意。
このままではランを再開できない。
1食は普通に糖質をとるというやり方だし、年齢的なこともあるし、
などと思っていたのにそれでも痩せて驚いた。
夜になって、文フリ福岡の抽選が当たっていてテンションが上がる。
応募が遅くなってしまい懸念していたので嬉しい。
短歌を再開してからこっち、次々と浮かぶ願望に取り組んできて、
未達成のタスクの1つが文フリ出店である。
新刊を2つ、企画していたので本当に嬉しい。

6月29日(土)
前日から復活した、息子1の部活の演奏会。
大雨の中、バスで行く。
息子に絶対に来るなと言われていたので、安い眼鏡で変装して行った。
同じ業界に息子が入ってきて気づくのは、極めて厳しく演奏を聞く私と、頑張って演奏しているだけで感動して涙ぐむ私とが私の中にいること。
特に息子の同級生たちについてはみんな可愛くて、動いてるだけで感動してしまう。
変装はすぐにばれた。
その後はバスが無くて大雨の中歩いて帰宅し、息子2に昼を食べさせ、次は部活の資金稼ぎの物販での注文品を学校まで取りに行く。
そこまでで疲労困憊だけど、そこで終わらないのが最近の土曜日。
帰宅後、お仕事を一つして、楽器の音出しをしてから楽団練習へ。
10時過ぎに帰宅した時には完全に、完璧な燃えかす。

6月30日(日)
未明からずっとものすごい雨。
うちのあたりは特に見どころもないという意味で、山無し川無し神社無しと言われる通り、
川がなく土地の標高が高い。雨が降っても氾濫や洪水の心配だけはないから普通に就寝したものの、携帯から鳴り響く防災情報の通知音と雨の音で何度も目が覚めた。
雨は朝になっても強いままで、ついに息子の部活が中止に。
結局一日降り籠められたけれど、一日ゴロゴロしてだいぶ疲れは回復。
夜はミートソースのパスタと竹輪きゅうり。パスタはキャベツも一緒に茹でて野菜確保。
毎回こんなに食べるかと思いつつ作るミートソースも完食。

掲載のお知らせです。
週刊新潮6月20日号の新々歳時記の俵万智さんのコーナーに、
歌集「戻れない旅」から1首、引いていただいています。
新しい方向の解釈が新鮮でありがたい。
少し遅くなってしまいましたが、見られる環境にある方、よかったらどうぞ。

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表紙、かわいい。


「新しい解釈」と紹介しましたが、本当に思ってもない方向で、
それが厚みというか、さらに歌に体を与えてくれるように感じます。
たくさんの方向性は歌を立体にしてくれる、と思っています。

掲載誌を編集部からいただきました。
久しぶりに週刊誌を読みました。

昨夜、新潟で震度6強の地震。
とても疲れたので子らと早く休もうと横になったところだった。
私の携帯からもエリアメールが鳴り響いて飛び起きた。
私達一家は熊本地震を体験した。
我が家にひどい被害はなかったけど、震源に近い地域なので震度6強の揺れも、その後の数え切れないほどの揺れも身をもって体験している。
あれからしばらく経って、人って喉元過ぎればこんなもんなんだ。私はもうあの日々のことは忘れた。だから次大きな地震が来てもあの時のように動けないと思っていたけど、いざ揺れると体はスクランブル発進、逃げ場と水と食料のことトイレのことを同時に考えつつ動いていた。
全然、忘れちゃいなかった。
テレビで速報を見て、ひとまず気を落ち着けつつも既視感にくらくらした。
あの後1年半で2度手術したりしてダメージはあったのだけど、直後の体感とか忘れたと思っていた。それが急にいろいろと蘇った。
発災時間や子2人と寝付く直前という状況が似ているせいか、追体験のような感じになって、初めて実感した。
地震、大変だった。
指先だけとても冷えて、動悸が続いた。
いつ大きな揺れが来ても身構えられるようなモード。
あの時もこうだった。強い余震が何度も来て。 
住まいも準備も、ある程度予想して用意していたものが功を奏して、被害少なめでうまく乗り切れたので(このことは「変わり者の地震体験記」として、初出は「梁」に、後にまとめ直して原稿用紙50枚のノンフィクションとして発表した)、私にとって終わったことだったのに、
忘れたのではなくて、引き出しにしまわれていただけらしい。
人って案外忘れない。
というか、大変だったと実感するまで3年と2ヶ月と4日かかった。

それでも、普通に眠ることも出来て、起きたらいつも通り。
でも、気持ちのどこかにヒビが入ってしまった気がしたし、これでまた体調を崩したくないので、とりあえず固まる非常用トイレと非常食を注文して、備えを充実させることでヒビを埋めることにした。

いやはや、こういう実感の仕方もある。
私の3年と2ヶ月と4日。

あけましておめでとうございます。
本年は亥年。私の干支。
平成最後の年は亥年。私の干支。

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年末にこれでもかって、いのししグッズを買い込みました。
12年に一度の買い足しチャンス。
写真は白いのししの小さな置物。気に入ってます。

さてもう13日も経ってしまったのですが、
相変わらずの新年。
冬休み中の子らが起きる前に、早起きして書き物していました。

昨年は一昨年からの流れもあって良い年でした。
第一歌集を上梓することが出来たし、熊本の芸術関係の新人賞もいただいたし、
たくさんの媒体に寄稿しました。
Lucky & Happyとしか言いようのないありがたい一年。
ただ短歌を始めて以来、最も短歌を作っていない年でした。
各種新人賞を卒業してしまったことがその理由。
毎年一年の前半にものすごい数を集中して作っていたことをあらためて自覚した次第。
その空いたところに歌集の編集を入れられたのでうまくいった感があります。
今年をどういう年にしたいのか。
例年と同じく、楽しい・面白いと思うものに全力で乗っかっていきます。
今年は亥年、私の年。
生まれ年に関係なく性格なのだと思いますが、
突進のめり込み型でいのししそのものと言われ、
自分でも自認してきた私にとって嬉しくてたまらない年回り。
だからってわけじゃないですが、例年にも輪をかけて突進して、
自分の世界を広げたいものです。
よくよく考えると受賞から歌集出版という1年以上続いた非日常からの新生活です。
具体的にはずっと二の次にしてきた文章をたくさん書きたいと思っています。
もうすでに秋から着手している短歌の論考がありますし(梁に発表予定です)、
他にもいくつか温めているものをかたちにしていくつもりです。
もちろん、短歌もやります!
もう一つ、熊本地震にかたをつける。
というのも、あの頃ものすごく「負けるかー!」ってスイッチが入っていたようで、
たくさん色々書いています。
短歌、長歌などの寄稿がたくさん、
その他バイト的にやっていたお仕事で書いていた、直後の食日記。
梁で発表し、その後増補して20000字のノンフィクションとして熊本県民文芸賞に応募した、
私の災害への備えの軌跡とその時を書いた体験記。
(ちなみに3席でした。それ自体はすでに活字化はされています)
これらをまとめた本を出したいと思ってます。
実は私の歌集に地震をテーマに作った連作はなく、
別のテーマの中で入れた3首のみです。新人賞にも地震の作品は出していません。
意図してそうしました。
地震で勝負したくなかったし、第一歌集には入れたくなかったのです。
でもそれじゃ、地震の書き物たちはどこに行くんだろう…と考えての結論。
このことについてはまだまだ書きたいのですが、この先は本が完成した暁に。
今年中にどこかの文フリで売ります。
後は詩型にこだわらず、楽しいこと、刺激されることは全部突っ込んでいきます。
ということで、なにか企画がありましたらお声掛けください。
予定などがよほどきつきつで無ければお引き受けいたします。
どこへでも行きます。何でも書きます。

本年も生田亜々子をどうぞよろしくお願いいたします。

NHK短歌2018年11月号の「短歌のキップ拝見します」のコーナーに取り上げられました。

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初心の頃のことや、これからしたいことなどお話させていただいてます。
新作2首もありますので読んでいただけましたなら。



このコーナーの前身は「ジセダイタンカ」というコーナーだったのですが、
歌作を再開してちょっと経ったぐらいから、
いつか私も載りたいなあ…などとほわほわしたかたちで思っていました。
「ジセダイタンカ」は昨年で終了して、それは叶いませんでしたが、
今こうして掲載されてうれしい限りです。

インタビューでお話して、それが記事になって。
うまいことまとめてくださった牛さんには感謝です。
実際の記事を読んで、これまで通ってきた経路すべてがあって
今があるのだと思いました。
そして、「短歌のキップ拝見します」というタイトルの「キップ」は
そういうことも内包する…
単なる乗車の権利ではなく過程をも指しているのだと思いました。

良い体験をさせてもらいました。


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