第一次大戦における「帝国主義同士の戦争」において殺される労働者・農民の怨嗟を歌った反戦歌。1919年に発表されたシャンソンですが、50年代にイヴ・モンタンがリバイバルしたことで「金持ちのための戦争で殺され行く庶民の哀しみと怒り」を歌い上げるシャンソン・スタンダードとして定着したように思えます。

↓歌の背景(村野瀬玲奈の秘書課広報室-「赤い丘」 モンテユス 訳も拝借させていただきました)

●Wikipedia 「赤い丘」
http://fr.wikipedia.org/wiki/La_Butte_Rouge

「赤い丘(La butte rouge)」は1919年、第一次世界大戦の直後にモンテユス作詞、ジョルジュ・クリエ作曲で書かれた。この反戦歌は、(フランス北部)ベルジユー近傍の、人が住んでいないと言われる「ボームの丘」のことと、ソンムの戦いのある悲しい出来事のことを歌っている。この歌は、労働運動への弾圧のことを歌ったと混同されることがよくある。スローなワルツの曲と歌詞の対比が素晴らしい。モンテユスのレパートリーだが、当時の録音としては、今日ではフランシス・マルティが歌ったものしか残されていない。

ちょっと付け加えると、ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット Moulin de la Galette とは、パリのモンマルトルにある、観光名所でもある風車。パナム Paname とは、パリの俗称。また、詞の訳に「赤ワイン」「白ワイン」と勝手に色の名を加えましたけど、本当は「そのワインを飲む者は仲間たちの血(涙)を飲むことになる」と書かれているだけです。踏み込んで「赤」や「白」と付け加えたのは私が込めた解釈です。これを踏み込みすぎと感じる方は頭の中でその二文字を消して読んでください。(^^ ;

この「ソンムの戦い」は人類の歴史の中でも最も人が死んだ戦闘だそうで、100万人以上の人が死んだとされています。惨事が起こった土地とそこに生えた葡萄の木、犠牲者の血と涙にワインの色を重ね合わせた詩的なイメージと、フランスの郷土色を感じさせる歌詞と、フランスぽいワルツのメロディ、残虐な行為とその下手人に向けられた握り拳のような各節8行の後半部分4行に静かに密かに感じられる高揚と、そこから一転して、悲劇を噛みしめて犠牲者を追悼するようにサビ4行の部分がスローになるところが歌の作者と歌唱者と聞く者が受け継いでいる意志の現れであるように聞こえます。

 

 赤い丘

その丘には若い娼婦もいなかったし
そのヒモの男もハンサムな伊達男もいなかった
ああ、そこはムーラン・ドゥ・ラ・ギャレットからも
諸国の中でも最高の町パナムからも遠かった
この地は美しい血をどんなにたくさん飲み込んだことだろう
労働者の血、農民の血
戦争の原因である盗賊どもは絶対に死なない
あいつらは罪のない民しか殺さないからさ

その名は赤い丘、ある朝そう名付けられた
その丘によじ登った者はみな、雨溝の中に転がっていた
今ではそこには葡萄の木が生えて、葡萄の実がなっている
その葡萄でつくる赤ワインを飲む者は、仲間たちの血を飲んでいると感じるんだ

浴びるほどシャンパンを飲むモンマルトル界隈とはちがって
その丘で婚礼が行われたことはなかった
だけど子どもを残した哀れな者たちは
人目憚らず激しくすすり泣いていた
この地は涙をどんなにたくさん飲み込んだことだろう
労働者の涙、農民の涙
戦争の原因である盗賊どもは絶対に泣いたことがない
あいつらは暴君だからさ

その名は赤い丘、ある朝そう名付けられた
その丘によじ登った者はみな、雨溝の中に転がっていた
今ではそこには葡萄の木が生えて、葡萄の実がなっている
その葡萄でつくる白ワインを飲む者は、仲間たちの涙を飲んでいると感じるんだ

この丘では葡萄の収穫が繰り返される
この丘では叫びも歌も聞こえる
女の子と男の子は身も心も震わせる愛の言葉を
ここでそっと交わしてる
恋い焦がれて抱き締めあう彼たち彼女たちは
くちづけ交わすこの場所で夜にうめき声が上がったこと、
そして、頭を撃ち砕かれた者たちもいたことに
思いをはせることがあるんだろうか

その名は赤い丘、ある朝そう名付けられた
その丘によじ登った者はみな、雨溝の中に転がっていた
今ではそこには葡萄の木が生えて、葡萄の実がなっている
だけど私にはそこに仲間たちの名前の書かれた十字架が見えるんだ


フランシス・マルティさんの1923年のバージョン
11月3日に、なんとブッシュが来日して野球の日本シリーズの始球式に参加するとのこと。わざわざ日本野球機構が招聘しての来日という。まさに世界の恥さらしですねー。

しかし、真の「世界の恥さらし」は、ブッシュ来日に何一つ抗議も起きないこと。「労働者の血、農民の血をたくさん飲み込んだ盗賊」の首領は、たとえ大統領をやめたとしても、その犯罪とともに永遠に記憶され、追及されなければなりません。

と、言うことで、↓のイベントに私も企画から関わっています。靴投げ大会に東京ドームを包囲する形のデモになります(人が沢山参加すれば…ですがw)。

ぜひ、ご参加くださいませ。

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戦犯ブッシュを裁く! 11.3緊急アクション

11月3日(火・休)

16時 水道橋駅西口出口集合 街頭宣伝
17時 「西神田公園」集合(千代田区西神田2−3−11 神保町・水道橋駅から徒歩5分 地図:http://www.enjoytokyo.jp/NT002Map.html?SPOT_ID=l_00020698)
17時45分 デモ出発→水道橋駅横→東京ドーム前→礫川公園

★プラカード、楽器、靴などの持ち寄り大歓迎。

主催:「戦犯ブッシュを裁く! 11.3緊急アクション」実行委員会 


【連絡先】
反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉09・実行委員会
メール:war_resisters_fes09(at)yahoo.co.jp
ブログ:http;//d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/
〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-16-13 MKビル2階 フリーター全般労働組合
電話/FAX:03−3373−0180

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   賢介、ブッシュを撃て!
戦犯を逃がすな。ブッシュをとらえろ!
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11月3日にジョージ・W・ブッシュが来日し、東京ドームでの日本シリーズ第3戦の始球式に参加するそうだ。ジョージ・W・ブッシュ元合衆国大統領はアフガン・イラク戦争を指揮し、軍民合わせて数十万人を虐殺した。またその後もアフガン・イラクへの派兵を継続し、アフガン・イラクの人々の生活基盤を破壊し続けた。

ありもしない「大量破壊兵器」を開戦理由にでっち上げ、イラク中部のファルージャでは殲滅攻撃で数え切れない死者を出し、アブグレイブ・グアンタナモでの人権侵害も明らかになった。一方日本もイラク戦争にいち早く支持を与えてジョージ・W・ブッシュによる虐殺を政治的に支援するとともに、自衛隊をイラクに派兵し、物理的にも虐殺と破壊を助けた。そしてアフガン・イラクは今も未曾有の混乱状態だ。

 ジョージ・W・ブッシュはその与えられた政治的権限を人々を生かす道のために用いるのではなく、数多の人命を失わせ、人の歴史が営々と積み上げてきた暮らしを破壊することに用いたのである。この責任をジョージ・W・ブッシュは問われなければならない。

いまなおかの地で人が安心して夜を迎えることがないのに、どうして虐殺と破壊の責任者であるブッシュが安眠を得られてよいのだろうか。易々と他国に入国し続け、厚顔無恥にも始球式を行うことを私たちは認めない。ブッシュに戦争の責任を問うことは、人としての私たちの使命でもある。
 
戦犯ブッシュを逮捕しよう! 戦争犯罪に時効はない!

(『賢介』とは始球式の打席に立つ日本ハムの一番バッター田中賢介選手のこと)

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