ああChanson Cri

自分が観たいものをすぐ出すためのアーカイヴw                                                                       @COPYLEFT

ブールヴィル-Bourvil

ブールヴィル Ce petit bal perdu 失われた小さなダンスホール

ブールヴィルさんの1961年発表の曲。

1961年12月9日放送 "RENDEZ VOUS AVEC"



 失われた小さなダンスホール

それは戦争のすぐあと、
被災したあるダンスホールで
廃墟の床に
二人はいたのだった、吹きさらしで
かれらは瓦礫の中で踊った
あの小さなダンスホール、その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…

 いや、私は覚えていない
 あの小さなホールの名前を
 私は何を覚えているというのだろう
 かの二人の恋人たちは
 かれらの周りの何も見なかったのだ
 あったのはそのような無頓着、
 かれらの身振り手振りのなかで…
 それから、何が重要だというのか
 失われたホールの名前なんて…
 いや、私は覚えていない
 あの小さなホールの名前を…
 私は何を覚えているというのだろう
 かれらは幸福だったということ
 瞳にたがいの瞳を映して…
 そして、それは申し分のなかった…
 申し分のなかった…

かれらはおなじグラスで飲んだ
その視線を逸らしてはならない
かれらはおなじ願いを描いたのだった
幸福になること、いつまでも永遠に、と
かれらは瓦礫の中で微笑んだ
あの小さなダンスホール、その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…

それからアコーディオン奏者は
演奏を止め、かれらは去る
夜がダンスフロアの上に落ちてきた
瓦礫の上に、私の人生の上に…
そこは単なる陰鬱な場所になった
あの小さなダンスホール、その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…
その名前は何だったのか…

 いや、私は覚えていない
 あの小さなホールの名前を
 私は何を覚えているというのだろう
 かの二人の恋人たちは
 かれらの周りの何も見なかったのだ
 たくさんのライトがあったのだ
 この街路において…
 それから、何が重要だというのか
 失われたホールの名前なんて…
 いや、私は覚えていない
 あの小さなホールの名前を…
 私は何を覚えているというのだろう
 かれらは幸福だったということ
 瞳にたがいの瞳を映して…
 そして、それは申し分のなかった…
 申し分のなかった…


(訳:ああ)


Elsaさんとの"Les duos de l'impossible"(『ありえないデュオ』)

ブールヴィル : A Joinville-le-pont ジョアンヴィル-ル-ポンへ行こう

borvil 歌うコメディアン・ブールヴィル-Bourvilさんの1952年のシャンソン。

我が家の夕飯時にワタクシがいるときは、シャンソンのストリーミング放送・Paris Chansonを流しっぱなしにしていることが多いのですが、この曲をはじめて聴くはずの我が王子(2歳10ヶ月)が、歌に合わせて「ホッホー!」とか「ヒッヒー!」と調子を合わせていたので、いつでも聴けるようにエントリーしますた。

王子の他のお気に入りは、パパとワルツを(パパと踊ろう)で、イントロが流れると「抱っこしてぐるぐる廻して〜」と言わんばかりに膝に擦り寄ってきてきます。ま、物心つく前から、この曲でぐるぐる廻していましたからねw ♪アンドゥトロワアンドゥトロワ、ホップ!に合わせて高い高いすると、アノ曲とおなじようにキャッキャ言って喜びます。幸せだヮ〜w



 ジョアンヴィル-ル-ポンへ行こう

僕は元気な少年で配管工だ
僕は週に48時間働いているのさ
そして日曜の訪れを待ちわびている
僕の可愛いマイマイを連れて
あるいは別のヤツを連れて…
だけど、僕はまだマイマイが好きなんだ
ある日、僕は熱烈に言ったんだ
もし、そこへ行けば愛が訪れるのなら…

 ジョアンヴィル-ル-ポンへ行こう
 Pon! Pon!
 二人はともに行くでしょう
 Ron! Ron!
 踊る所を見てくれ
 シェ・ジェジェーヌで
 もし心が僕たちに語りかけるなら
 言ってしまえ、言ってしまえ
 心はそうするかもしれないよ
 お望みなら、お望みなら
 さあ、踊り始めよう
 シェ・ジェジェーヌで

そこの水面には釣り人たちがいる
そしてマルヌ川には水浴びをする人がいる
君にもムール貝を食べる人が見えるだろう
あるいはムール貝が嫌いな人々はフレンチフライを食べている
人は好みの指で口に運ぶのさ
美しい少女たちは視線さえ食べているかのよう
あずまやの下でアイスを食べる
そして、マルヌ川でカップを飲み干すのさ

 ジョアンヴィル-ル-ポンへ行こう
 Pon! Pon!
 二人はともに行くでしょう
 Ron! Ron!
 踊る所を見てくれ
 シェ・ジェジェーヌで
 もし心が僕たちに語りかけるなら
 言ってしまえ、言ってしまえ
 心はそうするかもしれないよ
 お望みなら、お望みなら
 さあ、踊り始めよう
 シェ・ジェジェーヌで

そして夜の9時が来るとき、
そこの釣り人たちも、水浴びしてる人たちも
美しい少女達も、あずまやの下の人たちも
皮がむけたかのようにそこにいるのさ
マイマイは足が痛いと僕に言った
僕は彼女を自転車に乗せなければならないんだ
しかし、月曜日から僕は土曜日を思うのさ
土曜日が来たら来たで、僕はそのことばかり話をしてるのさ

 ジョアンヴィル-ル-ポンへ行こう
 Pon! Pon!
 二人はともに行くでしょう
 Ron! Ron!
 踊る所を見てくれ
 シェ・ジェジェーヌで
 もし心が僕たちに語りかけるなら
 言ってしまえ、言ってしまえ
 心はそうするかもしれないよ
 お望みなら、お望みなら
 さあ、踊り始めよう
 シェ・ジェジェーヌで


(訳:ああ)

*ジョアンヴィル=ル=ポン Joinville-le-Pont パリからすぐ近く、ヴァンセンヌの森の裏手にあるセーヌ川上流の支流マルヌ川の川沿い。春になるとガンゲットと呼ばれるレトロなダンスホール兼安食堂がにぎわう。ここへ休日のピクニックに訪れるのが19世紀末より流行っていた。パリから郊外電車RER-Aで約10分の近場。

*シェ・ジェジェーヌ - Chez gegene ジョアンヴィル-ル-ポンにあるレストラン兼大衆ダンスホール(ギャンゲット)。いまでもあります。

*あずまや - tonnelles 木の枝や蔦に覆われた小売店

ブールヴィル : Salade de fruits フルーツサラダの歌

昔、NHKの『みんなの歌』で流れていた「フルーツサラダの歌」。

そう言えば、このBLOGで最初に掲載したシャンソンは、この曲でした。
しかし、まさかワタクシがこんなBLOG作るようになるとは思わなかったなぁw
動画を見たら、Bourvil-ブールヴィルさんの中年のイヤラシサ全開なかんじに、「まさか植民地歌謡か」と思い怖くて訳さなかったのですがw、歌の舞台がフランス領ポリネシアではなく、ハワイだったので一安心。

2年2ヶ月越しに、やっと訳しました。

ORTF - 1959年12月1日放送
"MAGAZINE DE LA CHANSON"



 フルーツサラダちゃん

君のママが君に与えた名前は
フルーツサラダちゃん、ああ なんてカワイイ名前なんだ
君のハワイのご先祖様の名を受け継いだ名前
君はそれをよく肝に銘じなければならないんだ

 フルーツサラダちゃん、カワイイ、カワイイ、カワイイよ
 君は僕のパパのお気に入り、僕のママのお気に入り
 フルーツサラダちゃん、カワイイ、カワイイ、カワイイよ
 いつか、そのうち、そうなるさ
 僕たちは結婚するってことに

岸辺にある藁小屋で壁に掛かっている
パイナップルがあって、ココナッツがあって
僕はしたくもない試食をしたんだ
君の果実のような唇なら大歓迎さ

僕は裸で海に飛び込む
君に銀色の魚と
輝く貝を持って帰るため
そう、でも僕が君に望むものは知っているよね

僕たちはお互いに自分の心を与えたね
なんという最高の選択だったのか
岸辺の僕の藁小屋の床で
椰子の小さな揺りかごが揺れている

 フルーツサラダちゃん、カワイイ、カワイイ、カワイイよ
 君は僕のパパのお気に入り、僕のママのお気に入り
 フルーツサラダちゃん、カワイイ、カワイイ、カワイイよ
 君は僕たちの愛の果実です!
 ボンジュール、赤ちゃん!


(訳:ああ)
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