ああChanson Cri

自分が観たいものをすぐ出すためのアーカイヴw                                                                       @COPYLEFT

ジルベール・ベコー

ジルベール・ベコー : C'est en septembre それは九月に

29/oct/1978 "Les rendez-vous du dimanche"


 それは九月に

オリーブの木は枝垂れ
ブドウは赤い鼻のように実っている
そして砂は冷えた
白い太陽の下で…
水泳コーチと季節労働者は
かれらの本業に戻っていく
そしてサントン人形(注1)が造られる
クリスマスに向けて…

 それは九月に…
 帆船たちが放たれる時
 そして砂浜は影の中で躍動するのだ
 日焼けした肌も色褪せていく秋に
 それは九月に…
 君はやっとあるべき生活を生きるだろう

私の故郷で私がしたこと
それはある夏に
キャンピングカーからガスを供給した
大きな太陽の下で…
大きく汚れなき幻想が浮かぶ
パンツは短すぎて、ショーツは長すぎる
オランダの女たちとかれらのメロンには…
カバイヨン(注2)での出来事

 それは九月に…
 夏は君に靴を与えた時
 海水浴場がまるで人の胃のようであったから
 誰もそれに触れなかったのだ
 それは九月に…
 私の故郷はやっと呼吸ができるだろう

私の若き日の故郷
親父が葬られている場所
私の学校も熱を帯びていた
大きな太陽の下で…
五月に、私は立ち去った
そして私はあなたを捨てて異郷の者となった
わざわざ己自身を異郷者に仕立て上げるために…
遠い空の下で

 しかし九月に…
 私が生まれ故郷に戻った時
 そして私の砂浜は私を見つけるだろう
 婚約者が腕を広げるように
 それは九月に…
 楽しい歳月を私自身が積んでいくために

 それは九月に…
 私がオリーブの木の下で眠るために

(訳:ああ)


(注1)11世紀頃より作られるようになった、南フランス特産のクリスマスを祝うための石灰質の粘土細工の人形。

(注2)フランス南西部のメロンの名産地

ジルベール・ベコー : Chante 歌おう

ベコーさんの1972年の曲。映像も同年。



 歌おう

北風が駆け抜ける
鳥は死んでしまった…長生きした鳥が
来たる年のためのワインがそこにある、おいしいパンと並んで
だから…歌おう、歌おう、歌おうじゃないか

La la la la la la la la la la la la
La la la la la la la la la la la la

うまくいかないときは脇道にそれるのさ
その道が大聖堂へと続いたときにうまくいくだろうさ
そして、この子は君が編み物をしながら待っていた子なんだ
だから…歌おう、歌おう、歌おうじゃないか

La la la la la la la la la la la la
La la la la la la la la la la la la


(訳:ああ)

シャルル・トレネ : Boum ブン

1938年の映画 "La route enchantée" から


 ブン

時計が刻んでいる音がする...tic tac tic tacと
湖の鳥たちが鳴いているよ...pic pic pic picと
Glou glou glouとすべての七面鳥が鳴いている
可愛らしいベルの音が...ding din don
だけど...

Boum
僕たちの心が"Boum"と高鳴るとき
皆といっしょに彼も"Boum"と言わせる
そして、それは目醒めた愛の音なのさ
Boum
それは歌う..."Love in bloom"(咲き誇る愛)を
この"Boum"のリズムに
誰が耳元で"Boum"と囁き続けるだろう

昨日からすべては変わり始めたのさ
そして街路には窓から見つめる目があるはずさ
そこにはリラの花束を持って、緊張している手があるだろう
海の上には太陽が昇っているのだ

Boum
昼の星さえ"Boum"と鳴る
皆といっしょに彼も"Boum"と言わせる
僕たちの心は高鳴っているんだ..."Boum Boum"と...

森の風が鳴っているよ..."hou hou hou"と
雌鹿が激しく泣いている..."mê mê mê"と
食器が壊れる音は"cric crin crac"さ
濡れた足音が"flic flic flac"と
だけど...

Boum
僕たちの心が"Boum"と高鳴るとき
皆といっしょに彼も"Boum"と言わせる
鳥が"Boum"と鳴けば、嵐のざわめきさ
Boum
彼に大きな音をたてさせる稲妻
神様が"Boum"と言っているのさ
雲の中の肘掛け椅子で…

なぜなら僕の愛は稲妻より速くて
鳥よりも軽やかなミツバチのようなものだから
そしてもしそれを"Boum"と言わせて、もし神様の怒りに触れるなら
彼は驚くべき神様の姿に連れ去られていくのさ

全世界が"Boum"と鳴る
全宇宙が"Boum"を作るのさ
だって僕の心が"Boum Boum"と鳴っているのだから
Boum
僕には"Boum"としか聞こえない
それはいつだって"Boum Boum"言わせているのさ
Boum Boum Boum...と


(訳:ああ)


↓オリジナル・バージョン
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ジルベール・ベコー : Mai 68 68年5月

キ
(動画をゲットしたので記念age)

ジルベール・ベコーの1980年1月発表のシャンソン"Mai 68"。
そう、アノ1968年の五月革命を歌っている曲です。バリケードの前で抱き合う恋人たちのジャケットも印象的ですね。

この曲は長らくCD化されていなかったので、このネット音源もLPから落としたもののようですが、その音質や針の音が当時の雰囲気をそのまま伝えていて素敵です。ちなみに、昨年ムスタキがプロデュースした"五月革命40周年記念アルバム"に収録されて、初めてCD化されたようです。

この歌の登場人物は革命に参加せず、「車を焼かれた市民」のようですが、そういう人たちでも五月革命には特別な感慨を抱いていることが伺える曲です。

しかし、"Sous les paves, la plage - 舗道の下は砂浜だ "のスローガンと言いこの曲と言い、フランス人の「革命」というものへのロマンチックな感慨もしくは郷愁は日本人的な思い詰めたような暗さとは対極にあるようで、やはり憧れるものがあります。




 68年5月

そうだ、すでに12年が経った
私たちは共にあって、ほとんど結婚しているかのようだった
そして小さなピエール、それは美しい贈り物のように授かった
時代はすぐに駆け抜ける、まるで旅のように
そして68年5月、それはもう一つの時代の歌…

そうだ、すでに12年が経った
それは常軌を逸していた、私たちは愉しんだ
世界中で、既婚者たち(注1)が
この共和国に熱狂した
そして68年5月、私のための言葉…"ジュ・テイム"
唯一つの言葉…"ジュ・テイム"

そうだ、君は覚えているだろう
バック通りで、構築されたバリケード
私は自宅に君を連れて行く
愛し合っている間
民衆は叫び、駆け抜ける
愛車のロールス・ロイスは燃やされた
ラジオをその音楽が通り抜けていった

そうだ、すでに12年が経った
私たちは共にあって、ほとんど結婚しているかのようだった
小さなピエールは論争好きだ
時代はすぐに駆け抜ける、まるで旅のように
そして68年5月、それはもう一つの時代の歌…

そうだ、すでに12年が経った
それを祝うために、私は君をディナーに連れ出す
バック通りで、小さなレストランで
"A la barricade"(注2)が、バラードのように流れる
そして君のための、そして私のための時代に
残されよ唯一つの言葉よ…"ジュ・テイム"


(訳:ああ)

(注1)"des gens mariés"...直訳すれば「既婚者たち…」。すでに青春期を過ぎた、生活に追われて闘いに参加できなくなった人々を指しているように思うのですが、何かの言い回しの可能性もあるかも。

(注2)"A la barricade"とは革命歌『ワルシャワ労働歌』のことだと思うのですが。。。
この曲はスペイン語だと"A Las Barricadas"ですが、フランス語タイトルは"La Varsovienne"です。しかし、"A Las Barricadas"を仏語に直訳すれば"A la barricade"。。。
結構しつこく検索したのですが、"A la barricade"が『ワルシャワ労働歌』を指しているという確証は得られませんでした。うーん、多分。。。

Video(INA)
猿コジのせいで途中まで。ストレスじゃ〜。

ジルベール・ベコー : Seul sur son etoile ひとり星の上に

ベコーさんの1966年発表の曲。

1975年


 ひとり星の上に

君が独り、星の上にいるとき
そして、そこから列車を見ている
君が痛ましさを飲み込むとき
もう眠りなよ…「無以下」と一緒に…
誰かが母親に返信を宛てるとき
そして、そいつは貯金について考えている
誰かがいくつかの祈りを発明するとき
喜劇の善き神のために…

それは人は求めているということなのだ
誰かを…何かを…
あるいはどこか別の場所を…
それを持っていないがゆえに、持っていないから…
それは人は求めているということなのだ
誰かを…あるいは愛を…
あるいは仲間を…
長い時間を待つことに費やしているのさ

君が独り、星の上にいるとき
時間が駆け抜けていくのを見ていない
人は発熱して、やがて鎮静する
まるで死に行く馬のように…
人は自らの幼年期を語る
そんなことに関心のない人々に向けて…
君が君自身を美しくするとき、それは日曜日
そして結局、君は踏み出せないのだ

なぜなら君には必要なんだ
何かが…誰かが…
居場所が…
君が持ち合わせていないために、君が得ようとしないために
だからこそ君には必要なんだ
誰かが…あるいは愛が…
あるいは仲間が…
君は長い時間を待つことに費すことになるのだろうか…

君が独り、星の上にいるとき
神の采配の只中にある
そして、彼の星の上に二人でいる
それは愚かなこと、だけど私たちは幸福だ

もう誰かを必要とすることもない
何かも…居場所も…
人は上手にちょっとした楽しみを見出すものさ!
人は上手にちょっとした楽しみを見出すものだね!


(訳:ああ)

スタジオバージョン
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ジルベール・ベコー : Je t'appartiens 私は君のもの

ベコーさんの1965年発表の曲。
この時期のフランス歌謡ではあまりない派手なブラス・ロックのようなオーケストラのアレンジをバックにして、「ムッシュー十万ボルト」の本領発揮、というかんじです。

しかし、ここで歌われている「君」とは一体なんなのでしょうね?こういう聴き手にすべてを委ねる詩は最近あまり見られないように思いますが、「創造」は聴き手(受け手)を信じることこそ、それぞれの「想像」(感受そして感動)につながる、と最近若い自称「アーティスト」に言いたいですね。




 私は君のもの

粘土のように
虫が儚いように
おとなしい奴隷のように
私は君のものさ

すべては私のためにある
君はただのご主人様さ
私は平伏さなければならないね
私は君のものさ

もし君が断罪するならば、
私は魂を丸投げする
炎の窪みのなかに
私にはそんなことしかできないさ

もし君が断罪するならば、
もし君が私を呪うならば…
私の魂はここにあるんだ
私の両手はここにある

痛みを伴って
愛と憎しみが
私の静脈を流れていく
私は君のものさ

それから、どうすればいい
君を安心させるには
地球のボスさんよ
私の行く手で

天使のように
君を褒め称える
だけど私は天使ではないのさ
君はご存知だろう

私はただの男さ
そう、ただの貧乏な男
私は君を愛するのさ
仲間として…

しばし私は思う
君の偉大さのなかで
沈黙する宮殿よ
君は最善を選ぶべきだ

時々、私は思う
君の偉大さのなかで
沈黙する宮殿よ
それは最善を選ぶべきなのだ


(訳:ああ)

1971

ジルベール・ベコー : Lo importante es la rosa バラこそが大事(スペイン語バージョン)

訳したらマイ・フェイバリット・ソングとなってしまったジルベール・ベコーの"L'important c'est la rose"のスペイン語バージョン。ぜひ、フランス語詩と読み比べを。

英語やポルトガル語など、各国語バージョンがありますが、来日時には♪バラはあこがれ〜、と歌ったこともあるそうです。

さすが、サービス精神旺盛なベコーさんです。



 バラこそが大事

君は太陽の下を歩いて行く
背に鎖を振り捨てて
君が困難と苦痛を笑うために…
海の側で君は眠る
そして君は自由だ、鳥のようだ
すべてを、幸福を、
君はそれらを得る方法を知っている

 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 僕を信じてみろよ

君の夢はもはやなく
栄光も金も消えて
そして君はただの欲望の虜だ
君は喜びを知るだろう
君の最高の友人たちによって
少しは僕の言うことを聞いてみて、
君にとって悪いことじゃない

 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 僕を信じてみろよ

君は夜明けを迎える
情熱の世界の夜明けを
もはや幻想のない場所だけど信頼があるのさ
君が必要なものをそうしないなら
金持ちたちは評価しないものだけど
君はとても苦しむだろう、君はとても泣くだろう、
それでいいのかい

 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 僕を信じてみろよ

君は僕の歌を聴く
そして君は軽蔑して嗤う
まるで僕がおしゃべりな愚か者かのように…
茶化すのはよせよ、君はすでに知っているはずさ
君が君の道程を終えるとき、
最後に、さあまた、
僕とともに歌おうじゃないか

 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 大事なのはバラじゃないか
 僕を信じてみろよ


(訳:ああ)

ジルベール・ベコー : L'hirondelle ツバメ

1975年発表の"L'hirondelle... Qui Faisait Le Printemps"(ツバメ…誰が春を呼ぶのか)。映像はその前年1974年です。



 ツバメ

世界の果てで
一羽のツバメが踊り廻っている
空を廻っている
最後の夏はかれらの巣をつくった
ノルマンディーの屋根裏部屋で
帰れ、美しきものよ、さあ

それは去るために必要なのだ、それは大いなる時間に
もはや春もなく
ツバメもいない、なんということ…

私は知っている…あなたの飛行計画を
オーストラリアから大西洋まで
あなたは5月に、そこにいるだろう
教えてくれ、あなたは風に抗うのか?
あなたは藁の寝床にいるのか?不親切な彼女は…
飛べツバメよ、飛べ、飛んでくれ

あなたはいくつものハリケーンを知っている
そして、そのうちの一つは危険だ
飛べ…もっと高く、飛べ…もっと低く
飛べ、あなたは通り抜けるだろう

彼女は海に落ちてしまった
春が来る前に…
おそらく…だめだったのか…教えてくれ
だけど…ノルマンディーにはいないのだ


(訳:ああ)

アマリア・ロドリゲス : L'important c'est la rose バラこそが大事

「ファドの女王」と言われたポルトガルの国民的歌手であるアマリア・ロドリゲスさんがジルベール・ベコーの"L'important c'est la rose"(邦題『バラはあこがれ』)を歌っています。映像は1968年のルーマニアでのコンサート。

ジルベール・ベコー : Nathalie ナタリー

ジルベール・ベコーの1964年発表の『ナタリー』。
まだ厚い「鉄のカーテン」がそびえ立っていた時代に、メディアでは「知られざる国」でも、実際はどこの国でもおなじように人々は生き、恋をして、酒やダンスを愉しんでいる、ということを伝えています。

映像は、実際に旧ソ連を訪問しているベコーさんが、学生たちと歌をうたっていて楽しげです。イイですねぇ。。。ホントにガイドさんと一緒にお泊まりしちゃったのでしょうか??(おっと下世話な詮索を失礼)



 ナタリー

赤の広場は空っぽだった
ナタリーは私の前を歩いていた
彼女はかわいい名前の持ち主で、私のガイドさんだ
ナタリー

赤の広場は白かった
雪の絨毯が敷かれていた
そして私はこの寒い日曜日まで連れ添った
ナタリー

彼女は簡潔なセンテンスで話をしてくれた
十月の革命についてから始まって…
私は考えこんでしまった
レーニンの墓を訪れた後で
人はカフェ・プーシキンへ行って
ココアを飲んでいる

赤の広場は空っぽだった
私は彼女の腕を掴み、彼女は微笑んだ
彼女はブロンドの髪の持ち主で、私のガイドさんだ
ナタリー、ナタリー

大学の彼女の部屋で
学生の一団たちが
私を熱心に待ちわびていた
私たちは笑いあって、私たちはたくさんの話をした
かれらはすべてのことを知りたがっていた
ナタリーが通訳だ

'モスクワ'、'クリムの平野'
そして'おおシャンゼリゼ'
すべて混在して歌われた
そしてかれらは導いた
私たちが笑いで打ち解けるように
フランスのシャンパン
そして私たちは踊ったのだった

そして部屋は空っぽになる
すべての友人が去ったから
私は私のガイドさんと一緒に宿泊したのさ
ナタリー

控えめながらさらに多くを問いかける
十月の革命についてではなく…
もはや誰もいなくなった
レーニンの墓を立ち去り
カフェ・プーシキンでココアを飲む
それは…それはすでに遠い出来事

私の人生は空っぽだ
だけど私は知っている ある日のパリを
ガイド役として連れ添うだろう
ナタリー
ナタリー


(訳:ああ)




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