次のゴロを10回、早口で音読してください。
そして、10回暗唱してください。
暗唱を繰り返すことで、その聴覚刺激により、脳の奥にある海馬の中で
長期増強が行われ、深い記憶が刻み込まれます。

<世界三大悪妻>

あ!くさい屁!コンスタントに祖父は寝とると。

 

ちょっと下ネタっぽくてすみません。(でも下ネタの方がよく覚える♪)「コンスタント」は「一定しているさま、変わらないさま」のこと。祖父がさりげなく寝屁をしている様子をイメージ。ところで、悪妻、というけれど、これは後世の人の偏見もかなりあって、実際、夫のほうが悪い「悪夫」であったことも多いんじゃないか。そういう、公平に見る気持ちをこめて、このゴロを作ってみました。クサンティッペなどはソクラテスに水を浴びせた、とのことですが、そんなのはまだまだ。私の場合は、カレーライス(笑)。

 

あ!くさい悪妻

くさい屁!=くさいへ=クサイヘ=クサンティッペ

コンスタントコンスタンツェ

祖父は寝とると。=そふはねとると=ソフハネトルト=ソフィア・トルストイ

 

世界三大悪妻として、ソクラテスの妻クサンティッペ、アマデウス・モーツァルトの妻コンスタンツェ、文豪トルストイの妻ソフィアが挙げられています。

 

クサンティッペ(生没年不詳)は、ギリシアの哲学者、ソクラテスの妻です。彼女が悪妻とされているのは、後世の作り話とも言われています。

クサンティッペを悪妻とするエピソードには、以下のようなものがあります。

●ある時クサンティッペはソクラテスに対して激しくまくしたて、彼が動じないので水を頭から浴びせた。ソクラテスは平然と「雷の後は雨はつきものだ」と語った。

●ソクラテスが語ったとされる言葉にこのようなものがある。「セミは幸せだ。なぜなら物を言わない妻がいるから」

●ソクラテスが語ったとされる言葉にこのようなものがある。「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」

●「そんなにひどい妻なら別れたらいいじゃないか」と言った人に対し、ソクラテスが語ったとされる言葉にこのようなものがある。「この人とうまくやっていけるようなら、他の誰とでもうまくやっていけるだろうからね」

天才には奇行が多い。単に常識人であっただけのクサンティッペには、常識外れのことをするソクラテスが理解できなかったのかも知れないですね。

ソクラテスとクサンティッペ

←画像はソクラテスとその妻クサンティッペ。う〜む、水が襟から入ってる。

 

 

 

 

コンスタンツェ・モーツァルト(1762〜1842)は、偉大なる作曲家、モーツァルトの奥さんです。彼女は、1782年から8年間、モーツァルト死去の日まで彼との結婚生活を送ります。

コンスタンツェを悪妻とみなす理由がいくつか挙げられているのですが、後世の人々の悪意に満ちた誤解も少なくないようです。

●彼女は浪費家だった。←モーツァルトは実際には晩年にはかなりの収入があり(年収1300万円くらい)、夫妻とも収入に見合った生活をしていた。(モーツァルト自身もけっこう浪費家だったとの説がある)

●モーツァルト自筆の楽譜や書簡を売却している。←子どもを抱えての(夫との間には6人の子どもがいた)夫の死後の生活を支えるためだった。

●再婚した。(だから不貞だ)←再婚自体も生活を支えるためであり、新しい夫ニッセンと共にモーツァルトの名を高めることに尽力している。

コンスタンツェ←コンスタンツェ。当時としては質素な服ではないでしょうか。

 

周囲の人々の手紙などによると、コンスタンツェは教養が高く、家事にも熱心な快活な娘であって、不精で愚かであるとする悪妻説の人物像は偏見のある見方だととらえることもできます。何よりもモーツァルト自身が、妻である彼女に対して愛情のある手紙を残しています。

 

ソフィア・トルストイ(1844〜1919)は、1862年にのちの文豪トルストイと結婚します。最初の15年間は夫の手助けをし、この時期のトルストイには「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」などの名作がたくさん残されています。13人もの子どもをもうけて仲もむつまじいものでした。

ところが、夫が文学から離れて宗教や社会活動に専念するようになると結婚生活に暗雲がたちこめ、2人はたびたび別居を繰り返します。

トルストイは晩年、妻ソフィアとの家庭的葛藤に苦しみ、1910年に家出して、アスターポボという小さな駅で亡くなりました。

 

理想を追い求める夫に、現実の生活を守りたい妻。

別な見方をすれば、「強情でわがままな夫」と「堅実で家庭を守る妻」という構図も見えてきます。

激しい夫婦喧嘩。ヤケになって、家を飛び出して、一寒村でさびしく病死した夫トルストイ。そのことで悪妻の汚名を着せられているソフィアさんも可哀想な気がします。

 

◆他に悪妻、といえばナポレオンの最初の妻ジョゼフィーヌ。ナポレオンはこの人と離婚したとたん落ち目になってしまいます。

日本では、源頼朝の妻で「尼将軍」と言われた北条政子。室町時代、足利義政の妻で応仁の乱の遠因ともなったと言われる日野富子。近代では夏目漱石の奥さんだった夏目鏡子さんが有名なようです。でも、この人たちが本当に悪妻であったかどうかについては、見る人によってやはり意見が分かれています。それにしても、「世界三大悪夫」というのは、ほとんど聞きませんね。なぜでしょう。

★「悪妻」とは。

今回のゴロ、気に入ってくれた方はここをクリック人気ブログランキングへの投票お願いします!

歴史ゴロ年表を開く

ページトップへ(最新ゴロ)

★2冊以上は送料半額!水濡れ防止など三重の梱包で迅速に、たいせつにお送りいたします。午前中までにご注文の確認が取れました場合、即日発送が可能です。「まじめ書店の本