次のゴロを10回、早口で音読してください。
そして、10回暗唱してください。
暗唱を繰り返すことで、その聴覚刺激により、脳の奥にある海馬の中で
長期増強が行われ、深い記憶が刻み込まれます。

<名誉革命と権利章典>

イチローパパのひろや君、

名犬しょってウィリーさ。

 

 

イチローパパは鈴木宣之さんのはずですが・・・って自己ツッコミしてもしょうがない。名犬、と言って思いだすのは、やっぱりラッシー。いや、名犬リンチンチン?

イチローパパ1688年

ひろや君=ひろやく=1689年

名誉革命

犬しょって=けんしょって=権利章典(笑)。

ウィリーさ=ウィリー3=ウィリアム3世

 

1688年、名誉革命が起こってオランダよりウィリアム3世を国王に迎え、翌年1689年権利章典が発布されてイギリス議会政治の基礎が確立されました。

 

審査律・人身保護律などの制定にもかかわらず国王チャールズ1世の専制はやまず、つぎのジェームズ2世も旧教を支持して絶対王政の強化につとめたため、1688年、議会はジェームズ2世の長女メアリーと、その夫オランダ総督ウィリアムを招きます。

ジェームズ2世は抵抗をあきらめてフランスに亡命し、ここに無血の革命が成功しました。イギリス人はこれを誇って「名誉革命」と呼びました。

翌1689年、ウィリアムとメアリが、議会の提出した権利の宣言を承認したうえで、ともに王位についてそれぞれウィリアム3世、メアリ2世となると、議会は同年この宣言を「権利の章典」として制定しました。これは権利の請願や人身保護律を受け継ぎ、国民の生命・財産の保護や、言論の自由を定めたものです。

 

★権利の章典の主な内容は、つぎの通りです。

1.国王の法律停止権・特免権(旧教徒をとくに公職につける権利)、議会の承認なき課税などはすべて不法。

2.院内の言論は自由。

3.判決によらぬ罰金・科料は無効。

 

名誉革命によって、議会主権に基づくイギリスの立憲政治が確立しました。それよりさきにチャールズ2世のもとで、1670年代の末ごろ、議会の内部には、

貴族や地主を中心とするトーリー党

中産階級を基盤とするホイッグ党

がうまれて対立し、トーリーは国王の大権を重んじ、ホイッグは議会の権利を主張しましたが、名誉革命では両者が手をにぎりました。ウィリアム3世は、はじめ両党の代表者による連立内閣を組織させましたが、17世紀末から議会の多数党が内閣を組織する政党政治が始まりました。

ジェームズ2世は戦わず逃亡、捕らえられたが議会は彼を処刑することで殉教者にすることを避けた。「名誉革命」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%AA%89%E9%9D%A9%E5%91%BD

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