2011年11月08日
「亀田の家」 リプラン東北掲載

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「亀田の家」が、リプラン東北 vol.33に掲載されました。

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以下、掲載文になります。
亀田の家
敷地は市の郊外にある古くからの住宅地、住みやすくてコンパクトな家をつくって欲しいという依頼があった。私道に接した広くない土地を有効に活用するために、周囲に建っている建物との関係を現地で慎重に図りながら、配置や建築のサイズ、開口の取り方を決めていった。
ご夫婦に部屋の広さについて模型などで提案すると、いつも『その位あればいい』というように的確に反応してくれる。ご自分たちの生活のあり方と広さに対する感覚が実にしっかりと持っておられる方で、設計はとてもやりやすかった。
小さな家の場合、コンパクトにできない階段部分がどうしても際だってしまう。そこで、移動手段だけにしておくのはもったいないので、階段室を書庫かつ読書空間のようにつくり、本好きの御夫婦と生まれてくる子供にとって一つの部屋のように使うことを提案し了解された。さらに階段に接続するフロアレベルを台所とリビング、主寝室と子供室をスキップさせることで、部屋の移動が単調にならずに階段自体が座ってくつろげる場所とすることができたと思っている。階段下に組み込まれたコックピットのような書斎や欧州のペンションのように高い天井をもつ主寝室も生まれた。出来上がった畳のリビングや食事スペースに座って庭を見るとその心地よさが際立っている。茶室のようなスケール感と包むような安心感があるのだ。竣工後に他の施主さんの何人かに見ていただいたが、異口同音『・・・これで充分だというよりとても落ちつく、居心地がいい』という言葉をいただいた。リビングや食事スペースのスキップと脇に見える階段の様子が、この住宅の縦に展開する多様な空間を暗示している。
建築家としてこのような20坪という家は初めての経験だったが、この御夫婦のように茶室のような日本特有の空間を理解し、慎ましさを旨として生活を組み立てている方の家を設計して、小さいことがむしろ豊かさにつながっていくということを実感することができた。
2011年07月25日
「避難者のための集住体」 日大工 4年 設計課題講評会
去る7月22日、私が非常勤講師を務める日大・工・建築4年の設計の学内プレゼンテーションが行なわれました。
私のクラスの課題は、郡山市内に『避難者のための集住体』を設計せよというものです。
それは原発事故によって避難を余儀なくされた100世帯の避難者が、故郷に帰れるまでの数年~十数年を過ごす復興のための集落を計画するもので、考慮すべきは、同じ境遇のコミュニティーをどう守っていき、周囲の従前のコミュニティーとどう関わろうとするのか、さらには故郷に戻れる時が来たときに彼らはどのように行動すると考えるのか、そして集住体のその後はどうなるのかという時間軸を入れて考えることを求めました。
学生は思い思いの考えと洞察力で、なるほどなあと思わせるようなさまざまな興味深い提案をしてくれました。
この課題が彼ら一人ひとりに、原発事故という出来事と被災者の気持ちについて思いをめぐらせる機会をつくれたことが、何よりの成果であったと思っています。



私のクラスの課題は、郡山市内に『避難者のための集住体』を設計せよというものです。
それは原発事故によって避難を余儀なくされた100世帯の避難者が、故郷に帰れるまでの数年~十数年を過ごす復興のための集落を計画するもので、考慮すべきは、同じ境遇のコミュニティーをどう守っていき、周囲の従前のコミュニティーとどう関わろうとするのか、さらには故郷に戻れる時が来たときに彼らはどのように行動すると考えるのか、そして集住体のその後はどうなるのかという時間軸を入れて考えることを求めました。
学生は思い思いの考えと洞察力で、なるほどなあと思わせるようなさまざまな興味深い提案をしてくれました。
この課題が彼ら一人ひとりに、原発事故という出来事と被災者の気持ちについて思いをめぐらせる機会をつくれたことが、何よりの成果であったと思っています。



2011年06月29日
2011年06月21日
フクシマの復興支援の会 VOL.2
先週、福島市にてフクシマの復興支援の会 VOL.2を開催しました。建築家の難波和彦氏やスタジオナスカの八木佐千子氏が東京から、さらに北海道や九州、神戸からも建築家が来て頂きました。前回からさらに進化し続けているフクシマ型木造仮設住宅の進捗状況や今後どのように復興に結びつけるかなどの熱い議論が夜遅くまで繰り広げられました。
復興支援を考える会建設工業新聞.PDF
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