776b69a2.jpgGoogleがOn2を1億650万ドルで買収です。びっくりしました。

On2は動画の独自CODECを作っているベンチャー企業です。ここで軽く解説しておくと、CODECとは、CODER/DECODERの略で、圧縮・伸張を行うためのアルゴリズムのことです。静止画ではJPEG、動画ではMPEGやH.264が有名です。これらの規格は標準規格と呼ばれていて、アルゴリズムが公開されています。特許は特許プールに入れられ一元管理されるため、特許を管理している企業にライセンス料を払うだけで自由に使うことが出来ます。

On2はこれら標準CODECでは無く、アルゴリズム非公開の独自CODECを制作しています。標準CODECがあれば独自CODECはいらないのではないかと思われがちですが、違います。標準規格は各企業の思惑が錯綜し、必ずしもアルゴリズム的に優れているわけではないのです。その理由は、大企業が全て合意しなければ標準にはなり得ないので、大企業が自分の持つ特許を押し付けるためです。例えばMicrosoftが、この仕様を入れなければWindowsでサポートしないと言えば、標準化委員会は採用せざるを得ません。その点、独自CODECでは、アルゴリズムの優劣だけで、その仕様を実装するかが決まります。そのため、最小構成で実装することが出来、消費電力やデコード速度に優れます。On2の一番の売れ筋はVP6で、その軽さからAdobeのFLASHに採用され、YouTubeに使われています。特にリソースの限られるモバイルでその効果は大きく、Docomoの携帯にも採用されています。逆説的に、弱点は標準じゃないことで、ハードウェアサポートが得られないため、HD画質のデコードは困難です。そのため、AdobeやYouTubeはHDでは264を使っています。

ちなみにOn2のCODECは高圧縮をうまくエンコードすることで知られています。264ではブロックノイズが出てしまうような領域でも、うまく人間の目に奇麗に見えるようにごまかします。サイトではPSNRのグラフが公開されています。大きいグラフはこのページの右下をどうぞ。このグラフは圧縮の研究で広く使われているもので、縦軸に平均二乗誤差の逆数つまり画質を取り、横軸に圧縮率を取ります。上にいくほど画質がよくなり、左にいくほど圧縮率が高くなるので、グラフが左上に向かうほど高性能なアルゴリズムとなります。このグラフでは、On2VP8がH.264のHighよりも性能が高いことになります。H.264のHighとBaselineはプロファイルの名前で、Highでは8x8 Transformが使えたり、算術符号が使えたりと、より複雑なアルゴリズムとなります。ちなみにモバイルでHighをデコードするのはつらいので、iPodではBaselineプロファイルのみ使われています。このグラフにはトリックがあり、ビットレートがえらく高圧縮となっています。実は、ハリウッド映画等で使われる高画質領域では、H.264の方がグラフが左上に来て、高性能になります。

さて、ようやくここでGoogleがOn2を買収した理由です。一般のサイトでは、
・HTML5のVIDEOコンテナに入れるものが決まらないため
・特許料を節約するため
と言われています。これらの理由もそれなりに正しいとは思うのですが、僕は、もっと大きな理由があると考えています。

実際、特許料については、MPEG-LAで、動画配信サイトでは1時間当たり約2セントと規定されています。これには実は上限がありまして1法人当たり1年間の上限は100万ドルです。Googleの四半期利益は14億8450万ドルです。Googleにとっては100万ドル程度の特許料なんて誤差なのです。

ではなぜ買収するのか。その理由はYouTubeの通信費ではないでしょうか。何と、YouTubeの総経費7億1100万ドルの51%が通信費(利用する通信帯域の経費)なのです。"高画質なJPGで画像配信しない理由"と同じですね。既にOn2のVP8は配信に向いた高圧縮に特化しその領域で264よりもかなりいい圧縮性能を持ちます。これがHTML5に採用されれば、それだけで通信費が激減し、利益を押し上げることになります。

とまぁ、ここまでは規定路線なのですが、大きく世界が変わると思ったのはここからです。264の登場以降、動画圧縮の研究は停滞しています。265に向けてKTAsoftwareはそれなりに進んでいますが、現在のところ、そこまで大きな成果は出ていません。このままいくと、H.265は10年後にハードウェアが手に入るぐらいの速度です。研究があまり進まない理由は、もちろん264がよく出来ているということもあるのですが、研究をしてもあまり利益を得られないという点があります。特許プールに入ったとしても、1企業の支払いは最大1億です。合算してもたいした額にはなりません。それを膨大な特許数で割るのです。特許料を上げようにも、オープン化の流れの中、世論の反発が強く、上げられない。研究してもたいした利益にならない、しかも誰かが作って標準化され、たった一億円で好きなだけ使える。となると当然、自社で研究開発をするのを止めて、標準技術を使えばいいと考えます。選択と集中です。全員がそう考えるとどうなるか、そうです、研究する人がいなくなるのです。現在の状況は、ほぼそんな感じです。

しかしGoogleは違います。圧縮率が上がれば上がるほど、通信費が削減され、利益が出るのです。2倍に圧縮すると3.5億ドル/2=1.75億ドルもの利益が出ます。年収2000万のドクターを100人雇っても0.2億ドル。余裕です。さらにこれからインターネットに占める動画の割合は上がっていくと考えられます。圧縮すればするほど濡れ手に栗です。

さらに、今まで動画圧縮の研究者は、大学に残るか、大企業の研究職として少ない給料で働くか、On2のようなベンチャーに就職するしかありませんでした。しかしこれからはGoogleに就職できるのです。既存の研究者をGoogleが吸収できるだけではなく、Googleに就職できるとなると動画圧縮の研究を志す人も増えてきます。停滞していた動画圧縮が、本当に加速する可能性があります。

ということでいろいろと考えないといけないことが出てきました。ちなみにGoogleはOn2が買収したハードウェア部門は捨てるかもですねー。