受験の回想

受験の回想


また回想はじめます。

(去年書いたものと内容がかぶることが多々ありますが、ご了承ください。)

割と順調に仮面浪人は進み、季節は夏になった。

そして、大学の期末テストと東大模試の時期になった。

今年度は無駄な模試とか一切受けずに、東大模試とマーク模試のみの受験にしようと思っていたので、夏になってようやく今年度初の模試を受けることになった。

はじめにやってきたのが7月半ばの代ゼミ東大プレ。正直いってあまり対策はしていなかった。基礎固めをしていたらもう7月になってしまった感じ。でも実際受けてみると、感触はまぁまぁだったように思う。苦手の数学も結構出来たように思うし、他の普通だった。生まれて初めて代ゼミの校舎に行ったけど、思ったよりだいぶ綺麗でびっくりした。(ただ、トイレは無法地帯だった。)多浪生がたくさんいたような気がした。

そして、7月終わりから8月はじめにかけて、大学の期末テストとなった。進級が厳しい大学なので、周りの勉強意識も普段から高いわけだけど、7月ともなるとさらにその意識は高まり、みんなテスト勉強に明け暮れていたと思う。そんな中、自分はおそろしく大学の勉強はしていなかった。自分でもなぜあんなに勉強しなかったのかが不思議だ。余裕ぶっこいていたのか、誰よりも大学の勉強はしないというプライドがあったのかわからないが、とにかくテスト勉強という類のものはほとんどしなかった。テスト期間に入るまでは授業に出るだけで大学の勉強はゼロだったし、テスト期間中は、放課後図書館閉館まではいつもどおり受験勉強をして、家に帰ってからほぼ徹夜で数時間期末テストの勉強をするという感じだった。つまり実質1教科あたり3時間弱ほどの勉強しかしないでテストに特攻した。当然のことながら、何がなんだかわからないままだったので、テストがうまくいくはずもない。受けるたびにもっとテスト勉強すりゃよかったと落ち込んだけど、でも相変わらず同様に受験勉強もちゃんとやった。思えば1年の場合は落ちても再試験があったので、それを頼りにしていたと思う。再試験はだいぶぬるいと聞いていたので、なんとかなるかなと思った。テスト期間が終わってしばらくすると、試験の成績が公表された。すると思いもよらない事態になった。なんと1科目も落としていなかったのだ。とても不思議に思った。どう考えても6割とか取れてないのに、Bだったりした。(ABCDで評価される。)思ったよりもだいぶ単位をとるのは簡単なようだ。こんなんで単位を落とす奴がいるのかが疑問なくらいだ。必修科目の単位がとれているのにも驚いたが、一般教養の単位もとれてて吹いた。もちろん一般教養のほうが単位はとりやすいが、とれなくても進級に関係ないということで、授業にほとんど出ていなかったし、テスト勉強もまったくのゼロだった。でもテスト当日はがんばったと思う。3分の1が落ちるといわれる一般教養にしては難関のテストのとき、論述の問題だったんだけど、4月に1、2回出ただけのあやふやな知識をフル動員して、無茶苦茶な内容でも強引にあらんかぎりの文章力でねじふせた。終わったときはもしかしたら・・・・と思ったけど、結果はBだった。ブログやってて初めて良かったと思った。

そうして、いよいよ河合と駿台の東大模試を迎えた。でも残念ながら、あまり記憶に残っていない。出来は、あまりよくないなという感じだった。最悪という気はしなかったと思う。

ちょうどそのころ、東大プレが返却されてきた。結果はこちら(数字は偏差値)

第一回東大プレ
英語47
国語45
数学51
物理70
化学60
総合55
東大理2→C判定

浪人としては夏では確実にB以上取らなければならなかったけど、Cだった。苦手克服したはずの数学も、結局偏差値50をやっと超えたくらいだし、英国はクソだった。でも、まだなんとかなるかなという感じはしてた。絶望はしていない。

仮面浪人をするとき、『大学生は夏休みが2ヶ月あるから、その長期休みにめちゃくちゃ勉強すればいいよ。』というアドバイスをもらったけど、残念ながら理科大は夏休みが短かった。40日くらいしかなかった。しかも、その短い夏休みをあまり有効に使えなかった。自分の悪い癖が出た。学校とかがないと、生活リズムとかが乱れてくっちゃくちゃな生活になってしまうのだ。あと、夏にはいろいろな誘惑にもやられた。ゲームはずっと実家に封印してたんだけど、実家に帰省したときにちょっとやってしまって、抜け出せなくなった。帰らなきゃよかった。あと『世界陸上』も見てしまった。織田裕二ウォッチャーとしては、どうしても見ざるをえなかった。(織田裕二をメインキャスターにするのは反則だろ、TBS!)そんなわけで、勉強しまくった日もあったけど、堕落した日もあり、結局不本意な形で夏休みを終えてしまった。自分は根っからの駄目人間なんだなと痛感した。クズは何回受験やってもクズなんだと思った。

そうして、9月下旬、後期がはじまった。そしてちょうどそのころ、東大オープンと東大実戦が返却された。

はっきりいって、最悪だった。なので、去年は公開しなかったと思う。(それからずっと公開しなかったと思う。)

第一回東大オープン
英語45
数学52
国語49
物理49
化学61
東大理2→D判定

第一回東大実戦
英語51
数学45
国語46
物理50
化学64
東大理2→D判定

まさかね。まさか浪人してD判定をとるとは思いもよらなかった。

いやもう今考えても死にたくなってきた。なぜならこれは現役時と同様の判定だったからだ。あれは諸事情あって出来すぎだったと思うけど、1年勉強しても、ほとんど進歩してないことになる。絶望せざるを得ない結果だ。

もう当時の自分には想像を絶するほどの衝撃だった。

だいたい模試って返却されるまでの時間がかかりすぎだ。1ヶ月もかかる。もう返却されたころは夏休みも終わってしまっているのだ。春のころは、『まだ5月か』なんて思ってのに、もう夏が終わると秋は模試の連続で、センターも近い。ただでさえ時間がないのに、その上自分は大学もあるのだ。なので、『今までの勉強の後悔』と、『これからの受験に対する絶望』が一気に襲いかかってきた。

自分の考えの甘さと、受験の難しさを痛感させられた。一口に弱点克服といっても、容易なことではなかった。単に勉強不足なだけだったら勉強すればいいが、そうでない場合は、苦手や弱点の原因って自分の生まれつきの適性や才能、またはそれまでの癖や習慣によるものが多い気がした。たとえていうなら、『生理的に嫌いな人を好きになれ』というようなものだ。だからそれを矯正するのは相当難しい。『○○が苦手だから重点的に○○をやろう』っていうくらいで克服できたら誰も苦労しない。『なんとなく』なんてのは話にならなかった。才能がない人間の場合、『弱点を把握する→その原因を分析する→対策を立てる→毎日実践する→効果を調べる→ダメなら対策を立て直す→実戦する』みたいなプロセスを踏まないとダメなんだなと思った。

弱点を克服しないと浪人してもダメだろうなとはわかってたけど、自分の弱点をほとんど克服するには1年という時間はあまりに短いんだなということに気付いた。現役のころ、『浪人生で第一志望に受かる人は半分より到底少なく、大半が現状維持かちょっと上くらいに終わる』みたいなことを聞いて、そんなバカな、と思ったけど、ようやくそれって本当だろうなと思った。

いろいろなことを痛感した。そんなことに浪人の夏の模試が返却されてようやく気付いた自分に腹が立った。

とにかくひどく落ち込んだ。

そして、思わぬ事態が起きた。あれは後期が始まって2日目か3日目、東大模試がすべて返却された翌日とかだったと思う。

そう、急に体調を崩して入院してしまったのだ。病は気から、とはよく言ったものだ。精神と体はリンクしているらしい。見事に模試の最悪な出来によって精神を崩し、身体に影響が出てしまったのだ。

例の持病での入院だったんだけど、もう大学は始まっちゃってるし、病気は厄介だし、もうどうしようかと思った。

これが地獄の後期の始まりである。


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