2006年10月02日
『一人の男が飛行機から飛び降りる』
『一人の男が飛行機から飛び降りる』
表紙がバクスターの絵だというからには中身も期待できだろうと、手に取ったこの作品。期待は的中。去年勝った小説の中で一番扱いに困る内容だった。
本作はショートショートが149篇収められている。まずその数に驚くがもっと驚くのは内容だ。すべてが悪夢のようなシュールさをかもし出している。
たとえば、
「私は世界で最後の一箱の煙草を持っている。だがマッチがない……隣の部屋にいる連中はみな一人残らずマッチを持っている」――『宿命の女』
「私は頭がひんまがってくっついて娘と一緒にベッドにいる。……彼女がいままで味わったことのないほんものの恍惚に到達させてやりさえすれば、彼女の頭もまっすぐになるはずなのだ」――『乙女』
「眠れない。枕の感触が変だ。開けてみると、なかに骨がいっぱい入っている。白い骨で、何か小動物のものと見える」――『骨』
などなど、魅力的なシュールな話がたくさん転がっている。どれを読んでも後味が悪く、考えただけでも馬鹿らしい状況を何度も読んでいるうちに妙な妄想に駆られ、夢と現が隣り合っているような、そんな気持ちにさせてくれる。
ちなみにしめじは『二匹の熊』と『反逆者』が気に入っている。
『二匹の熊』は愛らしいトルコ帽を被った二匹の熊のところに突然男がやってきて、売春をする話。片方の熊は断るが、その相方が受けることになり……というわけが分らない話。
『反逆者』は反逆者の家系に生まれた私がドジを踏んで投獄される。母親が看守の隙を突いて忍び込むが、助けてくれず、むしろ胸を張って死んで来いと言う。処刑の当日母は喜び勇んで近所の友達を呼ぶ……という死刑が学芸会になってしまっているという話。
どちらも絶対ありえないはずなのに、どこか一片にリアルさを留めているので、それが支点となって物語を無理なく構成している。これだけの作品群全てにおいてリアルさは徹底されていて、作者の鋭い観察眼には脱帽。
安部公房の『笑うつき』あたりが好きな方は必読の作品。