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「日本人を裏切るな!」 92歳マハティール首相と日本の縁


2018年7月9日掲載

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日本軍人は律儀だった

 6月12日、92歳のマレーシア首相であるマハティール・モハマド氏と安倍首相との会談が実現した。

 マレーシアの前政権は親中的と見られていたが、無類の親日家として知られるマハティール首相が再登板したことで、その路線が変わることを期待するのは安倍首相だけではないだろう。

 マハティール氏が前回の首相就任時に「ルックイースト(日本を見習え)政策」を掲げたことはよく知られている。これは簡単にいえば日本を手本にして経済成長をしよう、という政策だが、マハティール首相は決して、日本が高度成長したから「見習おう」と言ったわけではない。その「親日感情」は戦時中にも培われていたようだ。

 マハティール氏の著書『立ち上がれ日本人』には、訳者である加藤暁子氏による長い解説が収録されている。そこでは、マハティール氏と日本にまつわる「いい話」がいくつも紹介されている。同書より抜粋、引用してみよう。

 1945年、マレーシアは日本の占領から解放される。祖国が解放されたこと自体は喜ばしいことで、青年だったマハティール氏(当時20歳)もその喜びを味わう。

 しかし当時、英語学校の学校新聞の編集者をつとめていたマハティール氏は、紙面で日本占領中の苦しみを語るとともに、すでに日本の復興を願う文章も寄せていた。

「日本が原爆の悲劇を乗り越え、平和と発展に貢献してほしい」と論説で訴えていたのである。

 これは占領中の経験が影響しているようだ。

 占領中、マハティール氏は学費を稼ぐために屋台でコーヒーやピーナッツを売っていた。その頃のことをこう振り返っている。

「英国人はカネも払わず勝手に商品を奪うことも多々あったが、日本の軍人は端数まできちんと支払ってくれた。町でみかける軍人は折り目正しく、勇敢で愛国的だった」

    つづく

デイリー新潮編集部

ソース: https://www.dailyshincho.jp/article/2018/07090631/?all=1


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 安倍ちゃん、李登輝さんやマハティールさんと一緒の時は本当におだやかな表情になるな。


部下を一喝した理由


 それから約30年、マハティール氏は「マレーシア食品工業公社会長」というポストについていた。当時の首相から与えられたポストで、名前は立派だが、実際は品質の悪いパイナップル缶詰工場の責任者だった。

 この時、親しくなったのが三井物産クアラルンプール出張所に赴任していた鈴木一正氏だ。鈴木氏は自社のルートを通じて、米国のパイナップルの缶詰の作り方をマハティールに無償で教える。その結果、マレーシアの公社が製造するパイナップルの缶詰は輸出に耐えられる品質に変わった。

 そこで彼らは米国市場を目指し、実際に米食品医薬品局(FDA)の検査基準もクリアする。

 こうなると、その輸出権を奪おうとする会社が三井物産以外にも現れるのは当然だろう。多額のフランチャイズ・マネーを提示されて、公社の職員にはそちらに傾きそうになった者もいたという。それを一喝したのがマハティール氏だった。

「ここまでの商品にできたのは、誰のおかげだと思っているのか!」

 世話になった人を裏切ることが、マハティール氏には許せなかったのだ。

 鈴木氏はその後もマレーシアとの親交を深め、退職後も現地に居を構え、マレーシア日本人商工会議所会頭を務めた。マハティール氏にとって一番親しい日本人で、その日本びいきは鈴木氏によるところが大きい、と加藤氏は解説している。

 律義さ、真面目さ、恩を忘れない精神……マハティール氏は日本人の美徳をそうしたところに見ているようだ。そのうえで、バブル期以降低迷してきた日本人に対して、誇りをもって、立ち上がってほしい、というメッセージを常に送っている。

 その期待を裏切ってはならないだろう。

デイリー新潮編集部

ソース: https://www.dailyshincho.jp/article/2018/07090631/?all=1


新潮社

愛国心を持て

92歳でマレーシア首相に返り咲いたマハティール・モハマド氏が日本の修学旅行生に向けて語ったスピーチをご紹介した記事は大きな反響を呼んだ。

とかく「日本はアジアに謝罪すべきだ」という声がマスコミでは大きく扱われがちだが、当のアジアの中にも「日本は戦争の贖罪意識から解放されるべきだ」と語るリーダーが存在することはあまり伝えられない。それゆえに、マハティール首相の言葉は新鮮だったのかもしれない。

そこでマハティール氏の著書『立ち上がれ日本人』(加藤暁子・訳)から、さらに日本人に向けてのメッセージをご紹介しよう。前回の首相在任時の発言だが、十分現代の私たちにも訴えてかけてくるメッセージばかりだ。

――愛国心について

「はっきり申し上げれば、いまの日本人に欠けているのは自信と愛国心です。日本が『愛国心』という言葉に過敏になる理由は、私にもわかります。確かに、過去に犯した多くの過ちを認める用意と意思は持たなければならない。しかし半世紀以上も前の行動に縛られ、恒常的に罪の意識を感じる必要があるのでしょうか。

ドイツを見てください。誰が彼らに、戦争中のナチスの残虐な行為を謝罪して回るよう求めているでしょうか。

しかし日本ではどの首相も、2世代も前の人間がやらかしたことを謝罪しなければならないと思っている。
これは不幸なことです。

日本が再び軍事大国になることはないという、近隣諸国の不安を取り除くための保証さえあれば、謝罪の必要はありません」

――日本の首相の在任期間の短さについて

「一人の政治指導者があまりに長く権力の座に居座ると、強権的になり腐敗を招く、という懸念がつきまとうのも事実です。しかし良識ある愛国的な指導者は、自らの権力を濫用することはありません。
投票による民主的なシステムでは、人気のあるリーダーは政策を十分に実行しうるポストを与えられます。いっぽう権力を濫用する者は、解任されるか選挙で落とされる運命にあります」

――日本のアジアでの地位について

「今まさに日本が挑戦すべきことは、東アジアにおけるリーダーの役割を果たすことです。日本には経済的な規模があり、富があり、世界水準の技術力がある。
世界のリーダーとなるには軍事力も必要だという考え方もあるでしょうが、今日の『戦争』は経済的な側面が焦点です。
東アジアだけでなく、世界が日本を必要としています。今日、世界がおかれた状況は修羅場と言ってもいいほどです。自由貿易システムの濫用、投機家の底なしの貪欲さ、そしてテロリズム――。日本のダイナミズムと、ひたむきな献身が、まさに必要とされているのです」

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『立ち上がれ日本人』
マハティール・モハマド 著/加藤 暁子 訳

日本の力を忘れるな

――終身雇用の崩壊について

「最近、欧米のメディアが積極的に転職する日本の若い世代を誉めそやす記事を読みました。これは、まったく間違っています。
長年保たれてきた企業と従業員の、よき家族にも似た関係が薄れてしまえば、私たちが多くを学んだ『日本株式会社』もまた立ち行かなくなる。


失業者を増やし、企業と社会の生産性を損なう外国のシステムを、なぜ盲目的に受け入れなければならないのでしょうか。アジアは欧米ではないのです。

日本人は、日本固有の文化にもっと誇りをもつべきです。もし当事者であるあなた方がそう思っていないとしたら、私の口からお伝えしたい。

あなた方の文化は、本当に優れているのです。日本の力を忘れてはいませんか

――日本の現状について

マレーシア経済危機のとき、日本は私たちの味方となってくれました。しかしその日本はといえば、残念ながら私の目からは自分を見失っているように、そして自分の考えで動いてはいないように映ります。

いまのところ日本は、私たち東アジアの国々から生まれた唯一の先進国です。そして、富める国には隣人に対してリーダーシップを発揮する義務があります。潜在的な大国である中国をうまく御しながら、その責務を果たせるのは西側諸国ではありません。それは、東アジアの一員たる日本にしかできない役目なのです。

いつまでも立ち止まっている余裕はありません。それは日本にとっても、東アジアにとっても、世界にとっても、大いなる損失でしかないのです。
最後にはっきりと申し上げたい。日本人よ、いまこそ立ち上がれ――と」

日本では不思議なことに、ここに挙げたマハティール首相のようなことを政治家が口にすると、「右傾化」「戦前回帰」「国粋主義的」などと批判されることが珍しくない。とくにメディアにその傾向は顕著だ。

最後に、メディアについてのマハティール首相の言葉もご紹介しておこう。

「世界は西側の価値観に支配されている。メディアはその最たるものだ。
日本のメディアは欧米のメディアに左右されることなく真実の報道をしてほしい」

デイリー新潮編集部

ソース: https://www.susanoo.net/parents-japan/92-years-old-prime-minister-mahathir

マレーシアのマハティール博士は、22年に渡り、「ルックイースト政策」など、

強力なビジョンを示したリーダーです。

マハティールは日本の第二次世界大戦の侵略に対しては厳しい態度を取るのですが、

「マレーシアは、日本に謝罪を求めたりはしない。」とあくまで未来を見据えた態度で日本とつき合うことを目指していました。


イギリス植民地時代では「マスター(ご主人様)」と呼ぶようにと指導するイギリス人に反発を覚え、日本占領下で出会った日本人に影響を受けたようです。


マハティールは日本占領下で学費を稼ぐために屋台でコーヒーやピーナッツを売っていました。

「英国人は金も払わず勝手に商品を奪う事も多々あったが、日本の軍人は端数まで

 きちんと支払ってくれた。町で見かける軍人は折り目正しく、勇敢で愛国的だった。」

と当時を振り返って述べています。


戦後、統一マレー国民組織(UMNO) に参加し政治活動を始める傍ら、シンガポールのエドワード7世医科大学で医師の資格を取得します。


1973年、ラザク首相からマレーシア食品工業公社会長を任された際、品質の悪いパイナップル缶詰工場の立て直しを支援してくれたのが、当時、三井物産クアラルンプール出張所に赴任していた現マレーシア日本人商工会議所会頭の鈴木一正さんでした。

鈴木さんは、独自のルートでアメリカのパイナップル缶詰の作り方を入手し、無償で提供。

さらには、輸出に耐えられる商品開発を行い米食品医薬局(FDA)の検査基準に合格するまで支援を惜しまなかったようです。

また戦後に日本を訪れた時に戦争で破壊され尽くしたにも関わらず、その被害をものともせずに勤勉で黙々と勤勉に働く姿を見て感動すらしたそうです。

このような自身の経験が、戦争での被害者という立場よりも、日本に対しての親近感につながっていったのだろうと思われます。

それは、日本の経済成長を見習おうという「ルックイースト政策」などに表れ、何度も来日しては、ホームセンターなどで雑貨を買い求め、「これをマレーシアで生産できないか?」と閣僚に諮ったと言います。


日本を手本とした理由として「個人の権利を優先させる欧米の文明は、倫理の荒廃を招いている。
それに対して日本は集団の利益を個人の利益に優先させ、
規律・勤勉・忠誠心を最も大事にしている。」とマハティールは述べています。


元々、マレーシアはマレー人を中心としたイスラム教国で「公」や規律など、昔の日本と同じような価値観を持っていたという面もあるでしょう。


戦後のマレーシアでは、外国人が富を握り、華人がこれに続きマレー人はみじめな生活をしていたようです。


主要産業のスズ、天然ゴム、貿易、商工業、金融などは英国系の外国資本と華人資本に抑えられており、マレー人の多くは一次産業などに従事し貧しい生活を送っていたそうです。


この不公平を是正するため企業の設立や租税の軽減などの経済活動のほか、公務員の採用などでもマレー系住民が優遇されるブミプトラ政策が実施されました。

この政策によって政治・行政におけるマレー人の優位性の確立に成功したものの、「マレー人には勤勉さが足りない」とマハティールが嘆く結果にもなっているようです。


そしてこれらの政策が実現していく中、1991年には、農作物や鉱産物の輸出、観光業に依存
した体質から脱却し2020年に先進国入りするとの目標「ワワサン(マレー語で vision の意)2020」を実施しています。


これはマレーシアをIT先進国とするために首都クアラルンプール周辺地域にITインフラを供えたマルチメディア・スーパーコリドーを建設し先進国入りを目指したものです。


そんな産業立国を推進するにあたり、マハティールは「知識教育」「科学的思考の重要性」「宗教教育と道徳」の大切さを説いています。


現在、多くの学術論文が英語で書かれているため、マレーシアでは、英語と数学、科学教育に力点が置かれているようです。特に競争に勝ち抜くためには、論理的であることの重要性にも触れているようです。


イスラムでは自由や個人主義が社会を退廃させ、犯罪や麻薬使用などの原因となるという事で、宗教や道徳にも力を入れているようです。この中でも「公」という考えを重視しているようです。


また2004年からは「ナショナルサービス」という軍事の徴兵制ではなく、ボランティアに特化した制度を導入し、全ての若者を対象として実施しています。


異なった民族が、共に遊び、食事をし、寝てコミュニティのために奉仕することで、民族融和や家族の大切さを知らしめるためにも努めているようです。


で、いつもの如く、教育(道徳)が一番効率の良い投資ではないかという事に落ち着きそうです。


マハティールの強力なリーダーシップは、1997年のアジア通貨危機を独自の路線で乗り切った面などでも発揮されています。


1997年のアジア通貨危機では、世界中の非難を浴びながら通貨リンギットの固定相場制への移行や金利の引き下げ、非居住者のリンギット取引の中止など強硬路線で対応し、IMFの介入を逃れることに成功。


返す刀で、欧米の投機筋への批判を展開し一時は孤立するものの、1998年にはいち早くマイナス成長から脱した事で、この英断を評価する声に変わったそうです。


この時も、数十億ドルの支援や、マレーシア政府発行の国債に対して保証を打ち出して蔭ながら支援したのが日本だったそうです。


本の内容では、欧米よりの日本のマスコミとは違った意見も学べるので面白いですね。

特に、パレスチナ問題やテロなどは「宗教問題」ではなく、パレスチナは「領土問題」、テロは「貧困問題」と捉えているのが新しい発見でした。


興味のある方は、一度、読まれてみてはいかがでしょうか?

ソース: http://ricecookerkakuyasu1.seesaa.net/article/424991441.html

 これは共作だったのか。若い頃はこんなのも書いていたんだねぇ
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