2005年08月10日

二十八ミリの秘密

 僕たち夫婦が八ヶ岳に山小屋を創ったのは、亭主の僕が、あかげらに魂を奪われて、土地を衝動買いしてしまったからです。
 なぜ‘作った’や‘造った’ではなく‘創った’という字を使ったのか、衝動買いした土地がなぜ僅か七十四坪だったのかは、「八ヶ岳あかげら日誌」に詳し過ぎるほど書いてあるので、ここではもう止めておきましょう。
 とにかく僕は、仕事で八ヶ岳に来て、可愛いあかげらに朝早く、コンコンとノックされて起こされたのに痺れてしまったのです。
アカゲラ
 そんな僕にとっては可愛いあかげらですが、怒って見たくもないとおっしゃる方もいるのは、濃い色の木を使っているお宅では壁に円い穴を開けられてしまうからでした。
 僕の友達のジェフ・クックさんの山小屋では、あかげらにコンコンと十センチほどの円い穴を開けられて、
「虫もいないし、巣も作らないのに、なぜ壁に穴を開けるんだ。嘴を磨くのなら歯ブラシを使え。ウチの壁に穴を開けるな」
 と、英語でぼやいていました。
 僕んちの壁は木じゃなくてサイディングですから、可愛いあかげらは何も出来ません。

 しかし、小鳥をこんなに身近に、可愛く感じるのも八ヶ岳に来てからです。
 ベランダに置いた餌台にヒマワリの種を入れておくと、特に秋から春の間はいろんな小鳥がやって来て、賑やかに餌を食べます。
 でも、夏になると常連のヤマガラやシジュウカラは来なくなるのですが、この季節は生餌の虫が豊富だからでしょう。
シジュウカラ
 僕も若い頃は、レアのステーキや大トロの方が身欠きニシンや干物、それに干鱈なんかより好きだったんですから、夏にヤマガラとシジュウカラが巣箱に来なくなっても、「あ、今は旨い虫を食べてるんだな」と思っているのです。こういう風にお互いのことを優しく理解すれば、戦争なんか起こりません。

 話はちょっと余談に渡りますが、僕の若い頃、縁日で“ヤマガラのおみくじ”をやっていました。
 十円玉を咥えたヤマガラが五十センチほどの参道を、ピョンピョン飛んで行って、お社の前の賽銭箱に十円玉を落として、嘴で紐を引っ張って鈴を鳴らしてから、お社の戸を開けると、中に入っておみくじを咥え、またピョンピョン戻って来てお客さんに渡す芸です。
 ヤマガラはとても賢くて、何回やっても間違えません。ヤマガラの動作やお社に入るお尻が、何とも言えず可愛くて、縁日の人気者でした。

 この三十年ほど、ヤマガラのおみくじを見なくなったので、知り合いの香具師の爺さんに訊いたら、「あの芸は十円じゃ合わなくて、やる人がいなくなっちゃった。五百円玉じゃヤマガラには重過ぎるんだ」と、教えてくれたのです。
ヤマガラ

 こんなに餌を食べに来るのなら、ウチの庭の木に巣箱を掛けて、それに小鳥が巣を作ったら、どんなに平和な眺めだろうと僕たちは思いました。
 そして、ある日、僕たちは巣箱を買いに近所の“ヒッコリーロード”というお店に行って、なんともチャーミングでユニークな言葉を話すオバさんに会いました。
 巣箱や餌箱を沢山吊るして店番をしていたオバさんは、僕に、「ウチの巣箱には必ず小鳥の夫婦が巣を作ります」と、断言したのです。
鳥小屋
 僕たちが正札を見て、意外にお値段がいいので、ちょっと引けたのがオバさんには分かったんでしょう。僕たちがよく紙タオルやトイレットロールを買いに行く、長坂のJマートでは、多分、東南アジア製でしょうが千二百円ほどで売っているのが、オバさんの店では六千五百円でした。
 手作りのとても素敵な巣箱ですがヤマガラやシジュウカラにとっては、それほどの差や違いはないだろうと、僕たちには思えたのです。しかし、もし小鳥が巣箱に巣を作らなかったら、そんなものは小泉内閣のノオノ法務大臣と一緒で、たとえ十円玉一つでも、ものの役には立ちません。
 千二百円と六千五百円の差に、たじろいでいた僕たちに巣箱屋のオバちゃんは、それは面白い話を、立て板に水なんかではなく、訥々と語ってくれたのです。
 西だけ避けて、気持ち前のめりに取り付けた巣箱に、最初に飛んで来るのは牡、亭主の小鳥で、巣を何処に構えるのかの決定権は牝、女房にあるのだと言いました。
 だから、いい巣箱を見付けた亭主は、すぐ女房を連れて戻って来て、中を覗いたり周囲を見渡した女房が気に入ると、まずするのは前の年に他の夫婦が作って残した巣を解体して、巣箱の外に抛り出して掃除をするのだそうです。
 それから夫婦で新しい巣を作って卵を産むのだと、ヒッコリーロードのオバちゃんは言いました。
「やぁ、小鳥は潔癖なんだなぁ」
 僕は口から出掛った「小鳥相手のラブホテルは、儲かんねぇな」という冗談を呑み込みました。うっかりこんなことを言うと、小鳥じゃなくてヒトの亭主は、巣に帰ってから非道い目に遭わされると知っているからです。

 秘密は、この巣箱の入口の穴にあると、オバちゃんは言いました。
「大きければいいものではありません。東南アジア製のは、肝腎なこの穴を大きく開け過ぎるんです。二十八ミリまででなければ、八ヶ岳の小鳥は、安心して子育てをしません」 小泉総理と違って、明快に説明してくれたのです。
 僕は女房殿が出す前に、自分の財布を出してお金を払いました。
 ヒッコリーロードの御夫婦は、不器用の権化みたいな僕に代わって、ベランダのすぐ前にある桜の幹に巣箱を取り付けてくれたのです。
 その年の三月には、ヤマガラの夫婦が卵を産み仔を育てて、五月の中旬には巣立ちました。
 僕たちは残念ですが、仕事で忙しく飛び回っていて、見ていません。御近所の奥様が、親子が元気に巣立っていったと教えてくださったのです。
 驚いたことにヤマガラは、僅か三ヶ月足らずで、ヒトが二十年かかってやることを、極くさりげなくやってのけているのでした。



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この記事へのコメント

1. Posted by xiao   2005年09月03日 16:53
私のつたないブログにトラックバックいただきましてありがとうございます。トラックバックいただいた方が安部譲二さんと知って驚きました。
私の夢もいつか信州に移り住むことです。叶いそうにありませんが、阿部さんのような写真を見せられると、あらためて勇気がわいてきます。良いブログを見つけられてうれしいです。
2. Posted by 笠治郎   2005年09月03日 17:00
5 野鳥が癒されますよね。
トラックバックありがとうございます。
先週フィールドスコープを購入しましたので、どしどし野鳥の素敵な写真をアップしたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。
3. Posted by せおり   2005年09月03日 18:35
5 トラックバックありがとうございます。
可愛らしいお写真と示唆に富む文章を楽しませていただきました。
>こういう風にお互いのことを優しく理解すれば、戦争なんか起こりません。
そうです!鳥の「食文化」を否定してはいけません。私たちが普段食べている物も鳥たちから見れば奇異に映ることでしょう。「自分より大きな牛なんか食べるなんて恐いなぁ。」などと思われていたりして。
4. Posted by 農民   2005年09月03日 18:43
田舎暮らし4年目の(自称)農民です。
トラックバックありがとうございます。
あのおみくじトリ、ヤマガラだったのですか。子どもの頃学校帰りによくみたものです。

ここにもよく野鳥が飛んでくるので巣箱を作りたいなと思っているのですが、根がぐうたらなもんでいつも思うだけで終わってしまいます。
でも鳥の鳴き声によって季節を感じるのはとってもいいものですね。

これからは一段と虫の鳴き声が騒がしくなってきます。田舎暮らしの一番いい季節ですね。
これからもよろしくお願いします。
5. Posted by 羚英(りょうえい)   2005年09月03日 20:16
TBをいただきまして、ありがとうございます。

プロフィールのお写真を拝見してビックリ、安部譲二さんではありませんか!
川崎に住んでおられるとばかり思っておりましたが、今は東京と八ヶ岳にお住まいでしたのね。

川崎も随分と変わってしまいましたが、生田緑地は昔と少しも変わっていません。
ちょっと疲れると、いつもここでパワーをもらいます。
安部さんのお住まいの八ヶ岳のようにキツツキの心地よい音は聞こえませんが、私にとっては大切な森です。
川崎が懐かしくなられる時がありましたら、またどうぞ覘きにいらして下さいませ!
6. Posted by あまもり   2005年09月03日 23:28
5 「神崎川にアオサギトが」へのラックバックありがとうございます。
今日気づきまして、どなたなんだろうとこちらへお邪魔しましたら、これはびっくりです。あの猫好きの安部譲二さんだったとは。
ヒッコリーロードのオバちゃんのお話を読んでタイトルの「二十八ミリの秘密」のわけを理解しました。二十八ミリのおかげでヤマガラの新しい家族が誕生できたのですね。子育ての詳細はなくても目に浮かぶような内容はさすがにと感動いたしました。
大阪にもヒッコリーロードのオバちゃんがいたなら、サギが戻ってくるいいヒントを教えてくれるかもしれない、そんな思いがしました。ありがとうございました。
7. Posted by おとさん   2005年09月03日 23:29
トラックバックありがとうございます。

辿ってみたら安部さんだったので驚いています。

野鳥、素敵な写真ですね。
私は鳥に関しては疎いのですが、都会の喧騒を離れて、野鳥の歌声を聴くのは本当に癒されますね。
8. Posted by MORIHANA   2005年09月04日 10:03
TB、ありがとうございました。
拙blogにご訪問いただいたこと、
重ねてお礼申し上げます。

八ヶ岳の自然の美しさ、豊かさ。そして、そこで営まれている温かな暮らしが
阿部さんの記事から伝わってきました。
拙blogでも、そのように北海道ならではの魅力、日々の暮らしの中で出遭う、ささやかだけれど、大いなる歓び、発見を多くの人に伝えていけたら
…と思っています。

また、お時間のあるときにご訪問ください。その記事が、阿部さんの日常の一服の清涼剤となれば、幸福です。
私も時々、立ち寄らせていただきたいと思います。どうぞ、よろしくm(__)m
9. Posted by せおり   2005年09月04日 11:37
また参りました。
あまり関係なさそうだけどトラックバックさせていただきました。どうしても例の一文が気になりましたので・・・。
10. Posted by shima   2005年09月04日 20:49
初めまして。
TBをありがとうございます。
私もたどってきて、お名前を拝見して、思わず、パソコン画面に顔を近づけて確認してしまいました(^_^)

私も鳥見をしながら「ここに引っ越したい」と思うことは珍しくないのですが、本当に土地を買われてしまって、野鳥は幸せですね(^_^)
11. Posted by Otomi   2005年09月04日 21:32
トラックバックをありがとうございます。
実は昨年まで昔、安部さんが乗っていた同型のサイドカーに乗っていました(^^)
12. Posted by アニマル   2005年09月04日 21:52
4 こんにちは阿部さん。
TBありがとうございます。
私のブログはクライミングが中心なので、鳥の名前はたまたまついていたクライミングルートの名前なのです。

その岩場&キャンプ場は八ヶ岳野辺山から30分くらいのところにある川上村のはずれにあります。自然なままのキャンプ場で焚き火もOKなとっても癒される私の大好きな場所です。 八ヶ岳にすんでいらっしゃるとは知りませんでした。
うらやましい限りです。
ではまた
13. Posted by    2005年09月04日 23:47
トラックバックありがとうございます。

今朝テントで目覚め、外に顔を出した時に聞こえてきた声は「ケッ」というキツツキの声。辺りを見回すと、木を飛び移るアカゲラが見えました。土日はそんな野外生活をしていたため、ご挨拶が遅れてしまいました。

うちでも秋冬はえさ台にエサを置きます。ヤマガラやシジュウカラが、小さな足で器用に押さえながらヒマワリの種を食べる姿の可愛らしさはたまりませんね。

ヤマガラのおみくじのお話、大変懐かしく読ませていただきました。子供の頃、あの利口で綺麗なヤマガラを飼ってみたくてしょうがなかった覚えがあります。見られなくなった理由も知ることが出来ました。

これからも、阿部さんのブログで八ヶ岳の自然を楽しませていただきます。
14. Posted by oode   2005年09月05日 21:50
トラックバックありがとうございます。

たどりついた先が安部譲二さんのブログで、私も皆さん同様びっくりしています。
「二十八ミリの秘密」を楽しく読ませていただきました。小鳥が安心して子育てできる環境が穴のサイズにあるなんて、不思議ですね。
ヤマガラのおみくじも見てみたかったです。
私もトラックバックさせていただきました。これからも、立ち寄らせてください。では、また。
15. Posted by @えふ   2005年09月12日 03:29
あわわわわ・・・ビックリ〜!阿部譲二さんだぁ・・・。

TBありがとうございます。

すいません、最初「唐揚げ日誌」?って読み違えてしまいました(汗)アカゲラはまだ会ったことがありません(鳴き声は聞きました)が、いつかは是非撮りたいと思っている野鳥です。

今年は我がフィールドでハヤブサが繁殖したので、それの撮影で今年前半を費やしました。そのビデオの編集が先ほどようやく片付いてホッとしているところです。

そろそろ渡りのシーズンですね。我がフィールドにもいろいろな野鳥が顔を見せてくれることでしょう。楽しみです。

こちらのブログも楽しみです。これからもちょくちょく立ち寄らせていただきます。ではでは。
16. Posted by ブトボソ   2005年09月13日 18:54
初めまして。トラックバックの意味が解らずにコメントが遅くなってしまいました。私のメインはカラスですが、昆虫も好きです。生き物全てが良いですね。躍動感があり無駄がありません。

素敵な環境にお住まいなのですね。私は都会のMSですが、そこでの環境に適応した生き物を日々観察しています。同じ生き物でも住んでいる環境によって行動が違って来る事もあると思います。その辺りの違いを見付けられたらより楽しいと思います。また寄らせていたd
17. Posted by ブトボソ   2005年09月13日 18:56
度々すみません。先ほどのコメントが途中で投稿されてしまいました。また寄らせて頂きます。

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