「臼杵市埋立免許取消事件−漁業権の放棄と関係地区組合員の同意」
福岡高等裁判所昭和48年10月19日判決(判タ300号151頁ほか)
【事案の概要】
大分県臼杵市は、昭和43年に産業の振興を図るべく工場誘致計画を立て、その一つとして大阪セメントを誘致することを決定した。昭和45年3月21日、工場建設予定地の海面に第一種ないし第三種共同漁業権を有する臼杵市共同漁業組合は、臨時総会を開き賛成多数をもって漁業権一部放棄を決定したうえ、大分県知事に漁業権変更免許を申請し、同年5月20日申請どおり変更免許された。続いて、大分県知事は、大阪セメントの申請に基づき、旧公有水面埋立法4条の趣旨により本件公有水面には権利を有するものがないことを前提として、昭和45年12月25日同会社に埋立免許を与えた。 原告らは、臼杵市漁協の組合員である漁業者であり、右組合の漁業権行使規則によって該漁区で漁業を営む権利(=「行使権」)を有する者であるが、上記漁業権放棄には漁業法8条3項が準用され、関係地区組合員の3分の2以上の書面による同意が必要であるのに、本件ではそのような同意がないので放棄は効力を生じないなどと主張し、大分県を被告として、埋立免許の取消を請求した。
*当該漁区で現に漁業を営む者で当該漁業の関係地区内に住所を有する者は原告らを含む129名、組合の正組合員は726名であった。
【事案の概要の補足〜臼杵市風成(かざなし)闘争とは。】
臼杵市の中心部から東に4キロメートルほど行くと小さな集落があります。そこが臼杵市大字風成で、かつては突きん棒漁(船の上から、先端に銛をつけた長い棒で泳いでいるカジキやマグロなどを突いて仕留める漁法)で有名な漁村でした。昭和40年代に、その風成地区の目と鼻の先の海(日比浦。現上浦(うわうら)小学校の前の入江)を埋め立て、セメント工場を建設しようとする計画が持ち上がりました。それを知った風成の住民たちが身を挺してセメント工場建設を阻止しようとした住民運動が風成闘争です。
昭和45年2月、市議会で工場誘致が決定し、漁業権を持つ臼杵市漁協も日比浦の埋め立てに同意しました。ところが誘致工場に隣接する風成地区から、粉じん公害を受けるとして強い反対運動が起こり、この動きは全市に広がりました。賛否両論がうずまく中、誘致の是非をめぐり臼杵市は大いに混乱します。同年4月7日、去る3月21日に開いた臼杵市漁協の臨時総会の漁業権放棄の決議は「無効だ」として、風成地区漁民56人が漁協組合長と市長を相手取り、漁業権確認の訴えを大分地裁に起こしました。しかし12月25日、水産庁の認可をうけた大分県はセメント会社に対して埋め立てを認可しました。昭和46年1月6日、セメント会社は測量を開始します。これを知った風成地区反対派の住民たちは激しい抗議行動を展開します。とりわけ主婦たちの活躍はめざましく、厳寒の降りしきる雨の中、実力排除に備えて雨カッパの上から腰に荒縄を巻き付けて、数十人もの人が作業イカダの上に座り込むなど必死の抵抗行動をとり続けました。一方、風成漁民の漁業権確認請求訴訟(いわゆる風成訴訟)は地域開発か、公害予防か全国の注視を浴びる中、昭和48年10月福岡高裁で結審し漁民方の勝訴となりました。セメント工場の建設は断念せざるをえませんでした。風成闘争は日本の公害予防運動史上きわめて大きな意義をもつ闘争といわれています。
(インターネット記事より引用)
【争点】
共同漁業組合が有する漁業権を放棄する場合、水協法50条4号(総組合員の過半数が出席してその議決権の3分の2以上の多数決)の適用に加え、漁業法8条5項(現在の7項、以下同じ。)、3項(当該漁業権に係る地元地区内に住所を有する者の3分の2以上の書面による同意)が類推適用されるか。
【争点の意味】
漁業法は、漁業権の帰属と組合員の漁業を営む権利とを明確に区別しており(同法14条8項、8条1項)、水協法においても、組合総会の特別決議事項として、漁業権自体の得喪変更と行使規則の制定変更を分けて規定している(同法50条4号、5号)。そして、漁業法8条5項、3項は行使規則の変更についてのみ関係地区組合員の3分の2以上の書面による同意を加重的手続として要求している。
したがって、少なくとも文理上は、漁業権の一部放棄については、組合総会における特別決議のみが要件であると解される。
それにもかかわらず、漁業法8条5項、3項がなぜ類推適用され得るのか。
【本件以前の学説・判例】
特に議論されておらず、わずかに高松地判昭和45年4月28日(判例集末登載)が、えむし漁業権の消滅について行使権者の特別な同意は必要でない旨を判事するのみであったとされている。
*「えむし」・・・餌虫のことで、本虫やゴカイなどを指す。
【訴訟経過】
第一審大分地裁判決(昭和46年7月20日)は、原告らの請求をほぼ全面的に認めたため、被告(大分県)が控訴した。
【判旨】
控訴棄却
(共同漁業権の性格について)
共同漁業権は、現行漁業法により、関係漁民による漁場管理の方法で認められたものであるとはいえ、・・・沿革及び漁場利用形態の特質(いわゆる地先水面の共同利用)に鑑みれば、関係漁民総有の入会漁場としての性格を帯有するものと解するのが相当である。
(漁業法8条1項の定める、組合員の「漁業を営む権利」の性格について)
漁業協同組合または漁業協同連合会の保有する漁業権または入漁権に基盤をおく権利として、物権的性格を有し、具体的には、その権利内容実現のための、いわゆる物上請求権の派生せしめる権利(財産権)として把握するのが相当であって、控訴人の主張するごとく、漁業権の帰属主体である漁業協同組合の組合員たる資格に由来する、いわゆる社員権的な権利として観念することはできない。
(漁業法8条5項、3項の類推適用の可否について)
漁業協同組合がその保有する漁業権(第一種共同漁業を内容とする共同漁業権または特定区画漁業権)を放棄(一部放棄を含む。)する場合であっても、同条項の類推適用があるものと解するのが相当である。けだし、漁業権行使規則の変更または廃止は、当該行使規則によって定められた、「漁業を営む権利」を有する者の資格や当該漁業を営む場合の区域、期間及び漁法等に変動を生ぜしめることを目的とするものであるから、現に漁業を営んでいる者について、当該「漁業を営む権利」を失われるに至る場合のほか、その漁業従事の態様に影響を及ぼすにとどまる場合も存するのに、そのいずれの場合にあっても、現に漁業を営む者の地位を保護するために、漁業法8条5項、3項の手続を履践すべきことが要求されているところ、漁業協同組合が漁業権を放棄・・・する場合にあっては、その当然の帰結として、常に、漁業権行使規則で規定する資格に該当する者の「漁業を営む権利」が失われ、現に漁業を営む者もその例外ではあり得ないのであるから、むしろ、現に漁業を営む者の利益保護についてより慎重な配慮を必要ということはできても、この配慮を欠いても良いとすべき合理的な理由は何もみあたらないからである。
【判決の検討−共同漁業権の性格(総有説VS社員権説)と本件との関係】
1.本判決は、漁業権の放棄に漁業法8条5項、3項が類推適用されるとの結論を導く直接の理由としては、上記のとおり、漁業法8条5項、3項の趣旨は当該漁業に従事しない組合員の意思のみにより現に当該漁業を営む者の地位が不当に脅かされることのないように配慮した点にあり、そうであれば、漁業権放棄の場合にも、漁業権行使規則で規定する資格に該当する者の漁業を営む権利が失われる以上、同じく同条項の趣旨が妥当するという点を挙げている。
この結論および理由と、共同漁業権あるいは組合員の「漁業を営む権利」に関する性格を論じた上記判旨とはどのように結びつくのだろうか。
2.一審を含む本件での裁判所の判断には、賛成する説(阿部泰隆・本件批判・判評152号123頁等)と反対する説(桜田誉「臼杵市における漁業権確認訴訟・大分地裁判決等について」ひろば1971年11月号28頁等)があるが、宮川勝之・別冊ジュリスト43号184頁は、このような賛否の対立の根底には、組合管理の漁業権と組合員の行使権の関係をいかに解するか、つまり、行使権利者の総有的帰属形態であって行使権者は対外的権利の主張もできるとみるか(総有説)、それとも漁業権は組合に帰属し行使権は組合員としての地位によって派生する対組合的権利に過ぎないとみるか(社員権説)という難問題が横たわっているとする。そして、総有説からすれば、本来行使権者が漁業権放棄に特別の発言権を有するのは当然であると考えるから、本件判決に賛成することになり、社員権説からすれば、漁業権はあくまで組合に帰属するのであるから、漁業権放棄には組合としての特別決議があればそれで十分であり、他に行使権者の意思を特別に顧慮することは、対内的にはともかく対外的には必要ないと考え、本判決に反対することになる旨を示唆する。
3.しかし、少なくとも本件に関する限り、総有説と社員権説とが論理必然的に反対の結論を導くことにはならないと思われる。端的に言えば、漁業権を社員権説的にとらえたとしても、本件判決と同様の結論に至る余地は十分にあると考えられる。
なぜなら、組合員の行使権が漁業法に具体化され(8条1項)、一定の要件のもとで一定の保護が与えられている(8条5項、3項)以上、他の法条の形式的適用(水協法50条4号)により保護の態様に不均衡が生じれば、これを是正するため、基本となる条文を類推適用することが許されるのは当然で、それは漁業法にとどまらない法解釈一般に通じるあり方と思われるし、本件で問題となっているのは、漁業権放棄に際し対内関係においてどのような手続きの履践が必要かという点であるから、漁業権は組合に帰属し行使権は組合員としての地位によって派生する対組合的権利に過ぎないと考える社員権説からしても、組合内での多数決のあり方に関する漁業法8条5項、3項の類推を認めることに論理的な問題があるとも思えない。更に、社員権説といえども、対内関係の瑕疵を組合と第三者との間の法律関係に一切及ぼしてはならないとまでは主張してはいないはずであるから、本件原告らが、対内関係の手続きの瑕疵を理由として組合の漁業権放棄及びそれから派生した埋立免許付与の瑕疵を主張することもまた、社員権説と必ずしも矛盾するものではないと思われるからである。
4.漁業権の性格を巡る総有説と社員権説の対立は、漁業権の沿革と絡んで極めて重要な争点であることは確かであるが、どちらの説をとるかによって漁業法等の個別条項の解釈の細部までが論理必然的に決まるとか、個別の解釈問題について常に反対の解決を導くとか考えるのはいきすぎであると思われる(宮川・別冊ジュリストの分析もそのような趣旨ではないと思う)。
【本判決の先例価値】
1.最高裁は、共同漁業権放棄対価としての補償金の配分手続きに関する事案(最判平成元年7月13日。第2回勉強会)において、共同漁業権について「社員権説の立場をとることを明らかにした」(判タ708号157頁のコメント)。よって、本件判決の共同漁業権の性格についての前記判示部分は、最高裁により否定されたことになる。
2.平成13年の漁業法改正により、漁業共同組合が共同漁業権を放棄しようとする場合には8条3項が適用されることになり(31条)、立法的な解決が図られている(田中克哲・最新・漁業権読本265頁)。
3.公害運動としての成果については、前記インターネット記事を参照。
【本件におけるその他の争点】
本件控訴審では、上記に検討した点の他、以下の点についても争われたが、本勉強会の趣旨からは若干外れるため、紹介、検討を割愛した。
○漁業権一部放棄の場合になされた漁業権変更免許の効力
(判旨:漁業権の一部放棄に対してなされた漁場を縮小する旨の漁業権変更免許は、漁業共同組合の漁業権一部放棄の届出に対する受理の効果を生ぜしめるものにすぎず、右変更免許によって公有水面における漁業権消滅という権利変動を形成するものではないと解すべき)
○公有水面埋立法4条1号の同意と表見代理の成否
(判旨:公有水面埋立法における埋立免許は、埋立免許者たる都道府県知事の意思表示によって、埋立出願者に対し法律上有効な埋立権を設定する行政行為であり、かつ、出願者の意思に拘束されないいわゆる公法上の単独行為と解すべきものであるから、私法上の取引原理である表見代理の法意が適用または類推適用されるべきではない)
以上
参考文献
別冊ジュリスト43号184頁
田中克哲「最新・漁業権読本」264頁

福岡高等裁判所昭和48年10月19日判決(判タ300号151頁ほか)
【事案の概要】
大分県臼杵市は、昭和43年に産業の振興を図るべく工場誘致計画を立て、その一つとして大阪セメントを誘致することを決定した。昭和45年3月21日、工場建設予定地の海面に第一種ないし第三種共同漁業権を有する臼杵市共同漁業組合は、臨時総会を開き賛成多数をもって漁業権一部放棄を決定したうえ、大分県知事に漁業権変更免許を申請し、同年5月20日申請どおり変更免許された。続いて、大分県知事は、大阪セメントの申請に基づき、旧公有水面埋立法4条の趣旨により本件公有水面には権利を有するものがないことを前提として、昭和45年12月25日同会社に埋立免許を与えた。 原告らは、臼杵市漁協の組合員である漁業者であり、右組合の漁業権行使規則によって該漁区で漁業を営む権利(=「行使権」)を有する者であるが、上記漁業権放棄には漁業法8条3項が準用され、関係地区組合員の3分の2以上の書面による同意が必要であるのに、本件ではそのような同意がないので放棄は効力を生じないなどと主張し、大分県を被告として、埋立免許の取消を請求した。
*当該漁区で現に漁業を営む者で当該漁業の関係地区内に住所を有する者は原告らを含む129名、組合の正組合員は726名であった。
【事案の概要の補足〜臼杵市風成(かざなし)闘争とは。】
臼杵市の中心部から東に4キロメートルほど行くと小さな集落があります。そこが臼杵市大字風成で、かつては突きん棒漁(船の上から、先端に銛をつけた長い棒で泳いでいるカジキやマグロなどを突いて仕留める漁法)で有名な漁村でした。昭和40年代に、その風成地区の目と鼻の先の海(日比浦。現上浦(うわうら)小学校の前の入江)を埋め立て、セメント工場を建設しようとする計画が持ち上がりました。それを知った風成の住民たちが身を挺してセメント工場建設を阻止しようとした住民運動が風成闘争です。
昭和45年2月、市議会で工場誘致が決定し、漁業権を持つ臼杵市漁協も日比浦の埋め立てに同意しました。ところが誘致工場に隣接する風成地区から、粉じん公害を受けるとして強い反対運動が起こり、この動きは全市に広がりました。賛否両論がうずまく中、誘致の是非をめぐり臼杵市は大いに混乱します。同年4月7日、去る3月21日に開いた臼杵市漁協の臨時総会の漁業権放棄の決議は「無効だ」として、風成地区漁民56人が漁協組合長と市長を相手取り、漁業権確認の訴えを大分地裁に起こしました。しかし12月25日、水産庁の認可をうけた大分県はセメント会社に対して埋め立てを認可しました。昭和46年1月6日、セメント会社は測量を開始します。これを知った風成地区反対派の住民たちは激しい抗議行動を展開します。とりわけ主婦たちの活躍はめざましく、厳寒の降りしきる雨の中、実力排除に備えて雨カッパの上から腰に荒縄を巻き付けて、数十人もの人が作業イカダの上に座り込むなど必死の抵抗行動をとり続けました。一方、風成漁民の漁業権確認請求訴訟(いわゆる風成訴訟)は地域開発か、公害予防か全国の注視を浴びる中、昭和48年10月福岡高裁で結審し漁民方の勝訴となりました。セメント工場の建設は断念せざるをえませんでした。風成闘争は日本の公害予防運動史上きわめて大きな意義をもつ闘争といわれています。
(インターネット記事より引用)
【争点】
共同漁業組合が有する漁業権を放棄する場合、水協法50条4号(総組合員の過半数が出席してその議決権の3分の2以上の多数決)の適用に加え、漁業法8条5項(現在の7項、以下同じ。)、3項(当該漁業権に係る地元地区内に住所を有する者の3分の2以上の書面による同意)が類推適用されるか。
【争点の意味】
漁業法は、漁業権の帰属と組合員の漁業を営む権利とを明確に区別しており(同法14条8項、8条1項)、水協法においても、組合総会の特別決議事項として、漁業権自体の得喪変更と行使規則の制定変更を分けて規定している(同法50条4号、5号)。そして、漁業法8条5項、3項は行使規則の変更についてのみ関係地区組合員の3分の2以上の書面による同意を加重的手続として要求している。
したがって、少なくとも文理上は、漁業権の一部放棄については、組合総会における特別決議のみが要件であると解される。
それにもかかわらず、漁業法8条5項、3項がなぜ類推適用され得るのか。
【本件以前の学説・判例】
特に議論されておらず、わずかに高松地判昭和45年4月28日(判例集末登載)が、えむし漁業権の消滅について行使権者の特別な同意は必要でない旨を判事するのみであったとされている。
*「えむし」・・・餌虫のことで、本虫やゴカイなどを指す。
【訴訟経過】
第一審大分地裁判決(昭和46年7月20日)は、原告らの請求をほぼ全面的に認めたため、被告(大分県)が控訴した。
【判旨】
控訴棄却
(共同漁業権の性格について)
共同漁業権は、現行漁業法により、関係漁民による漁場管理の方法で認められたものであるとはいえ、・・・沿革及び漁場利用形態の特質(いわゆる地先水面の共同利用)に鑑みれば、関係漁民総有の入会漁場としての性格を帯有するものと解するのが相当である。
(漁業法8条1項の定める、組合員の「漁業を営む権利」の性格について)
漁業協同組合または漁業協同連合会の保有する漁業権または入漁権に基盤をおく権利として、物権的性格を有し、具体的には、その権利内容実現のための、いわゆる物上請求権の派生せしめる権利(財産権)として把握するのが相当であって、控訴人の主張するごとく、漁業権の帰属主体である漁業協同組合の組合員たる資格に由来する、いわゆる社員権的な権利として観念することはできない。
(漁業法8条5項、3項の類推適用の可否について)
漁業協同組合がその保有する漁業権(第一種共同漁業を内容とする共同漁業権または特定区画漁業権)を放棄(一部放棄を含む。)する場合であっても、同条項の類推適用があるものと解するのが相当である。けだし、漁業権行使規則の変更または廃止は、当該行使規則によって定められた、「漁業を営む権利」を有する者の資格や当該漁業を営む場合の区域、期間及び漁法等に変動を生ぜしめることを目的とするものであるから、現に漁業を営んでいる者について、当該「漁業を営む権利」を失われるに至る場合のほか、その漁業従事の態様に影響を及ぼすにとどまる場合も存するのに、そのいずれの場合にあっても、現に漁業を営む者の地位を保護するために、漁業法8条5項、3項の手続を履践すべきことが要求されているところ、漁業協同組合が漁業権を放棄・・・する場合にあっては、その当然の帰結として、常に、漁業権行使規則で規定する資格に該当する者の「漁業を営む権利」が失われ、現に漁業を営む者もその例外ではあり得ないのであるから、むしろ、現に漁業を営む者の利益保護についてより慎重な配慮を必要ということはできても、この配慮を欠いても良いとすべき合理的な理由は何もみあたらないからである。
【判決の検討−共同漁業権の性格(総有説VS社員権説)と本件との関係】
1.本判決は、漁業権の放棄に漁業法8条5項、3項が類推適用されるとの結論を導く直接の理由としては、上記のとおり、漁業法8条5項、3項の趣旨は当該漁業に従事しない組合員の意思のみにより現に当該漁業を営む者の地位が不当に脅かされることのないように配慮した点にあり、そうであれば、漁業権放棄の場合にも、漁業権行使規則で規定する資格に該当する者の漁業を営む権利が失われる以上、同じく同条項の趣旨が妥当するという点を挙げている。
この結論および理由と、共同漁業権あるいは組合員の「漁業を営む権利」に関する性格を論じた上記判旨とはどのように結びつくのだろうか。
2.一審を含む本件での裁判所の判断には、賛成する説(阿部泰隆・本件批判・判評152号123頁等)と反対する説(桜田誉「臼杵市における漁業権確認訴訟・大分地裁判決等について」ひろば1971年11月号28頁等)があるが、宮川勝之・別冊ジュリスト43号184頁は、このような賛否の対立の根底には、組合管理の漁業権と組合員の行使権の関係をいかに解するか、つまり、行使権利者の総有的帰属形態であって行使権者は対外的権利の主張もできるとみるか(総有説)、それとも漁業権は組合に帰属し行使権は組合員としての地位によって派生する対組合的権利に過ぎないとみるか(社員権説)という難問題が横たわっているとする。そして、総有説からすれば、本来行使権者が漁業権放棄に特別の発言権を有するのは当然であると考えるから、本件判決に賛成することになり、社員権説からすれば、漁業権はあくまで組合に帰属するのであるから、漁業権放棄には組合としての特別決議があればそれで十分であり、他に行使権者の意思を特別に顧慮することは、対内的にはともかく対外的には必要ないと考え、本判決に反対することになる旨を示唆する。
3.しかし、少なくとも本件に関する限り、総有説と社員権説とが論理必然的に反対の結論を導くことにはならないと思われる。端的に言えば、漁業権を社員権説的にとらえたとしても、本件判決と同様の結論に至る余地は十分にあると考えられる。
なぜなら、組合員の行使権が漁業法に具体化され(8条1項)、一定の要件のもとで一定の保護が与えられている(8条5項、3項)以上、他の法条の形式的適用(水協法50条4号)により保護の態様に不均衡が生じれば、これを是正するため、基本となる条文を類推適用することが許されるのは当然で、それは漁業法にとどまらない法解釈一般に通じるあり方と思われるし、本件で問題となっているのは、漁業権放棄に際し対内関係においてどのような手続きの履践が必要かという点であるから、漁業権は組合に帰属し行使権は組合員としての地位によって派生する対組合的権利に過ぎないと考える社員権説からしても、組合内での多数決のあり方に関する漁業法8条5項、3項の類推を認めることに論理的な問題があるとも思えない。更に、社員権説といえども、対内関係の瑕疵を組合と第三者との間の法律関係に一切及ぼしてはならないとまでは主張してはいないはずであるから、本件原告らが、対内関係の手続きの瑕疵を理由として組合の漁業権放棄及びそれから派生した埋立免許付与の瑕疵を主張することもまた、社員権説と必ずしも矛盾するものではないと思われるからである。
4.漁業権の性格を巡る総有説と社員権説の対立は、漁業権の沿革と絡んで極めて重要な争点であることは確かであるが、どちらの説をとるかによって漁業法等の個別条項の解釈の細部までが論理必然的に決まるとか、個別の解釈問題について常に反対の解決を導くとか考えるのはいきすぎであると思われる(宮川・別冊ジュリストの分析もそのような趣旨ではないと思う)。
【本判決の先例価値】
1.最高裁は、共同漁業権放棄対価としての補償金の配分手続きに関する事案(最判平成元年7月13日。第2回勉強会)において、共同漁業権について「社員権説の立場をとることを明らかにした」(判タ708号157頁のコメント)。よって、本件判決の共同漁業権の性格についての前記判示部分は、最高裁により否定されたことになる。
2.平成13年の漁業法改正により、漁業共同組合が共同漁業権を放棄しようとする場合には8条3項が適用されることになり(31条)、立法的な解決が図られている(田中克哲・最新・漁業権読本265頁)。
3.公害運動としての成果については、前記インターネット記事を参照。
【本件におけるその他の争点】
本件控訴審では、上記に検討した点の他、以下の点についても争われたが、本勉強会の趣旨からは若干外れるため、紹介、検討を割愛した。
○漁業権一部放棄の場合になされた漁業権変更免許の効力
(判旨:漁業権の一部放棄に対してなされた漁場を縮小する旨の漁業権変更免許は、漁業共同組合の漁業権一部放棄の届出に対する受理の効果を生ぜしめるものにすぎず、右変更免許によって公有水面における漁業権消滅という権利変動を形成するものではないと解すべき)
○公有水面埋立法4条1号の同意と表見代理の成否
(判旨:公有水面埋立法における埋立免許は、埋立免許者たる都道府県知事の意思表示によって、埋立出願者に対し法律上有効な埋立権を設定する行政行為であり、かつ、出願者の意思に拘束されないいわゆる公法上の単独行為と解すべきものであるから、私法上の取引原理である表見代理の法意が適用または類推適用されるべきではない)
以上
参考文献
別冊ジュリスト43号184頁
田中克哲「最新・漁業権読本」264頁

