barfly diary

daily voice of nobuo yamada (abh) / since 2005

だいたい毎年、母の日前頃に開花し始めて5月末頃にはピークを過ぎて花が茶ずんでくる(実はそんなに長くない)。今年は去年に比べて色の濃度がちょっと弱い気がした。ピンク色ってキツい色もある中で、このミニバラのピンクは派手さもありつつ下品じゃない、絶妙なピンク色って毎年思う。

(5/20)
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(5/16)
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ミニバラにも虫たちが賑やかに集まって来る。朝からせわしなく花から花へ蜜の収穫に忙しく飛び回るミツバチはちょっと愛らしい(左)/開花までのアブラムシ対策で助かってるテントウムシの、その幼虫たちも引き続き増量中(右)。

(5/13)
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以前(例えば去年)と違ってきた事の一つに、それまでは目にして愛着が生まれる様な草花や虫たちの名前は別に知らなくても構わない感じだったのが、特にウチの庭で生息する草花・木・行き交う虫たちなどの名前は極力知ってた方が、よりその対象への愛着の輪郭がハッキリしてベターに思った。

ブタナに続いて僕が庭に集合させたいって思った野草が(よく目にする)「ハハコグサ」(左)と「キツネアザミ」(右)。アザミの様でアザミでないって事で付けられた和名「キツネアザミ」ではあるが、たまに空き地などで垂直に上に伸びてその先にボンボン状のムラサキの花…という、このフォルムも僕が好きな感じだった。…ただ、彼らも(ブタナ程では無いにせよ)自然に自生していた時と比較するとやはり移動させてからの方が生命に勢いが弱まっている印象がある…。

ハハコグサ(4/29)、キツネアザミ(5/5)
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(本当はもうちょっと集めたかった野草・野花はあるけれど)今回、草花を育てるというくくりで全くのビギナーである僕にとって率直に自信を無くしてしまった。それでも何とかイメージしていた…「野草・野花で構成された、雑なバランス感のある庭」…というニュアンスは下記の感じで最初の入り口としてクリアできた気がする。

(5/11)、(5/19)
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最後に外部自然から持ち帰ったのが(上記写真手前にも写っている)「ムラサキツメクサ」。最初ずっとこの野花は「野アザミ」だと思っていたけれど、調べたら違っていた。日本には明治時代頃入って来たらしい。外部から持って来た野草の中ではこのムラサキツメクサが一番安定していた気がする。

蜜が甘いのか、しょっちゅうアリが貼り付いている(5/20)。
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…でも、前途した様にもともと自主的に自生していた野性を故意に移動させて自宅の庭に配置する、というのは最初はどーしても「取って付けた」感がある。そして成功したとも言えない。…で、彼らが咲き終わった後、種が生まれるワケだけれど、それらが庭のあちこちに飛び撒かれた。そして前回のブタナの時の、団地敷地に一面に広がっていたブタナが全て狩られた後、フワフワのボール状のブタナの種帽子があったのでそれも持ち帰って庭に撒いた。…つまり、今回は作為のままに取って付けた感じで野花を庭に持って来たけれど、来年からもしかしてそれらの種がこの庭で「自生」してこの環境で息吹いてくれたら…その光景を想像して来年を楽しみに待ちたい。

左はキツネアザミの種(5/10)、右は取って来たブタナの種(5/18)
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キツネアザミの種が集まって歓談中?(もしくはダンス?)…綺麗なフォルム(5/12)。
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多分近くの畑から飛んで来た大きな種(羽は4-5センチ程ある)(5/20)
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オマケ…外から持って来なくても元々この庭に自生してる野花たちも、もちろんいくつか。

玄関脇の狭いスペースでもちゃんと咲いてる「オニタビラコ」漢字だと「鬼田平子」…和名のクセが逆に気に入って来た(4/22)。
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元々毎年咲いていたタンポポの場所が排水作業の為掘り起こしになりそこの土はごっそり無くなった。でも種のバトン渡しか、その近くで最近咲き出して元気な黄色を見せてくれている(5/20)。
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これは野花としては最もポピュラーでどこでも見かける「ヒメジョオン」。庭にもあちこち点在してて、つい抜いてしまいそうな所、けっこう虫が集まるので(それは僕的にはウェルカムなので)そのままに(5/6)。
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建設予定地のままの空き地/畑のへり/中央分離帯等々に流れ流れて自生する野花・野草の群集…そんな景観に憧れてしまってた僕は「そんな野草たちの群集感をウチの庭に再現出来ないものか…」との願望に包まれる。その中でも気に入った野花はいくつか出てくる。願望は見る度に膨れてしまい、この4月から5月、何度か、車で通り過ぎ、やっぱり引き返し、掘り起こしても問題ないような場所を選んで野草を持って帰る。これは(これも)一つの欲望なんだと思う。つくづく嗜好の対象が女性の下着等でなくてよかった(笑)。

…ただ、以前にもダイアリで述べた、タンポポの持ち帰り&庭への植え付けで失敗してしまいけっこう落ち込んだ経路もあり、また同じになるのでは、としばし迷ったりしたけれど、迷いながらもどーしても体が動いてしまった。

まず気に入ってたのが「ブタナ」という、タンポポの茎がヒョロッと長いキク科の野花。フランスで豚がよく食するのでこの和名が付けられたらしいのだが、今やその和名の違和感も含めて、晴れた日に太陽に向かってヒョロッと伸びて黄色く咲くフォルムが好みで、空き地にいたのを持ち帰ってしまった。庭に植え替えてしばらくは写真のように日差しに呼応するように鮮やかに黄色づいてくれて嬉しかったのだけれど、やがてだんだんと元気が無くなってしまい、その後、また萎らせてしまった…。空き地に咲いていた時の方が元気だったという事は何度も感じた事で、僕からしたら(車が一日中行き交い、空気も悪く、コンクリートの割れ目などの悪条件よりも)ウチの庭で育った方が環境条件は絶対良いハズだ…という思い込みが正直あって、それは完全なるおごりに過ぎなかった、という事が実際やってて思い知らされた。単純に土掘って埋めて水をあげればOK…という程甘くはなく、その草花に適した土なのか、そして日当り条件なども含めてそれらに影響を受けて成長するか萎んでしまうか、という、一つ一つが生き物を扱っているという認識と自覚がもっと必要だった。

(4/29)
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(4/28)
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実際、ウチの庭に植したブタナの場所は日当りが中途半端で土も水はけがあまり良くない所だった。野性で自生してる時は草花には「ここで生きる」という自主性という力がある。それを人間が勝手に掘り起こして別な場所(庭)に移して「さあ、これからはここで生きて」…となっても、場所が違えば取り巻く環境も変わってくる。繁殖力からしてブタナは大丈夫だろう…とこれまた思い込んでいたのが難しかった…。

以下の写真はとある街の団地に広がるブタナの群れ。実際はもっと鮮やかな黄色で綺麗。…ただ、先日同じ場所を通ったら(定期的な環境整備の作業からか)この一面のブタナが一斉に刈り取られてスッカラカンに。見る人は「スッキリしたわね。」そしてある人は「鑑賞の絵画が捨てられたよう。」…って感じでしょーか。/(続きます)

(5/11)
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いきなり話が反れるけれど、僕は近年いつ頃位からだったか「本屋」に入ると妙に疲れてしまう自分に気付いていた。(当たり前だけど)その店舗空間で陳列展開されているものは全て新品の商品としての本で、その大多数が「買って買って」というギラギラピカピカした圧があり、本そのものに接するより前にその商品圧の満面感にシンドくなっていたんだと思う。逆に図書館へ入ると打って変わってその空間の落ち着き穏やかさに包まれる。そこには同じ本であっても商品というベールは無くなり、純粋に本として競争や時間に追われる事無く鎮座している。年齢のせいもあるだろーけど「図書館で落ち着く」(笑)。

…そんな感じとほぼ同様な事が「花屋」にもちょっと感じる。頻繁に園芸センターに立ち寄るようになるとそれなりの印象が出て来る。まず、僕の場合やっぱりあらかじめ商品商品した顔付きの花にはほとんど興味が向かない。「わたし、綺麗で可愛いでしょ、買って」っていうのが全面に出過ぎている品種はシンドくなる(分かりやすく言えば店頭前列に「賑やかし」的な目的で並べられるビビッドな花たちとか)。

「品種」と「原種」という概念も改めて知る。品種は人の手によって(より商品性を高めるべく)改良を重ねた、いわるゆる人工の草花とも言える。原種はその元となる野性に生成していた草花。僕がいくつか手を伸ばした草花…なるほどより原種やそれに近いものに僕は反応していたのがだんだん明確になっていった。

上記のもろもろの嗜好を踏まえ、僕は花壇やお花屋さん店頭の類いとは違う、野性の草花に対する特別な思い入れが強い事にもどんどん気付いていく。日々、色んな場所へ例えば移動する時、流れる日常の風景の中で…無目的とされたままの空き地/畑のへり/大型道路の中央分離帯などなど、人間の手や目的から離れた自由な草花たちは、風任せで種が付着し、(風土が合えば)そこに自生していく。そこに同種の草花のちょっとした群集が出来て、そんなこんなで他の種類の草花たちもあちこちで同パターンで自生群集が生まれていく。流してしまえば何でも無いそれらの雑草たちの様々な群集エリアは、時に場所に、奇跡的な程にグッドバランスな色彩や形状のバリエーションを形成してる景観を見る事があって、それらを見る度に僕は憧れてしまっていた。

その憧れは、「どーにかそんなバリエーションのある野草たちの群集感をウチの庭に再現出来ないものか…」という願望に展開される。/(本日時間切れ、次回に続きます)

ずっと不快なこの国の人間の失態ばかり反すうされる日々の中、救われる様な今年の5月の投稿映像。カモの親子以外、コンクリート/車の群れと、グレーで無機体な画面なのに、その画面に滲み包まれる人間の「思い」。

関越自動車道を横断するカモの親子

その2日後、今度は船橋にある「アンデルセン公園」へ。豊富なアスレチックや遊具・体験工作など、こちらもキッズは満喫。出口付近に岡本太郎彫刻がある事を知り、「これは会いに行かなくては」と出向く。最初パシャパシャと太郎作品の前で記念撮影して「さあ、帰ろう」と裏に回ったらその裏が作品の正面だった事に気付く(笑)。つまり「太陽の塔」で言ったら裏の黒い太陽を表のつもりで向き合ってた、という。
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ファミリー仕様のGW。神奈川・川崎にある、知る人ぞ知る?お洒落な体験型エンターテイメント農園「SOLSO FARM」へ。傾斜のある土地の起伏の特性を上手く生かしたぐるぐると園内を探る楽しさがあり、キッズは大喜びで、気が付けば勝手にどっかに行っては勝手に遊んでいた。随所で見栄えの植物やオブジェなどが点在し、僕は写真撮りながらいちいち「いんすたばえ---」って言ってた(笑)。/これは勝手な想像なのだけれど、この土地で昔から農園を営んでいた先代がいて、後に後を継ぐ次世代がいたとして、その若者が今の新しい感覚で植物農園というものを展開させた成功例…そんな事も考えながら(真実は知らないです)。/サボテンの奇抜さの豊富さも楽しむ。/「スプリングピクシー」という花を購入。
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レストルームにあった本棚で、僕が前から気になっていた(毎回すぐ完売になってしまうという)インドのハンドメイド絵本「夜の木」があった。この時、時間が無かったので文章をちゃんと読む事が出来なかったので判断が浅いけれど、この雰囲気のある絵に、もっと子どもに向けたシンプルな言葉だったら個人的にはもっと入り込みが違う気がした(文章は大人向けな印象)。ただ、ページをめくる度にシルクスクリーンの香りが漂うという絵本体験は初めてだった。
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SOLSO FARM
営業は土日・祝日のみです。

今年のミニバラの初開花(5/3)。まだアブラムシがぎっしり…。
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ギョリュウバイとコツラ(5/3)。ギョリュウバイは今でもほぼ安定して咲いているけれど、コツラはその後あまり元気がない(湿気を嫌うらしい…難しい)。
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ソテツ&オジギソウと桑の木(5/3)。桑の木の生長の勢いが凄く、瞬く間に枝葉が生い茂り下の花壇が日陰になり過ぎていたので先日いくらか枝を間引いた(写真のカマキリの卵殻は残す)。でもこの木を真下から見上げる透けたグリーンのグラデーションは綺麗。時々朝方にオナガが実を食べに来る(そして帰りがけにソテツの幹の毛をむしり巣作り材料を調達してる)。
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ミニバラが開花するまでの期間、とにかくアブラムシがやっかいだった。でもテントウ虫、その幼虫の協力もあり、所々では丸々平らげた跡が見受けられた(5/3)。
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テントウ虫も数種類見受けられる。葉っぱの裏や網戸などにも卵が産みつけられ、現在(5/17)、庭のあちこちで一番目にするのがテントウ虫の幼虫(すでにアブラムシが峠越した頃…タイミングが遅い…)。
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庭にある腐った植物の残骸とか石やガラクタの裏には大抵ダンゴムシ。写真が生々しい時はちょっとエフェクトかけてます(笑)。
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1/お姉ちゃんを。全体に生きるポップな線。
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2/「あ、そーだ、パパ描こう」…と、唐突にモデルにされる。相変わらずベテランイラストレータがあえて崩した様なクオリティ。家で描く方が学校より楽しいらしい。そりゃそう。学校では「この時間にこれを使ってこれを描いて」…という制約が強いられる。家では描きたい時に好きなの使って何描いてもいい。/「首、無いじゃん」って言ったら「ジャージで首が隠れてるから。」…それにしても出来上がりはほぼ黒鉄ヒロシである(僕は氏には似ていない。そして口ひげは生えていない)。
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毎度の園芸センタ、立ち寄る。現在の庭の配置イメージを描きながらそこ何処のポイントに合うような花木を探し、それを持ち帰って実際にその場所なりに配置して庭の全体の構成を眺めるのが目下、楽しい。確かに作品作りと根っこは同じ。

ニュージーランド/オーストラリアが原産だという「ギョリュウバイ」なる名前の低木を選ぶ。和名由来はギョリュウという樹木の葉っぱに似てるのと花が梅に似てるのを合わせたらしい。確かに和っぽくもあるけど外国っぽくもある混ざった趣き。しばらくは鉢植えに。
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5月に入れば一気にピンクに咲き出すミニバラ。その景観は風物詩的に「季節来たか--」となる鮮やかさ。ただ、同時に覆ってくるのが花のつぼみ/新芽にビッシリとはびこるアブラムシ。その対応に労を使う。出足がちょっと不安だった(アブラムシ捕食隊)テントウ虫もやっとチラホラ登場してきた。ただ、それに頼ってる余裕も無い程にアブラムシの増殖力がキリがない。農薬は他の虫たちも影響与えてしまって(僕が本質で望む)自然生態系全体のバランスを欠いてしまう事でもあるのでNG。…という事で水を入れた霧吹きを噴射して彼らを落とし続ける…というやや不毛な作業を地味に地道に続ける。(右上)黄色い粒が付いているのはテントウ虫の卵。早く孵ってアブラムシを食して欲しい。…昨日、最後に「竹酢液」を噴射したら自然薬品とは言え、若干の化学成分も入っているからなのか、今日のミニバラに思いの外テントウ虫(&幼虫)の姿が少なく、やっぱり水鉄砲噴射方式で地味に地道にやっていくしかないのだろーか。
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そんなこんなで1、2時間とか庭に出てると(アブラムシがシャツに付いてたり)急に飛んで来た小さな虫が手に停まる、っていう事も時々ある。箱庭での自然や野性をミクロに眺めていると彼らの発見がいちいちあって、興味は尽きない。
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そして驚いた事に早くも今年(2018年)のカマコ第一号を発見(4/22)。おそらく桑の木の枝にあった(小型の)カマキリの卵からのべビーかと思う。だいたい1.5センチ程度の。近づいたら早足で逃げていった。果たして彼は(彼女は)この庭世界で生き延びて再会する時が来るでしょーか。
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