barfly diary

daily voice of nobuo yamada (abh) / since 2005

人間の行為によって地球上の生き物の種が絶滅した…という歴史はずっと昔から続いてきて、(かつて存在していた)「絶滅した(された)生き物たち」という類いの本をいずれ購入しようと思ってはいた。現在、よく知られている動物たちも絶滅の可能性がある種がいくつかある。その内の一つにゾウも挙げられていた。こーして生態系への関心が強くなったせいもあるけれど、生き物に関する世界の動向を伝えるニュースにも過敏に察知するようになっている。そんな中、ゾウに関する今の現状を伝えるいくつかのニュースには(その都度)ちょっと驚いていた。

「人間の行為によって種を絶滅に追いやる」…という現実。大昔で言えば(ゾウの先祖)マンモスは、太古のヒトにとっての重要な食料であり衣服や住居の為の素材、道具としても使われた。その乱獲の結果絶滅して(させて)しまった、という事も言われている。現在のゾウの場合、(印鑑や陶芸品などの素材として)象牙を搾取する目的として密猟してきた歴史があった。それでも世界的にその行為は(種への保存の為)禁止されていて、けっこうな割合で象牙を輸入していた中国でさえ「象牙売買」から撤退した。今、世界中で日本だけが(印鑑などの伝統工芸を守るという名目で)権利を主張しているという。今まで内々にモヤモヤしていたけれど先日ネット上でそれに関する記事を見てしまい、このタイミングでスルー出来ず触れずにはいられなくなった。

連ドラ録画している自然ドキュメント「地球ドラマチック」で、ちょっと前にゾウの現状を伝える内容をやっていた(イギリス制作)。それを僕は途中まで見て一旦見るのをやめてしまっていた。気分的にシンドくなってもっと調子いい時に改めようとしていた。でも、先日のネット記事を見てまた立ち戻ろうと昨日続きを見た。…それは前途した状況によって、(世界基準で禁止されているとは言え)アフリカのいくつかの国では(象牙の搾取の為の)ゾウの密猟が継続されていて、15分毎に1頭が殺されているという。番組ではそんな状況下でも生きていくゾウの生態を追う。ゾウは家族単位で生きている。そんなある時、突然親のゾウが(密猟によって)殺される。突然親を失った子供のゾウがいる。常に敵から身を守る術を(子供に)経験させていく存在の親がいなくなると子供ゾウは体験出来ない為に危険な状況下で必死にもがく。親の支柱を失った家族は、他の群れに合流させてもらおうとするが、なかなか受け入れてくれない。しかし、最後の方でやっと受け入れてくれた群れには老いたゾウがいて、その老ゾウによる知恵や経験や思慮によって子供ゾウも新たな群れで生き延びていく…。追跡調査の為に以前に首輪を付けていた何頭ものゾウが(密猟によって)殺され、その残った首輪だけが何本も木にぶら下がってあった。ある時、一頭のゾウがそこに来て、ある1本の首輪だけずっと動かず30分程その匂いを嗅いでいた。知性のあるゾウは、かつての仲間だったゾウの匂いをかみしめ、悲しみに浸るという感情と記憶があるという事が確かめられた。

牙だけが必要であってもそこだけを搾取するのが困難故にいっそ殺してしまう。貧困なアフリカの国にとっては(必要とする国からの)金を出す取引を拒否する理由もないのだろう。この件に関して世界中から批判の的になっている日本の主張する「歴史的伝統が消滅する事への抵抗」があったとして、もう一方の天秤として、それにより「生き物の種が消滅する事」その両サイドを比べた場合、根源の考えの軸をどこに置くかでその本質的な重みの違いは明確だと思う…たった1国の伝統工芸を守る為に絶滅の恐れのある種を滅ぼす事が許されるのか。印鑑業界としては当然打撃を受けるだろうけど、今の技術、絶対的に象牙でなければならないというのがあるのだろーか。歴史的な伝統が途切れる拒否感から視点を変えて、新しい伝統を作っていくシフトがあってもいいと思う。楽天が象牙売買が最も盛ん…という記事も前に読んだ事がある。単に商品の「象牙」という認識から、その象牙は…サバンナで家族と共に生きている親を殺して残された子供の成長に影響を与え、どんどん種の数を減らし続けている…というプロセスまで含めて認識(想像)しないとならない。

最後に、以前読んだゾウにまつわるニュースで一番驚愕したのが…「牙を持たないゾウが生まれている」という記事。ここから感じるのは、つまり、「牙を持っているから自分たちは殺され続ける」…というこの種の遺伝子が体験記憶として後続する命へ刻まれて、「牙さえ持たなければ人間に殺される事はない」という、精一杯の防御(という抵抗だと思う)として牙を持たないゾウとして進化?してきている表れだとしたら、ついには生き物の種の身体的変容をさせてしまっているという人間の行為の愚かさを再認識しなくてはならない。人間が地球上の全てを支配してるなんて思い上がっている時代はいい加減終わりにして、本当に「共存」する世界に。

5月にもフォト散策した多摩湖自転車道の、今度は起点から反対方角(多摩湖方面)へ歩く。前回も思ったけれど、このエリアの遊歩道に連なる植物がけっこうバラエティー豊富で、撮りまくってしまい、通常散策するエリアの倍位のフォト数になった。やはり雰囲気は市民の憩いエリアだけあって明るい印象になっている。170723_tamakodou1
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この日も家族で散策。…実は割とご近所エリアに住んでいた(アニメ)宮崎駿監督(ウチの奥さんも何回か挨拶交わしたらしい)。ご自身の住環境エリアにあるこの雑木林が開発計画があがり伐採される事を危惧して、自ら(数億円)ここを買い取り自然環境を保護し、その後も生態系環境保全の為に地道に活動されている、という経路があった。むやみに自然の生態系を度外視した開発の下、それに対して自然を保護するという「力」というのは一般市民運動レベルではどーしても弱い。この「淵の森」が守られたのは(そこに住まう)宮崎監督の意思と共に「財の力」というのが(特殊な例とはいえ)大きいと思う。僕が感じる限り、企業の「イオン」は同じく自然環境保護に対して積極的に取り組んでいる印象が強い。斜めに見れば「企業イメージの為の表顔」とも取れがちだけれど、イオングループの取り組み(植林事業など)は本気度が高く、おそらくトップオーナーの意識の表れのように推測してしまう。つまり、(自然を)保護する力の手段の一面として、宮崎監督やイオンのように、「財力のあるエコロジストな人物」が増えてくればいいなぁ…と勝手ながら思う。/何故だかご近所には他にマスオさん&ジャムおじさんの声優さんも住んでたりして、密かなアニメタウン(笑)。そしてウチのお隣さんはマンガ家さんです(昔、手塚治虫のアシスタントしてたらしい)。

さて、本題の「淵の森」。入ったのは3回目位。思ってたよりは「知る人ぞ知る」的な、隠れ家的雑木林で、カラッと開放的な空間ともちょっと違う雰囲気がある(ここはトトロのアイデアの源泉の一つになったとか)。流れる柳瀬川も美化活動の成果でアユも生息する程綺麗になったらしい。170722_fuchinomori1
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この日、家族で探検的散策。この雑木林はややジメっとした雰囲気で、そーいう雰囲気にはややジメっとした雰囲気の系統の虫が目立つ(逆に川辺エリアのような解放空間だと割とポップな虫が多い)。写真も植物より虫の写真の方が多かった。170721_zoki-tokoro1
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この日(5/31)、全生園を散策ついでに初めてハンセン病の資料館に入る。身体的な症状の特異性から差別と(国による)隔離政策の歴史が長く(100年近く)続いた。「国の政策が誤っていた」…と、国が謝罪と賠償責任を認めたのが(つい最近の)小泉首相時代だったのがちょっと驚き。170717_zenshoen1
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やっとこれで5月(いきもの)シリーズが終わった...。

この日(5/27)、奥さんが出店するハンドメイド(キッズ/イヌ/ネコ)服のブーススタッフとして駆り出され(ユニット相方が子守りで行けないとの事で)、デザインフェスタの会場地:東京ビッグサイトへ。そっち方面へ出向くなんてなんという久しぶり!途中(例の)豊洲エリアを横目に通過した。えっ!っていう位にハコ自体は出来上がっていて、これじゃ(どんなんであれ)何かしらに使わないと逆に無駄な気がした。

会場ブース設置して、ウチのキッズらは会場の雰囲気に慣れて来たと同時に「売り子」を演じる自分らに悦に入った様子で「いらっしゃいませー!ごらんくださーい!」のフレーズをとにかく連呼していた(子供だから成り立つがそーでなければこのゴリ押し感はちょっとうっとうしい笑)。デザフェスの客層(&店傾向)はやはりややオタク系が多い。売り子に飽きたキッズらはグルグルと各ブースを回っては(タダでもらえる)イラスト(や写真)入りの名刺を集めるのにハマる。これも子供だから許せる行為…ただ集めた名刺は軽く100枚は越えていた(笑)。

…さて、本題の。今度はチチ(僕)が気晴らししたくなり、ビッグサイトを抜け出し近くにあった公園へ恒例の散策モードへ。「東京臨海広域防災公園」。この江東区の埋め立て地であっても草や木がある所には必ずそこには虫も生きている…という確認もあった。170715_rinkaipark1
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府中の浅間山付近はしょっちゅう通る道。今年のとある時に通ったら一部斜面の木が一帯伐採されていた。ごっそりと切り倒された木々の見た目その光景はちょっと暴力的でもあった。この日、実際に現場を登ってみた。ざっと見渡したら100本程は伐採されていた。調べたらこのエリアで生息する花:ムサシノキスゲに日光を当てる為の策らしい。
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普段の僕からしたら、先週末はちょっとした(色んな要素が絡み合っての)濃密っぷりだった:

まず、6月いっぱい、または7月あたまがデッドラインという仕事が3件程重なる。その内の1件は早めに終わる作業だったので先に済ませる。残りの2仕事は、イラストと音源制作のオファー。さて、いよいよ本腰入れるか…と態勢になったと同時に身体がダルくなる。体感的に悪寒も伴っていたので、(マジか….)このタイミングではヤバい、となる。みるみる身体は風邪モードになり熱が上がる。町医者に行こうとも思ったけれどその時間があったらとにかく休息と各仕事をちょっづつでも進めたかったので家にある市販薬を続ける。先週木曜に発熱。(けっこう手間がかかる)イラストのまず一つのヤマを朝方まで「はあはあ」言いながらやる。最初の区切りを仕上げた段階で音の方に取り掛かる(音の方が締め切りが早い)。とあるオムニバス参加音源。この段階で8割方出来てはいたけれど最後の「決め手」の一音がハマらない。一つ音を足しては聴いて判断し、「何か違う」とやり直す…という作業を繰り返す。金曜日、熱は下がる気配は無し。38度2分まで上がる。とにかく寝たい(薬の作用も入ってると思う)。この夜が音源のデッドライン。「締め切りを延ばしてもらおうか…」と頭によぎるもやってみる。しぶとく「決め手の音」を入れ替わり試してたら偶発的に「ハマった」音があった。録音して全体を試聴…(自分の中で)OKが出た。そのまま即WAVデータにして先方に電子で送る。この時、日付が変わるちょっと前…これで音関係が解放された。

翌土曜日。いくらか身体は楽にはなってきたけれど熱は37度台の前半あたりをウロツく。でも気分的には残りのイラスト作業オンリーで集中出来る。ジワジワと進めていく。翌日曜日(ラストデー)。午前中から仕事に向かう。休日にこの体勢は割と珍しく、いつもならキッズらとダラダラと「エレナ」「プリキュア」「ドラゴンボール」という朝のアニメタイムを流しながらゴロゴロしてるひととき。当然ながら庭に出て虫や植物を眺めるひとときもこの週末は皆無。(パパの)部屋に来ていーけど邪魔はするな、という忠告を数回してるハズなんだが彼女らのテンション具合によって関係なくなり定期的にドタドタと部屋に来ては(結果的に)邪魔される。適当に追い返すの繰り返し。午後になりいよいよ集中モード。(退屈した)キッズがドタドタ来てテキトーな事を言われるがいよいよ僕はそれを「無視する」状態になる(笑)。ただ、夕方、いきなりの「何事か!?」のテンションで長女が大事件発生的に「部屋のカーテンにカマキリがいる!」という報告。それはちょっと現場に向かわなくては、という事で見たら(現在、庭で何匹か確認されている)今年の誕生べビーカマキリがいた。やはりこれも取り込んだ洗濯物経由で家に入ったパターン(カマキリも含めて庭の虫関係はまたいずれ)。手の中に含み庭の草むらに逃がす。仕事再開。この週末、ほぼほぼキッズらと遊んでいない状況を申し訳なく感じる。身体は(熱は下がったものの)何だかフワッフワしてて妙にラリッてる感じ(おそらくこれも風邪薬のせい)。夕食前、やっと完成して送信。とりあえず今回の作業から全て解放され、身が軽くなる。

そんな気分のままリビングに降りて来ておもむろにビールをプシュー!と開けグビグビ。キッズらはテレビのKUNOICHI(筋肉番組SASUKEの女版)に夢中だったので「そー言えば」と、スマホのテレビで(都議選の)結果を確認。「自民、歴史的惨敗」という文字を見て、仕事からの開放感にそれは輪をかけた小気味いい流れ。健全な結果でちょっと安心する。ただ、あんな結果でもとりあえずは安倍政権はすぐには消えないワケだし、本当に早く辞めさせられないのだろーか。個人的には自民の選挙ポスターの「政治は国民のもの」というフレーズが決定的ダメ押しだった。「どのツラ下げて言ってるのか」という…それを見た時、典型的なまでの「失笑」をしてしまう。「自分の非を認められない」という、だたそれだけの「負けを認めたくない」という拙いケンカレベルの感情で作られている人間。そりゃ国と国のケンカも勝ちに行きたくなるのでしょう。

キッズを寝かせた後、夜のテレビを何気にダラつく自由。付けたらやってた「情熱大陸」の俳優:永瀬正敏を見た。本当に真面目な人なんだなぁって印象。写真家としても活動する氏の側面を追いつつ、敬愛する写真家:アラーキーを被写体にしてた。すっかりおじいちゃんだけど元気そうで良かった。ただそこでアラーキー、右目が失明していた事を知る。/その後、「ガキの使い」の企画「ノーリアクション選手権」を見て大笑い。久々のヒット企画な気がする。

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