barfly diary

daily voice of nobuo yamada (abh) / since 2005 https://www.abh-oto-yamada.com/ https://www.instagram.com/abh_yamada/

セミや、ミミズの死骸にたかるアリとか、やたらと細く長い(コウガイビルというらしい)やつとか、見た目キツそうなのは小さく下段に控えめに(笑)、比較的ポップなのを上段メインに構成しました。全てこの時期の庭に住む(または訪れた)虫たち。
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(オマケ)自生の「ハゼラン」につくカメムシ。このハゼランの茎の構図にポイントで点在するカメムシの画面が妙にコンポジションデザインっぽかった(残念なピンボケ)。
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7月の庭は日に日に温度が上昇するにつれて、それに呼応するように成長するものもあれば(今思うと)暑過ぎて花が咲く時期がズレているのもあった。/庭作りはその都度、アイテムを購入しては各エリアに配置してまたイメージしたりの繰り返し。と同時に先月から続いて来ているガラクタオブジェとの絡ませが日に日に多くなっていく。

・車輪&せんべい缶オブジェに植えた「バーベナ・バンプトン」と「ヒューケラ」。この頃はまだ元気だけどバーベナが(購入時より)頭が垂れてきて葉っぱも(本来の紫から)緑色に変わってきた。(7/1)
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・以前、小金井公園内を歩いていたら唐突に捨てられてた(ゴミ化した)スケートボードを見つけた。ちょっと迷ったんだけど結局(何かしらに使えるんじゃないかって判断して)持って帰ってた。…で、巡って今回それを使うアイデアがここに落ち着く。スケボーを棚風に、多肉系を置くスペースに。これを作ってだんだん「それっぽい」空間になってきた。(7/1)
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・地面の掘り起こしの影響で根っこから場所を(強引に)移動した「ブラックベリー」。毎年雄々しくワイルドに枝葉&実をこれでもかと実らせるので今回どーなるかと思ってたら(全盛では無いまでも)何とか根付いてそこそこ実を付けてくれた。6月につぼみだった「ヒメヒオウギズイセン」がブラックベリーに重なるように咲いていた。(7/1)
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・適当に種を蒔いてた「アサガオ」(7/5)/この時が全盛だった(今は枯れてしまった…)「ダールベルグデイジー」(花摘みの時とか、香りが好きだった)。(7/7)/下の道路脇に自然に生えてる線香花火のような野草「ハゼラン」(雨上がり時の雨粒が付くとよりチャーミング)。(7/8)
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・ここで錆金属プレートを引っ張り出してきて自分なりの「庭感情」をドローイング化してしまう。…僕の親族であったならばこーいうアプローチをしてしまうのって明らかに(母方の)祖父からのDNAって思うと思う。(7/8)
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・今度は昔使ってた木の机の残骸パーツ(フォルムがバッファローみたいで取っておいた)を使って、それに合うような垂れ系の草を購入、バラ科の「ルブス」。下に垂れた茎がその後地面まで来てそこからまた根っこを生やしてきたので少し切って別の地面にそれを差した。若干現在は勢いがなくなってきたような…。
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・塀のコーナーでシンボル的に黄色い花を咲かせてくれる「コウシュンカズラ」。熱帯地域の原産なので今年の夏の異常な暑さでもなんてことなく。その反面、寒さに弱いらしいので10度位になってきたら室内へ。(7/22)。/雨が続きそうな時は鉢関係を窓際へ移動する今年の行いパターン。(7/28)
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確認した限り、今年は5月にその姿を見せた2018年版カマキリ。6月に入ると(まだまだ羽は生えないものの)背はヒョロッと伸び、5月期がべビーから幼児だとしたら6月期は小学生って感じ。各シーン(エリア)にて何となく4-5態の確認。
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6月の小さな虫記録です。植物を「育てる」視点でいると、今までウェルカム一方だった虫たちも場合によっては(育ててる植物を)害する虫だったりすると対処が微妙になってくる。例えばダンゴムシだったら腐りを利用して土を造る益虫の反面、植物の根っこを食べられるので湿った状況だとやっかいになる(いくつかそれで植物ダメにした)。
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もう今年も9月が終わろうとしてますが、そんな今年の中心軸モードである「庭づくり(いじり)」がなかなかご無沙汰でした。すでに(庭自然の)盛況時期のピークが過ぎかけてきましたが、この初夏(6月)から異常猛暑期を経て台風三昧の9月へと、少し振り返りつつまとめます(どんどん鉢アイテムが増えていきます)。

・5月編でもアップした「ツワブキ」が元気でノビノビ(この頃がピークかな)。(6/1)
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・毎年この時期にユニークな花を咲かせる「ネムノキ」(6/2)
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・掘り起こし作業の為に場所を移した「ラベンダー」…それがよかったのか例年より元気で柵から道路へ顔を出す。(6/2)
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・庭とか植木とか興味が続くと移動中とか通りすがりの家々の庭先とかつい見てしまう癖が今年ついている。…そんなモードの中、五日市街道沿いのとある(木造平屋)の家先に並べられた植木たちの空間が気に入ってしまう。丁度いいバランスの花鉢に対して、鉢や置いてある台などがこげ茶色に統一されていた。その全体感に、一見地味っぽく見えるけれど逆にストイシズムを感じてしまった。シンプルで地味だけどそこに庭主の意思が表れていた。時々その家の前を通ったのだけれど、ある時その庭主さんが見えた。何処となく樹木希林さんに似た様な雰囲気を醸し出していたおばあちゃんで、その人と庭がなるほど合致して妙に納得してた。/…で、そこの庭先の中でひと際印象的だったのが「ゼラニューム」だった。茶色の鉢に真っ赤なゼラニュームがインパクトだった。すでによく見る花なのだけれど、そのストイックな風情の庭先の真っ赤なゼラニュームに特別心奪われた。普通、ゼラニュームと言えばヨーロッパなイメージかと思うけれど、この家の印象で僕は「和風」のイメージをゼラニュームに持ってしまう。ただ、他のピンクとかの色には全く反応しなくて絶対「スカーレット色」限定で、僕はその家のゼラニュームと同じ事をしたくなった。その後、スカーレット色のゼラニュームを園芸センター巡って探し購入。そして鉢の色をわざわざ茶色に塗り替えた(笑/もとはもっと薄い黄土色)。スカーレット・ゼラニュームに茶色の鉢というコントラストが僕にとっての落ち着き所。この花と色は、庭に設置したら(周囲にさほど花が無くても)この花一つで賑やかさを出してしまうだけの強さがある。(6/3)(6/9)
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・この6月期はそこらじゅうでアジサイが盛況なのだけれど、ウチの庭では(去年枯れてしまったのもあり)ちょっと控えめ程度の生育。(6/14)
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・画家「熊谷守一」の影響で小さな苗を購入して植えてた「フシグロセンノウ」がついに花咲いた(詳しくはコチラ)(6/16-22)
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・発色がきれいな「黄金ツタ」…けっこうお気に入りだったのだけれど、3か月後の現在、この写真の時程葉っぱがフサつかなくなってトップが寂しくなり若干葉落ちしたりしてる。でもまだ葉っぱはしっかりとはしてるし紅葉しかかってきているので落葉系なのかな。(6/17)
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・多肉系2種。上部のポヨンポヨンしてるのは現在まで安定して成長しててよかったのだけれど、下の多肉が現在弱ってきてて外側の葉っぱが枯れて無くなり葉っぱの色も写真のマロン色からグリーンに変色してしまった(元の色から緑になるのは弱ってる証拠らしい…)。多肉は基本カラッとさせなきゃいけないという乾燥加減が上手くいかなかったのかも。(6/17)
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・唐突に茎が真っすぐ伸びて来てこの時期庭に点在的に咲く「ユリズイセン」。この花は前からここの土で循環してる半野性。よくアリが花にウロチョロしてる。(6/22)
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・春に行った「ソルソファーム」にて購入した「スプリングピクシー」。購入後しばらく咲いて花が終わり、その後しばし花が付かなかったけどこの時期また咲き出した。フォルム的に一見華奢なようでいて割とタフな花なのかも(現在はまた花休止中…)。 (6/24)
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・これも唐突に顔を出してくるオレンジの花のつぼみ(名前調べた)「ヒメヒオウギズイセン」。綺麗な比率。(6/24)
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・(今後も増えてきますが)元々が音関係で収集してた金属系ガラクタでそっち仕様から反れたアイテムで園芸仕様と絡み合いそうなオブジェをこの頃辺りから組み込み始めている。写真は昔ジャンクバザーで購入した何かの車輪パーツに、以前行った旅行先の道端に落ちていた(おそらく)せんべい缶の錆錆のやつを組み合わせたオブジェ鉢。これで何か合いそうな植物を考える。(6/24)
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・紫色の小さい花で真っすぐ立つフォルムが気に入って「バーベナ・バンプトン」を購入。さっそく車輪せんべい缶鉢に植えた。 (6/27)
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・2日後、四角い缶鉢の角に何か埋めようとヒューケラを2つ購入して添えて、一旦この形でしばらく育てる(現在は別ものに変わってしまったけれど)(6/29)
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ちょっと前の夏の事だけれど、TSUTAYAでCDを借りた。サチモスのミニアルバム/ナルバリッチ/ゲスの2017年盤/宇多田ヒカル「初恋」/Punpeeのデビュー盤。並べると何てポピュラーなラインナップ(笑)。…一通り聴いて秋になってリスニングのモチベーションが今だに維持されているのは「ゲスの極み乙女/達磨林檎」だった。スキャンダルな話題性でも盛られた前作よりも今作は売り上げが7分の1だという。前作はシングル曲を集めた様なキャッチーな印象だったけれど、アルバム「達磨林檎」は音楽性という点で格段に進歩していた。より楽曲の構造が複雑化していて、時折それはプログレッシヴなテイストも見え隠れする。ピアノとリズム隊の絡むフリーキーなようで正確なテクニックがこのバンドのサウンドを特徴づけている。楽曲が複雑なようでいてボーカルも含めて「サラッと」仕立ててしまう、この複雑さを軽やかに仕立てる辺りがスリルを疾走させる。上の子もえらく気に入ってしまい、このアルバムはしばしローテーション気味。/宇多田ヒカルはすでに熟した領域の音楽性の強さを持つ。けれど、個人的には熟す前に(最中でも?)もうちょっと危なっかしい方向に遊んでみてもいいのでは、っていう気もした。

下の娘の一番の好物がこんにゃく。その他キュウリや竹輪等が続くという少々渋みの有る子なのだけれど、先月の誕生日の願いを叶えるべく1か月後の連休を使って、「こんにゃく」と言えば群馬、という事で「こんにゃくパーク」を第一目的としての家族旅行。けっこうあらゆるこんにゃくフードを食して子どもも大満足。/その後、街道沿いにたまたま見つけた大型ガーデニングショップ(調べたら「フラワーガーデン泉」)に急きょ立ち寄る。予定外の巡り合わせは大歓迎。リビング用の緑補給という名目で(パンケーキ風の葉っぱが特徴の)「ピレア」と「フィットニア」を購入。/その後、様々なプールを楽しめる複合温水プールへ。子どもたちがどんどん水に慣れて来た事もあり、意外にプール系(出来れば温泉付)に出向く事が多くなった。色んな遊びプールがありキッズもかなり楽しかった様子。それを遠目でしみじみと眺める。/翌朝、好例の早朝一人散歩。結局6時半から8時まで宿周辺を歩きまくり疲労が重なる。/何故だか群馬には子どもに手頃な遊園地がいくつかあり、今回行った所も丁度いい遊園地。/最後は大人サイドのリクエストで通称「めがね橋」と呼ばれる明治に造られたレンガ造りのレトロな鉄道橋へ。そびえる物質感の迫力に上の娘も普通に興奮してて、こーいうのも感受出来る年頃になってきたんだって感じた。トンネルの中でしずくの落ちる音や錆びた鉄のパーツや木片などをいじって録音。180926_gunma1
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PS:帰宅した次の日、録画しておいたキングオブコント…実は密かに自分だけ見て早く消そうと思っていたら意外にもキッズも(ネタによってだけど)楽しんでしまい、結果家族娯楽になってしまう(しばらく消せない…)。特に2本目の「わらふじなるお」のネタに子どもが大爆笑し続けていた。そのせいかも知れないけれど、(確かにハナコも面白かったけれど)僕も2本目の「わらふじなるお」のネタの狭い所のくだらなさの種類が気に入ってしまう(ツッコミが上手い)。ちなみにキッズはギース、ハナコの2本目も喜んでた。/PS:ずっと雨。植木が乾かない…。

2月に豊島区の(旧居)「熊谷守一美術館」に足を運んだ後、3月に入って、今度は国立近代美術館で開催中だった「没後40年 熊谷守一 "生きるよろこび"展」に、家族で行く。そーいえば、このテのちゃんとした展覧会に子どもを連れていくのは初めてだったのを途中で知った。時折子ども2人で勝手にフラフラ歩き回って係員に注意受けてしまった。あと何より(大声出して)しゃべっちゃいけないっていう暗黙の館内雰囲気が子どもにとってはさすがにキュークツっぽかったらしい。/やはり感覚がビビッドに反応するのは晩年への明確な色面とフチドリの「小さな生き物」シリーズになる。途中、絵画の解説文でハッとしたのが、"熊谷守一の、マティスからの影響"…という記述だった。画面の情報を極力排除して色と面だけで多幸的に単純に素朴に無垢に構成するそのテイストはまさにマティスのテイスト指向と同調するもので、僕が両画家に反応するバックボーンがそれで繋がった。180919_morikazuten
「外界に出ず、何十年も自宅と庭で過ごし、小さな虫/鳥/草花たちに囲まれて生きた画家」…という、その世捨て人なイメージでいわゆる「仙人」的な扱いを勝手に付けられた感のある熊谷守一。僕も、絵と同時にその「人となり」にも興味を持ち、いくつかの書物や関連雑誌を見た。そんな中で、個人的に(共感と共に)反応した「熊谷守一の言葉/及びその画家を評した言葉」などピックアップして羅列します(問題があった場合、削除します)。言葉の中に生き方、ものの見方、哲学、全て入っている。180916_morikazu1
<熊谷守一の言葉>--------------------------------------------------------
「ずいぶん年をとったアイヌが二人、小舟をこいでいる情景を見たときは、ああいい風景だなとつくづく感心しました。背中をかがめて、ゆっくりゆっくり舟をこいでいる。世の中に神様というものがいるとすれば、あんな姿をしているのだな、と思って見とれたことでした。私は、そのころも今も、あごをつき出してそっくり返る姿勢はどうにも好きになれない。反対に、老アイヌのああいう姿は、いくら見てもあきません。」

「家の庭は小さいものですが、そんなことで木や草花がいっぱいはえています。おおまかにいって西洋の花はいつまでも咲いていて気の長いものです。しまいにはあきがきてしまう。そこにいくと、日本の花は気短です。まだじゅうぶんきれいなのに、惜しげもなく花を散らしてしまいます。」

「私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。」

<熊谷守一への言葉>--------------------------------------------------------
『…その対談の中で、先生は音楽について、「出来ない事の面白さ」ということをいわれた。出来ない事の面白さーーそれは私が生まれてはじめて耳にする言葉であった。とたんに今まであくせく暮らしていたことが、つまらないものに見えて来た。(白州正子)』/…これは熊谷守一が好きでやっていたチェロに対しての事で、「出来ない事の面白さ」…この真実は、僕が雑音で音作品を作っている根っこにも繋がっていて、音楽を技術の高さや演奏力の向上に求めてしまうもの、ことに対するバケツをひっくり返すような痛快なアンチテーゼだと思う。

『家回りの修繕なども自分でやるものの、できれば直さず楽しんでいたかった。「自然とこわれてきたから様子がいい」といって、雨漏りや床が抜けたりすると喜んだ。 』/…この言葉、感覚にワクワクする。

『何億年もの間、何の変哲もなく存在し続ける太陽、月、雲、雨、そして何も主張しない小さな草花、虫たち。熊谷守一はこういうものに一日中、また何か月も付き合い、その不思議で神秘な古くていつでも新しい存在の根源を、もっとも平明な色彩と形に残している。』

…その他、印象的だったエピソードとして、かつて時の天皇が熊谷守一の絵を観て「これは子どもが描いた絵ですか?」…と言ったという。個人的にこのエピソードにはある種の「してやったり感」があってニヤリとしてしまう(当人でないのに)。

さて、最後に映像で観る熊谷守一。下記のインタビューで再び刺さる言葉があった(真実で本質)。:
「上手なんてものは先が見えちまいますわ。行き先もちゃんとわかってますわね。下手のはどうなるかわからない。スケールが大きいですわね。上手な人よりはスケールが大きい。」


俳優の山崎努が熱烈な熊谷守一ファンで、それ故に自ら企画を推したてて今年映画が上映された(「モリのいる場所」)。この映像を見る限りなんですが、熊谷守一より山崎努に見えてしまう(笑)。でも昔から好きな役者さんでもあり、先日亡くなった、(見事な死に様(生き様)を見せた)樹木希林が奥さん役でもあり、いずれ必ず観ようと思います。/PS:この映画の期間頃、聞いていたラジオで(シティボーイズ)きたろうもこの映画に出ていたらしく、この映画について(いつもの調子で)しゃべっていた。「…ずっと延々じーっと虫ばっか映してるんだよ。誰だって(途中で)寝ちゃうよ。」…さすがのきたろう節なんだけど、ここまで普通に言えちゃう(それが成立しちゃう)キャラクターが逆に凄い(笑っちゃったけど)。/敬称略


このシリーズ、おわり。

去年の暮れから再び火が付いた、熊谷守一の探求。前回に述べた通り、画家は(体調が悪くなったのもきっかけになり)晩年はずっと外部に出る事はなく、日々ずっと自宅の庭で過ごし小さな虫や鳥や草花たちと触れ混じり、夜になって独り小さなベニヤ板に絵を描く…という日常を(人生の最期まで)送った。
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僕がこの画家に対して(巡り合わせ的な)シンパシーを感じたのは上記の事柄だけでなく、(細かい話だけど)その晩年過ごした(庭と生き物の)熊谷守一邸のある(あった)豊島区椎名町千早エリアには偶然にも去年の暮れ辺りから僕もすぐ近くを時々通っていた。つまり再び「巡り合わせ」の上書きを都合良くしてしまう(笑)。…という事で今年の2月、まずは画家が45年もの間住んでいた「その場所」へ向かうべく、旧居:熊谷守一邸、現在の「熊谷守一美術館」に行った。この時、同時期に開催されていた国立近代美術館は後日行くとして、まずはかつての居住地に足が向いた。点数的には(近代美術館にも数点流れていたと思う)それほど多くはなかったけれど、何よりこの時、僕の目に最も強く飛び込んできたのが(死の前年、96才の時の絶筆)「アゲ羽蝶」の原画だった。96才の画家がこんなにも鮮やかなオレンジ色と、力強い黒を揺るぎない線と面で出せるものなのか…素直に感動してしまう。そしてこの(印刷物では味わえない)花びらのオレンジと黒い蝶のコントラスト、その瑞々しい色彩の(発色の)強さ、その生命力に涙が出た。180919_morikazuzeppitu

オレンジの花びらは「フシグロセンノウ」という山地に生える山野草の一つと知る。生前、熊谷守一は(中々花を咲かす事が難しいとされる?)この花を気に入って庭で咲かせたらしい。そこにとまる黒いアゲハチョウ…とにかく僕はこの絶筆の絵と同じ状況を「真似したい」って思ってしまった。僕もこの頃は庭作りモードがちょうど沸き上がってきた矢先。まず、「フシグロセンノウ」は園芸センターに売ってる気配が無かったので通販で調べて小さい苗を2つ購入した。ウチの庭の右側の(やや)日陰ゾーンに苗を2つ植えた(フシグロセンノウは半日陰向きなので)。

…その後、(今度は)”我が家のフシグロセンノウ"をあの絵のように無事に咲かせる事が出来るか…まだまだ小さい苗を時々覗き込む日々。3月、4月と、徐々に苗は伸びつつも(開花期は分かってはいても)まだ咲かない。5月…まだ咲かない。そして(やや放置気味だった)6月16日。何気に庭に出たら(!)ついにあのフシグロセンノウがつぼみから朱色の花びらを覗かせていた。そこからは早い。まずは記念すべき最初の花びらがオレンジ色に開く。その後、数日間で2つ3つ4つと次々に…。熊谷守一から発されたものがフシグロセンノウで繋がった(ってまた好都合解釈)。2つの苗の内、やや日差しが入り込みやすい場所のがより成長が早かった。そしてオレンジ色に輝くこの花も7月に入る頃には早くもしぼみかかって、やがて枯れて幹だけに。多年草なので来年また芽吹く事を楽しみに(…ただ、あの絵のようにフシグロセンノウに黒いアゲハチョウが来てとまれば完璧だった…残念だけどそうは上手く行かない)。180920_fsennou1
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よくみたらまだべビー時のカマキリが花びらにつかまっていた(このカマも、今はもう居ないんだろーなぁ、食べられたか強風で飛ばされたか…その辺はまたいずれ)180920_fsennou3


つづく

晩年にかけて、自宅庭の小さな虫や草花を愛でつつそれらをシンプルな色面構成で描きながら生涯を終えた画家:熊谷守一。…自分がある指向で日々生きていて、その背景を同じ響きで後押ししてくれる「何か」に、一見全くの偶然のように出くわす時は人生で何回か経験したりするもの。そして、その偶然のアクシデントのようなものが、実は偶然でなく(巡り会うべくして巡り会う)自分にとっての「必然」だったような、不思議な感覚を持つ事がある。僕にとっての、この画家:熊谷守一氏との巡り会いがまさにそんな感覚だった。

…確か、一番最初にこの画家を知ったのは数年前の「日曜美術館」での特集だったかと思う。その時は画面を構成する(日本画家でありながら)グラフィカルな素朴で明快シンプルなタッチに興味を持って録画保存していたと思う。記憶が曖昧なのはその後、一旦録画ハードディスクがクラッシュしてしまい保存録画が全部消えてしまったから。…それから数年が経っての去年(2017)の暮れ頃、たまたま目に入ったテレ東の美術番組で熊谷守一特集をやる事を知り、その記憶が繋がった。数年寝かせた後に見た熊谷守一の世界…この寝かせた数年の間の僕は、まさに…自宅の小さな庭で/小さな虫と/草花の生命力を/愛でつつ観察・感知して/時折そのサマをグラフィカルな絵におこしていた…という、比べるのはとってもおこがましいながらも、<熊谷守一的指向>とほぼほぼ同調していた。そして心の中で(…ここに来て"熊谷守一"に辿り着いたか…)って勝手に自分に頷いたりしてた(笑)。都合のいい楽観者って事です。

…で、その番組から再び火が付き、年が明け2018年初頭から熊谷守一関連を追い始める。図書館で関連書籍を借りたりコンパクトな画集を購入したり...。絵そのものの魅力に加え、画家自身の背景となる人生哲学や言動に至るまで複合的に知ろうとした。本来ならもっと早く熊谷守一についてまとめたかったのだけれど、途中途中で(Wカップがあったり、韓国音楽に触れたりで)先行順位が前後してしまい、やっと今回辿り着きました(数回に分けて散文します)。

数ある中、まず僕がヤラれたのがカマキリの絵。
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その2につづく

1980年代前半のネオアコースティック・ギターロックの流れが落ち着いた頃現れたThe Primitives。(例えばBlondieみたいな)60'sドリーミィなポップをハードなギターで仕立てるテイストが当時新鮮だった。The SmithsのMorrisseyが当時The Primitivesにハマっていて、コンサートで彼らのTシャツ着てたとかのエピソードが知られている。ちょっと前までのKoreanモードが一旦落ち着いた後、何となくフッとこのバンドが思い浮かんだ(懐かしさと共に)。...僕も当時20代、阿佐ヶ谷のアパート暮らしを思い出す。




アルバム中、1-2曲は男性ボーカルものが入っていて、個人的にそれは毎度気に入っていた(声質とか、モロにVelvet Underground愛好癖が出てしまっている所とか)。

当初期、2-3枚で活動を終えていたこのバンド(僕も2ndまでは把握していた)、10年代に復活していた。20数年経って(いわゆるの)"かつてのバンド再結成"…ってたいがいが輝きを失うものだけれど、このバンドは違っていた。オバさんオジさんバンドであろーとも、バンドコンポーザーが元来兼ね備えていたポップフィーリングのセンスがさらに発揮されて(初期のノイジーさはやや薄れとも)下記のようなゴキゲンでチャーミングなナンバー(笑)もこしらえてる(何処となくThe Cardigansにも似ている)。こーいう曲聴いてる時は(ロックバンドはいいなぁ)…って思ったりする。アーティスティックに行かずにあくまでもキャッチーなポップロックに仕立てる所がこのバンドの魅力。

PS: この頃の懐かしさのついでに「Saint Etienne」とかもクリックしてしまう(笑)。

対コスタリカ戦にて、新生ジャパン代表戦。中島翔哉と堂安律に約束された未来を感じた。特に中島、試合後のインタビューで何度も「楽しい/楽しく」というワードが続いていて、よくある「日の丸を背負って....」的なものと彼は全く別の心位置に立っているのが新鮮な驚きだった。まるでサッカー少年の初期純度でいられる無駄に背負ってない軽さに逆に凄みも感じる(好きなタイプです/笑)。今さらだけどつくづくロシア大会で見れなかったのがもったいなかった!

PS: 時々森保監督がどーも青島幸男に見えて仕方がない。

日本より韓国の音楽シーンの方が(大方)現状優れていた…という最新認識を受けた2018年。その勢力の違いは当然の如くアイドルグループにも当てはまる。…洋楽ポップスの最新エッセンスをその都度取り入れて、その卓越した編曲センスに於いて時代の音楽作家たちが見事にそれを「日本歌謡ポップス化」してお茶の間の子どもたちをワクワクさせていた70年代から80年代前期までのジャパニーズアイドルポップス。…その後、時代は変わり、特定の音楽プロデューサーによるダンサブルな楽曲にジャンルが偏り、一極集中というミリオンセラーが生まれた反面、多様性が失われた。そして、その後の時代から現在まで続いているのが多人数によるグループアイドル。

前提としてこの時代のその手のグループアイドルには全く何も反応していない僕にとって、握手会チケットの為に何百枚もCD買うとか、選挙して誰が一位だとか、全くどーでもいい話。どーでもいいとは言え、内心はこのプロデューサーのやり方に、音楽本来の魅力を追求するでなく、アイドルをよりオーディエンスの日常レベルにまで寄り添わせ、時に生で接触させる事で(アイドル産業の本質構造だとは言え)継続的に「ひょっとしたら自分のものになりそうでならない」ギリギリの寸止めのままニンジンぶら下げて対象アイドルに対してお金を撒き続けさせる…というやり方に、「音楽の本質をナメてんじゃねーよ!」的な感情を持ちつつも「どーでもいい」という無関心さでずっとフタはしていた。無関心のままでいられたらいーのだけれど、ここに来て韓国の刺激がそのフタをこじ開けてしまった。

僕には2人の小学生の娘がいるけれど、彼女ら、そして友だち周辺一通り見渡しても、ほぼ皆がTWICEとBlack Pinkに夢中である事は事実。…70年代にテレビの前でピンクレディに合わせて歌って踊る子どもたちがほとんどだったけれど、今、子どもたちにとってのピンクレディがTWICEやBlack Pink。まず日本の48グループ系に子どもたちが反応した事がない。むしろ(そのぶりっ子した振る舞いに「…キモい。」とまで言う)。主なそんな48グループ系アイドルを支えているのは成人男性という構図。子どもが夢中になるのは音楽(楽曲)自体の魅力とダンスパフォーマンスの面白さ、カッコ良さ。逆に今、日本のグループ系アイドルにハマる成人男性が夢中になる要素とは(音楽やパフォーマンスよりも)対象アイドルとの「疑似恋愛」的側面になる。前途した様に、アイドルと日常レベルで生接触させる戦略故に、男性は勘違いを麻痺させるかのような「このアイドルと自分が恋愛してる」って思わせるシステムを作り上げている。このシステムはアイドルがさらに増幅量産する事で「この(疑似)恋愛がずっと途切れる事なく続く」…と思わせる。思わせてお金をつぎ込んで、その果てに待っているのは、<永遠の疑似恋愛>のまま人生をそのまま進んでいく男性を量産する事になる。せめてそこに音楽の魅力が少しでも繋がってて欲しい…と最後の良心を取って付けてはみるが、残念ながら難しい…。この側面は文化的な部分、社会学的な部分でも深刻だと思うし、そういうシステムを作りしぶとくやり続けているこのプロデューサーの罪は本当に重い。そもそも音楽家ではなく、利益が生まれる企画に特化させたやり方に辟易する。

(フタが開いてしまった)いーたいほーだいは一旦この辺で。本来の本題は以下の記事で、韓国のアイドルオーディション番組に日本の48グループも参加した際に露呈されてしまった日韓アイドルの実力差(そりゃ当然)…今まで触らないでいたその部分を同じ壇上で競わせた(そして日本のアイドルをボコボコにした)まさに公開処刑の企画のレポートとその考察が実に冷静で的を得ていて、僕みたいに「ブっ潰れてしまえ!」的な感情の暴走もなく(笑)、分析していて興味深かったのでリンクします(読んでいくとアイドル本人たちは悪くなく、与えられた世界の環境でやっていただけって思う。悪しきはそのシステム):

AKBが開いたパンドラの箱『PRODUCE 48』の代償と可能性

PS:TWICEは楽曲的に「Likey」を境にして、その後は日本のマーケットを意識した「Jポップ化」させた曲が続いていて、確かに日本(とアメリカ)の音楽市場は大きいからだろーけど、最近の曲に関してはあまり反応しない。/上記の記事内で日韓の振り付けの違いを…日本は手先だけの動きだけど韓国は上下左右前後ろと動きに奥行きがある、っていう指摘も全く同感。対象があまりプロっぽくなっちゃうとひるんじゃって恋愛の対象から遠くなってしまうとでも言うのだろーか、結果、そんな男を量産している罪は重い(2回目)。そんなアマチュア(男/女)アイドルが集まるMステーションは異常な偏りの番組で、そのレベルの低い空気に合わせようとする(プログループ)TWICEは、ちょっと見てられない時がある。

前回で終わったはずのGood Musicシリーズ、オマケとして、日本にもちょっと面白いの、あるということで、民謡とラテン(ブガルー)をミックスさせたバンド(楽団)「民謡クルセイダーズ」。…ともすれば町のお祭りの余興楽団…と思いきや、そのレベルを内心越えてる。民謡とブガルーという奇天烈な食い合わせを見事に違和感なく成立させている音楽の編集(構築)能力とセンスがグッドミュージック。

…例えば僕が家族と旅行に行ったとして、見知らぬ旅先で偶然この楽団に出くわしたとしたら、そのままビール片手にホロ酔いの、最高のお土産気分(ひととき)を味わうと思う。「音楽なんかでメシ食おうとしてんじゃねーよ!」的な心意気が突き抜けている。

前回、日本の音楽は(どちらかと言えば)ポップに特化してる…的な事を述べたけれど、言い換えればポップの強みは時に(常に?)節操無く無責任に「いいトコ(美味しいトコ)取り」しながら無限に増殖する雑多なパワー…だったりするならば、この楽団はまさにそんな(ジャパニーズ的な)雑多な開き直りの一つの好例かと思う。



民謡に絡むアヴァンギャルドな電子音の持続…不思議に成り立つ楽曲。


さて、ロシアワールドカップ終わりから始まった(ほぼ誰も見ていない)シリーズ「Korean Good Music」も一応、今回で最終。最後を締めくくるアーティストは…愛しき孤高のギター奇人?「Amature Amplifier」。…何となく拙くアコギを直線的に掻き鳴らし、歌声を乗っけていく…その原始で無垢な音楽の佇まいに人は(僕は)いい知れない孤独感(孤立感)、儚さ、もろさと優しさを感じていく。動画を追っていく程に増していく氏のビザール感漂うニュアンスに、他の流行とは無縁の独自の意志を貫く強さも感じる。もろくて儚いけれど意思は強い。簡単にジャンル分けするならばアシッドフォークの類いになるかと思うけれど、この音楽に触れていると、USのアシッドフォークシンガーのEd Askewや、(日本のシドバレット)戸張大輔などが想起される。彼らと同じ様な、どうしようもない孤独から来る香りを感じさせる。ちょっと不思議だったのはライブで観客が温度のあるエモーショナルな反応を見せていた事で、彼の音楽にある生身の無垢に観客の心も純粋に動いているんだと思った。




顔のアップは基本苦手なのだけれど、この映像は不思議な磁力がある。


韓国ってよく外の環境下で演奏・歌うバージョンを見かける。のどかな田園風景に自身の音楽を溶け込ませる意図を感じさせる。


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「LambC」から始まり、「Hyukoh」「Black Skirts」「Idiotape」「Se So Neon」「Cralwer」「Carsick Cars」そして「Amature Amplifier」と、それまでベクトルが向かっていなかった現在の韓国(中国)の音楽シーンが、実に豊潤で刺激がある事を体験できた。

隣国:韓国に対して(韓国サイドの熱量よりも)日本はそんなにライバル心のような感情は強くないと思っているのだけれど(サッカーにしても)、珍しく今回の音楽シーンをざっと見渡して韓国と日本の比較をどーしてもしてしまっていた。何かの企画の動画で、韓国と日本のヒップホップを交互に流して反応を見るみたいなのがあり、並列すると明らかに韓国ヒップホップの方が音楽クオリティが高いのが瞭然だった(韓国ラップは音楽性/日本のラップは身内ノリ感が強い)。ロックも然り。散々ブログでも吐いてしまっていたけれど、J-ロックは大方J-ポップ化していて、音楽の構造がほぼ全部ポップスに還元される楽曲になっている。音楽を作り出す源泉となる感情の違いもある気がする。(時に極端な程に)怒りや悲しみを外に表現する韓国と、そういった(ネガティヴな)感情を表に出す事を(周囲に迷惑がかかるという事で)ためらう日本と。この国民性はどっちがどっちというワケではなく、単純に国民性の違いの事だけど、韓国の音楽はその負の感情を楽曲に(グッドフィーリングとして)内包させるのが優れている気がする。韓国のロック/ポップスシーンは優れたフィーリングを持っていた。…ヒップホップもロックも(そして後日述べる)アイドルにしても日本は負けていた。僕が感じるに、唯一日本が特化しているのは「シティポップ」のバラエティ感かな、と思う。シティポップと言っても都会のCityもあればはっぴいえんどの「街」「町」のポップスもあるように、表現者を取り巻く日常を様々なテイストでポップ化してる幅広さ。

個人的にいつまでも「カワイイ」がもてはやされる日本の時代がそろそろ変わって欲しいと内心思っている身としては、より今回の「Korean Good Music」には刺激を受けた。(今まで全く思った事がなかったけれど)ライバルって大事ですね(笑)。

おわり

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