barfly diary

daily voice of nobuo yamada (abh) / since 2005 https://www.abh-oto-yamada.com/ https://www.instagram.com/abh_yamada/

October 2014

先週末は毎年恒例となっているプチ家族旅行。今回は山梨:河口湖/都留市エリアへ。

そして恒例の早朝宿抜け出し音収集散策。...この、一夜明けた見知らぬ土地を歩き音と風景を拾い集める朝のひとときが無いと僕の場合、この旅行は成立しない。泊まった都留駅近くからふらふら気が向いた方へ歩く。近くに川があるようで何処かしこで水の音がしているのが印象的。いくつかの環境音と風景を切り取る。

1時間程歩いた辺りで引き返そうと川沿いのガード下にいたら、ふとガード沿いの横道の下り坂の先が気になってしまった。今思えばその先が放っていたであろう何かしらのオーラに僕の本能的嗅覚が反応して引き寄せられたのだろーか、一応何となく下方へ下りて行くと、やがて唐突にカフェらしき場に出くわす。

無造作に積み上げられた薪や、ランダムでありながら絶妙なバランスコンポジションで点在する朽ちた廃材風家具、そして大きな錆びた鉄板に「Cafe Natural Rhythm」とくり抜かれている。因みに大きさは違えどウチの表札も同様に錆びた鉄プレートに名前がくり抜かれた仕様という事もあり、それの同調も含めてとにかくこの場が構成している全体の質感が個人的にけっこうドンピシャで(この感じは真似したくても出来ない)、ついさっきまで何の予測もしてなかっただけにこの偶然の出くわしアクシデントに思わず小躍りしてしまう。
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宿に戻り家族に報告。この日はキッズ系のアスレチックランドに行く予定だったのでその前に(オープン前なので)見るだけで寄ったら家族もけっこう気に入ったようで、帰りのインター乗る前にもう一度立ち寄る事に。

…思い返せば、今から15年位前に京都に行った際に何となく引き寄せられるかのように偶然入った「カフェ・アンデパンダン」の、廃墟を生かした空間が当時ドンピシャで、その後の僕の質感に対する嗜好癖を目覚めさせ自覚させたきっかけにもなったし、数年前には(ライブもやらせてもらった)栃木/益子の「Pain De Musha Musha & Coffee」も然り、空間や場が醸し出すこのような同質感から僕はインスピレーションを得る事が多い気がする。

山梨/都留の(本当に)知る人ぞ知る隠れ家的「Cafe Natural Rhythm」は斜面にそびえ立つ。下には川がありスポーンと空間が抜けまくる。森のざわめきと川の流れの持続音がエンドレスに流れ、太陽の日差しがそれらを包み込む。ヤギもいる。そこで佇むひととき…何という贅沢な時間だろーか。
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ちょっと調べたら時折りイベントがあり、動画でカフェの様子が見れる(● 1/● 2/● 3)。性質上コミュニティー色が強くなってしまうのはしょうがないとしても、個人的には早朝に出くわした、まだ誰も居なくて、でも場と環境がすでに放っているアトモス気配のオーラが静かに漂っていた感じが好み。

このカフェを使ったイベント動画を見てたら勝手に想像してしまう...例えばアヴァン音響系のイベントとしてこの場で演奏するとしたら(可能ならしてみたいものだけど)せっかくの川の音の持続ドローンを現場素材として生かして、この空間環境と同化するようなアプローチを考えると思う。

ほぼ理想的なカフェに偶然出会え、何て事無いはずだった家族旅行にナイスなお土産が付いた。
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「Cafe Natural Rhythm」


PS: 因に長女はヤギに興味深々でずっと目の前でお菓子食べてたらやがて「ガッ!」って来られてビビってた。次女は車の中で爆睡したままカフェに着いても一向に起きる気配はなく、お店の中の長椅子にそのまま寝かせてもらった。そのサマはまったく自分チのようなくつろぎ感で結局お店出てもまだ寝てた(笑)。

ここ最近は、1998年から始めたホームページを実に16年振り!に引っ越し(&完全リニューアル)すべくシコシコと準備中。もうこの際、気分一新ついでにメールアドレスも変えようかと思っています。このブログはとりあえずこのまま維持で、また状況がまとまって具体化し次第お知らせします(新アドレスも含めて)。..ただ、このテの作業、いちいち高揚が無く地道なだけにすぐ眠くなる(笑)。そして実際に3日に1日は何も出来ず寝てしまう。
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週末は長女の幼稚園の運動会。プログラム後半には毎回恒例のお父さん参加のクラス対抗綱引きがあるのだけれど、去年は勝ったのだけれど今回はビクともせず完敗。園児たちの頑張る顔とか見てりゃヘラヘラとは出来ない(っていうか、運動ものって真剣な方が面白い)。普段見せる事の無い程のマジ顔(奥さん談)で全力を綱引きに注ぐ。しばらくしたら脇腹あたりが痛くなる。どーやらマジにやり過ぎて綱が肋骨に激しく当り、その影響っぽい。今でも笑うと「イテテテ…」となる。もしこれで肋骨が折れてたとしたら逆に笑っちゃうネタになってしまう内容。このプログラムの時は自分の子供の帽子を被らなくちゃならないお約束があり、お父さん皆そーするのだけれど、(僕も含めて)ややガタイのいいお父さんだと、大抵そのサマは野性爆弾の川島に見える(笑)。

長女は年長マラソンで女子50人中10位にゴール。いつもの練習では20番前後だったので本番では頑張った。当初は本人もやった顔だったのだけれど、夜お風呂でテンション下がってたので聞いたら(10番であっても)先頭のお友だちに負けた事がどーやら悔しかったらしい。もっと速くなりたいと言う。プログラム最後の年長リレーも彼女の組は最下位になってなってしまい、様子を見てたら彼女はずっと悔しい顔をしていた。この、彼女の中で今回浮き出された「悔しい」という必要感情はいい感じ。逆に長女の組の男子リレーは見応えがあった。第一走者が転んでしまってしばらく最下位だったのに中盤から追い上げて最後の3人目辺りから速い子が続いてついに抜かして最後には一着ゴールというレースとしては理想的な展開。…つくづく感じたのは小学校くらいまではやっぱり「かけっこの速い子」というのがヒーローにはなるなぁという事。やはりリレーは毎回面白く、勝ち負け、順位が振り分けられる真剣勝負の方がアドレナリンが湧く。
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毎週購観してたNHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」も00年代から現在まで、そして宮沢氏なりの総括があり最終回となった。…この所、自分自身でも経てきた時代やかつての時間を意識的に振り返っては味わったり考えたり、そしてこれからの「生きていくべき意識のベクトル」みたいな事を時たまずっと考えてる流れがあって、そしてこの番組の打ち出しがあり…たぶん、今現在この時代はまた新たな指針に向かっていくような、「変わる前夜」期な予感が何となくあったりする。

番組で宮沢氏が総括的に述べていた…『(権威や中心からの)逸脱という意味でのサブカルチャーであっても、やがて全てポップ(大衆)カルチャーに呑み込まれていくのだが、それでも再び地下に潜むどこかのだれかが動き出し、そこから逸脱してまた新たなサブカルチャーを作っていく』/『グーグルのトップに上がる検索結果だけを見るのでなく一番下の検索結果まで見ろ』…などといった指摘は、例えば…これから状況を変えていくべく人知れず(誰とも群れず)密かにその時を狙っている世界の地下のどこかのだれかの背中を後押しする希望の言葉だし、権威や中心からの逸脱をしてきた先人たち(かつての時代を変えてきたどこかのだれか)も、最初は異端の存在臭に満ちていたマイノリティだった。時代をずっと経て見てくると、時代を変えた異端マイノリティもやがて認知され人気が出て商売になって文化化してしまえばそりゃポップカルチャーという怪物に呑み込まれ組み込まれてしまうのは歴史が物語る程に原理的に当然なんだとは思う。ただ、だからこそ「長いものには巻かれない」意志を持った歯向う若者が(絶望的に少なくなってきてるとはいえ)絶対どこかでこれから出てきてまた新たな時代を作っていく。って、何だかんだあってもそこは希望を持ちたい気分がある。

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