barfly diary

daily voice of nobuo yamada (abh) / since 2005 https://www.abh-oto-yamada.com/ https://www.instagram.com/abh_yamada/

May 2016

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ⓒ Nobuo Yamada 2016

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ⓒ Nobuo Yamada 2016

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ⓒ Nobuo Yamada 2016

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ⓒ Nobuo Yamada 2016

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ⓒ Nobuo Yamada 2016

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ⓒ Nobuo Yamada 2016

上の子の運動会が終わり、次の日曜日は(とりあえず)一旦家族の予定がつかの間落ち着く。ただ、このつかの間の時間は無駄には出来なかった。今週は子供たちの家庭訪問週間…先週まで親サイドが忙しく(4月/5月はどーも世間的イベントが重なる)その都度目配りする余裕も無かった為にほぼ放置状態だった(主に)下の子が散らかしっぱなしのキッズエリアの片付けデーにあてられた。前回にも書いた通り、下の子はとにかく興味のおもむくままに次々と遊びグッズを持ってきてはそのまま次の興味へ移るので、せっかく片付けたその直後に何かしら持って来るという「片付け100分散らかし1分」みたいなサイクルが親的にシンドい。この休日、当然本人は遊びが封印され片付けのみに向き合う状況を受け入れられていない。全くやる気無い。何度言っても動かない。親サイドもそれぞれ家の掃除や洗濯や仕事を遂行中。チラチラ見る。まだ動かない。怒るトーンに徐々に殺伐感が増して来る。そのイライラは母からやがて父に伝染してくる。昼飯後に父が付きっきりで本人と向き合う。まず捨てる物といる物の区別、テーマ毎の箱入れ、こっち先導で動き、フと本人を見ると(やってくれてる)父をボーっと見てる。ここで父がブチギレてしまう。めぼしがつきそうな段階までで父は援護を中止。その後も結局、父、母入れ代わり怒られ夕方までその状況が続いた。怒り疲れの徒労感。窓は開いていた。ご近所さんたちにはいささか不快な空気を撒き散らしてしまった。

夜、どーにか片付けが終わり(結局7割位は親の手がかかっているが)夕ごはんのテーブルで家族で今日1日を振り返る…100回言っても(やりたくない事に関して)本気で動こうとしない下の子について、客観的にその性格を分析し始める父(笑)もちろん雑談的な軽いトーンで。何よりも神経を逆なでされるのは、100回言っても怒っても(つまんなそうな顔をしつつも)実は当人は「反省」をしていない事。一旦その場が収まればあっけらかんと鼻歌歌ったりする。「コイツはナメてる」と、親サイドの認識は一致する。好き嫌いの線引きが激しく、先入観でジャッジしてしまうので見た目判断だけの食わず嫌いも多い。着たい/着たくないの洋服も然り、頑に。時々父はそんな4才児に向かって「この頑固ジジい」って言う。その頑固さ、自分の感情や思考を頑なに曲げようとしない性格は、逆に(大好きな)工作時には最大限に発揮する。やり始めたらただ一人黙々と切ったり貼ったり描いたり組み立てたりを延々とやっている。その自己ののめり込みの集中力は「ここまでの子はいないです」と幼稚園の先生にも言われた事がある程に。将来好き勝手やる事が成立する程のアーチストにでも成るつもりか(笑)。それならそれで楽しみだがまずは欲望の解放の後の残務処理という自己抑圧も覚えないといけない。

そのまま夕食雑談の流れはお互いの血液型の話に。ウチは全員がO型なのだが母はどちらかと言えばA寄りのO、父(僕)はB寄りのO。特に僕の場合、生まれ育った家族が僕以外全員B型だったのでよりB寄り感が強いんだと思う。そこで話は父(僕)と(この日、散々手を焼かせた)下の子の性格(気質)は似ている…という結論に。逆に上の子と母は似たもの、といった具合いに父と下の子のチームとして手で仕切りを入れられた。父は目の前の下の子を見つつ「えぇ---…オレってこんな(時々)面倒くさい性格なのかぁ?…イヤだな…」と、大人の会話がよく分かってないのをいい事に思わず正直な告白をしてしまう(笑)。(母寄りの)上の子の性格は細かい事が気が付き、気配りが出来る。ただその反面、人間関係での気苦労が多い。寝る時は誰かとくっついてないとダメ。(父寄りの)下の子は自分のペースで動きそれを邪魔されるのを極端に嫌がる。全体の空気を読むのでなく自分の空気感でいるので時々(今、その空気じゃないだろ)…っていう場面を作ってしまう。寝る時は誰かとくっつかれるのを嫌がる。上の子はパパっ子で下の子はママっ子。お互いに無いものを求めるって、人って良く出来てる。

…とまぁ、何となくわが子をディスった感じにもなりましたが、最後にまとめてフォローすれば、どーであれ「子供は面白い」っていう事です(無理矢理…そしてこの感じがまさにB寄りのOっぽい文面なのでしょう)。PS:今日(家庭訪問で)来た幼稚園の先生によれば、下の子は「明るくて穏やかでいい子ですよ-。輪の中に入れないお友達を誘ったりクラスをまとめる存在になるかも知れないです。」…との事。アイツ、どーやら外と内の顔を使い分けているらしい(笑)。
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ⓒ Nobuo Yamada 2016

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ⓒ Nobuo Yamada 2016

週末は母が不在の為、父と子供たちとの2日間。上の子と下の子は一緒に仲良く遊んでたかと思いきや急にケンカになったりのパターンを日中何回も繰り返す。渡すのが遅くなったママへの母の日の絵を2人で描いている。3時のおやつまでにとっ散らかしたオモチャの類いをかたすように再三言うも特に下が相変わらず片付けにやる気を見せずたまに母がブチギレる気持ちが分かる。やがて上が片付け終わりおやつを先に食べているサマを見て急にスイッチが入ったようだ。夕方前いきなり公園まで自転車で行きたいと強く言い出す。予想通りS公園は混んでたので小さい別公園に行くもそこも埋まってた。上の子は公園に学校の(お友達でない)子がいると引いてしまう。自転車で行ったり来たりしてたらさっきの小さい公園に人がいなくなったのでそこで遊ぶ。滑り台しか無いのだが子供は何もなくても融通きかせて遊ぶ。やがて父が鬼になり「ドロ警」みたいな追いかけっこをする。しばらくして逆に上の子が鬼になり父は捕まらないようにヘラヘラと逃げるのだが、これは追いかける状況より追われる状況の方が格段にスリルがあるという事を認識する。裸足で公園を走り回っていたので足裏が真っ黒、帰って風呂に入り夕ごはんが終わった段階で子供たちが眠くなる。下の子がすでに8時前にリビングで落ちかかってたのを無理矢理起こして歯磨きとオシッコをさせる。上の子も眠そうだが「志村動物園」を見たいらしく頑張っている。それでも8時半頃にはソファで寝てしまう。

母から10時半頃帰宅予定のメール。上の子から「ママが帰ってきたら(絵を渡したいから)絶対起こして」と約束したのもあり、そのまま母が戻るまで父は(寝てる子供らと共に)リビングにいる事に。この時間を使って(平日ラジオに出てた是枝映画監督の話を聞いてたら見たくなってた)前に録画してた映画「そして父になる」をイヤホンを繋げて明かりを落として観る。…育ててきた6才の子供が生まれた時取り違えられた2つの家族の話。直ぐに自分たちに置き換えてしまう…この状況の感情は本当に当事者でないとリアルにうごめく事はできない気がした。後半、ずっとぎこちなかった(交換した)実の息子が隣の部屋で「次はお父さんだ-」…とはしゃいでいる声を聞いた父(福山雅治)の場面から涙が出てくる。大人たちの作り出した世界(環境)の中でしか子供は生きていけない。子供は言葉で表現する術がまだ足りないだけで、感じてる心のヒダは大人と変わらない。大人たちの都合で出来ている世界で言葉無くそれを受け止めようとする子供たちのサマに(「誰も知らない」と同様の)感情が染み漂う。大人の都合による様々な(子供を巻き込む)事件が後を絶たない。子供が子供である時期は(どんな状況であれ)100%大人が悪く子供には何も罪は無い。初めて福山雅治を俳優として良いと思った。加えて、福山父の人間性を単純な悪者扱いにならず彼は彼としてのやり方として(意外な程嫌悪感なく)僕の感情は受け入れてた。是枝監督は当然その辺のラインも意識されてたと思うし、改めて監督による「両側の視点」への巧みなバランス描写感覚を感じる。物語はエリートと庶民派との分かりやすいコントラストを示していたけれど、ここで再び自分たちに置き換える…両側ともある意味極端ではあるのでウチはその中間位だと思いつつも、どー転んでも四捨五入すればリリー家族派だった(笑)。ラスト辺りの、(福山)父と平行して子供が歩く場面は静かに込み上げてくると同時に「パリテキサス」も想起させた。…「家族」とは本当に生(ナマ)の歳の違う人間同士が日々向き合って「一から作っていく」人生作業と思う。

…やがて母が帰宅。ソファで熟睡中のほとんど意識がもうろうの上の子を(約束通り)起こしてオシッコさせて2階まで抱き上げて運ぶ(映画の余韻で2割増しで子供が愛おしい)。ママに絵を渡した途端そのまま布団に倒れる。

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(ちょっとブレイク…)ウチのお隣さんは近所の(貸し)畑エリアで野菜を作っていて、しょっちゅうとれたての野菜を頂くので最近は野菜に困る事がない。しかも僕自身も、ちょっと前からの生活習慣の改善モードの通り、食生活においても(以前よりははるかに)過剰な味付けを受け付けなくなりつつあり、野菜もドレッシングはほとんど付けずに生のままガシガシ食べるのが美味しく感じるようになっている(人ってこーも変わるものなのか…)。しかもとれたてなのでフレッシュ純度が高いので余計にそう感じる。お隣さん夫妻はGW中不在との事で、その間、野菜を間引かないとならないのもあってウチに「その間、畑行って勝手に取ってって」…と言われ、一同、素直にお言葉に甘える(笑)。GW中に子供も連れて畑で野菜の採取作業を2回程(子供たちにとってもいい感じの体験だし)。…レジ袋数個に野菜モロモロを詰め込んでその夜に食卓に華ひろがり、ガシガシ食べる。

…で、その際、畑に咲いていた野の花もいくつか頂いてきて(ウチの庭に咲いているのも合わせて)こぶの祭壇を彩る...いい雰囲気。こぶらはつくづく野の花の方が似合っている。

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観覧車の写真は2011年の3.11だった。
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