barfly diary

daily voice of nobuo yamada (abh) / since 2005 https://www.abh-oto-yamada.com/ https://www.instagram.com/abh_yamada/

July 2016

何を描いたか聞くとそれぞれ絶妙な答えが…上段:長女「レッサーパンダ」/下段:次女「アナと雪の女王」
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キッズとずっと向き合った先週末。日曜の夕方に(買い物がてら)一緒に最寄り駅まで散歩する。その際、次女がかたくなにこだわっていたのが(お手製の)プリキュアバッグ。プリキュアカレーの空き箱の文字のある部分をマジックで消してリボン紐をテープでとめていざお出かけ。何とも言えない趣きに父はやはり見過ごせなく途中でパシャリ(笑)。
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去年(2015年)の初頭あたりからの流れは、前年(2014年)にやってたWire Artの余波で針金を使ってポップフィールドの方へ展開できないか…ちょっとの間試しに作ってみた(子供にプレゼント前提で)。結局(仕上げたのは)これっきりだったので上手くハマらなかったのは言うまでもない(笑)。特に太い針金はその時点で細かいディテールが障害になり、かと言って細い針金でディテールをやっていくと(よくある)手芸工作っぽくなりそうで…いずれにしてもこれっきりに。
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次に試してみたのはカラーセロファンを使っての表現(春先の頃)。元々僕は子供の工作レベルの道具や素材を使いたがるところもあり、いくつか買い揃えて作画に望む。セロファン同士が重なり合う時に色が光を通して混ざる感じがキレイだし、その部分と僕の装飾パターンテイストを組み合わせようとした。…結果、それ程悪くはないとは感じたけれど、作業時のセロファンを貼っていく際の、のりのムラがけっこうセロファンではそのまま透けて見えてしまい、(写真ではそれ程目立たないけれど)実物だとちょっと仕上がり感に難が出た。…この手法もとりあえずこれっきりに。…その後、しばしの試行錯誤の後に、去年の初夏あたりから始まった「Hit Bit Show」「Primitive Joy」シリーズへの展開になっていく。
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ⓒ Nobuo Yamada 2015

先日、「フレンチブルのクッションが 'しまむら' に売ってる」…という情報を得た奥さんが早速(子供を連れ回しつつ)買って来た。確かに顔はこぶらに似てるっちゃぁ似てるが、このストレートなリアルさ/生々しさは慣れるまでにちょっと時間がかかった(笑)。
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この園の(毎回思う)ユニークな試みの「パイナップルの描写シリーズ」。5、6歳児が感じるパイナップルの複雑な表面の形状パターンの突拍子無いバリエーション。もはやサイケデリック画でもある(ちなみに左上のがウチの子画)。
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毎年恒例の(幼稚園の)作品展から。まだたった1年半前なのに当時は上の子が幼稚園児だったのがすでにちょっと過去っぽい(今年の作品展も同様に収めてあるけれどこれはいつかの機会に)。…毎回言ってるのかと思うけれど、これらのキッズ画の奔放さや自由度は本当にかなわない。
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街中で見つけたキッズアート。(ただ)下から2番目は下の子のおともだちが引っ越す時にもらったもの、そして1番下のは多分大人の絵です(笑)。
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ウチの子以外の児童画に触れる機会って、園の展示会や町で偶然目にするものや、スーパーなどで貼られている(母の日/父の日とかの)展示などがせいぜいなところ。僕の姪っ子のキッズは今6才(かな)。年に(お墓参りなどで)彼らと会う時、姪っ子の家に寄ったりして彼の描いた絵を見せてもらったりして気に入ったのがあると写真撮らせてもらってる。女の子と違って男の子が描くモチーフは動物だったり虫や生き物なのが面白い。どことなく外国のキッズが描きそうなニュアンスもあっていい感じ。
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今年の4月に会った時、彼が着ていた手作りペイントのTシャツが気に入ってしまい、これもパシャリさせてもらう。小1の男の子っぽいヤンチャな勢いと色のフォーヴな魅力。ちなみに(サッカー好きもあり)背中は「10番」の意志表明。
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たまーにだけど、家に帰ると家の前の道いっぱいに子供たちが(チョークで)描いた落書きに遭遇する時がある。たいていそんな時はおともだちが遊びに来てて一緒にテンション上がってアスファルトの道路をキャンバスに制限無く描きまくるパターン。日常から帰ってきて突然広がるこんな完全フリーダムなキッズアートを目の前にして思わず「Wow!」ってなる。ご近所の目も気を使ってしまう所ではあるが、今の所優しく見守ってくれてる(気がする/笑)。隣の家の(20代位の)娘さんはこの時ベランダから写メ撮ってた。/写真は2年前の2014年。元気だったこぶらも見学中。
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下の子は平面ドローイングを経て(もしくは並列して)途中から「工作」にハマり出した。絵がやがて半立体性を帯び、空き箱を始めとしてランダムに集めた日常の素材を(彼女なりの)表現に取り入れている。ハマっている時の本人の入り込み集中力はけっこうな深度で、おそらく快楽のアドレナリンが沸き立っているんだと思う(放っておけばおやつもごはんも眼中に無い程に)。時々大型のビニール袋を切ったり貼ったりしてしばしチラチラ見てるとドレス作って自分で着て見せたりする。父は最近たまーに「工作せんせー」って呼ぶ(笑)。
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久しぶりの児童画コレクションを数回まとめます。…以前、長女のドローイングをまとめてた時は3年程前なので(本人が)4才位の時。今度は次女が4才(来月5才)になり、キッズアートの視点からすると「覚醒する年代」となる。紹介する画像は1年前からのもので、それまではデタラメな線を原始的に描きまくってたレベルから、徐々に(○とか□とか)形状を認識し始め、そうこうしてる内に、ある時いきなり人物画を成立させたりして(その成長の飛躍に)驚く段階がある。次女の(覚醒した)去年の3才から最近までの流れを記録します。
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「Dead Rabbits "Time Is Your Only Enemy"」
ちょっと不思議なアルバムの流れ。前半の3曲まではややゴリッとしたオルタナパンクのようなルーズロック(歌い方も何処となくジョンライドンっぽいし)な印象なのだけれど、4曲目からはまるで「サイケ班」にバトンタッチしたかのようにニュアンスが変わる。景色にはモヤが立ち込め霧がかかりエーテル浮遊を醸し出すべく背景音は持続化しつつ溶けていく。ただそれでも変わらないのが一貫してミドルテンポでズンドコな重量感でサウンドに妙なコントラストを与えているドラム。このビートのエネルギーでサウンドを引っ張っていく大味で野太い、ちょっと珍しいタイプのサイケデリックス。


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「Magic Castles "Sky Sounds"」
ここに来て正統なサイケデリックロック様式の継承バンド。そのスタイルの粒子を折り重ねて(時に)重層なサイケエモーションを構築していく。比較的実直にサイケデリックスを遂行するタイプ。アルバムタイトル通りの浮遊感。


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「Kikagaku Moyo "House In The Tall Grass"」
サーチしたら(やはり)日本のバンドだったのだけれど雰囲気的にはこれは普通に洋楽サイケデリック。サウンドは繊細なタッチが特色でその点では何処となくソフトロックな印象もある。日本のサイケロックだと有名所だと「ゆらゆら帝国」が上がるけれど、ゆらの方は最終的にはポップゾーンの中で繰り広げられた(どちらかと言えば)ポジティブな実験の旅だったのに対して、「幾何学模様」は自我が持つエゴイスティックなエネルギーが無く(もしくは薄く)そんなエゴ自我も含めて全体が背景画のように一定の疎遠距離の位置で音楽が鳴っている。多分、それ故にBGM化になりやすい。


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「‪King Gizzard & The Lizard Wizard "Paper Mache Dream Balloon‬"」
このバンドは作品毎にサウンドカラーが変化してて、それを音楽的好奇心の多様と見るか、節操の無さと見るか、器用貧乏と見るかは受け手次第なのかも知れない。そんな(色々やってる)サイケデリックアプローチの中で僕がより反応したのが下記の作品。60年代に実際に「こういうバンド、いたいた」っていう感じを持つ、自然派ソフトロック系の音楽。その印象を決定付けているのがアンサンブルの中にある「フルート」の音色。その音があるだけで妙にピースフルな世界を醸し出す。ジャケも好き。



このシリーズおわり。

「Unknown Mortal Orchestra」
このバンドを知ったのは数年前になるけれど、とにかく彼らの音の特徴はフェチとも言える程の音の質感へのこだわりで、かつて(主に60年代)の時代が醸し出す、機材技術の初期環境ゆえのアナログ・ウォーミィな感触にビミョーなグラムっぽいギラつき感も隠し味に持ちつつ何とか自分たちの音に取り込むべく、逆にその為にハイテクを駆使してるかのような奇妙な時代でもある。昔のローテクは(そもそも当時のその環境がマックスなので)無自覚だけれど、現代は意識的にローテク(感)を作り上げる技術を持ってこなければならない。

一般的なサイケデリックテイストとは違うけれど、例えばピーター・アイバースみたいな「変形したサイケポップ」というくくりでも感じられるかと思う。彼らの楽曲は独特なポップセンスがまんべんなく組み込まれていて、そこにはクセになるツボがあるのでしばらくしても一周回ってまた聴きに来たくなる。この音楽は大衆を相手にするような大陸的オープンなものでは無く、例えばキャパ100人程度の為に映える密室的なコンパクトポップ。そして良質。



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「Holy Wave」
イメージ源泉としての参考にしたネタ元を辿ると割と分かりやすくその答えにたどり着くバンド(例えばそれはヴェルヴェッツだったりシドバレット在籍時のピンクフロイド、そしてもろもろの60'sガレージサイケバンド等々だったり…)。それらをミキサーでゴチャ混ぜにしてそこからそれぞれの素材の旨味だけを取り出して練り直す。ただ、そんな彼らの程よいセンスのプレゼンテーションは、奇をてらう事無く妙に素直な影響として表しているのでその姿勢は(嫌みが無く)意外に好感を生んでいる。加えて、それ程構成は難しい事してなくて比較的シンプルな楽曲なのだけれどリピート性があるのはまさに(ツボ押さえの)旨味の軸だけは明確にしてそれ以上の過剰装備はせず、嗜好するサイケデリックテイストのフィーリングに上手く終始している所だと思う。お気に入りのバンド。


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PS:「Unknown Mortal Orchestra」にしても「Holy Wave」にしても、気に入る流れで彼らのライブ画像とか見る。…と、現代のバンドでなかなか「実物演奏」が音盤作品を越える事がないのがちょっと残念。


つづく。

僕が反応出来る音楽を探していく時間の中である時一つのカテゴリーの輪郭が出て来た。それは現代版サイケデリアともいうべきロックバンドの動きで、いくつか興味を引いた作品をまとめます。

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「Boogarins "Manual"(2015)」
まず筆頭はこのグループ。このアルバムを見つけたのはとても幸運。ファーストアルバムよりもケタ違いに飛躍した音楽性を持ったこのセカンドアルバムは、ブラジリアンミュージックとサイケデリックスが絶妙にブレンドされ、尚かつ(ブラジル音楽ではよくありがちな)最終的には自国のドメスティックなテイストに収まってしまう…という類いのものでなく、彼らが作った「ニューサウダージサイケデリア」とでも言うべきサウンドは一国の文化的境界を越えた普遍性を兼ね備えたポプュラリティがある。冒頭から3曲目までの流れを聴いた段階で「これは久々に出会ったグッドミュージック!」…と、すでに確信する。何とかラストまでその評価レベルは落ちる事なくキープされている。単にサイケデリックロックと言うと(それっぽい)様式で楽曲が構成されがちだけれど、彼らの新しい音楽は自国のブラジルの風土から生まれた感覚に、ある時代の産物の一つであるサイケデリックロックを自然界の移ろいのまま見事に溶け込ませた。ブラジルのサウダージのフィーリングの中にサイケデリックな要素を見つけ、かつそれを拡張した感じがあり、その絶妙なバランス感覚がまんべんなく素晴らしい。2016年の夏は彼らのサウンドが何度か空気に流れてどこかの異国へ連れ去ってくれる事でしょう。


アルバムの2曲目に入っているトラックのスタジオ演奏バージョン。個人的にこっちのバージョンの方が俄然トリッピーでナイス。正規アルバムよりも軽く1.5倍は間を空けたこの「音の空白」に、まるで現代<凝縮>社会に緩やかに対抗するかのようなコントラストを見る。悪戯な程焦らすその間欠を経て、やがて楽曲は凝縮のサウダージサイケデリックのエネルギーを放出し、やがてこの夏は突然終わる。



その2へつづく

「Juana Molina」
アルゼンチン人アーティスト。彼女の音楽性を形容するワードに「フォークトロニカ」というカテゴリーがあるらしい。これはけっこう言い当てていて、演奏動画を観ているとアナログ楽器を使っててもその出音を変容させて奇妙でコケティッシュなエレクトロサウンドを作っている、その感じがただのエレクトロニカとも様子が違って、独特で実験を楽しんでるような風味がある。僕とほぼ同年齢と知る。おそらくニューウェイヴの時代を経てきて、現在さらに「責めている(ありきたりを拒否している)」かのようなスタイルを見ていて何だか励みにもなる。ただ、(前途した理由で)有機と無機の混ざり合うサウンドではあっても個人的には歌声に関してはちょっと単調さも感じてしまう。いっそのこと歌声もサウンドエフェクトのパーツとしてもっとバラバラに解体してポップのゾーンからよりアブストラクトゾーンに振り切ってみたら僕はもっとハマる気がする。


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「Knxwledge」
<バラバラに解体して>…という意味で言ったらこの解体的ヒップホップはまさにソウルポップのパーツをバラバラに散らばしてコラージュのように音のキャンバスに再配置する荒ワザを見せるのだけれど、コラージュは誰でも出来たとしてもそれがグッドワークとして成立するか否かは最終的に持って生まれたセンスで決まる。このアーティスト(DJ)はセンスで決めている。それが本能的直感によるダイレクトな作業に感じるのでそこも心地いいんだと思う。アップされてたサウンドで(より解体感があって音パーツ同士のモアレ具合いがラリっててナイスだった)一番気に入ってたのが削除されてしまったので次に下記のを:


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「Mac Demarco」
上記の「Knxwledge」も同様に、最終出口が"メロウ"なニュアンスがあるのが好みの傾向としてある。「Mac Demarco」はどことなくデモテープ感のある音作りも手伝って反応したんだと思う。メロウさの嗜好が近いとも。/まさに今日リビングでこのアーティスト流してたら奥さんが…「これヤマダノブオ?…曲はちゃんとしてて違うかなって思ったけど声がそっくりじゃない?これかけるの2回目でしょ。実はこの事聞くの躊躇してたんだよね。」…まったくそんな事を感じてなかった僕はその言葉を受けて改めて彼の楽曲を聴いてみる…なるほど、前途した"デモテープ感"といい、メロウな歌い方といい、かつて曲作って歌って作品作ってたあのあたりの感じと似てなくもない。ただ、そうとは言え、ヤマダノブオが英語堪能で歌えるワケが無いし、そして何故躊躇する?(笑)。


Mac Demarcoの演奏動画も見る…楽曲から受ける印象と違っててちょっと見ない方がよかったかも(笑)。PS:全編インストのアルバムもあり、実はこっちの方がより良かったりもする。自宅からの箱庭リゾートミュージック。



Part 3につづく

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