barfly diary

daily voice of nobuo yamada (abh) / since 2005 https://www.abh-oto-yamada.com/ https://www.instagram.com/abh_yamada/

November 2017

ちょっと前、ひょんな(ネット)流れで版画家:池田修三氏(1922-2004)の絵に出会う。醸し出される…惹き付けの強さ、独自の(色彩の)湿度など、(あまり好きな言い方じゃないけど)今の時代にこそ息吹く魅力。もし、この絵で絵本が作られたとしたらきっと極上の仕上がりになっていたと思う(参ってます…)。171130_i-shuuzo

池田修三HP

スマホのエフェクトフィルターをかけると絵によっては雰囲気出たりする。171129_hanamushieffect
ⓒ Nobuo Yamada 2017

●写真はしばらく前のNHK「自然百景」の奄美大島の回(だったかな?)。海底に沈む朽ち果てた鉄の塊は、太平洋戦争時に堕ちた軍機の残骸だという。数十年の時を経て、今やこの朽ち果ての残骸は、そこに生息する魚や海洋の生き物たちのオアシス場所になっているという。大小様々な魚たちが暮らす館のような。しかも画面にある大きな魚(名前忘れた)は砂にこの大切な館が埋まらないように定期的に身をくねらせて砂をはじいているサマも映されていた。このシーンがとても印象深く、画面を撮ってあったのを引っ張り出してきた(ちなみに「自然百景」は視聴率が上がってきていて朝なのに14%行く時もあるらしい)。171127_sizenhyakkei

●前にラジオでしゃべっていたある海洋写真家の話も印象に残っていた。…その方は、かつての東京湾がヘドロで視界も困難だった時代の海も潜っていた。潜るとそんな汚いヘドロの海でも「そこで生きている」魚たちもいて、そこで繁殖活動も確認していた。生で体験してきた氏曰く、「生き物というのは本当はしたたかなんです」という。当時、そのカメラマン氏は、「こんな汚い海でなく、他の綺麗な海に環境を移してあげよう」…と、その繁殖活動する魚を取り上げて別の綺麗な海に放流したという。そこで氏は大きな勘違いと(自然に対して人間が何かをしてあげるという)おごりのようなものを感じてしまったという。つまり、綺麗な海に放たれた魚たちは、一気に視界の澄んだ環境に移された事によって、外敵であるサメや大きな魚にすぐ見つかってしまい、補食される危険にさらされてしまった。

●最近特に話題になってきているテレビ東京の「池の水を全部抜く」という番組。最初の頃見たっきりあまりその後見る気がしなくて、久しぶりに先日見たのだけれど、やはり個人的には(番組の評判とは違って)ちょっと違和感があった。番組企画は池の水を抜いてそこに現状生息している魚や生き物の中で(純日本産の)「在来種」と(外国から来た)「外来種」を分けて、本来の日本産の生き物だけの生態系を取り戻すべく、外来種を(おそらく)駆除する…というもの。本来の純日本産の生態系を守る云々…という感覚も確かに納得する。ただその反面、番組演出的には(日本の生き物を脅かす)外来種という存在を徹底的に「悪」と捉えて、悪をとっつかまえるハンター的な盛り上がりを作る。番組の首謀であるロンブーの田村淳氏が自らラジオでも語っていたけれど、(言い方違うかも知れないけれど)「外来種を悪者扱いしてるけれど、その生物たちは全て人間の都合でそこにやってきただけで、生き物たち自身はそこで必死に生きようとしてるだけなんですよねぇ」…といったような発言に僕は共鳴する。一番悪いのはペットとして購入した後に勝手に外に手放す行為。生き物たちの意思がそこにあるワケなく、人間が好き勝手にやっているとばっちりに対して生き物たちはそれでも「そこで必死に生きていく」しかない。勝手に「在来」だの「外来」だのに振り分けて駆除されたらたまったもんじゃない。例えばまったく逆の状況に置き換えて、外国で日本産の生き物が(向こうにとっての)外来種扱いされてその地の生態系に悪影響だといって悪者となりハンターによって駆除されているサマを日本人が見たらどう思うか感じるか、という事だと思う。外から来るものを「よそ者」として、徹底的に「純日本」というくくりで守り、他を(それこそ)やみくもに排除する感覚は、まさに(人間社会の)移民(受け入れ/排除)問題にもつながっていく気が(飛躍かも知れないけれど)してしまう。


…3つのエピソードから感じるのは、人間のおごりで他の生物や自然を過剰にコントロールする事に対する違和感。生き物たちは自分たちの進化の過程で得て来た英知でただただ一生懸命に種の繁殖の為に生きているだけ。もし人間に有効な英知があるとするならば(笑)せめて地球環境の為になるルールを(皆なで)守って彼らを無下に邪魔するな、という事。

特に上の子は「パパの部屋は色んな物に囲まれてて落ち着く」…とか言って、たまーに僕の部屋で寝たがる。今日がその日だったようで、妹を誘って一緒にパパの部屋のベッドで寝る事に。いつもは隣の和室(キッズ寝室)で各自の布団で寝てるので、今夜のような場合、姉妹が一つの布団で寝る仕様なものだから、しばらくベッドの中で「布団引っ張らないでよ!」「そっちこそ!」みたいな小競り合いが続く。チチは背中向けてMac作業。「おやすみ」した後でもしばらく「ねぇ!動かないでよ!」…とか背中越しで聞こえてくる。特にいちいち反応せず黙ってそのまま背中越しで聞いてる。すると彼女らの中での取り決めが生まれる。(小声で)「ねぇ…動く時は「動くよ」…って言ってね。」「…動くよ。(モソモソ…)」「でさぁ、動くの終わったら「終わった」って言って。」「…終わった。」…そんなやりとりが何回か続く。するとやがて取り決めが合理的に発展する…「ねぇ、「動くよ」って言葉長いから、その時は「う」だけにしよ。」「それから(動くのを)終わる時は「お」ね。「…わかった。」…そんな姉妹の小声の取り決めが何だか面白くなってきた。…やがて、「……う…(モソモソ)……お……」「……う……(モソモソ)…………お……」という、かなりミニマルな言語音だけが背中から微量に聞こえてきた。背中では無反応を装っていたのだが(密かに)笑いをこらえていた。

(松代洋一(訳)/1978(orig.'77): 佑学社)
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(※ネタバレしてますご注意下さい)
去年の春頃、むさぼるように図書館に出向いては僕の琴線に触れる絵本との出会いを探し求めてた。この作品も瞬時に気に入って早速ネット上で検索してみた。確かあったはいいけど(絶版だったのか)えらく値段が高くて手が出なかったと記憶してる。その後、しばらくしてから(何かの拍子で)同じ絵本でタイトルだけ違ってた(おそらく旧発行時の)同作品を見つけた。これは図書館を経たリサイクル図書扱いで逆に安価だった。そのタイトル違い(元タイトル?)のがこの「王さまはとびはねるのがすき」(表紙左下に図書館シールが貼ってあったのをちょっと細工して消しました)。

1941年ベルリン生まれの作家。見ての通りの様々な柄素材を切り貼りした切り絵コラージュ。…とっても忙しくストレスを抱えた孤独な王様は、寝る前にベッドの上でピョンピョン飛び跳ねるとぐっすり眠れるという。でもある時、その行いが国中にバレてしまい王様失格とされ王様は体調を悪化させてついに息を引き取りそうに...その前にもう一度ベッドでピョンピョンさせてくれ、とピョンピョンする程にどんどん元気になった…というお話。こんなチャーミングな発想がチャーミングなコラージュタッチと共に表現出来て、僕はとっても羨ましい。本当にこんな味を養いたいけれど、正直限界を感じる。スコーンとした抜けの明快さ。171123_oosama2
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くわえてこの作品のとっても好きな所は、お話の文章の言葉のリズム。訳の方の感性も加味されているのだろーけど、子どもに読み聞かせている(読んでいる)僕の方も楽しくなるという貴重な本。ネタバレですが以下、好きな言葉のリズムを:
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『おうさまは、ピョンと とびました。 そして にっこり わらいました。「あ、おうさまが わらったぞ!」おいしゃたちが さけびました。 おうさまは、もういちど とびました。 なんども なんども とびました。 なんども なんども とぶうちに だんだん げんきに なりました。』
『おうさまは、とても しあわせそうに みえました。 それにつられて おいしゃまで、おもわず ピョンと とびました。 おいしゃばかりか だいじんも、だいじんばかりか けらいまで、けらいばかりか まちのひと、くにじゅうのひとが とびました。 みんな たのしく なりました。うれしなみだを こぼしながら、こえをそろえて さけびました。「ピョンカだいおう ばんざーい!」』
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ラストにかけてたたみかけるこの上向きのリズムアップにスコーンと抜けたハッピーエンド感がとても好きです。

(1982(orig.'81): ほるぷ出版)
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(※ネタバレしてますご注意下さい)
(実に半年振りのシリーズ更新になりました)よく知られたアメリカの作家で、どの作品にも心の優しい眼差しで包まれている印象がある。この本は文字のない絵本。…かりゅうどが狩りをする為に森の中に入る。そこでしあわせに暮らしていた様々な動物や鳥たちがかりゅうどに気付き、驚き、逃げながらも、森の中では動物たちの方が知恵がある。隠れつつ武器を隠し、やがてかりゅうどの目的をなくしてしまう。目的を失ったかりゅうどがやがて動物たちに囲まれて新たな眼差しが生まれる…。171123_karyudo2
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全編に渡って構成されている画面は、作家がある時出会ったハンガリーの民衆芸術の、木の板を使った彩色切り抜き絵にとても感化され、その影響下で制作されたという。それ故の、味わいのある柔らかい質感と色彩、そして装飾的な配置のような森と動物たちの構成表現など、文字が無い分、逆に心の温度が緩やかに上がっていくようなハートフルな絵本。もの言わぬ動物たちの、何とも愛しい表情も。


PS:前に同作家で購入していた別作品「おいっちに おいっちに」(発行時期によってタイトル違ってたかと思う)でも、おじいさんと子どもの時間の経過を通して子どもの成長と共に変わっていく人間(家族)の関係というものを(これまた)優しい眼差しで包んだ良作です。171123_oicchini

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2017, 11-19

生きものたちが謳歌してた季節が衣替えし、静かでシビアな空気に変わる。この季節にも表情がある。それを探した2日間。
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2017, 11-18

前回も紹介したTWICE「Do it Again」の楽曲のカッコ良さは、普通にポップフィールドを越えてランダムに俯瞰しても(オーディオのみに専念して向き合う程に)頭抜けているように思う(TTと同様にチープなリズムボックスがけっこう効果的)。楽曲提供作家はたいてい30代位の若手が携わっているらしい(そこも日本と制作環境が違う所)。TWICEの、この曲と呼応して身体を揺さぶるダンスの"クールプリミティヴ"な素敵さは前途の通りなのだけれど、同曲で踊る彼女らの「裏(Crazy)バージョン」とでも言うべき、(推測するに、おそらくダンス練習に疲れ果てた故の)ワチャワチャしたヤケクソおふざけな動画も見つけて、正規のバージョンと対比させるととても面白い。やはり個人的にはジョンヨンの(両バージョンの)ギャップが特に楽しい。


年末の紅白の出場が決まり、まだ慣れない異国で遠慮がちにかしこまっている様子よりも、本来の自由奔放な(各メンバーの)魅力が連日アップされるオフ動画で確認&堪能できる。


紅白に対しては…「予定調和の最たる悪しき偽善プログラム」という認識で、ほぼ毎年ケチョンケチョンに言っていた僕ですが、これだと今年は事情が違ってくるではないか(笑)。…ただ、やはり僕が感じているTWICEの魅力は前途してきた(フリーキーで素のままの)部分なので、紅白特有の段取りに支配されておざなりなアイドルチックな振る舞いで明るく振る舞う感じになるのだろーけど、そっちだと興味向かないだろうなぁ。おそらく(名刺代わりの)「TT」やって次に新曲の「Likey」へとメドレー的に…と推測。

「子どもがハマっているものを一緒に観ていると気が付きゃ親もハマっている」…というのは世間でよく聞く<育児あるある>の一つなのだけれど、どーやらこのパターンでチチはこのところTWICEにハマってきています(笑)。…とは言っても僕の場合、昔から「アイドルチック」なものにはほぼほぼ関心が無く、このグループに関してもアイドル風ないでたちや活動/振る舞いにはそんなに反応しない。とにかく個人的にこのグループはダンス(振り付け)によって表現される身体フォルムの魅力が一番で、(再三取り上げてきた)ダンススタジオでの練習動画がある種の磁力を持っている。

僕のフェチ感覚で言うと…昔から(例えば)バレリーナ/フィギュアスケート/そして今回のようなグループダンス、そのどれも、本番でのキラキラした満面の過剰衣装よりも練習時にまとうようなシンプルな色とフォルムの「練習着スタイル」での素の表情と欲の無い最小限の衣服で己のダンスに向き合う…というストイックなイメージの方が断然素敵で美しく思ってしまう。阿佐ヶ谷に住んでいた20代の頃、地下鉄の荻窪駅改札付近でレッスンを終えた(普段着の)バレリーナたちの一行に出くわした事があり、僕はそんな彼女らの醸し出すタイトなフォルムと凛とした佇まいに瞬間憧れてしまった記憶がずっと残っている。浅田真央やキムヨナも本番の満面キンキラよりも無表情で上下黒でまとめた(いわゆるサブリナルック)練習スタイルの方を見ていたい…と思ってしまう。

さて、TWICEもその例の通り、Dance Practiceでの「自分たちの身体に向き合っている」ダンスに見入ってしまう。今までいくつか取り上げた中でも下記の「DO IT AGAIN」のダンスは…規律がありつつも自由でワイルドで場面もあってカッコよく、とってもお気に入り。

TWICEきっかけで初めてと言っていい位に「韓国ポップス」というものに意識が向いて、そー言えばと、かつて知られていた、少女時代/AFTERSCHOOL/KARAあたりをかいつまんでYou tube回想してみたのだけれど、やはりあまり反応出来なかった。感じたのは、あまりに「セクシー」という部分を戦略としてゴリ押ししてる感じがそれらのグループにはあって、音楽そのものよりもそっちの戦略的な部分がチラついてしまった。TWICEの持つ幅広いポピュラリティは、おそらくメンバーたちの素の魅力を最大に引き出し(上げ)てる人的エネルギーによるものだと思う。

上の子が好きなのは「ダヒョン」。下の子は「ナヨン」。最初は寝る前にキッズにYou tubeせがまれてTWICE流してる間布団に突っ伏してたチチ(僕)が、気が付きゃ徐々に引き込まれ画面を一緒に覗き、そして今、チチのお気に入りは「ジョンヨン」です(笑)。昔から短髪好きだった僕は、やっぱり好みは変わらないという事だった(ボーイッシュ故に醸し出される類いの女性性)。上記の「DO IT AGAIN」、そして再び取り上げてしまう下記(ビター&スウィートメロウ)「1 To 10」でのジョンヨン(金髪ショート)の、ワイルドさと切なさの両面の身体表現を日々ローテーションして堪能中。このチチのお気に入り「1 To 10」。キッズのジャッジでは「速い曲=カッコいい/遅い曲=カッコ悪い」…となっていて(振り返れば分かる気もするが)、このメロウさがキッズは好きではなく、すかさずチチは「これからいっぱい恋をしていっぱい失恋すればこの曲の良さがわかる…」と、なり振りか舞わず力説しようものなら、キッズはその力説の途中で手で両耳を塞ぎ「アーー!!」って遮断する。


PS:最近リリースされた1stフルアルバムのメインキャッチナンバー「Likey」は、ウチのキッズはさらにどハマりしてて、ずっとこの曲を中心に超ヘヴィローテーションしてる(そして上の子はすでに振り付けを8割方完成させてた。子どものスポンジの吸収力は凄い)。でも、確かにこの曲の持つフックの強いどキャッチーなアッパーさは中毒性を兼ね備えていて、その楽曲の巧みさは去年の星野源「恋」と似たような性質を感じる。TWICEのポピュラリティはダンスパフォーマンスはもちろんの事、実は楽曲のクオリティがちゃんと「裏切らないレベル」で保たれている事も一因かと思う。加えて、少女時代/AFTERSCHOOLが各メンバーの個性の違いがすぐにイメージ出来ないのに対して、TWICEは個性のバランスが楽しくバラけている。下記のMVはその辺がよく出てる気がする。振り付け師や楽曲制作グループ等、プロダクト環境の力も大きい。/…以上、かなり"にわか"なのにそれっぽく語ってしまいました(笑)。



PS2:さて、今夜はこれで。早めに寝て、朝方の「日本Xベルギー戦」に臨みます。

「花と虫」のシリーズ、先日一旦区切るように言いましたが、その後まだ余韻が残っていたのでそれに従いました。加えて、ちょっとコントラストを強くしたのも加えたかった、というのもあります(来春に向けて、このテイストで絵本を作ろうと思います)。
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ⓒ Nobuo Yamada 2017

今日聞いてたラジオでリスナー投稿の時事川柳。長引く咳喉風邪でウダウダしてた中、思わず笑ってしまった。(庶民の非力な武器=)風刺の見事な一発!/もしかしたら、ドナルドよりもシンゾウの方がドンパチやりたがっているような、そんな印象さえ感じる。

…この所(割と年一でかかる)喉咳風邪でずっとシンドく、咳き込みと薬による眠気やダルさで、こーいう時って何もする気になれない(喉咳はけっこうしぶとくて薬飲んでてもさほど効かないのが毎回やっかい…)。

さて、今年の春から量産してきました(植物と虫たちとの共生の観察と記録)「いきものばんざい」シリーズはこれで一旦終了します。その後もだらだらと観察記録フォトは増えてますがさすがにきりがないので。...今(11月)はすっかり花たち・虫たちの全盛は過ぎて来たる冬の厳しさの手前で(見た目は)静かに過ごしているように見えますが、天気のいい日にはわずかに咲く花に虫たちが飛び交い、そしてその虫を密かに狙うカマキリや罠にかかるのをじっと待ち構えるジョロウ蜘蛛など、最後まで種の存続の為に一生懸命な姿は見て取れます。
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先日述べたTWICEのお気に入りメロウ、ダンスレッスン動画があった。…けっこうこのグループの音楽は(我が家的にも)「聴けるよね」…という結果になってます。

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