社長の朝礼

社長が、毎日自分のために朝礼をする。社員に朝礼で訓示をする前に、まず社長が自分に訓示することで、自分自身を正す。そして、今日の仕事を開始する。 「今日の朝礼で、一日の成果が決まる」そんな、緊張感を持った、そして笑顔で出発できる、理想の朝礼を目指します。

人間のやることは、何事も思い通りにはいかないものだ。一例が菅前首相。本人は辞めるつもりはなかったと思う。しかし、結果的には辞めざるを得なかった。結局、コロナ対策に追われた1年だった。
今、衆議院議員選挙の真最中である。結果は31日の夜でないとわからない。マスコミは、結果を予想しているが、果たしてその通りになるかどうか?最近の予想は外れることが多い。
商売も然り、コロナ禍の前は好調だった商売がコロナ禍でいきなり厳しくなり、廃業や倒産に追い込まれた人も少なくない。
何事にもリスクは伴う。しかし、リスクを恐れていては物事は始まらない。リスクヘッジをし、「用意周到」、「備えあれば憂いなし」の如く備えは必要だ。それでも、予期せぬことが起こる。あとは「人事を尽くして天命を待つ」心境で、運を呼び込むしかない。最後は天に祈るしかないのかもしれない。
だから、多くのお店や事務所には神棚を置いてある。祈りのある商売は、予期せぬ事態を乗り越えられるのかもしれない。

内村航平が世界体操で最後の演技に臨んだ。
東京オリンピックでまさかの落下。それを克服しての世界体操。
メダルこそ取れなかったが、その演技は圧巻だった。
こだわり続けた着地は見事に決めた。
31歳という年齢は、体操の現役選手としては高齢である。
それでも、自分の目指す理想の演技に向かって精進を積み重ねてきた。
それが、昨日の演技だった。心から拍手を送りたい。
これからの道はわからないが、これからの人生にエールを送る。

平成の怪物と呼ばれた「松坂大輔投手」が引退した。41歳という年齢を聞いて意外だった。思ったより長く現役を続けていたのだ。
引退会見で、自分をほめるとしたら、諦めの悪さだと言っていた。諦めなければ、必ず勝利と喜びがやってくると信じてやってきたという。
成功は、成功するまで続けること。失敗しても諦めないで、やり続けることで成功はやってくる。諦めの悪いことは、成功へつながる。松坂投手にエールを送ると同時に、自分も諦めずにやり続けよう。

仕事は速いにこしたことはない。
しかし、速いだけではいけない。
仕事は丁寧で正確でなければいけない。
丁寧で正確かつ速く仕事ができる人はプロと言える。
プロは、複数の仕事を同時進行でこなす。
一例をあげれば、プロの料理人である。
煮る、焼く、炒めるを同時進行で行う。
同じ時間に作る料理の数が、一般人とは何倍も違う。
「時は金なり」という。
同じ仕事で、同じ単価でも、速くこなせば利益は多くなる。
同じ時間で複数の仕事をこなせば、利益は倍増する。
もう一つ、プロのタイプがある。
それは、誰もできないことをやる人である。
そういう人の仕事の単価は、あってないようなものである。
他にないから、値段のつけようがない。
プロと呼ばれる人は、自分の仕事に誇りを持っている。
誰にも負けないという、プライドがある。
そして、自分の技を磨くための鍛錬を怠らない。
どんな仕事でも、こうしたプロ意識を持つことは大事なことだ。
もっと、プロ意識を高めよう。

「人は見かけによらぬもの」という。人の性質や能力は外見からだけでは判断できないものだということ。(コトバンク)
確かに、会ってみるとイメージと実際は随分と違うことがある。いい意味でも悪い意味でも。顔は強面だが、実際会って話してみると、物腰が柔らかく優しかったりする。逆に人の良さそうな人でも、会ってみると、自己本位で、下心が見え見えの人もいる。
折しも、衆議院選挙真っ只中、いろんな人の顔や言葉が様々な媒体から飛び込んでくる。一見、みんな良い人のように見える。しかし、その裏の顔を見抜かねばならない。そのためには、何を基準に人を判断するかである。
候補者が、地位や名誉、権力を求める人は論外である。人が良くて、みんなのために働く人でも、より天下国家を考える人でなくては、いい政治家とは言えない。衆議院議員ならなおさらである。偏ったイデオロギーやマスコミの偏向報道に惑わされることなく、日本の未来を託すにふさわしい人物が選ばれることを願ってやまない。

10月も3分の1が過ぎた。10月は「神無月」という。日本中の神様が出雲の地に出向き、神様がいなくなるから、こういう名前が付いたという。日本は八百万の神様の国だ。自然の中に神様を見出し、それを一つひとつ神様にしたからだろう。
翻って、私の中に神様はいるのだろうか?私の中には神と悪魔が住んでいる。その二つがいつも闘っている。これで私の中から、神様がいなくなったらは私は悪魔になってしまう。
そうではない。私の中からいなくならなくてはいけないのは神様でなく悪魔である。早く神様だけが住む私でありたい。

日に日に寒くなる。
天気も寒かったら暖かかったり。
雨が降ったり止んだり落ち着かない。
日暮れもどんどん早くなる。
季節は確実に冬に近づいている。
昨日は、夏物を冬物に衣替えした。
もうじき冬の備えの作業が始まる。
気持ちもどことなく落ち込む。
しかし、春夏秋冬は天が定めたもの。
素直に受け入れて、順応することだ。
順応することで、季節を味方にできる。
厳しい季節がやってくるが、
後ろ向きでなく、前向きに生きて行こう。

懐かしい友から、枝豆が送られてきた。地元のブランド品の枝豆らしい。
早速、妻に湯がいてもらって試食。粒が大きく、おいしかった。
一度食べると、手が止まらなくなる。さすがブランド品だ。
同封されたパンフレットには、通常のものの1.6倍の粒の大きさと書いてあった。
友とは、小・中学校が一緒の幼馴染である。それぞれが結婚後も交流があった。
しかし、あることがきっかけで、しばらく疎遠になっていた。
その後は、年賀状だけの付き合いになってしまった。
その友から、思いがけず枝豆が届いた。少し驚いた。
定年退職した夫が畑をやりはじめて、収穫したものだそうだ。
友はまだ現役で介護の仕事をしているらしい。
お互い、孫を持つ年齢になった。枝豆をきっかけに、また良き交流ができたら。
そんなことを思いながら、湯がいた枝豆を妻と二人でおいしくいただいた。
まずは、友に感謝。

「母なる海」という。生命は海から始まった。海は神秘的で、謎に満ちている。
海には、満潮があり、干潮がある。海には暖流が流れ、寒流が流れている。
海には時が止まったかのような凪があり、逆に荒れ狂う大しけの時がある。
その海について、述べた一文があったので紹介する。

「私が海を愛する理由は、それが強靭な心と体を育ててくれるからだけでなく、人類の未来がまさに海にあるからです。海は陸地よりはるかに広大です。深い海の底には、私たちがいまだ知らない宝物が眠っています。海を開拓する人が、世界を導く人になるのです。
海は青いです。青春も青いです。この二つが出合えば、未来が変わります。私がそうだったように、青年は腕をまくって海に飛び込む、勇猛な人にならなければなりません。」


青年が海に出合えば、その海は青年を大きく、そして、たくましく育ててくれる。
行き詰った人類の未来は、海と青年が切り開いてくれる。
これからは、海と青年に投資しなければ、人類の未来はない。

命の誕生はあまりにも神秘的だ。そして感動的だ。
何億個もの精子の中から、たった一つの精子が卵子と出会い結合する。
そして、「十月十日(とつきとおか)」母親のおなかの中で育つ。
おなかの中では、水中(羊水)生活を送る。その間、呼吸はしない。
命は、母親とへその緒で繋がれて保たれる。
時が満ちると、陣痛が始まり、この世に生まれ出てくる。
生まれると同時に産声を上げる。これが、呼吸の第一歩である。
産声が上がった瞬間が、母親の苦痛が歓喜に変わる瞬間である。
父親は、子供の誕生を喜び、そして妻への慰労と感謝の言葉をかける。
新たな生命の出発である。おめでとう。
新たな命のこれからの人生に幸多かれと祈る。

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