社長の朝礼

社長が、毎日自分のために朝礼をする。社員に朝礼で訓示をする前に、まず社長が自分に訓示することで、自分自身を正す。そして、今日の仕事を開始する。 「今日の朝礼で、一日の成果が決まる」そんな、緊張感を持った、そして笑顔で出発できる、理想の朝礼を目指します。

ある人と信仰について話したことがある。
彼は、信仰とは弱い自分を強くする拠り所であって、自分には必要ないと言った。反論したかったがうまく言い返せなかった。
信仰者について考えてみた。歴史を振り返ると、信仰者と呼ばれる人はそんな弱い人だろうか。信仰のゆえに自分の命までも惜しまずに死んでいった人は数えきれない。キリスト教は殉教者を数多く出した。信仰のゆえに死んでいったのだ。弱い人間が死んでまで信仰を貫けるだろうか。仏教の世界を見ても、信仰故の修行たるや、凄まじいものがある。まさに命がけの修行をする。こうした「信仰者」の姿を見るとき、信仰とは弱い人間が神や仏に頼るものという考えは間違っていると思う。
では、信仰とは何だろう?それは、キリスト教で言えば「天国を作る」「天国に行く」という理想を実現するためのもの。仏教でいう「極楽浄土」に行くためのものが信仰である。言葉をかえるなら、理想を実現するための「信念」のようなもの。それが信仰ではないだろうか。そう考えると、死をも恐れぬ姿勢は納得がいく。歴史上、祖国のために命を懸けて戦った義人達がいるがそれに近い。信仰者は神の国(極楽)のために戦う義人なのだ。だから、信仰を持っている人は強い。その考えに揺るぎがない。
再び彼にあった時、信仰についてもう一度話してみたい。

昨日の午後から今朝にかけて、青森は猛吹雪。今日も一日荒れ模様。
こんな時はできるだけ外出を控える。と言っても仕事なら出ていかなければいけない。
天気にめげず、今日も一日しっかり仕事をしよう。

アメリカ合衆国の建国の由来について書いた書籍を読んだ。
世界史で学んだように、イギリスのピルグリム=ファーザーズがメイフラワー号に乗って北アメリカに渡り、アメリカを建国した。その目的は、信仰の自由のためだった。食べるものも十分にない中で荒野を切り開き、初めに教会を建てた。次に学校を建てた。最後に自分たちの家を建てた。生活のすべてが神と共にあり、信仰の自由を守るためにあった。その後、本国(イギリス)との独立戦争に勝利し、わずか200年という短い期間で、世界NO1の国になった。
翻って、南アメリカもヨーロッパからやってきた人々によって開拓された。しかし、その目的はお金のためだった。自国のために南米の人々を利用した。その結果どうなったか?南米は開発後進国に留まった。
その書籍は、アメリカが何故世界NO1になったか?それを教えている。それは、世界のために尽くす為である。アメリカが得た富は、世界のために使わなければならない。というのだ。かつて、イギリスは産業革命を興して世界の富を得た。そして、「日の沈まない国」と呼ばれた。それは何のためか?世界の国々を同じように豊かにするためだった。しかし、イギリスは世界の国々を富ませるのではなく搾取した。結果、没落していった。アメリカはどうだろうか?世界NO1の国になったが、今や自国の利益しか考えなくなった。これではイギリスの二の舞である。今こそ、もう一度、世界の国々に奉仕するアメリカにならなければ、アメリカは没落していくだろう。今、その大きな分岐点に立たされているのである。歴史が大きく揺れ動いている現代、それぞれの国が国家存亡の時を迎えているのかもしれない。

自然に目をやると、時々「どうしてこんな生き物がいるのだろう」と思うことがある。同じように、人に対しても「どうしてこんな人がいるんだろう」と思うことがある。しかし、どんなにグロテスクな生き物であろうと、どんなに嫌な人であろうと、全てに存在価値がある。それがわからないだけだ。自分の価値基準で見ると、いなくていい存在でも、違った価値観で見るとなくてはならない存在なのだ。
そう考えてみると、自然や人を観るとき、自分の価値観だけで観てはいけない。寛容な心が必要である。その為には相手を理解することだ。そして、相手の喜ぶことをすることだ。おのずと理解しあえるようになる。

昨日は成人の日。
成人の日を迎えた方は、どんな心境で成人の日を過ごしただろうか?
昔は、元服の儀をして15歳で成人とした。昔の人生50年の時代を考えると、15歳で成人というのも納得がいく。いずれにせよ、成人は大人の仲間入りだ。成人ということは権利も主張できるが義務と責任も伴う。自分のことは自分で責任を負わなければいけない。その自覚のない人は成人になる資格はない。「これからの時代は、自分たちが作っていくのだ」そんな気概をもって、成人としての歩みを始めてほしいと期待する。

若者は志を抱いて都に行った。
何のスキルも学歴もなく、家を出たいという思いだけで。
花の都は、花もあるが茨(いばら)もあった。
若者は、悪戦苦闘しながら都で生きてきた。
しかし、都の現実は甘くはなかった。
何をやってもうまくいかない。
若さ以外に、自分をアピールできるものがない若者にとって
都は厳しすぎた。若者は疲れた。
そんな時、田舎の父は帰って来いとメールした。
若者には葛藤があった。
一旗揚げると言い残して、家を出た手前、帰るに帰れなかった。
でも、父は帰って来いと息子に語った。
長い人生、一度リセットしてもやり直せる。
田舎に帰って、捲土重来を期せばよい。
父は、ただ息子の人生が良き人生であることを願う。
彼の人生が幸せであることを願う。
今は、少し休んで次に備えればいい。
力を蓄えて、また都で勝負したければ、家を出ればいい。
その時は全力で応援しよう。君の成功のために。

※捲土重来の意味
 捲土は人馬が土を巻き上げること。
 敗戦の後、ひと度は去って勢力を回復して、再び攻め返すこと。
 一度失敗したものが非常な意気込みでやり直すこと。

早朝、旅に出る。旅と言っても、一泊二日の小旅行だ。しかも、観光とかではない。人と会うのとセミナーに参加するのが目的だ。だから旅行とは言えないかもしれない。出張と言ったほうがいいかもしれない。それでも、電車に乗り、駅弁を買い、出かける気分は旅行気分だ。
旅に出ると気分も変わる。モヤモヤしていた気分が晴れるかも知れない。悩んでいたことが解決することもある。思わぬ出会いがあるかもしれない。何かを期待して家を出た。だから、私にとっては、出張ではなく旅行なのだ。
新年が明けて、今年の目標を決め、計画を立て、一年の見通しを立てなければいけないのだが、今一つ見通せない。頭がモヤモヤしている。原因の一つはわかっている。それを解決し、すっきりして新年の出発をしたい。そのきっかけになる小旅行であってほしいと願っている。今年一年を良き一年にするために。

自然はいろんな顔を持っている。
冬は一面雪景色、純白の世界だ。
春になると、雪が融け、新緑の世界に変わる。
夏は、青い空・青い海、そして真っ赤な太陽が地上を照らす。
秋、赤や黄色の紅葉に、山は装いを新たにする。
そして、白い雪景色がやってくる。
自然はいろんな顔(景色)があるから美しく楽しい。
人もまた、いろんな顔を持っている。
嬉しい笑顔、
怒っている怖い顔、
涙を流している哀しい顔、
全てが楽しい喜んでいる顔。
人は喜怒哀楽があるから、生きている実感を得る。
変化があるから、面白い。
哀しい時も怒っている時も、長い人生の一コマである。
そう考えれば、腹を立てることも忘れられる。
人生は喜怒哀楽があるから面白い。

日韓関係がギクシャクしている。「徴用工問題」「レーダー照射問題」多くの国民が心配していると思う。あまり報道されないが、日本より韓国の国民が心配しているのではないだろうか。経済がかなり厳しいらしい。あまり意地を張らずに、それこそ未来志向で対応しなければ、どちらにも不幸な結果になるだろう。
翻って、中国と北朝鮮が不穏な動きをしている。今こそ、日韓米が結束して中国・北朝鮮に対抗すれば、二国とも共産主義国家から解放されるかもしれない。そんな絶好の時なのに、なぜか自由陣営は結束できない。ひょっとして、北朝鮮(あるいは中国)の謀略なのか?真相はわからないが、自由世界の結束失くして共産主義には立ち向かえない。

仕事初めから3日が過ぎた。仕事始めの大半は雪片づけである。あちこち雪が積もって、昨日も売家の玄関前を片付けた。降り続いた雪も、しばらく一段落しそうだが、本音を言えば「もううんざり」だ。しかし、こうした厄介な問題が新しい技術や発明の種になる。困ったことをどうしたら解決できるか、困っている人をどうしたら助けてあげることができるか。その解決策を考えていくことで、新しい商品や技術が生まれる。そう考えると「雪のお陰」になる。
何事も前向きにとらえて、この冬を乗り切っていきましょう。

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