中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

エジプトのサッカーについて

少しは軽い話を。
サッカーの話になると日本の新聞も急に国際的になるもので、本日の朝日夕刊でもかなり大きくエジプトがイタリアに1−0で勝ったと報じていました。
これがal Jazeerah等になると歴史的勝利となっていました。
考えてみれば、日本だってもしイタリアに勝てば、あほなマスコミは歴史的勝利とか何とか最大限の賛辞を呈するに違いないので、余りエジプトは責められない。
と言うかその昔エジプトにいた身からすると、今回の勝利でエジプト人が興奮するのは痛いほど分かる気がします。
昔は、中東でサッカーの名門と言えばエジプトとかイラク等で、サウディ、イラン等はともかく、カタールとかチュニジアとか言う吹けば飛ぶような国が、サッカーの世界ではのし上がって来て、エジプトのような昔からの名門がパッとしなかったことに心底いらいらしていたと思います。
エジプトは英国の伝統を引いてか、昔からクラブチームが有名で、その中でもahari-(ナショナル)とzamalekという2チームが、いわば巨人対阪神の感じで、カイロの民衆を2分して、その試合の日には勝った方の応援団が一晩中警笛を鳴らしながら走り回るので誠にうるさかったものです。
勿論、当時はナセルの時代ということで、軍とか警察とかのチームも強かったと思うが、矢張り人気は上の2のチームでした。
まあ、阪神がいくら負けても根強いフアンがいるようなものと言ったら、近畿の人に叱られるでしょうか?
いずれにしても、とりあえずmabluk8おめでとうと言う所です。

オバマと中東和平

BBC等によるとワシントンを訪問しているリーバーマン・イスラエル外相とクリントン国務長官が記者会見で、入植地の拡張問題について、公衆の面前で意見の相違を露呈したそうです。
リ外相がイスラエルとしては、入植地の自然拡張(要するに人口増等に対処するため既存の入植地を拡大するもの)を止める意思は全くない、と発言したのに対して、ク長官が米国としては入植地の拡大の完全な凍結を求めており、これまでもイスラエルは既存の立場を変更したことがある等として、強くその再考を求めたとのことです。
とりあえずはオバマ政権のお手並み拝見と言う所ですが、ネタニアフの総論賛成具体論完全ボイコット作戦が開始されたという気がします。
但し、クリントンは、大統領夫人であった時に夫のクリントン大統領がネタニアフに振り回され、ものすごく悔しい思いをしていたのを、すぐ傍で見ていただけに、今回はそう簡単にネタニアフの策謀を許さない可能性が強く、オバマとクリントンのコンビの敢闘に期待するという所です。

イラン  いつか来た道?

昨日のBBC電子版にはイランのデモに関する写真が沢山載っていたが、その一つがどこかで見覚えのある写真であった。それはテヘラン市内の丸くカーブした陸橋の上を極めて多数の男女が押し合いへしあいといった様子で動いている写真でした。
尤も見覚えがあると行ったのは、この写真そのものではなく、その昔1979年のイラン革命の時の写真で、早速引っ張り出して来て並べてみたら、余りに近似しているのに驚きました。もしかしたら同じ橋だったのかもしれません。
またバシージに殺されたデモ隊員の葬儀を反政府派が、抗議のデモにしようとしているという記事もありましたが、これもまた79年の際、シャーの警察に殺されたデモ隊員の追悼葬列が死後10日、40日という具合に、シーア派のしきたりで行われ、そのたびに新しい被害者が生じて、抗議デモが雪だるま式に膨れ上がっていったことを想起させます。
こう見てくると、どうもイランの状況は、下手をすると79年のシャーに対する大衆デモがついにはシャー自身を倒した、あのイラン革命の再現を思わせるものがあります。テヘランからの写真もそのような印象を与えるものがあります。
但し、現在の状況を見るに、そのような教訓を踏まえてか、政府側、反対側も相当自制しているように思われ、この調子ならしばらくすればとにかくとりあえずは、アハマディネジャード側が反対側を抑え込むのではないかと思われます。
まず第一に、ムサビ紙も暴力を避けるように呼びけかている。
政府の側でも、確かに一部のバシージが発砲したことは事実のようだが、体制側の発砲は極めて限定的で。デモ隊に多くの犠牲者が出ないように配慮している気配があること。
またそれとは逆に本当に事態が収拾つかなくなったら、体制側はあらゆる暴力装置を使ってでも反対派を抑え込むものと思われること(だからムサビが暴力を使わないように訴えているわけだが)。イラン革命のときに米国の外交官と話していて、シャーが断固として軍隊を投入して、大規模な流血を賭してでも反政府を弾圧しなかったことに大きなフラストを感じていて、シャーが断固たる立場をとれば、情勢は十分抑え込めたはずだ、というのに大きな印象を受けた記憶があります。
現在のイラン政府はまだまだ断固たる弾圧をする政治的意思とそのための暴力装置を十分支配・コントロールしていると思います。
従って、イランが今すぐ「いつか来た道」を辿ることはないと思いますが、もしかするとイラン・イスラム共和国の長い長い「終わりの始め」が始まったのこも知れません。

ネタニアフのパレスチナ国家受け入れ

BBC等によるとネタニアフが昨日かのどこかでの演説で、パレスチナ国家と平和共存する用意があると言った(彼としては初めてのパレスチナ国家受容だそうな)とかで、早速オバマ大統領が歓迎の意を表したと報じられているが、どうもその中身をみると、オバマの圧力が厳しいので、原則だけはパレスチナ国家受け入れを表明せざるを得なかったが、実質的には種々条件を付けて、具体化は徹底的にボイコットする、例のネタニアフのやり方ではないかと疑われて仕方がない。
というのは無条件で話し合いを始めようと言いながら、
.僖譽好船聞餡箸枠麌霑とする
難民のイスラエルへの帰還は認めない。何故ならそれはユダヤ人国家としてのイスラエルを変質させるから
エルサレムは永遠に分割されずにイスラエルの首都である
て植地の新設はしないが、既存地の拡大はする
ノ療擇諒峇圓亙刃造箸老襪咾弔ない
等と実質的な条件を付けており、すでに一部のパレスチナ指導者はこれに強く反発しているとのことです(人種差別主義との言葉さえ使っている)。
上記が初めからの前提であれば、どうせ交渉は進展するはずがないし、またネとしてはパレスチナ側の反発を利用して、無条件で和平交渉したいといったにもかかわらず、パレスチナ側が乗ってこないなどと主張して実質的に交渉をボイコットする意図ではないかと疑われます。
従来からのネのやり口に鑑みれば、上記のような疑いを持たない方がおかしく(馬鹿なお人よしという意味)、今後オバマがどの程度実質的な圧力を加え続けられるかが大きな鍵と思われます。

米大統領特使のシリア訪問

いささか旧聞に属するかもしれないが、確か3〜4日ほど前にオバマ大統領の中東和平特使のミッチェルがシリアを訪問して、アサド大統領とも会談しました。日本ではあまり報道されませんでしたが、もしかすると本件将来大きな意味を持ってくる可能性があるので、会談の内容等は全く知りませんが、若干の憶測を試みてみます。
シリアはアラブ諸国でその領土をイスラエルに占領されている唯一の国で(パレスチナはまだ国家とは認められていない)、これまでも何度かゴラン高原の返還と平和条約について交渉が行われてきました。
その中で最も良い線を行ったのが、バラク首相の時の交渉で、ほとんど合意まで行ったが、最終的国境線をティベリアス湖の畔とするか否か、(半分ジョークでは)ほんの数メートルの差で合意できなかったと言われています。
そこで、ここでイスラエルとシリアとの和平を動かすメリットは双方にとって極めて大きなものがありそうです。
まず米国にとっては、先ず、イスラエルのネタニアフ首相の個人的イデオロギー及びその支持基盤から中東紛争そのものがなかなか動かない時に、シリアとの関係でも和平へ動くということは大きな意味がある。シリアがが動けばそれが切っ掛けとなって本丸の方も動く可能性が出てくる。
またイランとレバノンのヒズボッラとの紐帯的シリアが和平に応じ、反米陣営から脱落することは、イラクの今後、中東全体に対する政策という意味からも大きな意味がある。付随的効果としてはとりあえずはハマスをどうするかという問題も先送りできる。
ネにとっては、米国の和平圧力が本物と解った現在、少なくともシリアで和平姿勢を示すことは、対米関係の点で重要であるのみならず、うまくいけば本丸のパレスチナ問題を先送りできる、特にゴーラン高原には入植地はあるものの、それらはいつかは撤去されるべきものとの認識はイスラエル内でも一般的で、とりあえずは西岸のような問題はなく、うまくいけば西岸の入植地問題を先送りできる。
シリアにとっても、レバノン駐留シリア軍を撤退させざるを得なくなり、さらには先のレバノン選挙で盟友のヒズボッラ連合が惨敗した後で、孤立感を深めていたと思われるので、米との関係修復は歓迎するところと思われる。またオバマが湾岸地帯の重点をイラクからアフガニスタンへ変更したため、イラクへの浸透を通じて対米関係で有していた切り札がかなり色あせてきたこともあろう。
以上見てきたところ、米・イスラエル及びシリアの双方にとって、ゴラン高原の返還と和平というシナリオはメリットが多いと思われ、今後パレスチナ問題が上手くいかない場合、オバマの重心が対シリア政策に移るという可能性も十分考えられると思います。
以上はあくまでも本当の情報のないところでの頭の体操にしか過ぎないので、その実現可能性については保証の限りではないが、もし賭けをするとすれば5050よりはかなり高い確率で賭けても良いのではないかと愚考しております。

エジプトの料理   鳩ー3

鳩料理の事を書いていたら、話が途中で歴史の方へ行ってしまい、叱られたので本日は改めて鳩の料理について書きます。
鳩の料理方法は地中海世界でごまんとあると思うが(シドニーで昔超人気だった日本人シェフのやっている仏飯屋では、鳩が目玉料理の一つだったが、確かそこでは鳩は極めてレアにごく軽く火を通してあった記憶がある)エジプトの料理方法は、筆者の知っている限りでは、詰め物、揚げ物、炭火焼の3です。
まず詰め物ですが、鳩の内蔵等を取り出して、その後に米、みじん切り玉ねぎ等の野菜それから種々の香料(男の私にはそれらが何か良く解らない)を入れて、紐か何かでくくって、多分それを蒸したか煮たかした料理です。美味いところでは鳩の風味が全体に回って、しかも柔らかな味わいでなかなかのものです。
次に揚げ物と焼きものですが、双方とも基本的にはお腹を割いて、内蔵を取り出した鳩の頭と足をとり、奴さんみたいな恰好にしたうえで、油で揚げたり炭火で焼くものですが、これも美味いところでは、どういう味付けか知らないが一見醤油味かと思われるような(色は勿論醤油色と言うかこんがりとした茶色ですが)味が付いていて、きわめていけます。
また多くの場合にとりだした内蔵を別に焼いて出してくれますが、これがまたなかなかの美味で、ビールのつまみなどには最適です。
お味の方からすると、これまた当然ですが、揚げた方が脂っこくて、また鳩料理の風味はかなり失われているが、その代わりに美味いところでは、からりと仕上げられていて、なかなか美味いものです。
これに対して、炭焼きの方は、鳩そのものの風味はずっと残っているが、焼き方が美味くないと生焼けであったり、全体が一様に焼けていない等の問題もあり、要するに一長一短があります。
このため、昔鳩料理屋に行った時には、揚げた鳩と焼いた鳩と両方注文したと記憶しています。
どうも内容がない割に文章が長くなるという欠点があるので、若干しつこいですが鳩料理について、もう一度書きなおします。

エジプト料理     鳩ー4

鳩料理が長くなったので、これで最後にしますが、矢張りエジプトと言うか、カイロの鳩屋と言うと一つだけ書いておかなくてはならないところがあります。
それは鳩料理の専門店で、名前もCasino de Pigeonと言います。ここのcasinoというのは何もルーレットがある日本人の想像するカジノとは違って、単にレストランという意味です。要するに日本語でいえば鳩料理屋です。
このレストランはギザのナイル川のほとりにあって、一部が室内、大部分が屋外で、夏でもナイルの涼風に吹かれながら、鳩料理を楽しむことができます。
料理は勿論鳩料理で、そこのおすすめが焼きものと揚げ物で、多分詰め物も出ると思いますが、私は注文したことがないので味については何とも言えません。
揚げ物と焼きものについては、その後大きく変わっていなければ保証します。
そこは主として外国人観光客ではなくエジプト人相手のレストランでしたが、イスラム回帰のエジプトでラマダン中は無理と思いますが、多分それ以外の季節にはエジプトビールも飲めるはずですので、これが特にあげた鳩とその内蔵には極めてよく合います。
このレストランが面白いのはちょっと場所が外れている所為か、またかなり庶民的な場所である所為か、エジプト人の生活が垣間見えることです。
例えば、アラブ人は結婚するときに男が家とかの準備の他に相手の家に相当のお金を支払う必要があるため、どうしても男性の結婚年齢が遅れて、30後半の男が18位の娘と結婚することも珍しくはありませんでしたが、そういうカップルが鳩を食べていると、周りのエジプト人たちがくすくすとうわさ話をしています。要するにエジプトでは鳩は強精剤と考えられているために、年寄りの男が頑張っているな、という訳です(尤も私は鳩を食べて特段の効果はなかったので、この伝説を保証はできません)。
それからもう一つは、結構金のないカイロ大学あたりの学生カップルが、鳩など食べずにコーラいっぱいで粘っている姿が見られますが、日本も貧しかった昔を思い出して、微笑ましい感じがしました。
最後に鳩料理について2つだけ書くと、詰め物ならばカイロ市の中心街にある外人観光客専門の店が美味かった記憶がある。
もう一つ、私がアラブで食べた最も美味い鳩料理は、サウディアラビアのジェッダにあったレバノン料理屋で、そこの鳩は何の変哲もない感じでさらりと焼いただけに見えたが、全体に上手く火が回っていて、また何とも言えない鳩特有の馥郁たる風味があって、これならパリの変なレストランよりもはるかに上だと思ったものです。
残念ながらその名前も今でもやっているかどうか解りません。

You too? Iran

イランの大統領選挙の結果はどうもますます混迷を深めているようです。BBC等によると、選管は85%開票時点で、現大統領64%、ムサビ候補32%と発表したが、予想外の大きな差に、まず反対陣営の間でインチキ選挙という非難の声が起こり、BBCの番組に出てくるいわゆる識者・・どの程度の識者かは知らないが・・はいずれも選挙前の様子とか、ハタミが当選した時の状況と比べて、余りに現職の得票率が高く、明らかにインチキが行われたとのコメントをしています。
昔勤務したチュニジアの大統領選挙(候補者同士のTV討論どころか大統領支持の反対候補のみというひどい選挙だったが)では投票率95%、大統領の支持率97%と発表され、各国外交官が、如何に何でもひどいよ、内務省もせめて85%以下にしておけばもう少し信用されたのに、などとあたかもインチキが当然でも有るかのごとき噂をしていましたが、イランもついにチュニジア並みの選挙になったのでしょうか?
それよりも問題は、BBCによると、イラン当局内部でも混乱していて、国営TV が選管の発表の報道をやめているのに対して、革命防衛隊系統の英語放送は、引き続き報道を続けているとか、内務省の内部でも対立があるとの情報があるとか報じられていて、今後さらに混迷が続くことが示唆されています。
ムサビ陣営ではあくまでも選挙結果の不正さを争うとしているとかで、結局は最高指導者のハメネイの判断までいくだろうと予測されています。
混乱に備えてすでに内務省の周りは厳重に警官で包囲され、若干の逮捕も行われているようです。
確かにあれだけの白熱した選挙戦の結果としては、あまりに一方的な結果で、反対陣営の言い分にも相当理がありそうな気がしますが、いずれにしてもイラン当局も極めて厄介な問題を抱えたのではないでしょうか?

中東の選挙   イラン

イランの大統領選挙は昨日行われましたが、その結果とりあえずアハマディネジャードおよびムサード両候補とも大差で自分が勝ったと発表した様ですが(どうしてこう中東の連中は確認もしないことで臆面もなく大口をたたけるのでしょうね?その点ではアラブ人もすごいがイラン人の方が上かもしれない)BBCの取り敢えずの集計発表(勿論元は選管だが)ではA現大統領がM候補に2倍の差をつけているが、集計の出たところがAの強いところなので、まだ趨勢は不明とのことです。
しかし、選挙の報道(このところイランの選挙はかなりの割合でトップとかで報道されていた)を見たところで、感じたのはイランの若者の数の多さとそのフラスト気味の様子とそれよりも特に女性のファッションが少し前に比べても大きく変わったことです。
特に中流階級の住むところでは、頭にスカーフはつけるものの、前髪を大きく出したり、スカーフの色も華やかなものだし、まず第一にほとんどだれもが顔を隠そうともしていないことです(それにしてもイランの若い女性は美人揃いですね)。宗教当局のドレスコードすれずれで、自由なファッションを楽しもうとしているところなど、日本の高校生が校則すれずれで超ミニスカートの制服にしているようなところがあると感心したが、今回仮にM候補が負けるようなことがあれば、彼らのフラストはさらに高まるだろうとかんじさせられる位のエネルギーを感じました。
それにしても中東でイランと言えば最も抑圧的な宗教勢力の国とのイメージが強いだけに、この選挙の報道は印象深いものがありました。おそらく選挙自体もアラブの国に比べたら、かなり自由で、公正に行われたのではないかと感じます。
やはり若者の多い国はエネルギーがあります。それに引き換え、わが日本は・・・という所でしょうか。

カッダーフィの訪伊

al jazeerah とかBBCを見ていたら、昔どこかで見たような人が、相も変わらずイブサンローランだかの特注軍服とやらを着て(服装だけはまるで宝塚の王子様か喜劇のなかの欧州の王子様みたいに豪華)タラップを降りてくるのが見え、傍に最近18歳の女の子といちゃいちゃしたとかで離婚宣言をされたベルルスコーニ首相が立っていました。
これぞあの名高いカッダーフィ大佐(まだ階級は昔のままかと思うが)で、リビアがイタリアの植民地から独立して初の元首さまのイタリア訪問だそうです。
そういえば、彼の後ろにはほとんど歩行困難な老人も歩いていたが、AJによると、これがイタリアのリビア侵略時に敢然とこれに挑戦した指導者Omar Mukhtarの息子だそうで、またイタリアはリビアに対して植民地化の賠償金として600億ドルを支払うそうだが、金持ち喧嘩せずのたとえの通り、カッダーフィーは鷹揚に金にはあまり興味はないが、イタリアが昔の事を償うのは良いことだとか言われた由。
米国等の制裁で弱り切ったカッダーフィがテロをやめて、核開発もきれいさっぱりやめて、国際社会のよい子になった所為か、最近は暴れん坊カッダーフィーもトンと世界のマスコミからご無沙汰していて、今回は久方ぶりのご登場と言う所だが、しわくちゃの爺さんになって相変わらず特注の軍服かね?「昔の名前で出ています」とかいう演歌があったが、彼の姿は演歌を思い出させるような哀愁を帯びたものでした。
まあ、それはそれとして西欧の国でも植民地化の償いなどしようかという所が出てくるのは、やはり時代というものでしょう。よいことです。

(訂正)先日エジプトの鳩料理のところでデンシュワイ事件の発生を戦間期と書きましたが、正確には1906年の誤りでした。またドンシュワイと言うよりはデンシュワイと発音した方がよいと思います。なお、心臓まひで死亡した英軍人は3人、死刑を宣告された村人は4人でそのうち一人は家の前で処刑されたとのことです。
うろ覚えで書くことはいけませんね。謹んで訂正いたします。

livedoor プロフィール

abu_mustafa

最新コメント
記事検索
  • ライブドアブログ