中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

2009年06月

イラン情勢   当局の作戦勝ち?

イランの最高指導者の金曜礼拝での強硬な演説については先にお伝えしましたが、確かその中でハメネイはラフサンジャニについてかなり長く弁護したとお伝えしたかと思います。
なにしろ、その前の選挙運動中に、アハマディネジャード大統領がラフサンジャニ一族が腐敗しているとして激しく非難していたので、ハメネイがわざわざ相当の時間をとって彼を公的に弁護することには大きな理由があるのだろうと思っていましたが、確か昨日あたりに「ラ」が今回の選挙は公正だったとして街頭での抗議をやめるように呼びかけました。
本日の邦字紙でも、これで改革派は完全に手詰まりとなった等と報じていますが、「ラ」がそのような立場を公的にとった背景としては、推測するにハメネイからの誘いとしての彼の弁護演説があり、それを踏まえて裏取引が行われたのだろうと思われます。
要するに、体制側を公的に擁護すれば悪いようにはしないが、もし反対側につけば、彼の腐敗を徹底的に暴くとかそのような働き掛けがあって、それに応じたのではないかというのが推測です。
勿論こんな推測には何の根拠もないが、全体の流れから眺めれば、そうとしか解釈できないと思っています。
矢張りイラン人はしたたかです。

イランはイラクやアフガニスタンではない!

本日のal jazeerah電子版によると、ラりジャニ・イラン国会議長がアルジェリアを訪問して、先進国のG8外相会議がイランの選挙に関して声明など出しているが、G8はイランの民主主義を尊重すべきで、イランはイラクやアフガニスタンではない、またイランとアルジェリアは共にイスラム教に基づく民主国家であると語ったそうです。

イラクやアフガニスタンを引き合いに出したのは、おそらくは西側の傀儡国家であるとでも言いたかったのだろうと思いますが、そのG8の議長のイタリア外相がアフガニスタンの大統領選挙はイランとは違って公正で透明な選挙となるであろうと語ったと報じられていることと合わせると面白いですね。

それともう一つ、アルジェリアと言う国は過去20年近くイスラム原理主義勢力とそれこそ血で血を洗う闘争を続けてきた国で、そこでアルジェリアはイランと同じくイスラムに基づく民主国家だなどと言われた、アルジェリア政府当局がどんな顔をしたか興味があります。

因みに、アルジェリアはイランとは地理的にはずいぶん離れていますが、結構なじみのある国で、75年には当時のイランとイラクが、シャットルアラブ川の国境を川の中間線とするアルジェ協定に署名している(当時の力関係を反映し、イランに有利に変えたもの。79年のイラ・イラ戦争の一つの背景はこの国境を元に戻すとのサッダムフセインの怨念があった)し、79年イラン革命後の米大使館人質事件では、国際司法裁判所の判決をイランが履行しなかったところにアルジェリアの仲介で米とイランが手を打った(その結果人質は釈放された)というようなこともありました。

現在のアルジェリア大統領のブテフリカは確か79年まで長年外務大臣を務めたので、両方の事件に関与しているかもしれません。彼が大統領になってから、国民和解を進め、治安の方もかなり改善したはずです。
(訂正 先日の投稿で、トルコの首相をアルバカンと書きましたが、エルドガンの間違いですので、謹んで訂正いたします)

トルコのクーデター?

トルコのクーデター?26日付のal jazeerah電子版に依れば、トルコの参謀総長がトルコ軍がクーデターを計画しているとの噂を否定したが、その騒ぎの元は、トルコ海軍の司令官がクーデター計画書なるものを作ったことにあるが、それは軍の調査で偽造と判明したとか。
要するによく訳の解らない話だが(何しろ、こちらのアラビア語が錆びついているので、どの程度正確に理解したか若干の疑念もある)、ことトルコの軍とクーデターという話になると、どこかでやはりそうかと頷きたくなったりするように、どこかあり得そうな話なのです。
ご存じの通り現在のトルコは建国の英雄ケマルアタチュルクが形作った、世俗主義的、トルコ人の民族国家(それゆえにクルド問題を抱えているのだが)ですが、それ以前のオスマントルコがスルタンカリフ制度で、イスラム教の国であったのを、180度転換したものです。
従って、トルコは共産主義国家を除くと、仏、日本とともに世界3大世俗国家の一つで、宗教と政治は厳しく分離されています。この表現に疑問を抱かれる方もおられると思いますが、仏でも学校でのスカーフ着用問題が重大な政治問題化するほど、仏革命の世俗主義というのが身にしみていて、わが大日本も天皇の即位や何やらから始まって、公的式典は厳しく世俗主義が守られています。
こんな国家は世界広しといえども、この3国以外にないでしょう。
ところで、そのトルコですが、ケマルアタチュルクが軍人であったことから、トルコ軍が(司法とともに)この世俗主義の守護神を任じて、これまでもイスラム主義者等と激しく対立してき、あからさまに政治に介入してきました。
現在のトルコの政府はアルバカンという首相の率いるAK党(正義開発党)が組織しているものですが、この党はトルコ憲法の下の穏健なイスラムを目指すとして、欧州あたりからはかなり評価されていますが、先に軍の圧力で宗教政党として解散させられた前身のイスラム主義政党の本質は変わっていないとして、軍からは常に疑惑の目でもって見られてきました。
確か現在の大統領はアルバカンの下で外相をしていたのが、新しい大統領を選任するときアルバカンでは宗教色が強すぎるとして軍が反対して、急きょ彼に代わって大統領選に出た経緯があります。その大統領の夫人も大統領夫人として初めて公式の場所でスカーフを着用したとして物議をかもしました。
そこで今回の事件ですが、その背後にいかなる事情があって、参謀総長がこのような発言をするに至ったのか、その辺の事情は不明ですが、まったく火もないところに煙が立ったのでもないような気もするので、参考までに紹介しておきます。
トルコで政情不安にでもなると、イラク、イランに次いで中東はそれこそ「混迷を極める」ということになりそうなので、矢張り火はなかったということであればと思っています。
(注  写真はスレイマニアモスクの前で)

イラン情勢  古風な手法

さる人が教えてくれたが、24日付の中国の人民日報がスペインの左翼紙リベラシオンを引用して、今回のイラン騒動はCIAの扇動によると報じているそうです。
それを見て最初に思ったのは、なんと古典的なdisinfpormationをやっているのだろうかということでした。冷戦華やかなりし頃、ソ連のKGBがよく使った手が、インチキな情報をインドかアンゴラあたりの左翼紙に書かせて、それを今度はソ連の新聞が引用して、これこの通り世界の報道機関の報じている通り、米国CIAがエイズ菌を作ってそれを世界中にばらまいているなどと言う報道を尤もらしく世界中に流す、という手口です。
いくらKGBでも自分が偽情報を流しても、なかなか人からは信用されないと気がついて、途上国のメディアを使うことを考えついたものだが、これと同じ手法を中国が使うとは、おそらく情報機関が関与していることは間違いないという疑念さえ抱かせます。
それとは別に、中東世界ではCIAの陰謀史観が盛んで、世界の悪いことはほとんど全てがCIAの陰謀と信じているものが多い。
こちとら別にCIAの肩を持ついわれもなければ、正直ってCIAも好きではない。
但し、若干考えてみれば、よく解ることだが、いくらCIAでも全能の神ではない。要するに限られた予算と人員の中で、必要な情報収集と時にはcovert operations等やっているという、官僚組織に過ぎない。
考えても見てください、現在の米政権にとって中東での最大の関心は2、一つはアフガニスタンでのアルカイダとの闘争、もう1がイラクからの米軍撤退の話で、当然のことながらCIAもこの2に中東での最大のエネルギーを傾注しているはずです。それと合わせて、オバマの関心は中東和平問題だし、また北朝鮮も目が離せない。
こんな状況でいくらCIAが万能(そんなことはない、チョンボばかりしている)であっても、イラクとアフガニスタンの中間で、新たな大規模作戦を展開する能力があるとは全く考えられない。
むかしoperation ajaxとかいう政権転覆の華々しいクーデターを組織して成功させたが、その後のイラン革命の際の大使館人質の救出作戦でみじめに失敗したように、CIAが現地で広範囲なエージェント網を維持しているとは考えられない、ほとんどが殺されたか牢屋にいるでしょう。
人間あまり面白そうな話は眉に唾した方がいいと思います。 

イラン  昔の悪行は消せない?

イラン情勢は基本的に流動的だが、取り合えずは当局の強硬手段で反対派が封じ込められているという所と思われるが、その裏で外国との非難合戦が熱を帯びている。
無責任な第3者から見れば、随分抑制した発言をしていた米国も、イラン当局は内政干渉と決めつけているが、米国と並んで非難の矛先が向いているのが英国です。
つい昨日だったかに、英大使館の外交官2名が国外追放され、これに対抗して英もイラン外交官2名を追放しています(こういう場合には相互主義でとにかく相手の外交官も同数だけ追い払うのが国際慣行です)。
英国についてはBBCが現地で頑張っていたので、目の上のこぶだったのでしょうが、それと合わせてどうも昔の恨みつらみが出てきた感じがします。何故なら、現在英国がイランを含めて中東で大きな影響力を持っていて、かついろいろと悪さをする力と意欲があるなどと思っている人は、よほどの変人でしょう。
ということはイランの年寄りにとっては昔の英国の悪行が思い出されたのでしょう。
何しろ、19世紀以来英国はイランで大きな影響力を誇り、その民間会社のanglo persian oil com.は、イラン内で国家内国家の威容を誇り、第2次大戦では親独の皇帝を国外追放した上に、ソ連と2国でイランを事実上2分していたし、戦後民族主義のモサデク首相がこのanglo・・会社を国有化したところ、英国情報機関のMI6は米CIAと組んで、クーデターを実行し(Operation Ajax と言う暗号名の作戦)モサデクを追放したという具合に、1950年まではイランで帝国主義的悪さをしてきたのは英国です。
私も皇帝の元気な時代に国連の会議でテヘランに出張し、英国大使館のパーテイに出て、その余りに広壮なことに腰を抜かした記憶があります。
その後米国の影響力が強くなりすぎたために、若い人は如何に英国が悪辣であったか記憶していませんが、今回の事件でイラン当局が昔の怨念からか、今は口を拭って良い子、良い子しているが、少し前までは中東の本当の悪は英国であったことを思い出させてくれたことは、歴史という観点からは評価できるかもしれない。
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