中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

2009年07月

対テロ作戦  アルジェリア対チュニジア

アルジェリア・チュニジア国境
アルジェリア国境と近いチュニジアの町にて
アルジェリアでのテロに関しては昨日紹介しましたが、その昔対テロ戦争との関連でチュニジアで面白い(と言うよりは深刻なと言う方が正しいが)話を聞いたので、参考までにご披露します。
その前に、アラブ政府と聞くとかなりの日本人はイスラム原理主義とか過激派とかテロリストの一味とかいうイメージを持ちがちだが、実情は彼らは人権を無視してもイスラム原理主義のテロを根絶すべく、凄惨な戦いを続けてきているところが大部分と言うことにご注意願います。
今でこそアルジェリアのテロ、チュニジアは平穏というイメージが主流だが、アルジェリアの軍部クーデター前は、逆にアルジェリアが平穏、チュニジアはイスラム原理主義のテロとの戦いのために相当程度人権を無視した弾圧政策をとって、アルジェリアに厳しく批判されていました。
ところがその後、立場が逆転し、チュニジア政府は唯一の有効なテロ対策は、厳しく原理主義者を弾圧するとともに、貧困層の経済的嵩上げを進め、彼らをテロリスト予備軍から政府支持者に変えることだとして、自らの政策の成功を誇示しています。
問題はここからで、確かにテロリストの封じ込めには成功したが、チュニジアでは余りに人権無視が過ぎるとして、欧米では批判の声が強いのに対して、アラブ諸国、イスラム圏では総じてチュニジアのようなやり方に理解の声が強く、また多くの国が似たり寄ったりの政策をとっていることです。
ブッシュ政権の対テロ政策(例えばガンタナモ基地の存在、拷問まがいの尋問方法等)に先進国では批判の声が高いが、アラブ諸国の政権では評価する、というか自分たちも同じことをしていると言うことは十分理解しておいた方がいいことだと思います。
それをどう判断するかはかなり個人の価値判断の問題に入ってくるような気がします。

アルジェリアでの兵隊への待ち伏せ攻撃

al jazeerahの本日付電子版に依ると、アルジェリアのティバーバ州(首都アルジェの西部にある州だそうですが)で、アルジェリア軍が待ち伏せ攻撃を受け14人から20人の兵士が死亡した由。
ajに依ると今のところこの攻撃をしたと声明した組織はないが、ティバーバ州は、マグレブ地方(マグレブとはアラビア語で日の沈む地方、すなわち西アラブ、すなわち北アフリカのモロッコからチュニジアかリビア辺りまでを指す言葉)における、アルカイダ系のグループの活動拠点として有名なところで、今回もまず間違いなくアルカイダ系の組織の犯行だろうと言われているそうです。
アルジェリアと言えば、独立後は独立運動を戦ったFNL(Front National de Liberation)が一貫して政権を握っていたが、社会主義政策で豊富な石油資源にもかかわらず経済的に疲弊し、腐敗、官僚化等のために民心が離れ、1991年末の選挙でイスラム政党のFISが勝利を得たかに見えた時に、軍のクーデターが行われ(1992年)、以来FISその他のイスラム勢力と軍とが陰湿なテロの応酬(またはゲリラ戦からなる内戦)を繰り返してきて、十五万人以上がその犠牲になったと言われています。
その後大統領となったブーテフリカが民族和解を進めて、治安も随分回復したと言われていましたが、矢張りアルカイダの影響力が強く、ときどきテロ活動が生じたが、その中でも今回の数字が本当とすれば、かなり深刻な状況と言えるかと思われます。

ムジャーヒディーンハルク基地の攻撃

29日のBBC電子版に依ると、イラク警察がバグダッドの北にあるムジャーヒディーンハルクの基地を攻撃し7人が死亡した由。
ムジャーヒディーンハルクと言うと聞きなれない名前と言う方も多いかと思いますが、実はイランのイスラム革命の時には良く出てきた名前で、いや全く懐かしい名前に再会したものだという感慨を感じます。
このグループは左翼(またはマルクシスト)イスラム主義者と言う、ある意味論理矛盾みたいな思想を有する連中のグループですが、イラン革命の時にはホメイニと共闘して、皇帝を倒す上で大きな貢献をしました(勿論ホメイニおよびその後継者はその功績は否定すると思うが)。
しかし革命成功後、ホメイニ政権と関係が悪化し、弾圧され、遂にはサッダムフセインを頼ってイラクに亡命するに至り、彼らとサッダムの思惑が一致して、イラク、イラン戦争中は独自の部隊を組織してイラク軍とともにイラン領内に進攻したこともありましたが、その作戦はおおむね成功しなかったようです。
サッダム政権が崩壊し、その後若干の経緯をたどって親イラン的傾向を有するマラキ首相の率いる政権ができた以上、ムジャーヒディーンハルクは早晩邪魔者として追い出されるのではないかと思っていましたが、遂にその懸念が現実化した訳です。ムジャーヒディーンハルクのメンバーはイランに引き渡されることを極端に恐れているそうですが、さもありなんです。
また米国は昔彼らと共闘したこともあり、イランに引き渡さないようにイラク政府に要求しているとのことです。
彼らのイデオロギー上は正当な戦いかもしれませんが、一般的いえばサッダムフセインと共闘してイランに攻め入る、ということはいわば悪魔に魂を売ったようなもので、その末路は誠に哀れであります。
その昔イラン皇帝がさんざん利用したイラクのクルド人をサッダムとの和解のためにあっさり見捨てて、彼らはサッダムの過酷な弾圧にさらされたことがありますが(その時も米国も関係していたが皇帝の意向もあり、米国も見捨てた)、中東においては少数民族やイデオロギー上の少数派が米国や域内大国と共闘するということは、悪魔に魂を売ったことと他ならない、という良いレッスンではないかと思います。

ホロコーストの有無  ムハンマド6世の発言

モロッコ・マラケシュ
モロッコ・マラケシュ
29日付jerusalem post紙によると、モロッコのムハンマド6世国王がナチスによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)は現実に起こった事件で、アラブとしてもそこから目をそむけてはいけないと語ったとかなり大きく報じている。
尤も(同紙に依れば)同国王がこのような発言をしたのは、これが最初ではなく、確か2003年にもにもそのような発言をして、その後もアラブ、イスラム諸国の啓蒙に努めてきたとのことだが、このような過去の歴史に関する発言が大きく取り上げられるのも、一つにはイランの現大統領のアハマディネジャードがホロコーストを否定する発言をして、その後もイスラエルの存在を認めない趣旨の強硬発言を繰り返していることの影響が大きいと思われる。
勿論、その背景としては、(自らはイスラエル建国の犠牲になったと考える)アラブ人、さらにはイスラム教徒の間に、イスラエルの建国はホロコースト神話が大きく作用しているとして、その存在を認めたくない気分が少なからずあることは間違いないと思われ、その中で公にホロコーストの存在を認めようとアラブに呼びかけるムハンマド6世の発言がイスラエルで大きく歓迎された訳です。
因みに、モロッコは昔からユダヤ人を庇護した伝統を誇りにしており、スペイン再征服(reconquista)の後、イスラム教徒とともに迫害され、追放処分になったユダヤ人を温かく迎えたのはモロッコで、ユダヤ人のグループの中のセファルディと言うのはモロッコ等の北アフリカ、中東出身のユダヤ人を呼ぶ言葉です。

イラン情勢

先にイランの体制内にて不協和音が生じているとしてラフサンジャーニの最高指導者批判をご紹介しましたが、その後体制内の混乱は益々酷くなりつつあるようで、最近では最高指導者と大統領との不和が取りざたされています。
それにしても、大統領と姻戚関係にある副大統領が首になり、その後情報大臣が首になり、そのほか辞職を申し出ている大臣もいるとかが話題になった他に、司法の方から(官職は解らないが)司法関係の高官が先般来の選挙結果不満グループで牢獄につながれているものは裁判にかけるか釈放すべきであると発言したり(さらには本日のBBC電子版に依ると最高指導者がその釈放を命じたとか)どう考えても、イランから流れてくる情報は体制内の不協和、摩擦がかなりの程度に大きくなっていることを示すように思われます。
問題は一つには何がこのような不協和音をもたらしたか、ですが、その点に関しては確たる情報はありません。と言うかイランのような国の場合、何か大きな事件でも現実に起きない限り、体制内でどのよう動きがあるのか正確につかむのは、各国の情報機関にとっても至難の業です。本当にハメネイと大統領の間に隙間風が流れ始めたのでしょうか?そうとすれば、その原因は、またいつから等疑問はつきません。
もう一つの疑問は本当に体制内に不協和音と呼べるものがあるのでしょうか?もしかしたらコップの中の嵐で、そんなことを真剣に議論しているのは、外国のメディアとお目出度い改革派のみなのでしょうか?
筆者みたいに現地に何の情報源も有さない者にとっては情報源は外国メディアだけですが、それらのニュースをかけ合わせてみると、どうも体制内の混乱が大きくなる一方で、またそのペースも速まりつつある印象を受けますが、これは外国人の希望的観測なのでしょうか?
いずれにしてもイランからは当分の間目を離せそうにありません。
livedoor プロフィール
最新コメント
記事検索
  • ライブドアブログ