中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

2010年12月

パレスチナ人の人口動態

31日付のal sharq l awsat net はパレスチナ統計庁の人口動態に関する公式報告を紹介していますが、それによるとパレスチナ人の世界中の総数は2010年末で1100万人、でパレスチナに居住する者と外国に居住する者がほぼ半数ずつとのことです。
またパレスチナ人の人口増加率がユダヤ人よりも高いので、このままで行けばイスラエル及び占領地での人口構成はパレスチナ人の方が多くなると以前から言われてきましたが、現在の人口動態が続くと仮定すると、その時点は2014年で、その時にはユダヤ人とパレスチナ人の数はそれぞれ610万人で略拮抗するとのことです。
この数字はこれまで言われてきた両民族の比率の割合を確認した形となっており、それが最近のイスラエルの人種主義的傾向の背景となっているのかもしれません。

若干の数字次の通りです。
2010年末で占領地(西岸、東エルサレム、ガザ)のパレスチナ人は410万人。内250万が西岸、150万人がガザに居住している。
イスラエル本土には140万人がいる。
アラブ諸国に居住するパレスチナ人は500万人で、アラブ諸国外に住むのは60万人である。
出生率は傾向的に減少していて、1997年の6人出生が、2007年には4・6人になっていて、この傾向はその後も継続している。
このため家族員数も2007年の5・8人から2010年の5.5人へと減少した。
また現在歴史的パレスチナでのユダヤ人対パレスチナ人の比率は上記の通り2014ねんで略拮抗するが、これが2020年にはユダヤ人670万人に対してパレスチナ人720万人で全体に占めるユダヤ人の割合は48・2%にまで下がるであろう。
http://www.aawsat.com//details.asp?section=4&article=601775&issueno=11721

年末のご挨拶



本年ももう直ぐ除夜です。
本年1年拙いブログを読んでいただき有難うございました。また来年も宜しくお願いします。
なお、明日はお正月ですので、お屠蘇に酔って、ブログの更新は難しいかもしれません。
何も無いのもんなので、どこかから写真を無断借用で、京都の雪景色をお送りします。
ものすごい雪で正月は街も麻痺状態かもしれません。

イスラエル、米、英の対イラン特殊作戦

先にもイランの核施設のコンピューターに対するウィルス攻撃、核科学者の暗殺及び未遂はモサドの仕業であるとの記事をご紹介しましたが、31日付のjerusalem post net は仏の週刊紙canard unchaine(確か政治風刺で知られるメディア)を引用して、これらのサボタージュ行為はモサドが英米の情報機関の協力を得て行ったものであると報じています。
それによると、これらの攻撃は、イスラエルがイランに対する武力行使を差し控える見返りに英米情報機関がモサドを援助したもので、30000の原子炉のコンピューターがsuxnet に侵され、10月にはザグレブ山地でシハブ・ミサイルを生産している工場で爆発があり18名の技術者が死亡し、5名の科学者の暗殺もモサドの手によるものであるとしています。
また同紙は、サボ行為は他にも試みられ、イランの核開発を防ぐために今後も続けらると報じています。

記事自体は以上で、勿論その真偽のほどは不明ですが、仮に偽情報(ガサネタ)であっても、このような情報がイスラエル紙で報じられた以上、イランの情報機関等を疑心暗鬼にする効果があると思われ、なかなか効果のあるサボ行為ではないかと思われます。
http://www.jpost.com/International/Article.aspx?id=201637

チュニジア情勢(31日)

チュニジア情勢ですが、何時も何時もal jazeerah netから引用するのも若干気が引けるので、本日はal qods al arabi net の記事から。
31日の同紙は、公式筋がベンアリ大統領が、sidi bouzid から広がった抗議運動に対処するため、先ほどのないっく一部改造に引き続き、sidi bouzid の知事、jandoubaの知事、及びzaghwanの知事を交代すると語ったと報じています。
また同大統領は政府等の責任者に対して、民衆の不満に対しては柔軟性をもって対処し、彼らとできる限り会い(確かsidi bouzidの知事が焼身自殺未遂をした青年と会談を拒否したことが、焼身自殺の引き金の一つになったと思います)、彼らの不満を真剣に聞くようにと指示したとのことです。

チュニジアの知事は戦前の日本の知事と同じように一般行政の他に、その県の教育、警察等をも統括する絶大なる権限を有し、いわば地方における大統領の個人的代表としてにらみを利かせているだけに、その知事を3人も交代しなければならなかったところに、今回の事件の深刻さが垣間見えると思います。
http://www.alquds.co.uk/index.asp?fname=latest/data/2010-12-30-14-49-46.htm

イスラエルの核兵器使用?

もう一つ30日の話題はイスラエルの核兵器使用可能性に関するニュースです。
こちらの方はwikileaks の情報流出ではなく、英国の公文書が30年たって公開されたのですが、それによると80年当時の駐イスラエル英国大使が、本国あての電報で、次回のイスラエル・アラブ戦争があった場合にはイスラエルは滅びるよりもむしろ核兵器を使用するであろうと本国政府に警告したとのことです。
その背景とか、大使がそのような危惧を有していた具体的理由とかについては、例えばy net news には書かれていませんが、大使は米国主導の和平が実を結ばない限り、パレスチナ人のフラストはますます高まり
、過激派が台頭し、ソ連の介入の危険が増し、次回戦争の危険性も増大すると書いているとのことです。

どうも年末にこのような話をご紹介するのみ若干気がひけますが、イスラエルは核兵器の保有を肯定も否定もしない政策をとっており、公式にはその保有は確認されていませんが、一般に核保有保持は間違いないと見られており、かって米国の軍人の研究では200発の核兵器保有と言う数字を見たことがありますが、最近は80発程度保有と言うのが国際社会の大かたの見方のようです。
またその使用の可能性については、73年戦争の時にゴルダメイヤー首相がニクソン大統領に、戦争緒戦で消耗した戦闘機、戦車の緊急補充を求め、その要請が入れられなければ、イスラエルとしては核使用するしかないと米政府を恫喝したとの噂はこれまた広く流れていますが、勿論その確証はありません。

他方1980年と言うのは、その前年の1979年3月にエジプトとイスラエルが平和条約に調印して、エジプトが紛争当事国から脱落し、米国陣営に鞍替えし、エジプト抜きでアラブ側には大規模な戦争を仕掛ける能力はないとして、正規戦の可能性がほぼなくなったと見られていた時期です。
要するにアラブ軍とイスラエル軍との間の正規軍同士の戦争は1973年のユムキっプール(ラマダン)戦争を最後にして不可能になったのです。
いくらパレスチナゲリラの活動が活発であっても、これに対して原爆を使うようなことは常識的にあり得ません。それに対する対処法は、情報戦争、特殊部隊、モサドの得意な暗殺作戦等でしょう。
またソ連もその前年の1979年からのアフガニスタン介入で、戦力を取られ他に介入する余力はなかったと見られ、英国大使が核の使用を危惧するような客観的な情勢に無かったと当時見られていました。
これは現在から考えても妥当な読みではなかったかと思われますが、なにゆえ核使用の可能性に言及したのか、なにかイスラエル国内でそのような議論があったのかも知れませんが、非常に奇異に思えます。
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4007061,00.html
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