中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

2011年01月

エジプト情勢 (31日22時)

日本時間夜の現地紙は、明日2月1日エジプトでは100万人のデモが予定されていること、ムバラクが政府に対して反対派との対話を始めるように指示したと報じています。
詳しくはまたあす以降フォローするつもりですが 取りあえず

エジプト情勢(イスラエルの反応)

イスラエルの考えられる反応については先ほど勝手なコメントを書きましたが、31日2130頃のhaaretz net によれば、イスラエル政府は未だ公式なコメントはしていないも、イスラエル政府は欧米諸国に対してエジプトの安定の重要性、ムバラク政権の重要性について指摘したと報じています。
それによると29日、イスラエル外務省は米、英、仏、中国、ロシア、カナダ等の大使に対して、その国の政府に対して得時王との重要性に関するイスラエルの考えを至急伝えるように訓令したとのことです。
同紙は外務省高官筋の話として、米国等は民主化要求の一般の声に押されて、ムバラク批判を強めているが、感情的にならずに地域の安定のため何が重要か、ヨルダンとかサウディとかの米国の友好国が如何なる反応を見せるか(自分たちもあっさり見捨てられるのではないかと懸念する)十分考えるべきである、と語ったと報じています。
また同紙によるとEU外相は31日エジプト情勢を話し合う特別会合をもつとのことです。

ネタニアフの友人はムバラクしかいないと言われていましたが、ムバラクの友人もネタニアフしかいなかったのでしょうか?
http://www.haaretz.com/print-edition/news/israel-urges-world-to-curb-criticism-of-egypt-s-mubarak-1.340238

アラブ世界の抗議行動 4

チュニジアに始まった抗議行動のアラブ諸国への波及に関連して、日本等ではいずれも独裁政権として一派ひとからげに使われるが、それぞれ固有の事情のある国ですよ、などと書き始めました。
書いてみたら、とにかく短時間のうちで、このような問題を簡単に扱うことは至極簡単では無く、下手をすると誤解を招くかと思いなおしました。
しかし、ここまできた以上本日はヨルダンについて書いてみます。
いつものことながら、ごく初歩のことしか書けませんし、そう言う本人も良く解って書いている訳ではないですから、中東を少しでも知っている人は、訂正のコメントをしようと言う場合以外は、読み飛ばしてください。

実はヨルダンについて去る人から抗議デモ隊が「腐敗した政府反対、国王支持」というスローガンを叫んでいるのは、同にも解り難い、独裁政権なら当然国王がその頂点にいて、彼に総ての憎しみが向かうはずなのに、どうして国王支持なのか、と言う疑問を投げかけてきました。
イエメンのところでも書きましたが、イエメンとかヨルダンとかいう国を、エジプトとかチュニジア等の独裁国家と同じに扱うことはどうしても無理があります。
ヨルダンの場合特にそうではないでしょうか?

先ずチュニジアとエジプトとを比べたら、(極めて俗な言い方で語弊はあるが)新興やくざのマフィア個人商会と伝統のある軍部有限商事みたいな差があるのではないかと書きましたが、ヨルダンに比べたらエジプトの政権など新興成金そのものです。
まず第1にヨルダンと言う国ができたのが、第2次大戦後で始めは名前をトランスヨルダンと言っていました。それが名前を変えて現在のヨルダンになった訳ですが、そのヨルダンと言う国はもともとそんな国が無かったものを、当時の植民地大国英国が自己の都合で作り上げた国です。
基本的に砂漠のベドウィンとパレスチナ人と言うかなり異質な2つの要素から成り立っている国で、その2の要素をつないでいるのが王室、と言うか国王でした。誤解を恐れずに言えば、ヨルダンと言う国は初めから国王あっての国でした。
その国王の血筋がすごくて、あそこの正式名称は確かヨルダン・ハシェミット王国とかいうはずですが、そのハシェミットと言う意味が正にイスラム創始者ムハンマドの属したハシェム家と言う家族と言うか、部族と言うかからとられた名前で、ムハンマドの血筋を誇るメッカのシェリフの第1次大戦中の当主(あのアラビアのローレンスで名高い)の息子のアブダッラが初代の国王でした。
平たく言えば英国の都合でトランスヨルダンと言う国をつくるために、と言うかアラブの反乱の論功行賞として、サウディからヨルダンに国王として移植されたと言うのが国の始まりです。
それから数えて現在のアブダッラ国王は4代目になりますが、平民でクーデターで位についたナセルやベンアリとは、初めからその格が違っていた訳です。
まあ、新興成金の軍事商会に対して京都の伝統のある老舗そのものみたいなものです。

その成立がそのようなものですから、国王も英国の傀儡としてアラブ民族主義等からは白い目で見られ、随分苦労したはずで、意に反してナセルと組んで67年の戦争に負け西岸全部を失ったり、その後国内に根拠を構えたPLOが国家内国家としてヨルダンそのものを乗っ取らかけたり、種々の危機がありましたが、それを乗り切ってきたのは、一つには口ではアラブの一員と言いながら裏ではイスラエルとも通じると言う、現実主義の極致のような政策のおかげですが、合わせて王室と言うカ国王の存在が大きかったと思います。
ヨルダンの軍隊は当初英国が訓練したarab legion から始まっていますが、主としてベドウィンからなり、国王に絶対の忠誠を誓う精強部隊です。
それを率いる国王も伝統的に英国のサンドハースト士官学校で学んだ軍人としての経歴を有し、なにかあれば実際の軍の指揮も取って来ました(現在のアブダッラ国王は即位前は職業軍人として確か准将だったかと思います)。

多分このように軍人としての教育を英国で受けたことが、現国王の父以来のヨルダンの国王を、その他のアラブ指導者とは若干色彩の異なる存在として来た原因と思われます。
要するに英国の貴族には、貴族は国家、国民に尽くすべき義務があるという観念があり、その為に英国の王室の男子も皆軍人としての経歴を有していますが、その英国の士官学校で国王の息子として育てられたと言うことはそのような、支配階級の倫理観、義務感を同時に受け取ることになたtのではないかと思われます。
このためにヨルダンの王室については、他のアラブ諸国の支配階級のように常に腐敗とか金儲けという評判はあまり立たなかった、と言うかそのような目に余るような金漁りはヨルダン王室ではなかったのではないかとおもわれます(この点ヨルダンに住んだこともないので本当のところは解らないが)。
この点がヨルダンでは国王が敬愛されているという一番大きな理由ではないかと思われます。

ヨルダンは天然資源にも恵まれず、豊かな国ではなく、アラブの国の例にもれず貧富の格差も小さくは無く、おまけに最近の経済発展に伴い、この格差が拡大し特に上流階級の間では相当な腐敗もあり、それが国民の不満を買っていたことは間違いないと思いますが、それがまず政府とか』一部の金持ち階級とか外国人に向けられ、国王が独裁者として批判の矢面に立たされ無かったのは、実際は知りませんが一般的に国王が民衆の生活苦にもかかわらず、ぜいたくな生活にふけり、蓄財に励んでいると言うイメージが無いからではないでしょうか?
因みに現国王の妃はパレスチナ出身の美人で、この辺も国王の求心力に貢献しているかもしれません。

国王が独裁者ではないか、というとそれはかなり難しい問題です。
先ず国王は憲法上国会選挙の結果如何にかかわらず、自由に首相を選べます(これが先般の抗議デモで憲法改正を求められた理由です)。
また軍隊は国家と言うよりは国王自身に対して忠誠を誓っている面が強いと思います。
またヨルダンは英国の伝統からか、相当強力な情報機関を有していて、それがまなり人権無視とか強権を使うことは有名です。
その意味ではヨルダン国王を独裁者と呼んでも間違いではないと思います。
但し一般に独裁者と言うとどうしても頭に浮かぶ、国富の纂奪とか腐敗とか蓄財とかのイメージとは遠いと言うところで、中東の通常の独裁者とはかなり違った面を有していると思います。
また、国王の今後の対応策としても例えば、首相の任免に関してもう少し国会に配慮するとか、いろいろと改革の余地はあり、かなり大幅な改革を進めたところで、それが即国王の地位に大きく影響する訳ではなさそうだ、という点でも他の独裁者とは異なっているような気ながします。
個人的にはヨルダン国王が今後とも生き延びる可能性は強いと思っています。

エジプト情勢(イスラエルの反応)

エジプトの政変で最も大きな影響を被る国の一つはイスラエルです。
このためネタニアフが禁令を出して、公式の反応は全く出ていません(オバマみたいに気楽に・・・最も本人にとっては気楽どころの発言ではなく、結構気を使った言と思うが・・・発言できる人は羨ましいよ、と言うところでしょうか?)。何か言うとイスラエルの戦略に大きく差しさわりがでかねない、と言うことでまさに固唾を飲んでお、情勢を見守っていると言うところでしょうか。
しかし、イスラエルの新聞の批評などを見ると、イスラエルの反応には取りあえず基本的に2つあるような気がします。
一つは評論家的と言うか、若干感情論的な議論で、もう一つrは深刻な現実政治の観点からの懸念かと思います。
その一つが、これでイスラエルが長年主張してきたことの正当性が証明された、ざま見ろとでも言いたいような反応です。
要するにこれまでイスラエルは中東紛争が中東の不安定の原因ではなく、仮にパレスチナ人との間で双方満足するような和平が結ばれたとしても、イラン問題、アラブ諸国の内政問題、テロ問題等中東には不安定要因が多くあり、決して安定に結び付かないという議論です。
要するに、(オバマうア欧州の連中が主張するように)イスラエルの和平妨害が中東の不安定の原因ではない、イスラエルの責任ではないと言う主張です。
この議論はイスラエルが事あるごとに繰り広げてきた議論で、アラブ諸国全体を覆う不安定化、ドミノ現象を見て、それ見たことかと、まあ、溜飲を下げていると言うのが最初の反応です。
もう一つの方が、これまでも時々ご紹介してきた反応で、ムバラク政権は国内的に如何なる欠点があっても、イスラエルにとっては最高のパートナーで、これまでムバラクがいるお陰で、イスラエルにとって好ましい戦略環境があり、パレスチナ問題でも口はともかく実際上の協力関係は非常に評価されるところ、この政権がつぶれた後いかなる政権が出てきても、このような良好な関係と望ましい戦略的環境は望めない、と言う極めて厳しい現実主義に根差した見方で、これがどうやら軍、情報機関を含めてのイスラエル政府筋の本音の考えだろうと思います。
イスラエルとしては民主化や改革など糞くらえと言う訳にはいかないが(何しろ民主主義の総本山の米国がパトロンですから)、かといってオバマみたいに政権の継承が望ましい、などと言って仮にムバラクが居残った場合の両国関係に与える悪影響は大きい、と言うところでしょう。
そのためには少なくとも政府として絶対に下手な発言はしない、と言うことで閣僚のコメント禁止令が出たものだろうと思われます。

キプロスのパレスチナ国家承認

31日付のal qods al arabi net は、キプロス政府が30日PA議長のアッバスに書簡を送り、1967年国境内でのパレスチナ国家を承認すると通告したと報じています。
これはパレスチナ通信が確認したしたもので、書簡の中でキプロス首相は同国はエルサレムを含む国境の一方的な変更は認めず、またイスラエルの入植地の建設は和平の障害と考えると述べているとのことです。

ニュース自体は以上ですが、最近ラテン諸国の同じく67年国境内でのパレスチナ国家承認が相次いでおり、イスラエル外務省が特にその欧州への波及を阻止するようにと総ての在外公館へ訓令したばかりでした。
その意味でEUメンバーのキプロスの承認の今後の他のメンバー国への波及の可能性が注目されます。
またキプロス政府としては、北キプロスの問題を抱え、国連で多数のメンバーを有するアラブ諸国との友好確保のためにも、67年国境での承認をしたものと思われます。
http://www.alquds.co.uk/index.asp?fname=today\30z46.htm&arc=data\2011\01\01-30\30z46.htm
livedoor プロフィール
最新コメント
記事検索
  • ライブドアブログ