中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

2015年04月

iSの次の根拠地はチュニジア?(米紙の報道)

al arabiya net は米daily post(アラビア文字ではdili bistと読めるが、恐らく元の名前はこちらと思うが、自信はない)紙を引用して、ISはチュニジアに根拠地を建設し「アフリカ国家」を作ることを意図していると報じています。
婚報道がどの程度信憑性のあるものか不明ですが、チュニジアからは多くの過激派がISに参戦している上に、隣国のリビアでもISの活動が拡大している等、まんざら荒唐無稽な話でもないか、と思われるので、記事の要点のみ次の通り

28日発行の米daily postは、ISがチュニジアに根拠地を移し、「アフリカ国家」を建設することを計画している、多くの証拠があると報じている。
それによると、ISは最近チュニジアでインターネットで、盛んにその主張や活動の映像を宣伝し、チュニジア人に対してISに参加するように呼びかけている。またISは3月のバルドー美術館への襲撃後の、政府の治安対策を皮肉る記事も盛んに流している。
それらのネットでISはこの夏にはチュニジアに根拠地を築くと宣伝している。
記事はさらに、ISはシリアとイラクでの有志連合による空爆で甚大な被害をこうむり、その活動拠点を拡大する必要性に迫られていて、それがアフリカのチュニジアだと言う訳である。
これはチュニジアには過激派支持の強固な流れがあり、現にISに参戦しているチュニジア人が非常に多いことを考えると、そう不自然なことではない。
記事は米近東研究所の専門家も、ISが現在チュニジアを根拠地にしようとしている証拠がいくつもあると語っている。
然し、同時に同紙は、ISがチュニジアにかかえる問題として、ISに忠誠を誓う組織の不在及びその根拠地となる地域の欠如をあげている。チュニジアに居る過激派は、基本的にマグレブ諸国のアルカイダに属する組織で、彼らが忠誠の対象をISに替えることは想定しにくい。
http://www.alarabiya.net/ar/north-africa/tunisia/2015/04/29/صحيفة-أمريكية-تونس-هي-الوجهة-القادمة-لـ-داعش-.html

サウディの新人事

サウディの新人事については昨日お伝えしましたが、al qods al arabi net は今回の、一連の人事はサルマン国王による第4サウド王朝樹立の試みともいえる、サウデイの近代化、強力化、サウド王朝継続のための政策であるとして、高く評価する記事を載せています。
昨日の今日で評価するのは、時期尚早の感も免れず、又第4王朝というのは、もち上げ過ぎの感がしますが、なかなかおもしろい記事なので、要点のみ次の通り。

なお、サウド第4王朝というのは、第1王朝がリヤド近郊ダラアイヤの豪族サウドが、厳格主義を報じる宗教家のアブドゥる・ワッハーブ(それゆえサウディなどの奉じる厳格な宗派がワッハーブ派と称される)と同盟を結んで、1744年第1次サウド王国を樹立し、その後トルコ及びエジプトにより滅ぼされたあと、第2次王朝が樹立されるが、周辺部族との対立や内紛等で滅び、1902年に現在のサウド王朝創始者のサウド王が少数の駱駝部隊を率いてリヤド城を奪還してから現在までが第3王朝と言われているようです。

サルマン国王の皇太子、及び副皇太子、新外相の任命は、27名に及ぶ大臣、政府高官の交替の一部で、これまで長年続いた政治、行政の停滞を一掃し、政府、行政の近代化、強化、の一環で、今後を見据えたサウド王朝の安定と長期継続を狙うもので、それはある意味で第4サウド王朝の始まりともいえよう。
サルマン国王は、過去のサウド王朝の崩壊が王族間の内紛や対立から生じたもんであることを承知しており、このため昨日の人事ではこれまでの伝統を破り、第3世代(注:サウド初代国王が第1世代、その後異母兄弟の間で国王を継承してきた世代・・サルマン自身も含む・・が第2世代、その次の世代が第3世代と言われる)の王族の中で最も有能なムハンマド・ビン・ナーイフを皇太子に任命し、まだ30歳にもならないムハンマド・ビン・サルマンを副皇太子に任命したが、彼の任命については伝統に基づき、王族の意見を求めたが、大多数が支持した。
また国王の目からすれば、王族であるとないとにかかわらず、最も優秀なものが政治、行政の責任を担うべきで、その典型例が新外相の(王族ではない)アーデル・アルジョベイルの任命である・
このことは大臣の罷免にも表れていて、住宅大臣は2月未満で更迭され、保健大臣にいたっては1月で更迭されている。
http://www.alquds.co.uk/?p=334176

イエメン情勢

イエメンではサウディ等の空爆は、ほぼ全土にわたっているようで、又地上でも相変わらずhothy−サーレハ軍と反対派の間で激しい戦闘が続いていて、戦闘は今後さらに熾烈になるとの見方があるようで、残念ながらイエメン情勢の先は見えていません。
なお、サウディの皇太子、副皇太子等の新たな任命は、昨夜お伝えしたところですが、一部の報道では前の皇太子はイエメンへの介入に消極的であったと伝えており、「決意の嵐」作戦当初から、その動向が大きく伝えられていた二人が皇太子(兼内相)と副皇太子兼国防相になったことは、恐らくサウディとしては、今後相当の問題が生じてもイエメン問題については、現在の強硬政策を変えないことを意味するのではないでしょうか?

サウディ等の空爆については29日、アデン、タエズの他サアダ、イブ、アブヤン、ハッジャ等のhothy−サーレハ軍を攻撃しましたが、その前日にはサナアのほか、タエズ、アデン、ホデイダ等も空爆した模様です。
これに対して地上戦はアデンのほかタエズでも激しく戦われていますが、特にアデンでは反hothy軍(どうにも彼らの実態が良く判らず、人民委員会と言われたり、抵抗組織と言われたり、部族と言われたりしていて、恐らく統一司令部等のない南部の人民の抵抗組織ということかもしれませんが、取り敢えずこの言葉にしておきます)が、アデン空港を占拠した、という報道とその大部分を占拠したとの報道があります。
他方、ホルマクサルではhothy軍が、大部分を再占拠し、政府の建物を占拠し、中にいた反hothy軍を引きづり出して、街頭で処刑したとのニュースもあり、アデンの情勢はまだ流動的です。
その他タエズ等でも戦闘が続いていますが、サウディ等の空軍がはじめてダリアの反hothy軍に空中から武器等を投下したとのことです。
これらの地域では29日70名以上のhothy−サーレハ軍が殺害されたとのニュースもありますが、その信憑性や反hothy軍の損失については不明です。
http://www.aljazeera.net/news/arabic/2015/4/29/غارات-للتحالف-والمقاومة-تستعيد-أجزاء-بمطار-عدن
http://www.alarabiya.net/ar/arab-and-world/yemen/2015/04/29/المقاومة-الشعبية-تعلن-السيطرة-على-مطار-عدن-.html
http://www.alquds.co.uk/?p=334162

避難民の倍増(イエメン)

確か先に国連の数字としてイエメンの難民数は約15万人とお伝えしたことがあったかと思いますが、国連人道問題調整官は、28日イエメン各地で続いている戦闘のために、避難民の数が倍増して、30万人に達したと発表しました。
最も避難民の数が多いのは、南部のダリアとアブヤンと北部のハッジャとのことです。
さらに、国連はイエメンでは各地で停電が続き、燃料や奇麗な飲料水も減少しており、食料の備蓄も底をつきつつあるとのことですが、イエメン政府は特に、アデン、タエズ、ダリアの3県を、災害県に指定している由。
とりあえず
http://aljazeera.net/news/arabic/2015/4/28/عدد-النازحين-في-اليمن-يقفز-لثلاثمائة-ألف

サウディ新外相の略歴

先ほど新外相についてal arabiya net は報じていないと報告しましたが、補足説明の様な別記事で「新サウディ外相は誰だ?」という記事がありました。
普段中東諸国の外相(程度)なら特に解説などしないのですが、何しろ最近ではサウディの積極外交が目立ち、この人が報道担当の様な役割も果たしているので、記事からごくかいつまんで報告しておきます。
いずれにせよ、彼は9年前だったかに当時の駐米大使トルキ―アルファイサル殿下の後任、今度はサウド殿下の後任と、いずれも重要王族の後任となっており、又アブドッラ―国王の顧問も務めていたという人物で非常に優秀な男なのでしょう・

現在53歳。
北テキサス大学で経済及び政治学学士取得。ジョージタウン大学で、政治学及び国際関係論修士取得。
1986年在米サウディ大使館に勤務、9年前から駐米大使。
西側諸国、特に米国ではサウディの代表として良く知られている。
種々の経験もしたが、特筆すべきなのはイラン政府による暗殺未遂事件。
http://www.alarabiya.net/ar/saudi-today/2015/04/29/من-هو-وزير-الخارجية-السعودي-الجديد؟.html
livedoor プロフィール
最新コメント
記事検索
  • ライブドアブログ