今回のチュニジアの政変では、新聞やTV等の国内報道機関が極端に規制されているチュニジアでfacebook等のインターネットが情報、メッセージの交換とうの面で大きな役割を果たしたと言うことが朝日などでも報じられていました。
確かにyou tube などでもチュニジアの動画が見られ、またal jazeerah net などのマスコミも動画に頼ることがよくありました。
その意味では、独裁国で言論の自由が極端に規制されている国での大きな事件の場合、中国でもチュニジアデモインターネットが大きい役割を果たしたことは事実で、今後ともその役割は大きくなっていくものと思われます。
但しチュニジアの場合、あれだけインターネットが活躍した背景にはベンアリの政策がありました。
前大統領はチュニジアの近代化、経済開発のためにはも国土全土にわたり、誰でもパソコンを使えこなせるようにならなければならないとして、インターネット網の構築に熱心で、地方の貧しい市町村ではインターネットカフェの設置なども進めてきました。
またチュニスの郊外には科学技術村を作り、そこでもパソコン等のIT技術の利用の拡大、普及を進めてきました。
今回の政変で、パソコン、インターネットが活躍した背景には、皮肉なことにこのようなベンアリの政策があったものです。
インターネットを誰でもが使えるようにすることと自由な情報の流通の規制との間には基本的な矛盾があるのだろうと思います。
これは中国のみならず、イラン、シリア等の中東の独裁国家にとっても大きな教訓でしょう。仮に今回もfacebookが大きな役割を果たしたとすれば、米国の圧力にもかかわらず、中国が大手を広げてfacebook を受け入れることはますます難しくなるでしょう。
また今回の政変に直接関係あるか否か今の時点では不明ですが、もう一つベンアリが進めた改革は、チュニジアの仏語圏から英語圏への切り替えがありました。
過去の歴史もあり、チュニジアは基本的に仏語圏で、経済政策や国のあり方についても仏流のetatisme(自由主義ではなく政府が指導して行くと言う体制)は極く自然に受け入れられていました。
彼自身仏の士官学校で学んだにもかかわらず、ベンアリは今後のIT革命に基づいた近代化のためには、仏語ではなく英語を話すようになる必要があるとして、2000年から10年以内に、学校(小学校から大学まで)の外国語での授業をすべて仏語から英語に転換することを決めました。
この決定がどの程度実行されたかは不明ですが、何しろ独裁者の決定ですから、かなりの範囲で実行されたものと思われます。
問題は言葉を話すようになると言うことは、その国の文化に触れることを意味します。この点米国文化の方がはるかに仏文かよりも個人主義的、自由主義的で、少なくともetatismeとは無縁でしょう。
日ごろからこのような文化に触れている若者たちに独裁者に対する反発が強くなたtことは、充分想像されるところです。