これまでアラブ諸国で最も抑圧的な警察国家で、バース党政権ががっちり押さえているから、アラブの民主化の動きに対する抵抗も最も強いと言われてきたシリアでも、遂に大規模な抗議運動が起きてきました。
南部の都市ダラアでの死者の数(正確なところは解らないが)にも驚きますが、アサド大統領とアラウィ教徒のお膝元のラタキアでも大規模な抗議が起きたことには驚きました。
アサド大統領が本日演説をすることになっていて、彼が柔軟姿勢を取るのか、強硬策を打ち出すのか注目されるところですが、一つの可能性としてはかくも長く続いた「アサド王朝」が崩壊する現実の可能性が出てきたように思えます(勿論そうならない可能性も強いとおもうが)。

仮にそのようなことが起きれば、中東及び世界はエジプトのムバラクが倒れた時以上に、先の見えない不安定で不安な情勢を抱え込むことになる可能性が強いような気がします。
シリア国民の自由、人権、民主主義と言う観点からは、バース党政権が潰れることが良いことは、エジプトのムバラクの比ではないと思います。
何しろアラウィ派と言う少数派がバース党を握り、バース党が軍隊を握り、という形でシリアをがっちり掌握し、党と秘密警察と特殊部隊等で多数派のスンニ派を抑え込み、言論の自由も政治的自由もないと言う独裁抑圧政権を維持してきました。
その間、確か1982年にはハマで蜂起したムスリム同胞団を鎮圧するために、特殊部隊で町を包囲し、徹底s的に破壊し、その数一万ともそれ以上とも言われる住民を虐殺したことに象徴されるように、その抑圧ぶりはとてもエジプト等の比ではなかったと思います。
また隣国との関係でもレバノンに多数の軍を常駐させ、その情報機関で反シリアの勢力を徹底的に抑え込んできました。
そのような状況はバシャール・アサドが後を継いでも基本的に同じで、レバノンのハリル元首相の暗殺はアサドの命によるものと考えられています。
従って、道義的な観点からはアサド政権がつぶれることが望ましいことは言うまでもないと思います。

但し、問題は、道義の点はともかく、中東政治の現実面に対する影響です。
シリアは西にレバノン、南にイスラエルとヨルダン、北にトルコ、東にイラクと国境を接するという、中東(特にマシュラク)の政治で枢要な位置を占めています。またアラブ世界におけるイランの唯一の同盟国(実質上の)で、レバノンのヒズボッラとも特別の関係を有しています。
このうち特にイスラエルとはゴラン高原と言う土地を占領されていて、これまで48年、67年、73年と3回も大きな戦争をした他、航空機戦とか多くの衝突を経験しています。また少なくとも、レトリックとしては対イスラエル最強硬論者です。
しかし、実際にはその政策は冷厳な現実主義で、極めて計算されたもので、ゴラン高原(自衛隊も活動している)のpKOは世界で最も安全なPKOと言われるくらい、実際の状況は安定しています。
レバノンとの関係では国同士の関係とともに、ヒズボッラとの関係があり、シリアはイラン製武器のヒズボッラて供給の中継地として重要な地位を占めていると言われます。そのヒズボッラとともにアラブ世界におけるイランの代理人的な地位にもあります。
トルコ、ヨルダンとの関係は、かっては緊張していたこともありましたが、今は安定しています。
イラクとの関係は、かってサッダムフセインとバース党の主導権を巡って争ったり、サッダムの没落後はイスラム原理主義者のイラクへの浸透の経路として注目されていました。
このように見てくると、シリアがバース党の下で、口では最強硬派ながら、実際の行動では冷静に計算した行動をすることで、それなりにこの地域の安定に大きな役割を果たしてきたことが解ります。

問題は、両アサドの下で、余りに完全に反対派が抑え込まれ、アサド政権が潰れた場合の先が全く読めないことです。
その場合一つの可能性はバース党の中で、これまで冷や飯を食わされてきた連中(例えばスンニ派か?)が、アサドやアラウィ派に代わって権力を握ることですが、その辺の人脈と言うか派閥関係についても、最近は殆ど情報は出てきていないと思います。
もう一つは昔影響力の強かったムスリム同胞団が地下から這い出してくることですが、おそらくアサドの下で徹底的に弾圧され、将来はともかく近い将来に大きな力をもつとも思えません。
もう一つの可能性は、誰も圧倒的な力をもつものがなく、宗派単位、地域単位で対立抗争するグループが連合、分裂を繰り返し、それにイランとかイスラエルとかヒズボッラとかトルコとかサウデイとかが関与して、混乱と不安定が支配するシナリオです。
最も望ましいのは所謂民主化勢力がバース党の中の穏健派(そのようんものが居ればだが)などと組んで、世俗主義的民主政権をつくり、それが安定的な国づくりに励むということでしょう。
最も望ましくないのは、シリアが不安定な状況を続け、それに周辺国が巻き込まれ、ヒズボッラやパレスチナ等の武装勢力が、それを利用して対イスラエルゲリラ戦拠点として、イスラエルが大規模な軍事的反応を示し、更にはこれに周辺国が巻き込まれるというシナリオでしょう。
問題は、一応いろいろのシナリオは考えられても、最もあり得るシナリオがどれか、今の段階では全く読めないことです。いずれのシナリオもあり得るとは思いますが、残念ながら民主的安定政権ができるというのが、最もあり難いシナリオではないかと思われます。

いずれにしてもこのような推測は現時点では、全くの早とちり以外ではないと思いますが、今後「シリアの春」が現実化してきた場合に、世界の直面するディレンマだと思うので、あえて書いてみました。
是非厳しいご批判を。