今朝の日本の新聞は外国ニュースは専らビンラーデンの死亡の記事です。そこで思いつくママにこちらも若干のコメントなどしておきます。

最近学生たちを話をしていて、イスラムの話に及ぶと、よくある反応が「イスラムって結構まともな宗教なんだ」「イスラムってテロばかりと思っていた」というもので、こちらが逆に驚くことばかりでしたが、そのような日本人のイスラム観にビンラーデンが大いに貢献!していたことは間違いないと思います。
何しろ例の9:11が起きたのが2001年ですから、今の大学生の大多数が物心ついて以来アルカイダのテロの話ばかり聞かされてきたわけですから、そのような反応があったとしても彼らばかりを責めるわけにもいかないと思います。
そのような若い人に対して、実は中東の現代政治(十字軍当時のハッサン・サバーハなどの話は別にして)にテロを持ち込んだのはイスラム教徒でもなければアラブ人でもなく、ユダヤ人だという話をすると、彼らは2度驚くことになります。

第1次大戦後のパレスチナは英国の委任統治領でしたが、そこにユダヤ人国家を作るというシオニスト運動と、これに反対する大多数の住民であるアラブ人との間の対立の間に挟まれて、戦争中に自分のした3枚舌外交のつじつま合わせで、英国はその両者の間を揺れ動くことになります。
この時にシオニスト組織の多数派は、一方で英国と協力しながら、もう一方では軍事組織を作り上げ、アラブ人に対する自衛組織とすると同時に英国撤退後に備えることになりますが、強硬派は英国等に対してテロを行い、独立を勝ち取ろうとします。
これがイルグンとかシュテルンギャングと呼ばれる連中で、彼らが独立後現在のリクードを作ることになります。
その中でも有名なテロはイルグンによる英国司令部のあったking david hotel爆破事件で、その指導者がのち首相になるベギンです(彼は独立後もしばらくの間は英国への入国禁止リストに載せられていました)。
もう一つより悪名高いのが、ユダヤ人とアラブ人との間に生じた戦争(イスラエル独立戦争)の調停のために国連から派遣された調停官ベルナドト伯爵の暗殺で、それをしたのが前述のシュテルンギャングです。
その指導者の一人のシャミールも後に首相になります。

このように昔の歴史を書いてきたのは、普通の日本人の抱いているイメージ(そして勿論イスラエルの宣伝)とは別に、中東のテロはアラブ人とかイスラム教徒とかの専売特許ではなく、そもそもてテロを導入したのはユダヤ人であったという歴史的事実を想起したかったからです。
別に書きますが、多くの弱小集団にとってはテロが政治的な手段として使われてきたのは、例外ではなく、むしろ極く普通のことであったのです(誤解されては困りますが、このように書いたからと言って、当方がテロ容認ということでは全くありません)。

ところがビンラーデンのアルカイダにいたり、このような民族解放闘争(と言って良いかの問題はあるが)は違って、ある意味で無目的というか、具体的な要求実現のための手段ではなく、米国等の西側、キリスト教文明、社会に対する挑戦としてのテロが、しかも空間的にも対象的にも無差別なテロが世界中で行われることになり、イスラム=テロというイメージを世界中に与えることになりました。
勿論彼らとしても、米軍のサウディからの撤退とか、アフガニスタン、イラク戦争等具体的な要求がなかったと言えば嘘になりますが、仮に米軍がサウディから撤退したとしてアルカイダのテロが収束したとは考えられません。
その背景にはイスラム教徒が世界的に西側、キリスト教文明に圧迫され、その悪しき影響をけつつあるという認識というか脅迫観念があり、彼らの要求は現実政治の中では具体的な実現が困難な種類のものだったと思います。
さらにはそれにもまして、その手段として全世界的に無差別なテロをしたことで、上記のようなイスラムに対するネガティブなイメージを全世界に植え付けることとなったと思います。
その結果が本日の日本の新聞などが報じている世界的な反響ではないかと思います。
とりあえずのコメントです。